託す思いを ―Episode05―



〜『初恋の記憶』より〜

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 「へっクション!」

 さほど大きな声ではなかったものの、そのクシャミはやけに甲高く響いた。
 静寂に満ちた、深夜の公園。
 しんしんと降り積もる雪のほかには、動くものすらも見当たらない。
 その片隅にあるベンチに、1人の女性が座っていた。
 薄手の手袋をした右の手を鼻に当て、遠慮がちにこする。
 クシャミの主は、どうやら彼女らしかった。

 「………。」

 手を下ろした女性は、後ろめたそうな表情を浮かべて傍らに目を向ける。
 誰もいないと思われたベンチの反対側で、何かがむくりと身を起こした。
 青い毛並みを持つ獣が、鼻先を女性に向けてちょっと首をかしげる。

 「…寒いわね。」

 気まずい沈黙に耐えかねたかのように、女性はその獣に声をかけた。
 もちろん、返事などは返って来るはずもない。
 かえって、妙な雰囲気が強まっただけだった。

 「…………。」

 自分を見つめる獣の視線を避けるかのように、女性は視線を正面に戻した。
 そして、膝元で手のひらを勢いよくこすり合わせる。
 獣は、何事もなかったかのようにまたベンチにうずくまった。

 何を待つのか、1人と1匹はそのままずっと座っていた。
 いつしか、目の前の砂場がうっすらとまだらに白くなっている。
 この分なら、明日の朝には雪が積もって真っ白になっている事だろう。

 雪に包まれた、静寂の公園。


 住宅地の向こうの通りを駆け抜けていく自動車の音が、まるで遠吠えのように
 寂しく響いて消えていった。

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 どのくらい経っただろうか。

 背を丸めて寒さに耐えていた女性が、ふと顔を上げた。
 みずから吐く息によって白くなっていたメガネのレンズに、不意に光が走る。
 いくつかの情報が表示され、やがて目の前の地面に座標ポイントが示された。

 「…遅いわよ…ったく。」

 ぼそりと愚痴を述べた刹那。

 示されていた地面のすぐ上の空間がわずかに歪み、やがて何かが出現する。
 それは、一瞬で3つの人影を形成した。

 「お待たせ、友子。」

 ひときわ背の高い中央の影が、音もなく着地して声を上げる。

 「ええ。ホントにお待ちよ。寒いわ話は弾まないわ…。」

 頭にうっすらと積もった雪を払いながら、女性―友子が立ち上がった。
 鼻の頭が少し赤くなっているのが、暗い中でもかすかに分かる。

 「それで…」

 さらに肩の雪を払いながら、友子は中央の影―スノーウィに目を向けた。

 「ちゃんとうまくいったの?」

 「ええ、おかげさまで。アリガトね。」

 笑顔で礼を述べたスノーウィの目が、自分の左右に立つやや背の低い2人―
 ウィニペグとブランカの顔を見比べる。
 その視線の動きを追った友子の目は、ブランカの顔を見据えて止まった。
               ....
 「ヘマはしてないでしょうね?ルチーナ。」

 「何とか。…ちょっと、冷や汗ものでしたけど。」

 笑みを浮かべながら、「ルチーナ」は頭を掻いて応える。
 その顔をじっと見ていた友子の表情は、ようやく和らいだ。

 「なら結構。」

 言いながらトライアルアルファを外し、少し曇ったレンズを丁寧に拭く。
 その背後で、一頭の獣がのっそりと身を起こしつつあった。
 それに視線を向けたスノーウィが、肩に着いた雪を払いながら歩み寄る。
 ちらりとそれを横目に見た友子は、何も言わずに少し離れた。
 意図を察したルチーナも、友子に続いてベンチから離れる。

 腰を下ろしたスノーウィに、傍らのウェザースはゆっくりと視線を向けた。
 待つほどもなく、その思念が互いの頭に柔らかく響く。


 ―悪いな、いきなり呼び出しちまって。…どうにも、見るに見かねてよ。

 ―いいのよ。他でもないクルトーの事だもの。何を置いても駆けつけるわよ。

 ―それで、あいつはどうなった?

 ―あたしのテレパシーで、記憶をすべて開放した。あなたの事は分からないと
  思うけど、少なくとも昔の思い出はもうぜんぶ戻ってるわよ。

 ―…そうか。世話かけたな。

 ―いいえ。こちらこそありがとう。きっかけをくれて。

 ―きっかけ?

 ―そう。あたしもずっと気がかりだったのよ。一人だけ前に進み切れてない、
  あの子の事が。

 ―だけど、いいのか?あいつの記憶を、独断で戻すなんてのは…

 ―構わないわよ。あたしは毎日、バード星で身を削って働いてるんだから。
  あの子の記憶くらい、誰にもとやかく言わせはしない。心配無用よ。

 ―それならいいんだけどよ。
  …お前も、ずいぶんと苦労してるみてえだな。

 ―まあね。だけど、望んで選んだ道だからどうってことない。
  仕事仲間も、なんだか愉快な連中ばっかりだしね。


 そう応え、スノーウィは遊具の傍に佇む友子とルチーナに目を向けた。
 その動きをじっと追ったウェザースの視線が、ルチーナのそれとぶつかる。
 一瞬のためらいののち、相手は小さく会釈した。

 『…それにしても、じじいもとんでもねえ事やりやがったな。あのチビ助を
  よりによってあんな姿で転生させるとはよ。』

 「あたしも、一緒にやってると何だか調子くるう事が多いんだけどね。まあ、
  そのうちなれるとは思ってる。」

 『今回の事、ブランカには言うなよ。よけいな心配はさせたくねえからな。
  …つまり、いろんな意味で。』

 「了解。」

 笑ってウィンクしたスノーウィは、やがて視線を別の方向へと向ける。
 そこには、一緒に戻ってきたもう一人の姿があった。
 初めからこちらと距離を置き、別の場所のベンチに足を組んで座っている。
 ウェザースは、さっきからずっとそちらには視線を向けないようにしていた。

 「…ねえ。」

 そんな意固地な態度をからかうように、スノーウィはウェザースの背中に
 そっと手を添えて毛並みを撫でる。

 『何だよ。』
                     .............
 「あたしは外すから、話したら?…大丈夫。思念のパターンが同じだから、
  今と同じ要領で会話はできるわよ。」

 『…いや、オレは…』

 「つべこべ言ってないで。らしくないわよ、ログナ。」

 言い放ち、スノーウィはさっさと立ち上がった。その場にウェザースを残し、
 視線の先にいる相手を手招きする。
 しかし、その相手もまた何となくグズグズと渋っていた。

 「あぁもう。世話が焼けるわねあんたたちは。」

 ちょっと口を尖らせたスノーウィが、早足で相手に歩み寄った。そのまま、
 手を掴むと無理やり引っ張って戻ってくる。

 「ホラ!ぐずってんじゃないわよ!」

 なかば叱りつけるような口調で促され、相手はようやくウェザースの隣に
 腰を下ろした。
 それを見届けたスノーウィは、踵を返して離れていく。

 ぽつねんと残された1人と1匹は、やがて遠慮がちに顔を見合わせた。

 『……よう。』

 『久し振り…。』

 スノーウィの言葉どおりだった。
 案ずる事もなく、互いの言葉はダイレクトで思考に伝わった。

 その事を確認した「2人」は、やがて同時に口もとを歪めて笑い合う。
 人間と牙犬という、姿かたちの違いはあるものの。
 その確信に、揺らぎはなかった。

 2人は、まぎれもないウィニペグ・ログナそのものであると。

 『久し振りだな、コピー。』

 『ホントに、な。』


 交わす言葉は、歳月の隔たりを一瞬で飛び越えていた。

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 ―いろんな意味でビックリしたぜ。まさか、お前が来るとはな。

 ―そりゃ、お互いさまだよ。
  もういちど起動する事があるなんて、オレ自身がまったく思ってなかった。
  それに、ブランクの長さにもビックリしたからな。

 ―こんな形でまた会うとは、わかんねえもんだな。生きるってのも。

 ―だね。
  けど、本当にホッとした。今の君には。
      . . . 
 ―まあな。あの時とは、何もかも違う。
  けっこう、気分よく暮らしてんだぜ。オレも、ブランカも。

 ―らしいな。来る途中で、スノーウィから詳しく聞いたよ。

  こう言っちゃ何だけど、ライジェック次長には感謝しないとね。

 ―そうだな。まさかこんな長い間、お前を自分の手元に保管してくれてるとは
  思ってもみなかった。

 ―オレもだよ。
  聞いたんだけど、ブランカのコピーは本人の希望もあってすぐにリセットが
  かけられ、次のパーマンに引き継がれたらしい。
  だけどオレは、ずうっとメモリごとライジェック次長が保管してたってさ。

  ダメモトで訊きに行ったら、すぐ出してくれたってスノーウィが言ってた。

 ―あいつはあいつなりに、ずっとオレたちの事で迷い続けてたんだろうな。
  別れ際に大ゲンカしたのも、知ってただろうから。

 ―何だかんだ言っても、バードマンだからね。
  それなりに、責任は感じてたっていう事だろ。

  でも、よかったよ。
  最後の起動で、こうして会えて。

 ―ああ、そうだな。
  そうそう。そういえば、こないだカポーゾが会ったらしいぜ。

 ―…誰に?

 ―あいつだよ。ユージア・ノイン。オレの人生を変えた、あのチビ助だ。

 ―ホントか!?

 ―ああ。ひ弱だが、元気にしてたってよ。それ聞いた時は嬉しかったぜ。
  オレたちのやった事は、無駄じゃなかったってな。

 ―そうか…あの子がね。
  この上ない話だなぁ。最後の土産としては。

 ―だろ?
  お前にも、言っておきたかったんだよ。
  …これで胸のつかえが取れたぜ。


 ―もう、思い残す事はないな。
  次長には、本当に感謝しないと。

  そして、君にも。


 ―なにを言ってんだよ。
  礼を言うのは、オレの方だ。

  ありがとよ、コピー。
  感謝してるぜ。心から。


 ―ああ。
  元気でな。ウィニペグ。
  みんなに、そして、新しい仲間たちにもよろしく。
  俺の思いは、君に託すよ。

  がんばれよ。
  そして、幸せになってくれよ。

 ―任せとけ。

  忘れねえぜ。


 じゃあ、あばよ。
 オレの最高の、ケンカ友達。

 あばよ。

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 眼下いっぱいに広がっていたカーロフ星は、すでに球体へ変わりつつあった。

 ゆっくりと加速するウィンザーのブリッジで、スノーウィが手の中のものに
 そっと視線を向ける。

 それは最後の起動を終え、もとの姿に戻ったウィニペグのコピーだった。

 航路の微調整を行う友子が、そんなスノーウィに向き直って声をかける。

 「大丈夫よね?」

 「何が?」

 「もう、やり残した事とかはないわねって訊いてるのよ。」

 「ええ。」

 笑顔で答えたスノーウィの語調に、迷いはなかった。
 それを確かめた友子は、ゆっくりと最終航路の設定を完了する。

 ほどなく、ウィンザーは加速をかけた。
 カーロフ星は、みるみるうちに遥か後方へと小さくなっていく。

 黙ってコピーを傍らに置き、スノーウィは背もたれに身を預けた。
 そのままの姿勢でそっと瞬きを繰り返し、右手の指で自分の唇に触れる。

 その様子を横目で見ていた友子が、やがてシートごと向き直った。

 「ねえ、スノーウィ。」

 「なあに?」

 「すてきな仲間たちね。」

 「ええ。」

 ためらいなく応え、スノーウィはようやく身を起こす。
 自分に向き直ったその蒼い目を見つめながら、友子は問いかけた。

 「あなた、あのクルトー君が好きだったの?」

 「そうよ。」

 やはり、スノーウィの答えにためらいの色はない。
 まるで、初めから分かりきった質問だとでも言うようだった。

 「生意気で向こう見ずで、なのに変に分別臭くて。いっつも余計な事ばっかり
  言ってあたしたちを困らせてた。そして、どんな時でも笑顔だった。」

 過去を手繰るスノーウィの口調は、どこか優しげに響く。

 「あたしが持っていないものを持ってるあの子が、いつも眩しかったのよ。
  道が違うのは分かっていたけど、一緒にパーマンをやるのは楽しかった。」

 そこまで言ったスノーウィは、あらためて友子とルチーナに目を向けた。

 「今の自分の選んだ道に、後悔はない。その思いはゾナもログナも同じ。
  …だけどそれは、クルトーがいてくれるからこその選択でもあるのよ。
  あの子にだけは、普通の人間としての道をせいいっぱい生きて欲しい。
  あたしたちにとって、あの子は宝物だから。」

 「なるほど、ね。」

 小さく頷いた友子もまた、笑顔を返す。

 「だけど、このまま帰っていいんですか?」

 そう問い掛けたのは、反対側に座るルチーナだった。
 向き直ったスノーウィの顔を見ながら、なおも問いかける。

 「こっちの設備なら、ひき逃げの犯人くらいはすぐに割り出せるんですよ。
  クルトー君のためにも、そのくらいは…」

 「それは、あたしたちのやる事じゃないでしょ?」

 即答したスノーウィの声には、異議を受け付けない決然とした響きがあった。

 「そこまで介入するのは、クルトーに対する侮辱でもあるのよ。」

 「だけど…!」

 なおも納得しかねるという顔のルチーナを、スノーウィは手を上げて制する。

 「普通に生きるっていうのは、楽な道を行くって事じゃない。自分の属する
  世界の中で、自分なりにせいいっぱい頑張るってことでしょ?…だったら、
  ここから先はあの子の問題なのよ。」

 「…そんなもんでしょうか。」

 「ええ。だから、その気持ちだけもらっとくわね。ありがとうルチーナ。」

 「いえ…。」

 少し照れたような表情で座りなおすルチーナとスノーウィの顔を見比べ、
 友子はどこか満足げな顔で正面に向き直った。

 背面モニターには、もうカーロフ星は遠く見えなくなっている。
                . . . . . . . . 
 「さて。んじゃ帰りましょうか。あたしたちの世界に、ね。」

 「ええ。」

 「了解!」

 同時に応えた2人に軽く手を上げ、友子はさらに加速をかけた。
 3人の思惟を受けたウィンザーは、宇宙の虚空を切り裂いて突き進む。


 放たれた矢のような、力強い光跡を残し。
 遥か彼方に輝く、バード星を目指して。


================【完】=================



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