第五章:6月
〜プレゼントは一日にして成らず〜
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見渡す限り、遮るものの見えない平原。
その真っ只中に、2mほどの白い石灰ラインが引かれている。
ラインの右端に立つルドルフは、黙って手元を見つめていた。
風は、ほとんどない。
冷たい空気の感触を確かめるように、ルドルフはしばし空を仰いだ。
少し雲が出ていて、あたりはわずかに薄暗くなっている。
「よし。いい感じだな。」
ひとり頷いたその手が、やがて小さな通信機を掴んだ。
「行くぞ。合図と一緒に光を伸ばすから、同時に飛び出せ。」
『分かりましたー。』
スピーカーから返ってきた声は、至ってのんびりしている。
緊張とは無縁だとでも言いたげな口調だった。
「……気合いを入れろよ。」
『分かってまーす。』
相変わらず、通信機の向こうの声はマイペースに間延びしている。
やれやれといった表情で首を振りながらも、ルドルフはかすかに笑った。
「まあ、こんなことで緊張するようなタマじゃねえか。」
ぼそりと呟き、改めて通信機に口を近づける。
「ようし。じゃ行くぞ。…位置について…用意……スタート!!」
叫ぶと同時に、ルドルフの目の前に赤いレーザーラインが一瞬で伸びた。
それは平原を貫き、はるか先までまっすぐな線を描き出している。
ほどなく、そのラインの先に何かが見えた。
小さな赤い点が、土煙を上げながら次第にその直径を増している。
近付いてきているのだと思う間もなく、その点は一気に距離を詰めた。ぼんやりと
後ろに光跡を残しているのは、スピードが速すぎるために見える残像らしい。

レーザーラインの描き出したコースを正確にトレースし、その赤い弾丸は
数秒でルドルフのもとへと到達した。そのまま、彼の目の前に引かれていた
石灰のラインを勢いよく走り抜ける。
スピードに物怖じすることなく、ルドルフはその弾丸を間近でしっかりと見据えた。
目の前のラインを通り過ぎる瞬間に、手の中のもの―ストップウォッチを止める。
同時に、赤い弾丸は10mほど行ったところでぴたりと止まった。
ロケットや弾丸には決してできないであろう、超高速からの急停止。
物理法則で考えるなら、かなりルール違反とも言える動きだった。
土煙が収まった静寂の平野で、急停止した弾丸―クローネがくるりと振り向く。
「ね、どうでしたかー?」
息ひとつ切らさない声は、さっきまでのスピードにはあまりにも似合わなかった。
「5.83秒だ。」
ストップウォッチの表示を見ながら、ルドルフが低い声で答える。
「25kmを6秒弱だから…速度はおおよそマッハ12.6ってところだな。」
「いまいちピンと来ませんけど…オリンピックに出たら勝てます?」
真顔で尋ねるクローネの顔を一瞥して、ルドルフは肩をすくめた。
「マッハ12.6だぞ。100mなら0.02秒だ。号砲が鳴り終わる前にゴールしちまう。
ぶっちぎり過ぎて、測定ができねえよ。…別の意味でオリンピックは無理だ。」
「つまり、速いんですよね?」
「そう。」
「じゃあ、具体的にどのくらい?」
「そうだな……」
にこにこしながらなおも問うクローネに、ルドルフは少し視線を泳がせた。
「無人の実験用ジェット機が、マッハ10を突破できるかできないかってのが現状だ。
お前より速いのは大陸間弾道ミサイルか宇宙ロケットくらいだな。地上では最速だ。」
「すごーい!!」
歓声を上げたクローネは、そのままバタバタとルドルフの周りを駆け回る。
「あたしってば、世界最速で走る美少女ですよー!!」
「美少女は余計だ。」

目の前を通り過ぎる瞬間を捉えてげんこつをかまし、ルドルフはフンと鼻を鳴らした。
「…ったく、ここまで来るのに何ヶ月かかったと思ってんだ。」
「え?」
頭をさすりつつ振り返ったクローネをじろりと睨み、ルドルフはやれやれといった態で続ける。
「サンタクロースに必要なのはスピードだ。だから猛特訓したってのに、お前が
身につけるのはパワーばっかりだったろ。どうもお前は効率が悪いんだよな。」
「そんなこと言われたって…あたしだって努力は……」
泣きそうな声で訴えるクローネの頭をぐりぐりと乱暴に撫でたルドルフの顔に、ようやく
笑みが浮かんだ。口もとからこぼれた白い牙が、差し込み始めた陽射しでかすかに光る。
「分かってる分かってる。お前の努力ぐらい知ってるよ。とりあえず飯にしよう。」
「はーい!!」
うって変わった明るい声を出し、クローネはそのまま荷物の方へと駆け出した。
置いてけぼりを喰ったルドルフは、大げさなため息をつく。
「……扱いにくい子供だよなぁ。ったく。」
「先生、早く――!」
「あー分かった!」
もう一度ため息をつき、ルドルフはゆっくりと歩き出す。
正午の陽射しは、その影を小さく大地に映し出していた
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午後。
「さて。じゃあ次のテストだ。今度は処理能力を見せてもらう。」
「処理能力?」
怪訝そうな顔のクローネを連れ、ルドルフは平原の端に停泊させてある
ライトニングカリブーの方へとゆっくり歩いていった。
「何をすればいいんですか?」
「これだ。」
背を向けたまま答えたルドルフの手が、外装にあるコンテナの開閉スイッチを押す。
ほどなく、低い機械音と共に後部のハッチがゆっくりと開き始めた。連動するように
油圧ジャッキが上がり、コンテナ全体が外向けに傾いていく。
と。
「な、何ですかこれっ!?」
開いたハッチ亜から雪崩れ出てきたのは、おびただしい数の紙だった。
なかば埋もれるような格好になったクローネは、悲鳴にも似た声を上げる。
その頭の上に、とどめを刺すかのように半透明の板がどさどさと被せられた。
「それが次の課題だ。…おい、早く出てこいよ説明するから。」
「…………」
生き埋めになっていたクローネは、そっけない言葉に呼応して何とか這い出した。
「……何ですこれ??」
手に取った紙の一枚をしげしげと見つめたクローネの問いに、同じく足元に
落ちていた一枚を手に取ったルドルフが、やや低い声で答える。
「百科事典だよ。」
「ひゃ、百科事典?」
「そうだ。」
サングラスを直してページを読みながら、ルドルフは事もなげに続けた。
「世界3カ国から集めてきた分冊百科事典24種類。全部で412冊だ。その装丁をほどいて
全てのページをばらばらにした。全部で…何枚になるかは忘れたけど、ページの総数は
冊数よりも3ケタほど多くなるだろうな。もちろん、ぜんぶメチャクチャに混ざってる。」
「そ、そうなんですか……。」
魚の図解らしきものが載っているページを見ながら、クローネは曖昧に応える。
「本をバラしちゃうなんてあんまりよくないと思いますけど。」
「そうだな。だから、いまからお前がこれを全部もとに戻せ。」
「は!!?」
裏返った声を上げたクローネの視線を見返し、ルドルフはそっと何かを手に取る。
それはさっき上から被せられた半透明の板―安物のクリアファイルらしかった。
「このクリアファイルのポケットに、それぞれの辞書のページを正確に並べて入れろ。
一冊につき、40枚入るファイルをたくさん用意している。全ページ入るはずだから。」
「………え?」
いささか引きつった顔で、クローネは小さくうめいた。
「それを、あたし一人でやるんですか?」
「そうだ。」
冷酷なほど抑揚のない口調で答え、ルドルフの目はじっとクローネを見据える。
「走るのは簡単だ。だけど、サンタクロースはスプリンターじゃあねえ。単にスピードが
速いってだけじゃ務まらねえんだよ。だから、そういう細かくて正確さが必要な作業を
超スピードで処理することができない事には、合格点はやれねえってわけだ。」
「……わ…分かりました。」
「元気がねえぞ。世界最速の美少女なんだろ?」
そう言ってにやりと笑ったルドルフが、ストップウォッチを取り出した。
「今回も時間を計る。気合い入れろよ。」
「り、了解!!」
無理やり大声を出すクローネに頷き、ルドルフが左手を高く掲げる。
「ようし。じゃあ…用意……スタート!」
勢いよく振り下ろされたその手を一瞥し、クローネは自分を囲んでいる紙の山に
疾風のごとき速さで手を繰り出した。そして、でたらめに混ざっているそのページを
1枚ずつ瞬間的に見分けながら細かく分類していく。
そのさまは、端から見るとまるで紙が小さな竜巻の中で舞っているかのようだった。
紙の残像の中でぼやけるクローネの周囲に、やがて紙束の山がいくつも並び始める。
どうやら、まず事典の種類別に分けてからページの順番を直すという手順のようだった。
「ほお。」
じっとその様子を見守っていたルドルフが、小さな声を漏らす。
「なるほど。初めてにしちゃあ無駄のねえやり方をするな…。」
作業に没頭しているクローネの耳には、その言葉はまったく入ってこなかった。
ただひたすらに目の前のページを見極め、DJのようなリズミカルな動きで選り分ける。
わずか数分の内に、山積みになっていたページはすべて、塔のようにきれいに並べられた。
やがて、散乱していたページは残らず積み重ねられた。
間髪を入れず、クローネは右端から順に順番の整理を始める。紙が風を切る甲高い音が、
まるで鳥か何かの鳴き声のように周囲に響いた。
この作業は、分類よりも若干時間がかかった。それでも全ての山の処理を手際よく済ませた
クローネは、休むそぶりも見せずにクリアファイルをかき集めて並べる。
ポケットへの差し込みの作業は、ますます拍車がかかった。どうやらクローネも。
超スピードでの作業のコツを掴んだらしい。
じっとルドルフが見守る中、さらに数分が過ぎる。
そして。
「……終わりましたー!!」
調子の外れた声が上がるのと同時に、ルドルフはストップウォッチを止めた。
眉を大きく吊り上げながら、じっとそのデジタル表示を見据える。
「12分31秒3…か。まあ、初めてにしちゃ速い方だな。」
「合格ですか!?」
「スピードはな。」
歓声を上げようとするクローネを手で制し、ルドルフは整然と並ぶファイルの前に立った。
サングラス越しの視線をその背表紙にじっと注ぎ、やがてピンク色の一冊を抜き出す。
ぱらぱらとページを繰る手が、中ほどでぴたりと止まった。
「…ほれ見ろ。順番が間違ってるぞ。」
「え?…そんな馬鹿な。」
口を尖らせて覗き込んだクローネに、ルドルフは見開いた面を示した。
確かに、ページの順番が前後で逆になっている。
「………あー…」
きまり悪げにうなり声を上げるクローネを一瞥し、ルドルフは他のファイルを指さした。
「他にも、見てた限りでは13箇所にこれと同じミスがある。あと、クリアポケットの破れも11箇所。」
「全部見てたんですか?」
「当然だ。それくらい見極められなくてどうする。」
さも当然と言った口調で応え、ルドルフは持っていたファイルをクローネに押し付ける。
「…スピードは及第点だが、まだまだ手が荒いな。もっと速く、もっと繊細で丁寧にできるように
練習を積め。俺たちは、『素早く静かに』を絶対条件にしなくちゃいけねえんだからな。」
「分かりました…。」
すなおに返事したクローネの顔をじっと見つめていたルドルフが、少し表情をゆるめた。
小さなため息をつきながら、ゆっくりと空を仰ぐ。
「…とはいえ、とりあえずは何とかなりそうだ。ちょっと予定よりも遅れたが、明日から
サンタの実務に取りかかる。お前もそのつもりでいろよ。今日はもう上がろう。」
「え、実務ですか?」
できあがったファイルをせっせとコンテナに戻していたクローネが、その言葉にパッと振り返った。
「ちなみに、どんな?」
「プレゼントの用意だよ。そろそろ取りかからないと、間に合わねえからな。」
「ええっ、いよいよプレゼント作るんですね!!」
高い声で叫んだクローネの顔いっぱいに、嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
「やたーっ!プレゼントだー!!」
「お前がもらうわけじゃねえんだぞ。分かってるか?」
「分かってます分かってます。大丈夫でーす!!」
はしゃぎながら駆け回るその様子は、どう見ても分かっているようには見えなかった。
やや渋い表情を浮かべて目で追いながら、ルドルフは大げさなため息をつく。
「……まあ、しゃあねぇわなあ。こいつ自身が子供なんだから。」
自分に言い聞かせるかのようなそのひと言には、やけに実感が込められていた。
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翌日。
「すごーい!!これがプレゼント製造機ですかー!!」
見上げると首が痛くなるような巨大な機械を前にして、クローネは興奮しまくっていた。

バタバタと走り回るその姿を横目に、ルドルフは黙って操作盤と思しきパネルを確かめる。
「…よし。作動には問題はねえな。今年も働いてもらうぜ。」
「動くんですか!?」
いつの間にか後ろに立って手元を見ていたクローネが、興奮冷めやらぬといった顔で言った。
「じゃあじゃあ、テストしてみましょうよテスト!!」
「テスト?」
「オモチャひとつ作りましょうよ!…えっとね。ウサギのぬいぐるみがいいなあ。ピンクのやつ。」
のべつ喋りながら、クローネはますますエキサイトした。
「毛並みは長めで、フワフワの手触りのがいいです!大きさはこのくらいで…」
「ちょっと待て。」
せわしなく手でサイズを示しながら顔を赤くするクローネに、ルドルフが呆れ声をかける。
「そりゃ、ただ単にお前が欲しいだけだろが。」
「ち、違いますよ!あたしはただ、機械がちゃんと動くかどうかを…」
何度も噛みながら釈明するクローネの言葉を制し、ルドルフはちょっと鼻を鳴らした。
「…お前、勘違いしてるな?この機械はオモチャの製造機じゃねえぞ。」
言いながら、上の方にある鉄板の文字を指し示す。
「これは『リボーナー』だ。オモチャを一から作るなんて事できねえんだよ。」
「え…?」
勢いを削がれたクローネは、ありありと不審の色を顔に浮かべた。
「…リボーナーって…じゃあ、リボンをつける機械なんですか?」
「ちがうっ!!」
大声で怒鳴ったルドルフが、もういちど文字を勢いよく指し示す。
「よく読めよ。『Reborn-er』だ。つまり、「再生機」って事だよ!!」
「英語なんて分かんないですよー…」
悲しげに口を尖らせながら、クローネは視線を鉄板文字からルドルフに戻した。
「再生機?…っていうと、どういうことができるんですか?」
「名前どおりだ。ひとことで言うと、壊れたオモチャを直すって事だな。折れた部品を接いだり
抜けた毛を植え直したり、はげた塗装を塗り直したり…まあ、モノによって色々だが。」
「…自分で作り出せるわけじゃないんですね。」
「当たり前だろ。材料もねえのにそんな魔法みたいな事できるか。」
語りながら、次第にルドルフの口調は厳しくなる。
「無尽蔵にいくらでもモノができるなんて幻想を抱いてるのは、人間くらいのもんだ。何でも
作りゃいいって考えでやりたい放題やった結果、地球の資源は底をつきかけてる。そんな
馬鹿げたことを本気で考えるほど、俺もジジイもモウロクはしてねえって事だよ。」
「…うーん…それは分かるんですけど…」
渋い顔で考え込みながら、クローネは目の前にそびえるリボーナーをぐるりと見渡した。
「じゃあ、その修理するオモチャってどこにあるんですか?」
訊きながらも、何となくいやな予感がしていた。ある意味、返答は聞きたくない…
しかし、ルドルフはあっさりと事もなげに答えた。
「決まってんじゃねぇか。拾ってくるんだよ、世界中のゴミ捨て場からな。」
「………やっぱり……」
がっくりと肩を落とすクローネを一瞥したルドルフの顔に、意地悪げな笑みがにやりと浮かぶ。
「今日から、ライトニングカリブーで世界中を巡る。そして、俺とお前で不燃ゴミを
徹底的に漁って回るぜ。…プレゼントの総数と内訳は、もう憶えてるよな?」
「…それは、大丈夫ですけど…。」
「よっしゃ。じゃあ期待してるぜ。”世界最速の美少女”の手並みにな。」
「…………。」
見るも哀れにトーンダウンしたクローネを尻目に、ルドルフはやる気満々と行った態で胸を張る。
しばらく経ったのち。
晴れ渡った空に影を映すライトニングカリブーは、ゆっくりと上昇を開始した。
極端なまでに対照的な表情を浮かべる、ルドルフとクローネを乗せて。
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陽射しの強さは、影の黒さで実感できた。
埃が舞い散る中を、2つの小さな影がカサコソとせわしなく動き回っている。
次第にその外見が大きくなっているのは、背負子の荷物が増えているせいらしかった。
「………先生。」
「何だー?」
「…サンタクロースのお仕事って、キビシイですね。」
「まあ、そうかもな。」
見渡す限りのゴミの山を這い回り、ルドルフとクローネはひたすらオモチャを探していた。
分別が徹底されていないらしく、生ゴミの腐った臭いもそこかしこから立ち昇っている。
真っ黒に汚れた顔を上げ、クローネはため息をついた。

「…前に絵本で見たおじいちゃんは、もっとさっそうとしたイメージだったけどなぁ…。」
「聖夜に、トナカイのそりに乗って星空へ飛び立つってやつか?」
身軽に近付いて来たルドルフが、手にしたミニカーをかごに放り込みながら問い掛ける。
物憂げに振り返ったクローネは小さく頷き、口を尖らせた。
「おじいちゃんも、毎年こんな風にゴミ拾いをやってたんですか?」
「まあな。俺が手伝うようになったのは転生した後からだったけどよ。」
答えながらも、新たな獲物を求めてルドルフは油断なく足元を見渡す。
「ま、想像なんかできねえだろうな。世間一般で知られてるジジイのイメージっつったら、
一年一度の晴れ姿だけだ。ふだん何をしてるのかなんて、誰も知りたがらねえし。」
「…なんか、イメージ壊れちゃったんですけど。」
「手が止まってるぜ。」
銀色の火鋏でひび割れた磁器人形をつまみ、ルドルフはそう言ってクローネを促した。
「文句たれるのはかまわねえから、仕事はちゃんとやれ。あんまりのんびりするなよ。」
「は〜い。」
オクターブの低い声で答えたクローネは、あきらめたような顔で自分の火鋏を握り直す。
「無理もねえわな。ゴミを漁るサンタなんてのは、イメージ丸つぶれだろうから。」
背を丸めて作業を再開したクローネに並び、ルドルフは何気ない口調で言った。
「だけど、そりゃあジジイに限った事じゃねえよ。一見すると華やかな仕事でも、みんな
喝采を浴びて活躍するにはそれなりに努力や苦労を積んでるんだよ。」
「そんなもんですか?」
「ああ。」
顔だけを向けたクローネに、ルドルフは小さく頷いてみせる。
「スポーツのスター選手は毎日血を吐くような練習に励むし、世界的な料理人は寝る間も
惜しんで料理の修業を積み重ねる。そして、そんな努力の跡を見せない奴こそ一流だ。」
「一流…じゃあ、おじいちゃんも?」
「もちろん。あのジジイこそ超のつく一流だろうな。だからこそ、世界的に名を馳せる
伝説の存在になれてんだよ。…お前もその辺、後継者として自覚してろよ?」
「一流…」
「ほれ、手を止めるなってのに。」
「あ、ハイハイ。ごめんなさーい。」
あわてて向き直った視線の先に、何やら長細いものが埋まっているのが見えた。
どうやら、布のような素材ででできた製品の一部らしい。
「…?」
しげしげと見つめたクローネは、火鋏を下ろすとその物体を両手で掴んだ。
そのまま、腰に力を入れて一気に引っこ抜く。
ずるりと抜けたのは、自分の身長ほどもある大きなウサギのぬいぐるみだった。
灰色にすすけたその顔を目の当たりにしたクローネが、高い歓声を上げる。
「…ああっ!せ、先生!!ウサギちゃん発見しましたー!!」
「どれどれ。」
小走りに駆け寄ったルドルフは、クローネが抱いているぬいぐるみに目を向けた。
しげしげと見つめていたその口もとに、やがてにやりと笑みが浮かぶ。
「ほほぉー、こいつはドイツ製だな。けっこうな掘り出し物だぜ。」
「もらっていいですか!?」
「本音が出たな?」
してやったりといった顔で言ったルドルフは、もういちど牙をむき出して笑った。
「でかいサイズのウサギのぬいぐるみって、何個いるんだったっけか?」
「え?…ええと、24520500個です。」
「だったら、それ以外にあと24520500個見つけろ。そしたら、やるよ。」
「ホントですよね?…よっしゃー!!」
気勢をあげるクローネにあわせるように、ルドルフも火鋏を高々と突き上げる。
「うおっしゃ!がんばるぜー!!」
背のカゴにそのウサギを放り込んだクローネは、ふと傍らのルドルフに視線を向けた。
早くも次のオモチャを発掘した彼は、鼻歌まじりにそれを摘み上げている。
なんだか、いつもよりも上機嫌に見えた。
自分のこぼす愚痴や文句にも、怒らずに色々と説明をしてくれる。
何かといえばぶっ叩くいつものルドルフとは、雰囲気が違うようにも思えた。
「先生。」
「なんだ?」
「なんか、楽しそうですね。」
「おお。」
即答したルドルフは、くるりと体を回してクローネに向き直った。
「この作業は、かなり好きなんだよな。プレゼントを配るのと、同じくらいに。」
「ゴミ拾いがですか?」
釈然としない口調のクローネに、ルドルフは見渡す限りのゴミの山をざっと指した。
「見ろよこれ。人間が、価値なしと決めつけて捨てた掃き溜めだ。腐る事も、土に還る事も
できずに、ここにこうして埋もれているだけの物の山。むなしいと思わねえか?」
そう言って振り返り、火鋏でクローネの背中のカゴをカンカンと軽く叩く。
「…その掃き溜めから拾い上げたのが、これだぜ。今はちょっとばかし汚くなってるが、
リボーナーで直せばまた使えるようになる。そんで、どこかの子供のもとへと帰るんだ。」
「そう言えば、そうですよね。」
山盛りになった背の荷物の重さを感じながら、クローネはそっと呟いた。
―何も考えずに拾っていたけど、これは再利用するためのものだった―
そんな考えが、荷物の重さをよりはっきりと体感させる。
「これは俺たちにしか見出せない、掃き溜めの中の値打ちもんだ。
そいつを掘り出すこの作業が、楽しくねえはずがねえだろ?」
視線を下に向けたルドルフの火鋏が摘み上げたのは、白い子馬のアクセサリーだった。
「俺にとっちゃあ、これはゴミ拾いじゃねえ。言ってみれば、宝探しなんだよ。」
「宝探し…なんか、かっこいいですね。」
「だろ?」
話しながらも、次々とルドルフは足元からオモチャを摘み上げていく。
その姿をじっと見ていたクローネの顔に、活気のようなものが満ち始めた。
「…よーし。じゃああたしもお宝発掘をめざそっと!!」
「ふん。未熟者が。だったら俺を唸らせるようなもの、見つけてみな?」
「見てて下さいよぉー!!」
甲高い声を上げながら、クローネは腰まで埋まりそうなゴミの中へと勢いよく分け入った。
舞い散る埃をものともせず、せっせとその中からオモチャを漁り始める。
「ようし。俺も負けちゃいらんねーな。」
にやりと笑ったルドルフもまた、軽快なステップでゴミの上を飛び回リ始めた。
少し影の伸び始めた、午後のゴミ廃棄場で。
せかせかと駆け回る2つの影は、まるで踊っているようにも見えた。
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そんな日々が、半月以上続いた。
世界中の廃棄場という廃棄場をひたすら巡った結果、ルドルフとクローネは、
ついに「時写し」によって示された全てのオモチャをかき集めるに至った。
無造作に積み上げられた億単位のオモチャは、まさにちょっとした山に見える。
不可視の結界が作られているため人間には見えないが、その威容は壮観だった。
「…やりましたねー。」
「そうだな。」
山のふもとから見上げるクローネの感慨深げな声に、ルドルフもしみじみと応える。
着替えや洗濯が追いつかなかったクローネの服は、全体に茶色っぽくなっていた。
「単純な数で言えば、前年比で1.3%増しだ。初めてにしちゃあよくやったぜ。」
「…そうなんですか…。」
「どうした?なんか歯切れが悪いな。」
「いえ…」
うずたかく積まれたオモチャを見上げていたクローネは、ためらいがちに続ける。
「改めて見ると、確かにぜんぶ不燃ゴミだなぁ…って思えて。…やっぱり、子供にあげる
プレゼントは新品の方がいいんじゃないか、っていう考えが浮かんじゃうんですけど。」
「なるほどな。」
あっさりと頷いたルドルフが、少し声のトーンを変えた。
「じゃあ、逆にお前に訊こう。新品の方がいい理由って、何だ?」
「え?」
問いかけにきょとんとしたクローネは、目を泳がせながら答える。
「そりゃあ…きれいだとか、清潔だとか……そういう事だと思いますけど。」
「他には?」
「え――――――と…………………………」
唸りながら考え込むクローネを見つめていたルドルフが、オモチャの山に視線を戻す。
「リボーナーを使えばきれいに修繕できるし、殺菌や消毒も万全だ。とすると、
お前が出した条件は新品との決定的な違いにはならねえぞ?」
「そう…ですね…。」
なおも頭を悩ませるクローネの返事は、かなりあやふやだった。
やりとりを終わらせるかのように手を一度パチンと叩き、ルドルフが背をしゃんと伸ばす。
「まあ、そのうちお前にも分かるだろ。今は議論してる時じゃねえからな。」
「じゃあ、いよいよオモチャの修理を始めるんですね?」
「いや、まだだ。」
パッと目を輝かせたクローネの言葉をあっさり否定し、ルドルフは口もとを歪めて笑った。
「まずは、これをぜんぶ分別する。」
「…分別?」
とてつもなくいやな予感に襲われたクローネの声は、かすかにかすれた。
「というと…」
「言葉の通りだよ。効率を上げるために、オモチャの種類をきっちり分ける。」
非情なまでに淡々と、ルドルフの無体な説明は続く。
「木製・プラスチック製・布製・金属製・磁器製・紙製・その他。大ざっぱに言うと
こんな感じだな。判らないのはその他に入れろ。後で俺が判断するから。」
「…てことは、やっぱりあたしがやるんですね?」
「事典の並べ直しと同じ要領だよ。楽勝だろ?最速の美少女には。ガンバレや。」
「……………………………」
返答に窮するクローネにもう一度にやりと笑みを返し、ルドルフは踵を返した。
「俺は晩飯の用意してくるから。しっかりやれよ。」
「……はい。」
口笛を吹きながら家に戻っていくルドルフをじっと見送り、クローネが山に向き直る。
しばらく黙って見据えていたその瞳に、突如として炎が宿った。
「ええい!ここまで来たらとことんやったるわよッ!!」
雄叫びにも似た声を張り上げ、そのまま突進していく。
やけくそになったクローネに、もはや怖いものなど何もなかった。
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昼夜兼行での分別作業は続き、すでに4日目の夕暮れも迫っていた。
若干ルドルフがアドバイスする部分もあったものの、クローネは独力で
そびえるオモチャの山を8割方、分けるところにまでこぎつけている。
体がコツを憶えているものの、さすがに少し目はかすみ、意識はもうろうとしていた。
ほとんど自動的に体が動いているといった態で、クローネはひたすらに分別を続ける。
もはや、恨み言すらも頭には浮かんでこない。
「あとちょっと…」
そのひとことだけを頭の中で何百回も連呼し、取っては分け取っては分ける。
ちょっとした、極限状態だと言ってもよかった。
「おおい、休憩しようぜ。お茶入れたから。」
「はーい…」
機械的に応えたクローネは、その場にぺたりと腰を下ろす。歩み寄って隣に座り、
ルドルフは熱い紅茶の入ったカップを手渡した。
「もうちょっとだな。」
「そおですねー…」
まともな会話が成り立たないほど、クローネの精神はすりへっていた。
それでも紅茶を口に含んだ事で、わずかながら意識の片鱗が戻る。
「…あー先生。さっきちょっと思ったんですけど…。」
「何だ?」
「どの分類のオモチャもけっこうな数になってるから、もうそろそろ修繕を始めても
いいんじゃないでしょうか。あたしの作業の残りも、そんな時間かからないだろうし。」
「なるほどな。確かにそうだ。だけど…」
ちょっと空を仰いだルドルフが、ゆっくりと言葉をつなぐ。
「ちょっと決まりごとがあってな。全部を分別し終わるまで、リボーナーの起動は
しない事になってるんだよ。これはもう、ずっと昔から続いてる。」
「何でですか?」
「説明が難しいんだよなー…まあ、運がよけりゃあわかるよ。」
「…はーい。」
さして食い下がりもせず、カップを返したクローネはさっさと立ち上がった。
続いて立ち上がったルドルフを尻目に、そのまま作業を再開する。
「頑張れよ。これが終われば一段落だからな。」
「大丈夫ですー…。」
抑揚のない応えを返したクローネにちょっと肩をすくめ、
ルドルフは黙ってその場を離れた。
「…さすがにあいつも、かなり参ってるな。」
ぼそりと呟き、分けられたオモチャの山をじっと見据える。
手伝えば、もっと早くできる。
むろん、手伝ってやりたいのは山々だ。
しかし、ここはお互いに辛抱のしどころだった。
効率の良さだけが大事なのではない。
常識外れの作業量に、決してひるまない気持ちの強さ。
そして、意地でもやり遂げるだけの意思力。
ほんの子供だからこそ、そして最初の年だからこそ、それは心身に叩き込める。
たとえそれで、自分が憎まれ役になったとしても。
得られるものは、きっと大きいはずだ。
自分を納得させるように小さく頷き、ルドルフは家へと戻っていった。
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「……あとひと息。」
声に出して唱えながら、クローネは数十個のオモチャをまとめて抱えあげた。
そのままヨタヨタと歩き、分別済みの山のほうへと歩いていく。
残りは、ほんの数百個にまで減っていた。
そびえ立っていた山は、すでにわずかな積み上がりを残すばかりになっている。
憔悴しきってはいたものの、その事実がクローネの動きを緩やかにしていた。
少し丁寧に手の中のオモチャを分け、ひとつひとつを並べていく。
日が暮れるまでに、カタは着きそうだ。
そう思って、ホッと息をついた刹那。
『……おぉぉぉい…いつになったら出してくれるんだ……』
くぐもった声が背後からかすかに届き、クローネはビクッと肩をすくめた。
もうろうとしていた意識が、恐怖で一気に引き戻される。
確かに、聞こえた。
ルドルフは家で夕食の支度中のはずだ。
この場所に人など来ないから、自分以外に誰かいるはずはない。
「…き、気のせいよね。」
自分に言い聞かせようとした声は、かえって不気味に裏返った。
『………おおおお…いぃ…』
聞こえた。
間違いない。かすれた声が、残りの山の方から聞こえてきた。
顔を引きつらせながらも、クローネは勇を奮って向き直った。
そして、見開いた目を声の聞こえた方へと向ける。
夕闇の中。
コントラストを濃くするその山が、かすかに動いたのが見えた。
『…外に出せよぉぉぉぉぉ……』
そのひと言と共に、ひとつの影がゆっくりと持ち上がった。

墓場からよみがえった、腐乱死体。
そんなものはもちろん見た事がないにもかかわらず、クローネの頭に
はっきりとそんな形容が浮かぶ。
声の主は、そう言うしかないほど醜悪だった。

一瞬の間をおき。
「ひぃええええええええええええええぇっ!!」
恐怖に裏返ったクローネの甲高い悲鳴が、沈黙の帳をまっぷたつに引き裂いた。
遠く聞こえていたリズミカルな包丁の音が途切れ、勝手口から飛び出したルドルフが
転がるような勢いでクローネのもとへと駆け寄ってくる。
「ど、どうした!?」
「お、オバケが…オバケが混じってました……!!」
がたがたと振るえながら、クローネは何とか右手を突き出した。
その指が示す方向に向いたルドルフの目が、ずるずると這い出した醜悪な影を捉える。
「………ん?」
訝しげな声を発したルドルフは、そのまますたすたとそちらへ歩き出した。
ぼろ雑巾のようなその影まで、あと数mのところまで近づいた時。
不意に足を止めたルドルフの表情が、パッと明るくなる。
「あれ?…お前、ジョニーじゃねえのか?」
「よう、ルドルフ。」
顔らしき部分を持ち上げた影は、はっきりとした声で応えた。
「久し振りだな。」
「おお!やっぱりジョニーか!!お前、今回の回収分に入ってたのかよ!」
明らかに嬉しそうなルドルフの声に、クローネは訳がわからなくなっていた。
それでも、勇を奮っておそるおそるルドルフの方へと歩み寄っていく。
屈み込んだルドルフは、「ジョニー」と呼んだその影に笑顔を向けた。
「何だ、ズタズタじゃねえかよ。何かトラブルでもあったのか?」
「いやあ、ちょいとケチな犬っころに噛まれちまってよぉ。とんだ災難だったぜ。」
「……あの、先生?」
親しげに言葉を交わすルドルフの背を、クローネの手が遠慮がちにつつく。
「何ですかそれ?」
「何ですか、じゃねえ。「誰ですか」って言えよ。」
そう言って、ルドルフは顔だけクローネに向き直った。
「彼はジョニー。『付喪神(つくもがみ)』のジョニーだ。」
「へ?」
よく聞き取れなかったクローネの顔に、怪訝そうな表情が浮かぶ。
「何ですかそれ?」
「えーと…ああ、ジョニー。こいつはクローネってんだ。」
「ジョニーだ。」
影は、片方しかない目でぎょろりとクローネを睨んで短く挨拶を述べた。
「あ、く、クローネです…あの、よろしく……」
しどろもどろに言葉を返したものの、クローネはなおも顔を引きつらせていた。
体の破片をボロボロとこぼしながら這いずるその異様な姿は、どう見ても怖い。
大きく裂けた頭や体からは、臓物らしきものさえはみ出しているように見える。
はみ出しているワタが妙に白っぽいのが、不思議といえば不思議ではあるが。
『ジョニー』は、腐臭が漂ってきてもおかしくないような、不気味な物体だった。
「まあ、それは後でいい。それでジョニー…」
間が持たない挨拶に焦れたのか、ルドルフが口を挟む。
「今回はお前だけか?」
「ああ。他はいなかったな。間違いねえよ。」
「…んじゃ、一番風呂にはいるか。そのザマじゃ、どうにもならねえだろうし。」
「おう。待ちくたびれたぜ。いつまでたっても分別が終わらねえからよ…。
悪いが、運んでくれや。足が裂けちまって、歩くに歩けねえんだよ。」
「任せろ。」
クローネがぽかんと見比べる前で言葉を交わし、ルドルフはジョニーの体を
そっと抱え上げて踵を返した。そして、傍らのクローネを目で促す。
「お待ちかねだ。リボーナーを動かすぜ。ついて来い。」
「え?あ、はい。」
すっかり毒気を抜かれていたクローネは、その声にあわてて応えた。
すでに歩き始めていたルドルフに並び、手の中のジョニーをちらちらと見やる。
死体か何かだと思っていたが、よく見ると人工物らしかった。
そこかしこからはみ出ているのは臓物ではなく、どうやら綿らしい。
…とすると、ぬいぐるみか何か?
思案しているうちに、ルドルフ達はリボーナーの前まで来た。
メインスイッチを入れると同時に微震が伝わり、全体が低い駆動音をたてる。
「んじゃ、ゆっくりな。」
そう言って、ルドルフは手の中のジョニーを入口から中に入れた。
なかば吸い込まれるようにして、そのボロボロの体は機械の中へと消えていく。
同時にそこかしこのランプ類が、せわしない点滅を始めていた。
「さて、と。もうすぐ日が暮れるぞ。」
向き直ったルドルフは、ランプを見つめるクローネの肩越しに残りの山を見やった。
「あとちょっとらしいから、晩飯の前に済ませてしまえよな。」
「あ、ハイ。分かりました。」
我に返ったクローネは、そのまま踵を返して駆け出す。
体が完全にコツを憶えたらしく、クローネはたちまちのうちに残りのオモチャの
分別を済ませていく。どうやら、ショックで却って気持ちを切り替えられたらしい。
見ているうちに、クローネは全ての分別を終わらせてしまったようだった。
夕闇の中でガッツポーズをとったらしいその影が、再びこちらへ駆け戻ってくる。
それと、ほぼ同時に。
低く唸っていたリボーナーの出口近くのランプが、小さなブザーの音と共に点滅した。
ほどなく、出口から小さな影が勢いよく滑り降りてくる。
「終わりましたよ先生。」
「ご苦労だった。ちなみに、こっちも終わったぜ。」
そう言って、ルドルフはアゴで出口の方をしゃくった。
振り向いたクローネの視線の先で、影が立ち上がって大きく伸びをする。
数歩こちらへ歩み寄った所で、影はその片手をパッと挙げた。
「よう。おかげですっきりしたぜー。」
「…ジョニー、さん?」
信じられないといった表情を浮かべ、クローネはまじまじとその影に見入った。
滑らかなブラウンの毛並みと、黒く輝くつぶらな瞳。そして、真っ赤なリボン。
そこに立っているのは、愛らしいという表現がぴったりのテディベアだった。

「あらためて挨拶させてもらうぜ。俺の名はジョニー。テキサス・ジョニーだ。」
「…あたしは、クローネです。」
挨拶を返したクローネは、差し出されたジョニーの右手を取って握手を交わす。
柔らかで、さらさらとした毛並みと質感。
まぎれもなく、その手触りはクマのぬいぐるみそのものだった。
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「…それで…」
恐怖が遠ざかると同時に、波のように押し寄せてきた疑問。
口にするのももどかしげに、クローネは身を乗り出す。
「さっき先生が言った、ええと…何でしたっけ。」
「付喪神だ。」
「そうそう。そのツクモガミ。一体それって、どういうものなんですか?」
「心を持った器物だよ。」
答えたのは、傍らにくつろいで座るジョニーだった。
「日本では、妖怪の一種と言われてるがな。永いあいだ人間の思念を受け続けた
道具なんかに、魂が宿ったものを言うんだよ。俺は160年ほど前にこの世に発現した。」
じっと聞き耳を立てていたクローネは、語るジョニーを盗み見た。
友達の持っていたテディベアにちょっと似ているものの、作りも素材も
それよりずっと高級な感じがする。体のバランスや顔つきも愛らしい。
それだけに、語る口調の荒っぽさが似合っていなかった。
「…ひょっとしてオモチャって、みんな心を持ってるんですか…?」
言いながら、クローネはかすかに身震いした。
寝ている間に踊りだす、部屋中のオモチャ。想像するとかなり怖い。
「いや。」
あっさり否定し、ルドルフは分別の終わったオモチャの山を見やる。
「付喪神は、めったに生まれねえ存在なんだよ。俺が把握してる奴を全部足しても、
世界中に200ちょっとしかいない。最近じゃ、生まれる事も少なくなってるしな。」
「でも、200もおられるんでしょ?」
「世界中のオモチャの中の200なんざ、ほんの一部だぜ。」
言いながら、ジョニーは胸元のリボンのずれを直した。
「俺も、直接会った奴なんて10とちょっとだしな。タイタニック号に乗ってあやうく
海の藻屑になりかけた、ポーラーってシロクマ野郎もいたっけか。俺と違って、
何となくナヨッとしたところのある頼りねえ奴だったけどよ。」
「よく言うぜ。」
意味ありげに、ルドルフはジョニーに顔を向けてにやりと笑う。
「お前だって、かわいいポリーちゃんだったんだろ?ついこの前まではよ。」
「るせぇ!!その名前で呼ぶんじゃねえよっ!!」
「何ですか?そのポリーちゃんって…」
クローネの問いに顔を上げ、ルドルフはまたもにやりと笑みを浮かべた。
「8年前にこいつをプレゼントしたナタリーって子が、つけた名前だよ。
ずうっと仲良しだったんだよな?もちろん、妹として。」
「るせえな。」
決まり悪げに答え、ジョニーはキッとクローネに向き直る。
「…俺だって、最初っからこんな軟派な見てくれだったわけじゃねえんだぜ。
作られた時は、本物のグリズリ―(アメリカヒグマ)の毛をふんだんに使った
ワイルドな人形だったんだ。…色々あって、今はこうなっちまったんだけどよ。」
ぶつぶつと言い訳を並べ立てるジョニーに、クローネは自然と笑みを浮かべた。
最初は肝をつぶしたが、話してみると実に気さくで照れ屋なクマさんらしい。
あれこれと話すうちに、ふと思いついた。
「じゃあ先生。リポーナーは分別が終わるまで動かさないっていうのはもしかして、
最初はツクモガミさんに使うっていうルールがあるからだったんですか?」
「そうだ。意外と頭が回るじゃねえか」
笑って答え、ルドルフはそびえ立つリボーナーに目を向ける。
「それが、心あるオモチャへの敬意ってもんなんだよ。いつもは集めてる時に
分かるんだが、今回はお前が半分集めたからな。だから最後まで待ったんだ。」
「なるほど…。」
つまり、ジョニーを拾ったのは自分ということになる。
しかしノルマに追われ、拾ったことさえまったく記憶になかった。
まさか、こんなオモチャがこの世に存在していたとは…。
「古いオモチャの、良さ……」
ぼそりと小声で呟き、クローネは物思いに耽った。
何となく、その言葉の持っている意味が分かるような気がする。
そんな考え深い静寂を、突如として彼女自身の腹の虫が破った。
「お、話し込んじまったな。飯の準備が途中だ。」
赤くなったクローネをチラリと一瞥し、ルドルフは勢いよく立ち上がる。
「よし。プレゼント分別完了と、ジョニーの来訪を一気に祝おうぜ。
今夜は腕によりをかけて、ちょっとごちそうにするからよ。」
「え、ホントですかー!?」
「俺は喰わねえけどな」
「そう言うなって。雰囲気だ雰囲気!」
わいわいと言葉を交わしながら、3人は家の明かりへと歩を進めていく。
すっかり夜の帳が下りた空には、満天の星が瞬いていた。
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翌日の空も、蒼く晴れ渡っていた。
陽光を反射してにぶく輝くリボーナーの前に、分別の終わったオモチャが
クローネによって次々と運び込まれる。
「やっとここまで来たな。お待ちかねのイベントだ。」
「いよいよですね!?」
ひと晩寝てすっかり元気を取り戻したクローネが、弾んだ声をあげた。
「おう。まずはぬいぐるみからだ。」
力強い声で答え、ルドルフはメインスイッチを手早く操作する。
昨日よりも大きな駆動音が響き、リボーナーは本格的に起動した。
やがて、入口に積まれたぬいぐるみの山が勢いよく吸い込まれ始める。
出口のすぐ横には、ライトニングカリブーから取り外した亜空間コンテナが置かれている。
修繕の終わったオモチャは、そのままコンテナの中に収容される仕掛けだった。
その傍らに駆け寄ったクローネが、しげしげと出口の深遠を覗き込む。
「おい危ねえぞ。」
「え?」
ジョニーの声に、振り返った刹那。
ゴンゴンという音と共に、まるでマシンガンの斉射かと思うような勢いでぬいぐるみが
一気に飛び出してきた。顔をかすめる烈風に、クローネは思わず尻餅をつく。
「ひ、ひええっ!?」
パン工場のベルトコンベア―のようなものを想像していたが、そんなどころではなかった。
修繕が終わって出てくるオモチャは、間断なく撃ち出される弾丸と言った方が相応しい。
もはや、のんびりと見ることすらもできなかった。
「せ、先生…これ、速すぎやしません?」
「そんな事ねえよ。」
計器を微調整しながら、ルドルフは事もなげに答える。
「何億個もあるんだぜ?チンタラやってたら年末までに間に合わねえんだよ。」
「そういうものなんですか…」
「ああ。ところで。」
調整を終えたルドルフは、ゆっくりと振り返って言った。
「…お前、こないだ見つけたウサギちゃんはどうした?」
「へ?…ああっしまった!!いっしょに混ぜちゃった!!」
悲鳴を上げたクローネは、あわててコンテナを覗き込む。しかしすでに最初の方の
ウサギぬいぐるみは、奥の方深くへと格納されてしまいつつあった。
「せっかく集めたのに24520500個!あたしのウサギちゃーん!!」
半べそで叫ぶクローネの背中を見ながら、ジョニーは大げさに肩をすくめる。
「…このチビちゃんが、じいさんの後継ぎとはなぁ…。お前も、だいぶ苦労してんだろ。」
「まあな。」
横に立つルドルフの表情は、そう言いながらも楽しげだった。
「だけど、分かるんだよ。これにかけちゃ、苦労した分だけ結果は出るってな。
初めて会った時のハナタレ振りから考えりゃあ、これでも成長してるんだ。」
「ほおぉ。……まあ、お前が言うんだから間違いはねえんだろう。」
応えたジョニーは、黒糸でできた口もとを曲げて笑う。
「まあ、お手並み拝見ってとこだな。」
「ああ、見てろ。」
自身ありげに頷くルドルフの視線の先で、クローネはしつこくゴネていた。
そんな3人の影が、雪の残った平原にぼんやりと映る。
何はともあれ、プレゼントの頭数は揃った。
あとは、こいつの心身を徹底的に鍛え上げる。
おそらくは、もっとも難しい部分だ。
だけど見てろ。
俺は、先生としてやり遂げてみせる。
決意を新たに空を仰いだ、ルドルフの視線の先。
ちぎれ雲は、彼らの進む前途を示すかのように勢いよく流れていった。
================【続く】===============
●トイ・リボーナー●
●ジョニー・ザ・テディベア●
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●第十二章●
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