元気な少年 ―Episode04―



====================================

 年の瀬。

 道往く人が急ぎ足になるのは、どこの世界でも同じだった。

 寒々しい色のタイルが敷きつめられた、商店街の通りの片隅で。
 大きな荷物を脇に置いた老人がひとり、縁石に腰を下ろしていた。
 荒い息をついている様子から、相当くたびれているらしい。

 しかしその姿は、目の前の道を行き交う人々にとって限りなく無意味だった。
 誰もがほとんど目もくれず、忙しげにその老人の前を通り過ぎていく。
 老人もまた、何かを期待するような素振りは見せなかった。

 ありふれた時間が、いくらか流れた頃。
 息を整えて立ち上がろうとした老人の顔に、不意に影が落ちた。
 見上げた視線が、目の前に立つ少年のそれとぶつかる。
 さっき、目の前を通り過ぎた憶えのある顔だった。自分にチラッと目を向けて
 一瞬だけ足を止めようとしたのを記憶している。

 所在なげな素振りから察するに、迷った末に戻ってきたのだろう。

 「…何か?」

 老人は、少し警戒の念をこめて問いかけた。
 こんな往来とはいえ、人はみな他人の事には無関心そのものだ。
 それを見越した、引ったくりという可能性もあった。

 一瞬の沈黙ののち。

 「…あ、あのですね。」

 応える声は、明らかに緊張していた。
 悪意などかけらも感じない、しかも予想よりずっと幼い声。
 逆光になってよく見えなかったが、あどけなさの残る顔立ちをしている。

 「重そうですから、お荷物持ちましょうか?」

 「ホ?」

 老人は、少し驚いた声を返した。
 襲いかかってくる事はないと思っていたが、何故かその言葉は予想外だった。
 どうやら、言った本人にとっても勇気のいるひと言だったのだろう。
 語尾は少しかすれていた。

 「じゃあ、お願いしますかな。」

 笑顔でそう言った老人は、よっこらしょと立ち上がる。
 その言葉で緊張の呪縛が解けたように、少年はパッと表情を明るくした。

 「は、はい!それじゃっ!」

 言いながら、傍らに置かれた荷物を両手で持ち上げようとする。

 「…?」

 荷物の重さに引っ張られるかのようにつんのめった少年の姿に、老人は少し
 眉をひそめた。
 あらためてよくよく見れば、かなり痩せっぽっちであまり顔色もよくない。
 どちらかといえば、誰かに助けられている姿の方がしっくり来る少年だった。

 「…あなた、大丈夫かい?」

 「へ、平気ですよ。」

 応えた少年は、苦労して何とかその大荷物を背負った。
 重さで腰を曲げたその格好は、どうにも年寄りじみて見える。

 「ありがたいが、あまりご無理はなさらんようにな。」

 「大丈夫です!じゃ、行きましょう!」

 持ち上げただけで息を切らしてはいたが、少年の声は元気だった。

====================================

 「あの、もし。」

 「何ですか?」

 人通りもまばらな小路を、しばらく行った所で。
 前を歩く少年に、老人は少し気遣わしげな口調で言った。

 「もうあと少しだから、ここからはわしが運びますよ。どうもありがとう。」

 「…い、いえ。」

 ぜいぜいと荒い息をつきながらも、少年は大きく首を振る。

 「せっかくだから、最後までお持ちしますよ。」

 「しかし、あまりご無理なさると…」

 「いえ、やらせて下さい。」

 見た目の弱々しさの割に、少年は頑固だった。

 少し震えの来ている両足をぐっと踏ん張り、荷物を背負い直す。
 その瞳は、ひたすら前を見ていた。

 「…がんばり屋さんじゃねえ、ボクは。」

 「そんなこと、ないですよ。」

 確かめるように一歩一歩進みながら、少年は声を返す。

 「ただ、見てもらいたいだけです。」

 「何を?」

 「元気になった僕を。」

 その言葉は、明らかに老人以外の誰かに向けられたものだった、

 「誰に、見てもらいたいんじゃね?」

 「それは…」

 そこで、不意に言葉が途切れる。
 足がもつれたのかあるいは力尽きたのか、少年は前につんのめった。
 危ういところで手をついたものの、背中の荷物が大きく波打って音を立てる。

 「だ、大丈夫かね!?」

 「……」

 一瞬、少年は言葉を返す事ができなかった。
 何とか立とうと踏ん張るものの、足と、何より呼吸が言う事を聞かない。
 手を出そうにも、しっかり背負って手をついていては荷を下ろさせる事さえも
 簡単にはできない。
 老人は、しばし途方にくれた。

 何よりも。
 今ここでやめさせるのは、この少年の言う「元気」を傷つける行為に思えた。

 汗を流しながら、少年はなおも踏ん張る。
 何とか呼吸を整え、体勢を立て直そうと歯を食いしばった刹那。

 「!?」

 突然、背中の荷物が軽くなった。
 勢いをつけて身を起こした視界の端に、さっきと同じ姿勢の老人が映る。
 彼が手を出したわけでは、ないらしかった。

 訝しげな表情を浮かべた少年が、振り返った瞬間。

 「しっかり立てよ、おい。」

 どこか不遜な響きの声が、すぐ背後から届いた。
 首を曲げて向けた目に、荷物に添えられた手、そしてその手の主の顔が映る。

 見たことのない。
 それでいて、どこか懐かしい。
 そんな顔だった。

 視線がぶつかると同時に、相手は再び口を開いた。

 「何を無茶してんだよ。うらなりの分際で。」

 「い、いや、その…。」

 しどろもどろになった少年の顔を見たまま、相手は同じ口調で問いかける。

 「それで、まだやれんのか?お前。」

 「やれます!」

 答える言葉には、迷いもためらいもなかった。
 それを耳にした相手は、口もとを歪めてにやりと笑う。

 「ようし。じゃあしっかり立てよな。後ろはオレが支えてやるから。」

 「よーし…。」

 再び正面に向き直り、少年は足に力を込めた。それほど軽くなったわけでも
 ないのに、今回はやすやすと体勢を戻すことができる。
 足もとを確かめ、少年は慎重に足を踏み出した。後ろで支えるもうひとりの
 少年も、スピードを合わせて歩き出す。

 黙ってそのやり取りを見ていた老人も、2人に並んで歩き始めた。
 後から現れた少年は、少し年上らしい。気の強そうな眼差しを持っているが、
 その顔立ちはどこか優しげにも見えた。
 あくまでも自分の力添えは手助けに留め、少年を発奮させる。
 人の気持ちを、酌むことのできる性格の持ち主らしかった。

 交わす言葉の調子から、2人が知り合いでないのは明らかだった。
 そんな若者2人が、この見知らぬ老いぼれのために力を合わせてくれている。

 世の中の風はせわしなく、そして時に冷たい。
 しかしそんな中にも、こんな気概を持った子供たちがいる。

 老人の瞳に、2人の姿はどこまでも眩しく映っていた。

====================================

 「ありがとう。本当に助かったよ。あがって、お茶でもどうかね?」

 「いえいえ、お構いなく!このまま帰りますんで。」

 ていねいに礼を述べた老人の言葉に、少年は笑って手を振った。

 「オレも、買い物行く途中なんで。これで失礼しますよ。」

 後から現れた少年も、そう言って軽く手を上げる。

 「そうか。…じゃ、お元気でな。よい年越しを。」

 「ええ。よい年越しを。」

 「失礼します。」

 挨拶の言葉を残し、2人は去って行った。
 並んで歩くその背を見送る老人は、小さな笑みを浮かべて家に入っていく。


 午後の陽射しは、柔らかな光で2人の影を映し出していた。

====================================


 「あのう。」

 「ん?どした。」

 「どうも、ありがとうございました。」

 「別に大した事してねえよ、オレは。」

 遠慮がちな口調のお礼に、助っ人の少年は軽く鼻を鳴らす。

 「あのじいさんに声かけたのも、あそこまで運んだのもお前だろ?」

 「いえ。僕だけじゃあ、最後まで行けたかどうか…。」

 少年は、照れくさそうに頭を掻いた。
 ほんの少しの、沈黙を置き。

 「お前さ。」

 「はい?」

 「気を悪くしないでほしいけどな。ひょっとして、病気でも持ってるのか?」

 「いいえ。」

 突然の問いかけに、少年は落ち着いて答えた。

 「やっぱり、そう見えますか?」

 「まあな。」

 「よく言われます。確かに、子供の頃はずっと入院してました。生まれつきの
  病気があって。だけど、今はもう治ってます。」

 どこか誇らしげな口調で言いながら、少年はぐっと胸を張る。

 「正直、同い年の子と比べると体力は確かにありません。だけど、病気はもう
  治ったんです。あとは、がんばって体力をつけるだけだって言われてます。
  だから…」

 「だから、がんばってるってワケか。なるほどな。…納得した。」

 相手は、そう言うとにやりと笑った。
 その笑みを目にした少年が、何度か瞬きをする。

 また少し、肩を並べて歩いたのち。

 「…あの。」

 次に口を開いたのは、少年の方だった。

 「変に思わないで下さいね。」

 「何だ?…内容によるぜ。」

 ぶっきらぼうな返事に気圧されつつも、少年は意を決して問い掛ける。

 「もしかして、どっかでお会いした事ありませんか?」

 失礼な問いかも知れないという思いからか、その声はかすかにうわずった。
 しかし相手は意外にも、もういちど笑みを浮かべて答える。

 「よく言われるぜ。だけど違うよ。お前みてえな奴、会ったら忘れるわけが
  ねえからな。」

 その口調は、さっきまでよりも少し優しげに聞こえた。

 「うらなりのクセして、妙にガッツがあってよ。初めて会うタイプだぜ。」

 「そ、そうですか…。」

 曖昧に頷きながらも、少年はなおも相手の顔にちらちらと目を向ける。
 よほど憶えがあるのだろう。しかし相手の少年は、あえて何も言わなかった。
 しばし並んで歩いた2人の目に、やがて大通りの喧騒が映りこむ。

 「じゃあオレ、こっちだから。」

 「あ、はい。」

 応えた少年は、足を止めると表情を改めた。

 「あの。」

 「ん?」

 「…お名前、教えてもらえませんか?」

 「オレの?ああ、いいよ。」

 同じく足を止めて向き直った相手は、口もとを歪めて皮肉っぽく笑う。

 「オレの名は、カポーゾ。カポーゾ・ログナだ。」

 「カポーゾさん。…どうも、ありがとうございました。」

 「いいってばよ。」

 少し照れたように手を振り、カポーゾも笑って問い返す。

 「それで?うらなり、お前の名前は?憶えとくぜ。」

 「ユージア。」

 名乗る声は、誇らしげな響きに満ちていた。

 「僕の名前は、ユージア・ノインです。」
                          ....
 「ユージア、ね。憶えとくぜ。これからも頑張れよ。…ほどほどに、な。」

 「はい!じゃあカポーゾさん、よい年越しを。」

 「おう。じゃあな。」

 そのまま踵を返し、手を振りながらカポーゾは去っていった。
 見送るユージアは、相手の姿が雑踏に中に見えなくなるまで手を振り続ける。

 小さくなっていく、その背中。
 やっぱり、見覚えがあった。

 自分には過ぎた行為に、挫けそうになった時。
 カポーゾは、力をくれた。
 ただ助けるのではなく、自分自身の気持ちを奮い立たせてくれた。

 ずうっと前に、こんな事があった気がする。
 いつだったのか、はっきりとは思い出せないけれど。
 だけど、あの瞳と同じだった。
 同じ瞳で、勇気付けてくれた人がいた。

 生きることに挫けそうになっていた、この自分を。
 それはこの胸に、確信として刻まれている。

 そう。僕は、元気になりました。
 これからも、もっともっと元気になります。そして頑張って生きていきます。
 それだけは、約束します。

 自分に対してか、カポーゾに対してか。
 それとも、別の誰かに対してなのか。それは分からない。

 それでもユージアは、心の中でそう誓った。
 そして、きっぱりと踵を返して歩き出す。
 一歩一歩、しっかり足を踏みしめて。


 雑踏の中を行くユージアの顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。

====================================


 「ただいまー。」

 「遅い。」

 買い物袋片手に帰ってきたカポーゾを、ペルセの尖った声が迎える。

 「年の瀬の忙しい時に、どこで道草食ってたのよ。」
            .....
 「悪い悪い。ちょっと、人助け助けをしてたもんでな。」

 「何だそれ?」

 バイトで手伝いに来ていたクルトーが、腰を伸ばしながら問いかけた。

 「人助けを助けるって、どういう意味だよ。」

 「行く道で、年寄りの荷物運びを必死で手伝ってるうらなり野郎がいてな。
  痩せぎすで力もねえのに妙なガッツの持ち主で、ほっとけなかったんだ。」

 「へぇ、知ってる子?」

 「いいや。」

 興味深げなペルセの問いに、カポーゾは首を振る。

 「けど、奴はオレを知ってる風だったな。たぶん兄貴の昔の知り合いだろ。」

 「ウィニペグの?ふーん。」

 クルトーが応えた刹那。
 傍らのペルセは、ふと視界の隅に動くものを捉えた。
 昼寝を決め込んでいたウェザースが、いつの間にか起き出してカポーゾの方に
 のっそりと歩み寄る。

 「…何だウェザース。オレがどうかしたか?」

 鼻を突き出して自分のにおいを嗅ぎ取ろうとするウェザースに、カポーゾは
 訝しげな声をかける。

 かまう風もなく続けたウェザースは、やがて納得したのか離れていった。

 「さてと。じゃあ、今日の分さっさと終わらせようぜ。」

 「よっしゃ。」

 買い物の袋を作業台に置いたカポーゾの言葉に、クルトーとペルセが頷いて
 歩み寄る。時間的な遅れを取り戻すには、のんびりとはしていられない。

 取り出した領収書をチェックするペルセが、ふと向けた目に。

 傍らのウェザースが、ほんの少し嬉しそうな笑みを浮かべたように映った。


 頭上の天窓の先に広がる、年の瀬の晴れた空。
 それはどこまでも高く、そして明るく澄み渡っていた。


================【完】=================
====================================

◆関連エピソード…『追憶』◆

◆ユージア・ノイン/カポーゾ・ログナ


            


  



広告 無料レンタルサーバー ブログ blog