第一章:2月

〜サンタクロースの頼みごと〜

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俺の名はルドルフ。

人は俺を、「赤鼻のトナカイ」だの「照らし屋のルドルフ」だのと呼ぶ。

そう。俺は、あのサンタクロースの相棒を長年務めているトナカイだ。
毎年12月24日、あのジジイと一緒に世界中をめぐり、子供たちにプレゼントを配る。
それが俺の仕事だ。

去年のクリスマスも、そうだった。
しかし、いつもとはひとつだけ違うことがあった。

何なのかは、俺からは言いたくはねえ。
こう言えば分かると思うが、あんまりいい事ではなかった。

俺にとっても。そして、それ以上にあのジジイにとっても。



今日、わざわざ呼び出された理由は何となく分かった。
俺にだけは、予想がついた。
もちろん、聞きたくねえ話だってこともな。

まあ、それでも行かねえってわけにはいかねえ。
あんなジジイでも、苦楽を共にしてきたんだ。


凍てつく路を、俺はじじいの家へと急いだ。

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「よう、じじい。こんな時期に用か?」

「ホッホッホッ。わざわざ呼びつけてすまんね。」

「わざわざ呼びつけたからにゃあ、くだらねえ用事は了見しねえぜ。」

「わかっとるよ。充分にな。…まあ、入ってくれ。」



言われるまま、俺は馴染み深いジジイの家へと足を踏み入れた。
消えることのない暖炉の火が、部屋の中に柔らかな光と揺れる影を投げている。

さっさと居間に向かった俺は、これまたなじみの椅子にどっかと腰を下ろす。
冷えた体に、赤く燃える炎の熱は心地良い。

やがて、後から入ったジジイが向かい側に腰を下ろした。

「さて、と。用件は……分かってくれておるかね?」

「もう引退するって言いてえのか?」

「さすがルドルフじゃな。しっかり分かっておる上に、ズバリと結論からくる。」

「何年の腐れ縁だと思ってやがる?おめえが今年言い出す事ったら、それしかねえだろ。」

「まわりくどい言い方は必要ないか。確かにそうじゃな。」

ジジイはそう言うと、大きな体を揺すりながら嬉しそうに笑った。


嬉しいわけはねえ。
内心は、断腸の思いだろう。
悲しい顔をしたって、場が重くなるだけだ。だから笑ってやがる。
このジジイは、そういう奴だ。
いつでも前向きで、いつまでもどこか子供だ。
まあ、こういうジジイだから、ばかげた仕事に打ち込めるんだろうがな。

ひとしきり、ジジイは泣く代わりに笑った。
俺はそんなジジイの顔を、ずっと見ていた。

「ホホッ。…さてと。分かっておるのなら、もう本題に進もう。」

「そうしてくれや。」

あごひげを撫でたジジイは、少し姿勢を正して俺を見た。

「おぬしの言う通り、わしは引退する。そこで、じゃ。わしの後継者を、おぬしの手で
立派なサンタクロースに育て上げてもらいたいのじゃよ。今年の、クリスマスまでにな。」

「何だと?」

俺は、少し面食らった。

「おめえの後継者って、この世に誕生してたのか?」

「ああ。いつ生まれ出でるのかやきもきしとったが、一人だけおるんじゃ。」

そう言うと、じじいはよっこらしょとばかりに立ち上がった。

「寝室に待たせておる。連れて来るから、会ってやってくれ。」

大きな体を揺するように歩きながら、ジジイは木作りのドアを開けて寝室へと入っていった。
小声で何か言ってるのがかすかに聞こえるが、聞き耳を立てる気にはなれなかった。

やがて、ジジイは戻ってきた。
誰を連れてくるのかと思えば、やっぱり一人だ。

「…何だ、いねえのか?それとも、俺には会いたくねえってか?」

「いや、おるよ。ここにおる。…ほれ、お前の先生だ。挨拶しなさい。」

そう言ったジジイは、自分の左腰あたりに視線を落とした。
つられて、俺もそっちに目を向けた。


ジジイの腰に、赤ん坊みてえなチビがしがみついてやがった。
まるで悪魔か何かを見るような怯えた目で、俺を上目づかいに見ている。

まあ、俺もあんまり人相のいい方じゃあねえ。
だが、あの時の俺は怖いというより、むしろ間抜けなツラしてたんじゃねえだろうか。
みっともねえくらいに、ぽかんと口を開けてたんだからな。

「…まさか後継者って、このチビか?」

「そうじゃよ。」

しがみつくチビに押されるような格好で歩きながら、ジジイは答えた。

「この子の名は、クローネ。わしのひ孫にあたる娘じゃ。」

「しかも、女か?」

「しかも、女じゃよ。どういうわけだかのう。」

俺の言葉をそのまま返し、ジジイは面白そうに笑いやがった。
笑い事じゃねえだろう、と俺は少し怒った。

「冗談で言ってるんじゃねえだろうな?」

「いたって本気じゃよ。わしとて、何度も確かめたんじゃ。間違いはない。わしの能力は、
この子にだけ受け継がれて発現しておるんじゃ。それ以外は、どこにもない。」

言いながら、ジジイはしがみつくそのチビを抱えあげて俺の前に立たせた。



チビだ。
そうとしか、形容のしようがなかった。
背丈は、俺と同じくらい。ツノの分だけ俺が高いってところか。
小山のようなジジイの前にいると、まるで猫とネズミ…いや、猫とノミだ。
うつむいて俺を上目使いにちらちら見ているせいで、よけいにちびて見える。

首巻きの前の部分が汚れているのは、洟をかんでないせいらしい。

チビで、ハナタレか。

俺は、ほんの一瞬だけ目の前が暗くなる感覚を覚えた。

妖精のたぐいである以上、見た目では年齢は分からない。
しかし。
少なくとも俺の見立てでは、昨日生まれたといわれても疑わないくらいのガキだ。
おどおどとした態度は、殴ってくれといわんばかりだった。
しかし、殴った時の泣き声のメロディーまで想像できる気がする。

「…こいつを、あと10ヶ月で一人前に仕立てろってのか?」

少し呼吸を整え、俺はようやく言った。
タチの悪い冗談である事を、心中ひそかに願いながら。
しかし。

「そうじゃよ。」

ジジイは、ためらいも悪びれもない口調で即答しやがった。

「すまんが、こんな事を頼めるのはおぬし以外におらんでな。ひとつ、よろしく頼む。」

「…本気か。」

断るわけにはいかねえ。
それは、許されねえ。

俺は、久々に神さまというやつを呪いたくなった。

「わかった。俺なりのやり方で、こいつを鍛えてやらぁ。」

「引き受けてくれるか。すまんのう。…よろしく頼む。わしも協力するからの。」

嬉しそうに笑ったジジイは、目の前のチビの背中を軽く押した。

「ほれ、クローネや。今日からこのルドルフさんが、お前の先生じゃ。
これからずっとお世話になるんじゃから、きちんと挨拶をしなさい。」

谷底に突き落とされるのを怖れるかのように、チビはほんの半歩だけ前に出た。
もじもじと、短い足を何度か組み替えたのち。
チビは、ようやく少しだけ頭を下げた。

「………ヨロシク、お願いします……。」

きちんと聞き取れなかったのは、暖炉の薪がはぜる音のせいではなかった。
俺は、はやくも切れた。

「挨拶はでかい声でしろ!!」

俺にしてみれば、それほど力いっぱい声を張り上げたつもりはねえ。
しかし、目の前のチビを泣かせるには充分すぎた。

「………ぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん………」

チビは、首をすくめたカメのような格好でぐずぐずと泣き声をあげた。
首巻きに顔を埋めているせいで、ぐずる声もはっきりとは聞こえない。
涙と鼻水のせいで、白い首巻きがどんどん汚れていくのがわかる。

何百億という子供を見てきた俺の、いちばん嫌いな泣き方だった。


握りしめた拳を、俺はやっとの思いでとどめていた。

満足に大声で泣く事もできない、こんなハナタレは殴っても無駄だ。
殴れるまでに、いや、きちんと怒れるようになるまでにすら、鍛錬が必要だ。

だいいち、こんな事でいちいち頭を殴っていたら。
夏が来るまでに、俺のヒヅメはすり減ってなくなってしまうだろう。

「…わかった。じゃあ、俺の家に連れて帰るぜ?」

「ああ。頼むよ。…せっかく来たんじゃから、食事していくかの?」

「いらねえ。」

即答した俺は、ようやく泣き止んだチビを睨みつけた。

「行くぜ。今日からおめえは、俺と暮らす。ついて来い。」

それだけ言った俺は、踵を返してそのまま出口に向かった。
ジジイにも、挨拶はしなかった。


雪はやんでいた。真っ白な沈黙が、北の氷原を満たしている。
後ろ手にドアを閉め、俺はさっさと歩き出した。
月が、俺の影を長く伸ばしている。

足音すらも消し去る沈黙の雪の中を、俺は歩いた。

やがて。
静寂が支配するこの白い氷原に、音がひとつだけ聞こえた。

さっきと同じ。
重い木作りのドアを開け、そして閉めた音だ。

足を止めて振り向いた俺の、視線の先。
あのハナタレが、雪に足をとられながら駆けて来るのが見えた。

ハナタレは、俺の後ろ、たっぷり10m以上間隔をあけて立ち止まった。
どうやら、それ以上近付いてくる気はないらしい。
俺が立ち止まったままなら、いくら凍えても自分も歩き出さないだろう。



そんな、馬鹿げたガマン比べをする気はない。
俺は、背を向けてさっさと歩き出した。

足音は聞こえないが、月明かりが描く影はあいつがついて来ている事を教えてくれる。

まあ、いい。
近付きたくないというのなら、別にかまわない。


俺は、ついて来いと言っただけだ。
首に縄をつけたりする気は、別にない。

ジジイも、早く行けとは言わなかっただろう。
あいつは、そういう奴だ。

このハナタレは、自分でついて来た。
とりあえずは、それでいい。

最初の一歩さえ踏み出せたのなら、次の一歩も踏み出せるだろう。
それをさせるのは、俺の役目だ。


何事も、最初の一歩からだ。
それがなければ、次はない。

いきなり10歩目からなんてのは、求めない。
それは、バカのやる事だ。

叩いて叩いて、2歩目、3歩目だ。


先は思いやられるが、やるしかない。


どうやら、今年はいつも以上に大変になりそうだ。


いいだろう。
望むところだ。


見てろよ。

俺は、やってやるぜ。


氷原に伸びた影は、俺とハナタレの歩く姿を遠くまで映し出していた。



================【続く】===============


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