第二章:3月

〜2人のスタートライン〜

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「ちゃんと舵を切れ舵を!これ以上失速したら落ちるぞ!!」

「ごめんなさーい!」

「謝る前にちゃんとやれちゃんと!……うわ――――――――ッ!!」

「キャ――――――――――――――――――――――――っ!!」



雪原に大穴を開け、俺の自慢のマシンは頭から落ちた。
今日だけで、もう5回目だ。

後部ハッチから、俺とハナタレは何とか這い出す。
マシンは、機体の半分以上が雪にめり込んでいた。

「……すみません……」

「でかい声で言えでかい声で!それと背筋を伸ばせ!!」

縮こまった姿勢でぼそぼそと謝るハナタレに、俺は怒声を浴びせた。
びくっと肩をすくめたハナタレは、しわくちゃになった服の裾を両手で握りしめる。
そのさまを睨みながら、俺はツノについた雪を乱暴に払い落とした。


いっしょに暮らし始めて、早くも半月。
最初の頃は怒鳴るたびにぐずぐずとべそをかいていたこのハナタレも、
さすがにこの程度の叱責で泣き出すことはなくなっていた。

しかし、相変わらず卑屈でおどおどした居住まいはそのままだ。

それは俺にとって、いちばん嫌いな子供の姿でもあった。

「おい。」

はい

「お前、もうちょっとでかい声を出せよ。それと、もっと背筋を伸ばせ。
そんな猫背の格好じゃあ、世界を見据えることなんかできねえぜ。」

「……世界?」

「そう、世界だ。世界は見下ろすもんじゃねえ、見上げるもんだ。
だからもっとシャキッと姿勢を正して、顔を上げるようにしろ。」

…………………はい

「昼飯にするから、お前はマシンを引っ張り出しとけ。午後から再開だ。」

「……分かりました……」

「声を張れっつってんだろうが!」

怒声に、ハナタレはますます首を縮めた。
ぎゅっと目を閉じ、足をもぞもぞと組みなおす。
やがて、垂れた鼻水が首巻きに染み込み始めるのが分かった。

めそめそと泣き出す、一歩手前のサインだ。

あとの言葉を呑みこみ、俺は背を向けて弁当の準備をするためその場を離れた。

荷物のある場所までいった頃。
低い地鳴りのような音が鳴り、足元がかすかに震えるのが感じられた。

振り返った先。
気を取り直したハナタレが、雪に埋まったマシンを苦労しながら引きずり出しているのが見える。

チビとはいえ、さすがはサンタクロースの後継者だ。
自分の数百倍はあろうかという巨大な輸送船を、どうにか一人で引きずっている。
どうやらその能力は、本人の自覚とは関係なく次第に覚醒するものらしい。

「とはいえ……」

俺は、小さくつぶやきながらカップに注いだコーヒーをすすった。

とはいえ、まだまだだ。
自覚もなしに目覚める能力だけでは、到底あのジジイの後釜はつとまらない。

今のこいつには、足りないものが多すぎる。


先の長さを思い、俺は深々とため息をついた。

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今までずっと独身だった俺には、家族はいない。

もちろん、子供というものを持ったこともない。

仕事柄、世界中の子供たちと接する機会には事欠かなかった。
一緒に遊んだ事や、食事会といった催しに参加した事だって何十回ではきかないくらいだ。

世界には、いろんな子供がいる。

しかし、このハナタレとの食事ははっきり言ってうまくない。



食べ方がきたないとか、マナーがいまいち身についてないとかいう点はどうでもいい。
嫌なのは、その卑屈でどこまでも覇気のない態度だ。

それなりにしっかり食うが、食ってる間も話し掛けないかぎりひと言も喋らない。
ずうっと黙りこくったまま、ひたすら陰気に下を向いてモシャモシャ口を動かしてるだけだ。

美味いも不味いもない。

それは何も、食事に限った事じゃねえ。

とにかくこいつは、自分から意見を言うことがない。
ふてくされる事も怒る事もせず、ただひたすらボソボソと口ごもるか、それか泣くかだ。

こんなに手応えのないやつが相手では、飯が美味いはずがなかった。

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「おいハナタレ。」

「はい。」

視線を合わすことなく、こいつはいつも下を向いて返事をする。

「半月以上かけてんだ。いいかげん、操縦の基礎ぐらい憶えられねえのか?」

「……すいません…」

「すいませんじゃねえよ。俺は謝ってくれと言ってんじゃねえ。」

「……………。」

ハナタレは、言葉を途切れさせてますます下を向く。
その態度は、ことごとく俺の癇に障った。
ハナタレと呼ばれて、素直にハイハイと返事をするその自尊心のなさ。
何を言われても、言い返すことなく「すいません」を連呼する安易さ。

どうやら、俺の忍耐も底が見えてきたような気がしていた。

「いいか。お前に教えなきゃいけねえ事はまだ山ほどあるんだ。操縦にこれ以上
時間をかけるわけにはいかねえ。だから、期限をつける。いいな?」

「……はい。」

「明後日までに、ライトニングカリブーをきちんと飛ばせるようになれ。」

「……はい。」

「はいって事は、できるんだな?」

「………はい。」

「できると言った以上は、自分の答えに責任を持ってもらうぜ。もしも明後日の試乗で
今日みたいに機体を落っことすような事をやらかしたら、お前の名前をもらう。」

「……?」

「いいな、名前だ。まともな操縦もできねえ奴に、クローネなんて立派な名はいらねえ。
呼び名じゃなく、本名をハナタレに変えてやる。それで文句はねえな?」

「……………。」

「返事しねえのは勝手だが、憶えとけ。明後日だからな。今日はもう上がる。」

下を向くハナタレを残し、俺は家路に就いた。
立とうとしないのも、言い返さないのもあいつの勝手だ。

俺の知ったことか。

まだまだ、寒い日が続いている3月。
俺たちの間に吹く風も、どこまでも冷たかった。


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次の日。

ハナタレは、相変わらずマシンを何度もぶざまに墜落させていた。
期限を切った以上、俺も付き合わないわけにはいかねえ。

相変わらず、だらしなく洟をたらしながらもこいつは挑戦を繰り返していた。
空回りしているだけにも見えるが、それなりに必死になっているのは分かる。

だが、足りてねえ。

努力だの技術だの、そんなもんじゃなく。
もっと当たり前のもんが、こいつには全然足りてねえ。

ため息をつく代わりに、俺は空を仰いだ。
まあいい。

とにかく、明日だ。

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2日後の朝。

「さて、と。今日が期限だ。もしも今日中にまともな操縦技術を見せられなかった場合、
お前の名前は没収だ。明日から、ハナタレと名乗ってもらう事になるからな。」

特訓を始める前に、俺はそう宣告した。
練習場で向き合ったハナタレの顔は、昨日の特訓のせいでアザだらけだ。
ろくに寝ていなかったのか、目も充血している。
その血走った目は、どこかいつもとちがう色を浮かべて俺に向けられていた。

「んじゃ、始めてもらおう。タイムリミットは今日の日没だ。いいな?」

「………」

「返事はどうした返事は?」

「………」

ハナタレは、何も言わずにただずっと俺を見つめて立っていた。
いつもみたいに、下を向いてじゃねえ。

ただ、俺の方を見ている。

「………」

グラサン越しに、しばし俺もその目を真っ向から睨み返した。

しばらくの、重い沈黙ののち。


「…名前を取るって、どういう意味ですか?」

先に口を開いたのは、ハナタレの方だった。

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「言葉のままだ。」

俺は、わざと感情を抑えた声で答えた。

「この世に存在している、お前の名前の記憶を呪術ですべて書き換える。まずはお前自身の
記憶からだ。それから、文字として書かれたものもぜんぶ変換する。出生届とか幼稚園の名簿、
自分で持ちものに書いた名前なんかもな。俺は一晩で世界中の子供にプレゼントを配る事だって
できるんだ。お前の故郷にある名前をぜんぶ直すくらい、10秒もかけずに終わらせてやる。」

相手の反応は気にせず、俺はさらに続けた。

「最後に、お前を知ってるやつらの記憶をちょっとばかりいじらせてもらう。お前のオヤジとお袋、
それに姉貴たちと弟だ。肉親の記憶は強いからその辺はじっくりとやらせてもらう。それ以外の
知り合い…友達だの親戚だの知り合いだのは簡単だ。ぜんぶまとめて書き換えてやらあ。」


そこまで言って、俺は軽く手を上げた。

「訊きたい事はそれだけだな?じゃあ、さっさと始めろ。時間ないぞ。今日中なんだからな。」

俺の指し示す先には、ライトニングカリブーの巨体が停泊している。
早く行けという意志を込めて、俺はもう一度手を振った。


だが、ハナタレは動こうとはしなかった。

破れるかと思うくらいに服の裾をきつく握りしめ、俺をじっと睨んでいる。

あえて、俺は何も言わなかった。

やがて。


「そんなの、嫌です。」

蚊の鳴くような声で、ハナタレは俺に訴えた。

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「何が嫌だ。」

「あたしの名前はクローネです。お父ちゃんとお母ちゃんが、付けてくれた名前です。」

「知るかそんな事。」

俺は、吐き捨てるように言葉を返した。

「どっちみちお前はサンタクロースの名を継ぐんだ。今さらどうでもいいだろうが。
今の名前がクローネだろうがハナタレだろうが、文句言うことじゃねえだろ?」

「嫌です!!」

ハナタレは、初めて大声を張り上げた。

それが呼び水になったかのように、ぼろぼろと大粒の涙を流し始める。



ただでさえ洟で汚れ放題の首巻きは、たちまちグシャグシャになった。

「…こんな難しい乗りもの、自転車にも乗れないあたしに半月で乗りこなせるわけないんです!
無理だってことくらい、分かってください!あたしはあたしなりに、がんばってみたんです!
でも無理です!それを分かってもらえもせずに、名前を変えられるなんて絶対に嫌です!!」

そこまで一気に言い切ったハナタレは、そのまま突っ伏した。
このちっぽけな体のどこを使えば出るのかというくらい、でかい声を張り上げて泣き続ける。

鼓膜を直撃する慟哭の声にさらされながら、俺はじっと立っていた。

近くの山に営巣していたユキホオジロが、何事かという感じであわてて飛び立つのが見える。
泣き声は、周囲の冷たい空気を震わせていた。

どのくらい経っただろうか。

ようやく、ハナタレは力尽きて静かになった。

まんじりともせずに向き合っていた俺は、そこで大きくため息をついた。


やれやれ。
本当に、手がかかる。

俺は、突っ伏したままなおもぐずっているハナタレの肩に手を置いた。

「やっと分かったか。」

「……?」

体を震わせてぐずっていたハナタレは、俺の声にふと顔を上げた。
泣き腫らしたその顔は、まさにグシャグシャという形容がぴったりのひどい代物だ。

それは、子供の顔だった。

俺が何よりも好きな、元気な子供の泣き顔。

まぎれもないそんな子供の顔が、俺の前にあった。


「この俺のテクニックをもってすら、完璧に乗りこなすのに半年以上もかかったんだぜ。
お前みたいなチビに半月やそこらでホイホイものにされてたんじゃあ、俺のプライドが
つぶされちまうんだよ。そのくらいの事は、お前の方こそもっと早くわかれよなホント。」

「…え、最初から無理だって分かってたんですか?」

「当たり前だろ。…だいいち、サンタの乗り物の操縦はトナカイがやるもんだ。常識だろうが?」

俺は、苦笑いが浮かぶのを抑えきれなかった。

「いいか、よく聞けチビ。」

雪まみれのままきょとんとしているハナタレを、俺はきちんと座らせた。

「俺はジジイから、お前を一人前にしてくれと頼まれたんだ。それは知ってるよな?
だが、俺はお前を自分の分身にするつもりも、体よく使える操り人形にする気もねえ。
お前はサンタクロースの見習い、俺はトナカイのプロだ。立場が違うってのは当然だし、
どっちが偉いってもんでもねえ。だから、ハイハイと言う事を聞くだけじゃダメなんだよ。」

いつしか聞き入っていたハナタレに、俺は噛んで含めるように言い聞かせた。

「いつも言ってるだろ?でかい声出せってな。何てことねえ、ちゃんと出せるじゃねえか。
言いたい事はちゃんと言え。おかしいと思えば、ちゃんと言葉にして俺にぶつけてみせろ。
甘えは許さねえが、俺も聞く耳がねえわけじゃねえんだからな。お前に足りてねえのは、
当たり前の自己主張だ。もっと、ガンガン自分ってモノを押し出せ。今日みたいにな!」

「…この特訓は、それを言うためのものだったんですか?」

「やっと分かったか。」

俺は、もう一度ため息をついた。

「こんな当たり前のことを言わせるのに半月もかけさせやがって。おまけに、
俺のかわいいライトニングカリブー傷だらけにしやがって…まったくもう…。」

愚痴っているうちに、何だかこっちが泣きたい気分になってきた。
それに反比例するかのように、ハナタレの顔ににわかに活気が宿る。

「じゃあ、もうやらなくていいんですね?あの操縦訓練は!」

「頼んだってやらせねえよ。もうまっぴらだ。」

「やったー!!」

とたんに、ハナタレはこれまで見たこともないような笑顔で万歳しやがった。
別人かと思うくらいに元気になったその腕が、俺の肩に無遠慮に回される。

「じゃあ、やっとサンタクロース特訓開始ですね!?」

「…まあ、そんなところだな。」

「やたっ!!じゃあ、ついでにもうひとつ!ハナタレはやめて下さい。いいでしょ?」

「………」

俺は、しばし呆れて言葉を失った。
自己主張しろとは言ったが、何だこの変わり身の速さは。
昨日までのしけた顔が、わずかながら懐かしく思えるほどの豹変振りだった。

「別にかまわねえが、だったら…」

「何です?」

「呼ばれたくねえんなら、ちゃんと洟をかめよ。」

「はーいっ!!」

耳元で大声を出され、俺は思わずよろめいた。


これが、こいつの本性か?

別の意味で、俺は先の長さをしみじみと実感していた。

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そして、次の日。

「オラオラ、腰が入ってねえぞー!!気合い入れろ!!」

「……!」

言い返す余裕がないのか、チビはひたすら踏ん張っていた。

「念願のサンタクロース特訓だろうが!もっともっと気合入れろ気合いを!!」

「…あの、こ、これがサンタクロースの訓練ですか?」

「つまんねえ口ごたえしてんじゃねえぞ――!」

俺は、ますます声を張り上げた。

「サンタの特訓の方がいいって言ったのはお前だろうがチビクロー!」

「クローネです!」

チビは、負けじと声を張り上げた。

「あ、あの!……やっぱりあたし、操縦技術をもっと究めてみようかと思うんですけど……」

「寝言はいいから気合い入れて曳けっ!!今日中に直線であと20kmだ。さっさとやれー!!」



ようやく観念したか、チビは再び氷塊を引きずり始めた。

「プレゼントを待ってる子供の期待の重さは、こんなもんじゃねえぞー!腰を入れて曳けっ!!」

声を限りに叫んで、俺はようやくひと息つく。
自己主張するようにはなったし、ハナタレも治った。
しかしその分、このチビは何かにつけて減らず口を叩くようになっている。

やっぱり、大変なのは同じだ。
しかし、昨日までとは違う。
少しずつだが、前を向いて行けるようにはなってきている。

クリスマスまで、あと10ヶ月足らず。とことんやってやるとも。


仰ぎ見た北の空は、青く澄み渡っていた。


================【続く】===============

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