2人の出会い ―Episode01―



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 授業終了を告げるブザーが鳴り響くと同時に、教室内の緊張が解ける。

 と、窓際の席に座っていた1人の少年が、待ちかねていたかのように勢いよく
 立ち上がった。それを目にした教師らしき初老の男性は、やや大げさな渋面を
 作ってみせる。

 「おいログナ。何を急いどる。」

 「もちろん、急ぎの用があるんですよ。」

 切り返した少年―ウィニペグは、口もとを歪めて皮肉な笑みを浮かべる。

 「んじゃ、お先に!」

 言うが早いか、彼の体は身軽に机を跳び越えて教室を飛び出していた。

 「おぉい!課題はちゃんとやれよ!」

 「了解!」

 言いつつ遠ざかっていく背を見ながら、教師は軽くため息をつく。
 ウィニペグの遁走を合図にしたかのように、他の生徒たちも三々五々と席を
 立って教室を出て行きつつあった。

 「まったく。あいつのせいでどうにも締まらんなあ…。」

 成績が悪いわけでも、素行に問題があるわけでもない。
 ただ、あまりにもマイペースに我が道を行く言動が多いため、そのつど周りが
 引っ張られてしまう。
 規律正しい学級運営をモットーとしている彼にとって、ウィニペグ・ログナは
 ちょっとした悩みのタネだった。

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 波状の金属板でできた屋根の下には、「駆輪機」と呼ばれる小型の乗りものが
 ずらりと並んでいた。
 これはいわゆる原付バイクのようなものであり、免許さえ取得すれば子供でも
 乗ることができる。国土が広く雪の多い地方などでは、通勤や通学の足として
 牙犬のソリ以上に重宝される乗りものだった。

 ひと気の少ない駐輪場を歩いていた一人の少女の目が、ふと何かを捉えた。
 見慣れた人影が、愛用の駆輪機の後ろにしゃがみ込んだ格好で何やらごそごそ
 やっている。
 鮮やかなピンク色の髪を揺らしながら歩み寄った少女は、作業に没頭している
 相手の肩を軽く叩いた。

 「ウィーニペーグくーん!」

 「うわっ!」

 よほど集中していたのだろう。
 肩を叩かれたウィニペグは、みっともないほど驚いた声を上げた。

 「な、何だよ驚かすな!」

 「何やってんの?あんなに急いで教室を飛び出してったのに。」

 笑いながら問いかけられ、ウィニペグはばつの悪そうな表情を浮かべる。

 「…別に何でもねえよ。」

 「ふ〜ん。」

 意味ありげに語尾を伸ばした少女は、駆輪機とウィニペグの顔とをしげしげと
 見比べた。

 「…あたしはてっきり、急ぎの用事がある少年が、機関トラブルを起こした
  駆輪機を相手に焦りながら四苦八苦してるのかと思ったけど。」

 「…………。」

 返答に窮したウィニペグの顔を面白そうに見ながら、少女はなおも続ける。

 「…けど、自分ちが自動車修理工をやってる以上、ちょっとプライドがある。
  だから本当のことはいいづらいと…」

 「分かった、分かったよ!!」

 降参とでも言うように両手を上げ、ウィニペグは体ごと向き直った。

 「ぜんぶお前の言う通りだよ。…ったく、隠し事をしにくい奴だなホントに。
  じゃあ、もう恥もプライドもなしで頼むよ。」

 「家とは方向が違うけど、ちょっと乗せてってくれって?」

 「……そ、そう。」

 またも言い当てられたウィニペグは、いささかしおれた表情で頭を下げる。
 そんな相手の様子に、少女は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「お安いご用よ。」

 その返答に、顔を上げたウィニペグも口もとを曲げて笑う。

 「悪いな、リンゼイ。」

 「なんのなんの。ちょっと待っててねー。」

 言って身を翻した「リンゼイ」は、小走りに別の駐輪スペースへ向かった。
 その背に目を向けながら、ウィニペグはため息をつく。

 「…あーあ。恥かいちまった。」

 力なく呟くその声は、午後の空に紛れて消えていった。

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 「それで?どこ行くの。」

 相乗りした駆輪機の後部シートに座るリンゼイが、のんびりと問いかける。

 「公営コンサートホールだよ。買い物だ。」

 ハンドルを繰って一気に校門を出たウィニペグは、前を向いたまま答えた。

 「リスコ演奏会の指定席チケットが、今日から売り出されるんだよ。学校の
  帰りに買ってきてやるって、勢いで約束しちまったから。」

 「リスコの演奏会?…ってことは、リジェに頼まれたってわけね。…えーと、
  何て言ったっけ…顔は出てくるんだけど……」

 「確か、ブランカ何とかっていう奴だったな。オレたちと同い年くらいの。」

 「なるほどね。」

 頷いたリンゼイの鼻先に、ウィニペグはポケットから出した紙片を差し出す。
 きつい折りぐせがついていたが、それはチケット販売の告知チラシだった。
 中央に、盛装した青い髪の少女の写真が映っている。

 「…リスコリオにしちゃあ、気の強そうな顔してるわよね、彼女。」

 「そうか?…まあ、別にどうでもいいけどな。オレは音楽はわかんねえよ。」

 あれこれと言葉を交わす2人を乗せた駆輪機は、次第に速度を上げていった。
 時間帯が違うせいか、大通りもさほど混みあってはいない。


 公営コンサートホールに続く道には、かすかな陽炎が立ち昇っていた。

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 「何だ、つまっちまったな。」

 首を伸ばして目の前の車の屋根越しに通りを見ながら、ウィニペグが呟く。
 遠くの方にコンサートホールの白い丸屋根は小さく見えてはいるものの、道は
 混雑していた。

 「すり抜けて行けばいいじゃん。」

 「いや…。」

 自分の背中をつつきながらのリンゼイの言葉に、ウィニペグは曖昧に応えた。
 ほどなく相手の意を察し、リンゼイはにこりと笑みを浮かべる。

 確かに、駆輪機の大きさなら車両の間をすり抜けて行くことはできる。
 彼のテクニックなら、造作もない事だろう。
 おそらく、自分ひとりで走っていたならためらいなくやったに違いない。

 しかし、今は相乗りをしている。まして、乗っている駆輪機は借り物だ。
 どんなに急いでいようと、この状況で危ない無茶はしない。

 ウィニペグとは、そういう少年だ。

 「そんじゃまあ、気長に行きましょ。もうすぐだし、ね?」

 なだめているのか励ましているのか分からない語調で言ったリンゼイの手が、
 もういちどポンポンと目の前のウィニペグの背を叩く。

 「……。」

 何となく照れたようなばつの悪い顔で、ウィニペグはじっと前を見ていた。
 笑みを浮かべたリンゼイは、ますます混み合ってきた周囲を見回す。
 と、その目が、斜め後ろに停まっている黒い車を捉えた。

 「ねーねー、ウィニペグ!」

 「何だよ。」

 大声で呼ばれたウィニペグが振り返るのを待ちかねたかのように、リンゼイは
 興奮ぎみな素振りで車の後部座席を指差す。

 「あれあれ。あの子、例のリスコリオじゃないの?」

 「あ?」

 指さす先を怪訝そうに追ったウィニペグの視線が、側面の窓を開けてこちらを
 見ていた視線とまともにぶつかる。

 車内は少し影になっていたが、確かにそれはチラシに乗っていた顔だった。

 「お、そうみてえだな。」

 「やっぱりコンサートホールに行くんだろうね。サイン会でもあるのかな。」

 「サイン会?…あ、そういやそんな事、リジャイナが言ってたっけな。」

 何かに思い立ったかのように呟き、ウィニペグは先ほどリンゼイから返された
 告知チラシを取り出して見直す。
 ますますクシャクシャになってはいたものの、下の方に確かに記載があった。

 「先着順でチケットにサインくれるってよ。…でも間に合わねえな…。」

 確かに、今から並んだのでは無理だろう。
 苦々しげに言ったウィニペグに、リンゼイが声をかける。

 「渋滞してるし、何だったら今あたしがもらいに行こうか?それくらい…」

 しかし、提案は頓挫した。
 最後まで言い終わらないうちに、不意に車の列が動き始める。

 「バカ言ってねえでちゃんと掴まれよ。」

 あわてて座り直した後部シートのリンゼイを一瞥し、ウィニペグは駆輪機を
 車の流れに乗せて発進させた。

 ブランカの車は、あっという間に2人を追い越して走り去る。

 「…まあいい。とりあえずはチケットだ。それが手に入れば…。」

 自分に言い聞かせるかのように呟きながら、ウィニペグはスピードを上げた。
 その目の前に、コンサートホールの屋根がぐんぐん近付いてくる。


 陽光を反射するその白さが、2人の目に少し沁みた。

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 「あー、やっぱり並んでるなー。」

 入口から続く行列に、駆輪機を繰るウィニペグは苦々しげに呟いた。
 そのまま速度を落とし、駐輪スペースへと乗り入れる。

 「ま、買えないって事はないでしょ。とりあえず並ぼ。」

 言いながら身軽に飛び降り、リンゼイは小走りで入り口に向かった。
 エンジンを切ったウィニペグも、あわててその後を追う。
 最後尾に並んだ時、さっき見かけたブランカの車が関係者用入口から建物へと
 入ってくるのが遠目に見えた。どうやら、門の手前で追い越したらしい。

 「…悪いな、リンゼイ。」

 少し背伸びして行列の先を窺ったウィニペグが、小声で詫びる。

 「こんな面倒ごとに、付き合わせちまって…」

 「いいのいいの、気にしないでー。」

 すまなそうな表情のウィニペグに手を振り、リンゼイは明るく笑った。

 「たまにはこんなのも良し、ってね。」

 「悪い。」

 苦笑を浮かべ、ウィニペグは頭を掻く。
 長いながらも、行列はそれなりに順調なペースでさばかれていた。
 しばし、雑談を交わした頃。
 何気なくポケットに手を入れたウィニペグの表情が、不意にこわばった。
 それを目の当たりにしたリンゼイは、目をぐるりと一回転させる。

 「ひょっとして…」

 考えながら喋っているらしく、その口調はゆっくりだった。

 「いつもの駆輪機じゃないのとあわてたのとが重なって、シートボックスに
  財布ごとカバンを忘れてきちゃった、とか?」

 「何でもかんでも見抜くなって!…えー、つまり…」

 「並んどけばいいんでしょ?ハイ行って行って。」

 「悪いな。」

 ばつの悪そうな顔で言うと、ウィニペグは列を離れて駆け出す。
 かなり遠くなっていた入口から出て行く背を、笑みを浮かべたリンゼイの目が
 じっと見送っていた。

 すでに希望者は全員並んでいるらしく、駐輪スペースには人影もなかった。
 うろうろと愛車を探し回っていたウィニペグは、いちばん奥にまで来て思わず
 舌打ちする。

 「…あるワケねえじゃねえか、オレのが。」

 だからこそリンゼイが一緒にいるのだという事を、すっかり忘れていた。

 「ええっと、確かあいつの駆輪は…」

 つぶやきながら向き直ろうとした、その刹那。
 フェンスの向こうにある金属製の扉が開き、ひとりの小柄な女性が出てきた。
 少し距離はあるが、あのリスコリオである事はひと目で分かる。
 その挙措に何となく不審なものを感じたウィニペグは、すぐ傍らにある支柱の
 影に身をひそめた。
 注意深く周囲を見回したブランカは、服の胸ポケットから何かを取り出す。
 一瞬ののち、膨張したその塊は白いマスクと黄色いマントを形成した。
 素早くパー着したブランカの体は、軽やかに空へと舞い上がる。

 と、その瞬間。

 視線の位置が上昇した事で、駐輪スペースにいたウィニペグの姿がブランカの
 視界に入った。見上げたウィニペグの視線と、ブランカのそれがぶつかる。
 一瞬の間をおき、身を翻したブランカはそのまま飛び去って行った。

 「…何だあいつ?」

 訝しげに片眉を吊り上げたウィニペグが、ぼそりと呟く。
 彼はまだ、パーマンというものの存在を知ってはいなかった。
 あらためて駐輪の列に向き直り、リンゼイの駆輪機を探す。
 しかし、向き合った時の相手の表情は、なおも脳裏に焼きついていた。


 マスクのゴーグル越しでさえ、はっきりと分かる。

 泣き出しそうなくらいの、怯えと狼狽に満ちていた表情が。

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 「遅かったわね。」

 「悪い悪い。オレの駆輪をついクセで探しちまっててよ。」

 苦笑いを浮かべながら戻った時、リンゼイはすでに列のかなり前方にいた。

 「残念だけど、サインの配布は定員に達したので終了しますってさ。さっき、
  係の人が言ってたよ。」

 「え、何だと?だってあいつはさっき…」

 言いかけた途端、行列は大きく進んだ。
 通路を曲がる格好になり、チケット販売を行っているブースが視界に入る。

 「………?」

 その中央の席に座っているのは、まぎれもなくブランカだった。
 小さく笑みを浮かべ、購入者たちと挨拶を交わしている。

 「さっき、何?」

 露骨に表情を険しくしていたウィニペグは、脇をつつかれて我に返った。

 「あの子がどうかしたの?」

 「いや…」

 視線をブースのブランカにむけたまま、ウィニペグが呟く。

 「何でもねえ。たぶん、何かの見間違いだ。…たぶんな。」

 「ふーん。」

 さして興味もないといった態で、リンゼイもブースの方へと向き直る。
 なおも晴れない、澱のような疑念を抱え。
 ウィニペグは己の言葉で、リンゼイよりむしろ己を納得させようとしていた。

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 夜は、ぐっと冷え込みが厳しくなった。

 自室の窓から夜空を見上げていたウィニペグは、視線を手元に戻す。
 サインはもらえなかったものの、無事にチケットは手に入った。
 リジャイナは泊まりの体験学習授業に参加しているため、まだ渡せていない。
 おそらく、帰ってくるのは明日の昼頃だろう。
 昼間の事を思い返しながら、チケットの席順表記を確かめようとした時。

 不意に、窓からの月明かりに影が落ちた。

 反射的に見上げた視線が、見覚えのある相手のそれとまともにぶつかる。
 逆光になってはいたものの、相手が誰なのかはすぐに分かった。
 しばしの、沈黙ののち。

 「……こんばんは。」

 先に言葉を発したのは、相手の方だった。

 「悪い。」

 何か言おうとするブランカを制し、ウィニペグは身を乗り出して通りの先を
 指し示した。建物の影に、公園らしきスペースがあるのが見てとれる。

 「家族が多いんだよ。見られると厄介だから、あそこで待ってろ。」

 「う、うん。」

 出鼻をくじかれたブランカは、素直に頷いた。そのまま身を翻し、公園の方へ
 一直線に飛んでいく。
 見送ったウィニペグは素早く窓を閉め、部屋を出た。階段を一気に駆け下り、
 下にいたシャーロットに声をかける。

 「おい。ちょっと出てくる。すぐ戻るから。」

 「あ、うん。気をつけてね。」

 遠慮がちに手を上げたシャーロットの頭をポンと叩き、ウィニペグは裏口から
 外に出た。月明かりが、寒々とした道路に蒼い影を色濃く映し出す。

 ひと気のない夜の通りを、ウィニペグは小走りに進んだ。

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 先に相手を見つけたのは、ブランカの方だった。
 キョロキョロと公園内を見回すウィニペグの肩を、手でポンと叩く。
 振り返った彼の目に映ったのは、すでにパー着を解いたブランカの姿だった。

 おそらく、あの姿では余計に目立つからだろう。
 帽子を目深に被ってはいるが、自分を見つめる瞳は間違えようがなかった。

 「…ウィニペグ・ログナ…くんよね?」

 「何で分かった?」

 いささか驚いた口調で、ウィニペグはパッと体ごと向き直る。

 「オレは名乗ったりはしてねえだろ。」

 「それは…。」

 気圧されたように、ブランカは少し口ごもった。

 「チケット購入者リストで調べたのよ。そこにあなたの名前があったから…」

 「だから、その名前をどうやって知った?」

 「……。」

 なおも身を引き、ブランカはもじもじと足を組みかえる。

 「あなたの…その、カノジョが口にしたのを聞いたから。」

 「カノジョ?リンゼイの事か?どこで…」

 そこまで言って、ウィニペグはふと眉をひそめた。

 「あの時か。道路で…」

 言いながら、じっとブランカの顔を見つめる。
 その表情の変化から、推測が当たっている事は分かった。

 リンゼイが自分の名を呼んで、彼女が耳にする機会。
 どう考えてもそれは、ホールに向かう途中の渋滞の中しかなかった。

 「たいした聴力だな。さすがは天才リスコリオだぜ。」

 「別に…。」

 視線を逸らしたブランカは、少しばつの悪そうな口調で呟く。

 「聞こうと思って聞いたわけじゃないからね。」

 「分かってるよ。それと…」

 からかうように、ウィニペグは口もとを歪めて笑った。

 「言っとくが、リンゼイはカノジョなんかじゃねえからな?」

 「別にそんな事はどうでもいいわよ!あたしは…!」

 ムキになって語調を荒げたブランカの声が、そこで不意に小さくなる。

 「こんなこと、言いに来たんじゃない。…見たんでしょ?昼間…」

 「お前がマスク被って、空を飛んでいくところをか?」

 「……そ、そう。」

 あまりにもストレートな言い方に、ブランカは身を固くした。
 その目が、ちらりと空を一瞥する。

 「それで?目撃者であるオレを、消しにでも来たのか。」

 「そんなわけないでしょ!?」

 心外だとでも言うように、反論の声は荒くなった。

 「じゃあ、何なんだよ。」

 物怖じする風もなく、ウィニペグは淡々と問い返す。

 「わざわざオレを探し出して、口止めしに来たってのか?」

 「それは…その…。」

 よほど言いにくい事なのだろう。
 うつむいたブランカは、そのまま黙ってしまった。
 腕を組んだウィニペグも、黙って相手の次の言葉を待つ。

 ひときわ長い、沈黙ののち。

 「…嫌なら、別にいいんだけどさ。」

 ポツリと呟き、ブランカはまっすぐに視線をウィニペグに向けた。

 「あなたも、パーマンにならない?」

 「パーマン?何だそれ。」

 「し、知らないの!?」

 肩透かしを喰ったブランカの声は、間抜けに裏返る。

 「ああ。」

 詫びれる風もなく、ウィニペグはちょっと肩をすくめた。

 「…別にいいけどね。」

 何となくがっかりした口調で応え、ブランカはため息をつく。
 どうやら、ウィニペグに何か別のリアクションを期待していたらしかった。

 「パーマンっていうのは、昼間あなたが見た…あたしの姿よ。6600倍の
  力と、高速で空を飛べるマント。それを駆使して、正義のために戦うの。」

 「そりゃすごいな。…で?正体は秘密なんだな?だから、素顔を見たオレを
 仲間にする必要がある、と。」

 「…簡単に言っちゃうとね。」

 見透かされたブランカは、少し口を尖らせて言い添える。

 「だけど、別に嫌ならいいのよ。あたしはどっちでもいいし、あなたが来ない
  からといって…どうって事ないし。だから…」

 「やるよ。」

 「えっ?」

 なおも何か言おうとするのを遮り、ウィニペグはあっさりと返事した。

 「やるって言ったんだよ。面白そうじゃねえか、正義のヒーローってのは。」

 「…ほ、ホントにいいの?だって…」

 「いいからやるって言ってんじゃねえか。」

 妙にくどいブランカの言葉に、ウィニペグは少し眉を吊り上げる。

 「オレだって、人並みに正義感くらい持ってるつもりだぜ。それとも心配か?
  オレじゃあ、ろくな事やらねえかも知れねえって…」

 「そんな事は言ってないわよ。」

 なおもためらいがちに、ブランカは念を押した。

 「…じゃあ、本当にいいのね?」

 「ああ。やるよ。」


 風が起こったのは、そう言い終えた直後だった。

 気配を感じたウィニペグが振り返った、そのすぐ先に。
 黒いマスクを被った、背の高い男の姿があった。

 「その意志に、間違いはないな?」

 自分を見つめる男は、少し高い声で問い掛ける。

 「誰だ?」

 「バードマン。…あたしを、パーマンに任命した人よ。」

 声に振り返ったウィニペグの顔が、白いマスクのゴーグルに並んで映る。
 いつの間にか、ブランカは再びパー着していた。

 「あとの事は、彼に訊いて。」

 そう言い残したブランカの細い体が、一気に上空へと舞い上がる。

 「何だ?自分の用事は済んだってのかよ。」

 怪訝そうに呟いたウィニペグに、男―ライジェックが歩み寄った。
 間近で向き合うと、さらに背の高さが際立つ。
 長いマントをまとっているせいで、よけいに威圧感があった。

 しかし、恐怖を与えるような禍々しさなどはなかった。
 威圧感は、その厳然とした態度から醸し出されるものなのだろう。
 そう感じたウィニペグは、口もとを歪めてにやりと笑った。

 「ああ。聞いてたんだろ?やるよ。」

 じっとその顔を見ていたライジェックは、やがて小さく頷く。
 意志の確認は、彼なりに済んだらしい。ほどなく、その手が何かを差し出す。
 マユ状に収縮された、緑色のパーマンセットだった。

 「それが、君のパーマンセットだ。使い方は…」

 「分かってるよ。確かこうだろ?」

 そう言ったウィニペグが、その塊を摘み上げて指先で軽くこねる。
 一瞬にしてセットは膨張し、手の中にマスクとマントが出現した。

 「…なるほど。理解が早いようだな。」

 感嘆したように言ったライジェックは、少し口調を変える。

 「では、注意事項を言っておく。今さらかも知れんが、自分がパーマンだと
  絶対に他人には悟られるなよ。君の場合は、むしろ特例だと思うように。」

 「特例?」

 訝しげなウィニペグのひと言に、ライジェックは小さく頷いた。

 「そうだ。正体を露見するたびにパーマンを増やすわけにはいかん。任命する
  人数は限られているからな。次は罰則の適用もやむを得ん。」

 「罰則って何だよ。」

 なおも問い掛けるウィニペグの顔を、ライジェックは鋭い目で見返す。

 「…資格剥奪の上、細胞変換銃で動物に変身させる事になる。心しておけよ。
  それと…」

 「待てよ。」

 手を上げて相手の言葉を遮り、ウィニペグは片眉を吊り上げた。

 「じゃあ、オレがもしこの誘いを断ってたら、あいつはどうなってたんだ?」

 「むろん罰則の適用をしていたよ。君に関しては、この夜に関する記憶だけを
  削除させてもらっていた。」

 「なるほどな。分かった。」

 何度か頷いたウィニペグに、ライジェックはコピーロボットを差し出す。
 説明を聞きながら、ウィニペグの目はふと上空に向いた。
 さっきは気付かなかったが、上の方にブランカが背を向けて浮かんでいる。
 その小さな背中を見ながら、ウィニペグはかすかに笑みを浮かべた。

 なるほどな。

 それなりに、オレを尊重したという事か。

 強がりは、あいつなりの覚悟の現れだったんだろう。
 オレをパーマンに誘うのは、自分のミスがきっかけだから。

 だから、ことさら大した事ではないと言い張った。

 オレが断れば、文句のひとつも言わずに罰を受けるつもりだったんだろう。
 それなりの決意をして、ここへ来たんだろう。
 この、厳しそうな"バードマン”と一緒に。

 チヤホヤと甘やかされてるだけのお嬢さまリスコリオなのかと思っていたが、
 けっこう骨のある奴らしい。

 いいだろう。

 「おい、聞いてるのか?」

 「ああ、もちろん。やってやるともさ。」

 言いながらコピーを受け取り、ウィニペグは迷うことなくマスクを被った。
 そのまま空を見上げたゴーグルに、降下してくる白い影が映り込む。
 次第に大きくなるその影―ブランカの口もとに、かすかな笑みが見えた時。
 同じように、ウィニペグは口もとを歪めて皮肉っぽく笑った。

 ああ。
 やってやるさ。オレなりにな。


 舞い降りたブランカを迎えるウィニペグの笑顔に、迷いの色はなかった。

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 翌日。

 駆け足で帰ってきたリジャイナは、手渡されたチケットを見て歓声を上げた。
 満面に笑みを浮かべ、そのまま目の前のウィニペグの首に抱きつく。

 「ありがとお兄ちゃん!!サインと一緒にメッセージ書いてもらえたなんて!
  これ、大事にするからねー!」

 「ああ。苦労の賜物なんだから、そうしてくれよ。」

 「うん!」

 体を離し、リジャイナは小躍りしながら部屋を出て行った。
 笑みを浮かべて息をついたウィニペグもまた、ゆっくりと部屋を出て行く。

 外は、いい天気だった。
 人影もまばらな通りを歩いていたその背に、軽快なクラクションの音が届く。

 「こんちは!」

 「よう、リンゼイ。昨日はアリガトな。」

 「どういたしまして。」

 言葉を交わしていたウィニペグのポケットから、不意に高い発信音が流れる。

 「どしたの?」

 「いや、何でもねえ。ちょっとした呼び出しだよ。」

 「ふーん。」

 ちらりと音の漏れるポケットに目を向けたものの、リンゼイはそれ以上の事は
 訊かなかった。代わりに、駆輪機の変速スイッチに指をかける。

 「んじゃ、あたし行くから。また学校でね。」

 「ああ。気をつけてな。」

 「お互いにね。じゃ、またねー!」

 明るい声を残し、スピードを上げたリンゼイは走り去っていった。
 軽く手を振ったウィニペグが、姿が見えなくなると同時に息をつく。

 「悪いな、リンゼイ。」

 その声には、少し寂しげな響きがあった。

 「お前には、隠し事はしたくなかったんだけどな。」


 佇んでいたのは、ほんの短い間だけだった。
 意を決したように踵を返し、ウィニペグは建物の陰に走りこむ。
 数秒も経たないうちに、空に舞い上がった影。

 その影は、晴れた空を一直線に飛び去って行った。

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 「よう、待たせたな。」

 到着したウィニペグの声に、腕組みしていたブランカはパッと振り向いた。
 そのまま相手の顔をしげしげと見つめ、低い声で呟く。

 「…ホントに来たのね。」

 「何だその言い草は?」

 ポケットに手を入れた姿勢で、ウィニペグは語調を荒くした。

 「お前が呼んだんじゃねえのかよ。用がねえんなら帰るぜ?」

 「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 あわてて身を乗り出したブランカが、ほんの少し口を尖らせる。

 「…そんな言い方、しなくてもいいじゃない……。」

 「何だって?」

 「何でもない!こっちよ、ついて来て!」

 少し怒ったように言い放ち、ブランカは身を翻して一気に加速する。
 遅れることなく後に続くウィニペグを、ちらりと見た瞬間。
 偶然にもまともにぶつかった視線を、彼女はあわてて逸らした。
 少し早くなっている動悸が、自分でもかすかに聞き取れる。
 どうしてなのかは、分からなかった。

 何よ、コイツ。
 あんな言い方、誰にもされた事ないのに。

 あたしがどういう人間なのかは、じゅうぶん知ってるはずなのに。
 何で、こんなに遠慮がないのよ。

 …あたしなんか、どうでもいいってわけ?


 「ねえ。」

 「何だ?」

 「…あの子、ホントにカノジョじゃないの?」

 「リンゼイか?違うっつっただろうが。何でそんなこと訊くんだ?」

 「別に…」

 「…お前、まさか。」

 ぐっと接近してきたウィニペグに、ブランカはいささかあわてた。

 「な、何よ。」

 「あいつもパーマンにしようってんじゃねえだろうな?冗談じゃねえぞ!?」

 「違うわよっ!!」

 ひときわ大声で怒鳴り返したブランカが、ますます速度を上げる。

 「おいちょっと待て!お前…」

 「あたしはブランカ!お前はやめてよね!」

 「待てよブランカ!ホントに違うんだろうな!?」

 「うるさ―――い!!」

 大声を交わしながら飛んでいく、2人のパーマンの姿。


 それは、澄んだ空に白い煌きをいくつも残しながら、小さくなっていった。

================【完】================
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◆リンゼイ・トンプソン




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