第8章:9月
〜クローネの休日〜
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いつもいつも、どうもありがとうございます。
いいえ。お気になさらないで下さい。
…それで、どういう具合でしょうか……。
ええ。
病状そのものに、目立った進行は見られません。
なにぶん、お歳ですからね。
今後、劇的に悪化するような兆しも見られませんでした。
そうですか。…よかった。
ええ。
ですが、心づもりはしっかりとなさっておいて下さい。
…心づもり、ですか。
そうです。
病気が進行しないということは、言い方を変えれば
それだけ、ご自身の代謝と生命力が弱まっているという事です。
今は、まだ大丈夫ですが。
食が細くなるような事があれば、体力はすぐ低下します。
やはり、もう長くはないと?
あまりはっきりとした事は申し上げられませんが。
今年いっぱい。
その間に、できる限りの思い出を作ってください。
お母様の寿命は、もう見えています。
その事は、しっかりと認識しておいて下さい。
分かりました。
どうも、ありがとうございました。
ええ。それではここで。
お見送りはけっこうですので。
お気をつけて。
「…ねえおばあちゃん。ちゅうしゃ、痛かった?」
「ええ。ちょっとだけね。」
「あのおいしゃさん、こわいひとなの?」
「いいえ。とってもいい人よ。優しくって、頼もしくって。」
「ほんと?…よかった!ねえおばあちゃん。お話して!」
「ええいいわよ。」
「こらっ!!おばあちゃんは往診が終わったばかりだろ!
疲れてるのに、そんなお願いしちゃダメじゃないか!!」
「だって……」
「いいのよ。今日は気分がいいから。さ、お座りなさい。」
「はあい!!」
「…母さん、あんまり無理しないでよ。」
「はいはい。…さあて、何のお話がいいかな?」
「サンタさんと、赤いお鼻のトナカイさんのお話!」
「はあい。…むかし、鼻がとっても赤いトナカイがいました。
あんまりおかしな鼻なので、みんないつも笑いました。…」
……………………………………………
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あたしの名は、クローネ。
ノルウェーの片田舎で生まれた、妖精一家の子供。
ちっちゃな頃は、友だちと一緒に遊ぶのが唯一の日課だった。
ひとつ違いの弟、ロミルを連れて。
みんなと一緒に、朝から晩まで遊んでいた。
だけど、あの日。
原っぱで野球をしていて、外野を守っていたあたしが投げた球。
それは、落ちる前に空の彼方に消えていった。
何が起こったのか、誰よりもあたしが分からなかった。
とりあえず、ボールの持ち主に謝った。
おこづかいがなかったから、ロミルにお金を借りて弁償した。
その日の夕方。
お父ちゃんが、誰かに電話で連絡した。
そして、その夜遅く。
やって来たのは、サンタクロースだった。
お父さんは、サンタさんはあたしの曾おじいちゃんだと言った。
聞いた途端、あたしは泣いた。
嬉しさなんかなかった。
ただ、とっても怖かった。
絵本でしか見たことのない、伝説のサンタクロースが。
あたしの曾おじいちゃんだなんて。
そんなの、信じたくなかった。
だけど、認めないわけにはいかなかった。
あたしに宿ったこの力は、サンタクロースの後継ぎとなる
たったひとりにのみ、発現する力なのだと聞かされた。
そして、いずれお前はサンタクロースを継ぐ事になる、と。
その夜は、ひと晩中泣き続けた。
翌日から、外に出るのが嫌になった。
親しい友だちは、事情を聞いて励ましてくれたけど。
だけど、離れていった友だちも何人かいた。
いつか、この生活と別れなくてはならなくなる。
お父ちゃんやお母ちゃん、お姉ちゃんたち、そしてロミルとも。
毎日、怯えながら過ごした。
そしてその日は、あっけなくやって来た。
次の年の初頭に、おじいちゃんが再びうちを訪れた。
引退を決意した、と。
お父ちゃんもお母ちゃんも、黙って聞いていた。
同席したあたしは、椅子の上でずっと震えていた。
2月になったら、迎えに来るから。
そのつもりで、準備をしておいて欲しい。
おじいちゃんは、そう言ってあたしに向き直った。
優しい笑顔だったけど、あたしは怖かった。
サンタさんに、連れて行かれる。
どこか遠い場所に。
二度と戻れない場所に。
泣く事も忘れ、あたしはひたすら身を固くしていた。
話が済み、おじいちゃんが帰ったあと。
背筋を伸ばしていたお母ちゃんが、あたしを抱きしめた。
泣きながら、あたしの体を強く抱きしめた。
何を言ってたのかは、あんまり憶えていない。
だけど、息苦しくなるくらいの感触ははっきり憶えてる。
その時、あたしは泣かなかった。
なぜか、とっても落ち着いた。
あの瞬間に、覚悟ができた。
来月になったら、あたしはここを去る。
だけど、家族がいなくなるわけじゃない。
たとえ、どんなに離れても。
二度と会えなくても。
家族に愛されたのは、間違いないことだから。
そうして、あたしはあたしなりに覚悟を決めた。
頑張って、立派なサンタクロースになろうと。
だけど。
あたしが先生と呼ぶ相手は、おじいちゃんじゃなかった。
あの雪の夜、玄関から入ってきた小さな影。
絵本で見た姿とは、まるで違う悪人めいた恐い顔。
その人相に、あまりにもピッタリな性格。
何かにつけてげんこつでぶん殴る、凶悪トナカイ。
お料理は上手だし、家事も全部やってくれるけど。
怒鳴られない日など、一日もない。
毎日いっしょにいて、毎日修行して。毎日何かしら怒られる。
そして、たまにほめられる。
認めたくないけど、その能力もかなり本物。
イメージはまるで違うけど、間違いなくサンタクロースのトナカイ。
これだけ毎日いっしょにいれば、いい所も悪い所も見える。
もう、いっしょにいるのが当たり前になってしまっていた。
そんな生活が半年以上続いた、ある日。
思いがけず、休暇が出た。
なんでいきなり?と、思わず訊いてみた。
いわく、
”お前の顔ばっかり見てるのもちょっと飽きた。久々に家でじっくり
野球中継でも観てえから、お前もちょっと羽のばしてこいよ。”
何その言い草。
こっちだって、好きで毎日顔合わせてるわけじゃないっての。
ああそうですか。
だったら遠慮なく。
そんなわけで、あたしは久々にノルウェーの実家へと帰った。
懐かしい家族のもとへと。
お父ちゃんもお母ちゃんも、そしてロミルも。
笑顔で迎えてくれた。
ロミルは、しばらく見ないうちにずいぶん背が伸びていた。
…顔つきもなんだか男らしくなってて、ちょっとドキドキした。
聞くと、先生は何ヶ月か前に挨拶に来ていたらしい。
そんなこと、ひと言も言ってなかったのに。
ま、いいや。
今日と明日ぐらい、あの凶悪トナカイは忘れよう。
せっかくの里帰りなんだから。
のんびり、ゆっくりしよう。
そんなわけで、あたしは心ゆくまで家族に甘えた。
今日は、帰省三日目。
夕方、あたしが帰ってることを知った友だちが誘いに来た。
ひと晩、みんなで集まって楽しく騒ごうって。
もちろん、行くことに決めた。
何たって、ひさしぶりのお泊りなんだから。
心ゆくまで楽しまなくちゃ!
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ねえねえ、クローネ。
ん?
訊いてみたかったんだけどさ。サンタクロースの修行って、
どんな事やるの?やっぱりソリの乗り方とか、空を飛ぶ訓練とか?
ううん。そんなのはないよ。
今はソリじゃなくって、光速移動マシンを使うからね。
日頃やってる事っていったら…やっぱり体力作りかなあ。
体力作り?どんな?
うーん…まあ色々あるけどね。
たとえば、4500トンほどの岩の塊を背負って20km往復とか、
泳いで大西洋を縦断往復とか。けっこう地味なのばっかりよ。
…あれ?
何でみんな黙っちゃうの?
…それ、サンタクロースとどういう関係があるの?
ただの拷問なんじゃないかって気がするんだけど。
あなた、この半年以上そんなこと毎日やってたの?
うん。
やらないと怒られるし。
先生いわく、とにかく体力がないと話にならないって。
先生って、お話とかに出てくるあの赤鼻のトナカイよね?
そうだよ。
…あたしなら、絶対やめてるなあ。
え?どうして?
だってそうじゃん?
サンタクロース直々に教えてくれるってんならともかく、
その子分のトナカイにえらそうにされるっての、ちょっと屈辱じゃない?
…そんなことないよ。
先生はとことん厳しいし恐いけど、言うだけあって
実力はすごいし。この前だって、地球侵略にきた宇宙海賊を
たった一人で全滅させちゃったくらいなんだから。
だけどさー。
やっぱヤだなあ。
いや、実はあたし、ずっと前に親と一緒にあのトナカイに
会う機会があったんだけどね。ま、会うっていっても別に
本人と直接話をしたとかってわけじゃないんだけどさ。
ひと目見てがっかりした憶えがあるのよねー。
がっかりって、何で?
だってさ。
何であんなちんちくりんの姿なわけ?
あんなちっちゃい体で、どこが「トナカイ」なのよ。
トナカイって、もっとスマートな生き物でしょ?
絵本で見て憧れてたイメージが、崩れちゃったのよね。
それは先生が、「昇魂の術」を遂げたからだよ。
何それ?
あたしも、ちょっと聞いただけなんだけど。
寿命を迎えた生き物が、自分の精神力と生命力を極限まで高めて
天地自然の”氣”と素材を集め、肉体を再構成させる術なんだって。
作り上げた新しい体に魂を移すことで、生命の限界を超越できる。
これまでに成功した人はほとんどいない、高度な術なんだよ。
へぇー…。
じゃあつまり、あの体は自分の術で作り直したモノだってわけ?
…なんか、それはそれでちょっと嫌かもね。
どうしてよ。
だって、ヤじゃない?
自分が苦労して作ったイメージが、あんなんだったらさぁ。
あたしだったら、やっぱり死にたくなるかもね。
そうよねー。
だいたい、何でそこまでして生きることにしがみ付くかなぁ。
寿命なんだから、別にいいじゃんって思うんだけど。
そんなみっともない姿になってまで生き続けてるのって、
ちょっと見苦しいんじゃないの?
だよねー。
あたしだったら、カワイイうちに死にたいわ。
その方が、美しい生き方と言えるんじゃない?
今だって、ちょっと歳とり過ぎたかなあって思う時あるし。
ねえクローネ。あなたもそう思わない?
…どうかな。
あたし、帰るね。
え!?
ちょ、ちょっと!ひょっとして怒ったの?
やあねー。こんなの聞き流してくんなきゃ!
ねえちょっと!クローネってば!
怒ったんなら謝るから!
別に怒ってないよ。
さよなら。
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引き留めるみんなの方には目を向けず、あたしは家を後にした。
振り返る気には、なれなかった。
”ひょっとして怒ったの?”
ううん。別に怒ったわけじゃない。
みんなの言ってることが、まちがってるとも思わない。
ただ、急に嫌になった。
あんな話を、明日の朝まで続けるのかも知れないと思ったら。
怒ったわけじゃない。
むしろ、みんなの意見にはちょっと考えさせられた。
どうして、ルドルフ先生はそこまで生きることに執着しているのか。
妖精の基準で考えてさえ、先生は群を抜いて高齢のはずだ。
まして、もともとはただのトナカイだったはずなのに。
厳しい昇魂の術を使ってまで、どうして生き続けてるのだろうか。
あんまり、深く考えた事がなかった。
貴重な意見を、もらったのかも知れない。
だったら、どうしてこんないきなり出てきたりしたのか?
はっきりと、理由は分からない。
ただ、不意に分からなくなった。
仲のいい友だちが、どっちを向いて生きているのかが。
境遇が、自分と決定的に違っているのは当たり前だ。
むしろ、特殊なのは自分のはずなのだから。
だけど、そういう問題じゃない。
使命があろうとなかろうと、生きる者には目的があるはずだ。
それが、見えなかった。
みんなの目が、どんな目的を見つめているのかが。
ただ、今この瞬間だけを生きている。
そんな風にしか、自分には見えなかった。
自分は…
いや。
ルドルフ先生は、違う。
あの人の目は、いつも一点を睨み据えている。
今よりも、もっと高い場所へ。
そして、今よりももっと前へ。
まるでバカのように、それだけを叫びながら生きている。
きっと、おじいちゃんもそうだったのだろう。
去年よりも。そして、昨日の自分よりも。
一歩でも、半歩でも前に進む事をひたすら目指した。
だからこそ、前に進めなくなった時点で心を決めたのだろう。
もう、次の世代に使命を譲るべきなのだ、と。
…じゃあ、先生は?
どうして先生は、今でも突っ走り続けているのだろうか?
あたしを、一人前にしなくちゃいけないから?
おじいちゃんに、それを託されたから?
確かに、それもあるのかも知れない。
だけど、そんなのは理由にならない。
だって、あたしと会ってまだ一年も経ってないんだから。
そんなことを考えながら歩くうち、家の灯りがぽつんと見えた。
どうも、いま帰るのはちょっと気が引けた。
泊まってくると言った以上、なぜ帰ってきたのか訊かれるだろうし。
理由が、自分でもはっきりとは分かっていないし。
どうしようか、迷った。
何となく釈然としないこの思いを、誰にぶつければいいのだろうか。
「…そうだ。おじいちゃんに訊けばいいんだ。」
ちょっと考えてみれば、簡単なことだった。
先生のことを、誰よりも良く知っている相手。
それは長年一緒に頑張ってきた、おじいちゃんを置いて他にはない。
サンタクロースがトナカイのことを、知らないはずはないだろう。
思い立ったあたしは、俄然張り切った。
実家からおじいちゃんの家までは、陸路で160kmほど。
走ればすぐに行ける。
この際だから、いろいろ訊いてみよう。
先生には、訊けないようなことを。
空に浮かぶ月を見上げて方角を確かめ、あたしは一気に走った。
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「……あれ?」
おじいちゃんの家が見えるところまで来て速度を落としたあたしは、
遠目に見える窓の明かりに不審な色を感じた。
暖炉の炎や、ランプの光とは違う色。
あの赤は、いつもいつも目にしているから分かる。
ルドルフ先生の、鼻の色だ。
ライトニングカリブーがないところを見ると、徒歩で来たらしい。
「…なんで、先生が?」
確か、家でジョニーさんと野球中継を楽しむと言ってたはずだ。
少なくとも、おじいちゃんの所へ行くとは聞いていない。
「…何だろ。どうして黙ってここへ?」
あたしは、少なからず不安になった。
もしかしたら、あたしの悪口を吹聴しに来たのだろうか。
そうは思いたくないけど、思えなくもない。
こっそり会いに来てるという時点で、かなり怪しい。
いつの間にかあたしは、足音を忍ばせるように歩いていた。
そのまま窓の真下に陣取り、そっと腰を下ろして聞き耳を立てる。
しゃがむ前に盗み見た室内には、確かにルドルフ先生がいた。
どうやら、おじいちゃんと差し向かいでワインを飲んでいるらしい。
よくは分からなかったけど、テーブルの上に写真のようなものがあった。
2人で、誰かを偲んで酒を酌み交わしている。
そんな風に見えなくもなかった。
時おり吹き抜ける風の他には、音らしい音は聞こえない。
意識を集中すれば、2人の会話はかすかに聞き取れる。
盗み聞きなんて趣味が悪いとは思いつつ、あたしは耳を澄ませた。
「…今頃、チビはどうしてんだろうな。」
「たしか今日は、友だちと一緒に泊まりがけで遊ぶと言っとったな。」
「お泊まりパーティーだと?」
はっきりとは聞こえなかったけど、フンと鼻を鳴らしたのは雰囲気で分かった。
「…もしそれで遊び呆けてるんなら、あいつもまだまだって事だな。」
「ホホッ、まぁ、そう言ってやるな。遊びたい盛りなんじゃからな。」
そんなやりとりを耳にして、あたしは何ともいえない気分になった。
褒められてるんだか、バカにされているんだか…
「ま、いいって事よ。心配はしてねえ。」
ワインをあおって喉を鳴らし、先生はボソリと言った。
「未熟だとはいえ、あいつはでっかいダイヤの原石だ。とことん叩いて磨けば、
誰にも負けない光を放つぜ。多小の緩みくらい大目に見てやらねえとな。」
「ずいぶんとクローネを買っておるようじゃな。」
おじいちゃんの口調は、ちょっとからかうような響きを帯びた。
「おぬしにしては珍しいのう。」
「うるせーよ。そんなんじゃねえって。」
先生の声は少し照れた感じに聞こえたけど、それ以上に照れたのはあたしだった。
でっかい、ダイヤの原石……
顔が赤くなるのが、自分でもはっきりと感じられた。
しばらく、中の2人の会話は途切れた。
かすかなカチャカチャという音から察するに、ワインを酌み交わしているらしい。
やがて聞こえてきた先生の声は、さっきまでとは少し調子が違っていた。
「…今年で、もう60年になるのか。ヴィクセン先輩が最後に亡くなってから。」
「早いもんじゃな。わしらには、特に。」
(ヴィクセン…先輩?)
体を丸めてうずくまったまま、あたしは小さく首をひねった。
おじいちゃんでさえも頭ごなしに怒鳴りつけたりする先生が、「先輩」と敬う相手?
しばらく考えるうちにふと、ずいぶん前に読んだ絵本を思い出した。
ダッシャー、ダンサー、プランサー、ドンダー、…ブリッツェン、キューピッド、コメット。
そして、ヴィクセンとルドルフ。
聖夜にソリを曳く、サンタクロースのトナカイの名前だ。
そう言えば、なぜかこれまで一度もまともに考えた事がなかった。
どうして、トナカイがルドルフ先生だけなのか。
ほかのトナカイさんたちは、一体どうなったのか、を。
「そんな節目の年に世代交代なんて、何かの運命なのかもな。」
先生のその声を耳にした途端、ひとつの確信が胸に沸いた。
かつて共にソリを曳き、世界中の夜空を駆け巡ったトナカイたち。
彼らは2人の盟友を遺し、1頭ずつこの世を去っていったのだろう。
おじいちゃんと先生は、それをすべて看取ってきたのだろう。
ポツリポツリと聞こえてくる先生の声には、寂しさが満ちていた。
「俺がサンタの後継者を育ててるなんて話を聞いたら、ダッシャー先輩あたり
思いっきり笑い飛ばしただろうな。よせよせ、お前のガラじゃないよ…とか言って。」
「言えとるかも知れんのう。ホホッ。」
おじいちゃんの笑い声に合わせ、あたしは素早く立ち上がった。中から見えないように
注意しながら窓の下を離れ、足音を忍ばせてそのままその場を離れる。
これ以上、盗み聞きしていい話じゃないと感じたからだった。
死んだ仲間を偲ぶ2人の気持ちに、割り込んでいいはずはない。
蒼い月を見上げながら、あたしは黙って歩いた。
しばらく、誰もいない小道を辿ったのち。
目の前にそびえる小高い丘の上に、月明かりに浮かぶいくつかの影が見えた。
シルエットから考えるに、どうやらそれはお墓か碑のようなものらしい。
予感めいたものを感じ、あたしは小走りにその丘へと向かった。
夜も更け、昇りきった月の光を受けたその碑は黒々とした影を伸ばしている。
全部で、8基。
正面に設けられた質素な献花台には、花束と焼き菓子の包みが備えてあった。
ひと目見ただけで分かる。
先生の得意な、チョコチップ入りのバタークッキーだ。
おそらくはおじいちゃんの家に行く前に、ここへ立ち寄ったのだろう。
ゆっくりと近付いたあたしは、墓石に刻まれた名前をひとつずつ読んでみた。
ダンサー。
ドンター。
ブリッツェン。
コメット。
キューピッド。
ダッシャー。
プランサー。
ヴィクセン。
思ったとおりの名前が、深く刻まれていた。
絵本で見ただけのうろ覚えだったけど、記憶そのままだった。
きれいに掃除された墓標。
これは、おじいちゃんのトナカイさんたちのお墓だ。
ひとつひとつを確かめながら、あたしはゆっくりと端まで歩いた。
と、その右端に。
近付かないと見えなかったけど、ひときわ小さな墓石があった。
作りも大きさも、他の8基と比べるとずいぶん粗末なものに見える。
まるで恥じ入るかのようなその墓碑の銘を、あたしは声に出して読んでみた。
「…ル…ルド…ルフ……?」
読んだ瞬間、初めて気がついた。
この小さな1基が、先生のお墓なのだ、という事に。

ルドルフ先生の。
正しく言うなら、先生の、この世に産まれた時の体が眠るお墓。
しばらくの間、あたしはその墓石の前でじっと佇んでいた。
そうなんだ。
先生は、ただ単に長生きをしているわけじゃないんだ。
寿命を迎え、死と向かい合い、そしてそれを自らの意思で乗り越えた。
おそらく、あたしなんかには想像もできないような荒行を経て。
そして、死んだ自分の体をここへ葬った。
誰よりも尊敬すべき、先輩たちが眠るこの丘に。
どんな思いだったんだろうか。
自分だけが、使命とともに遺されたとき。
最後の仲間、ヴィクセンさんの死を看取ったとき。
そして自分の骸を、ここへ埋葬しに来たとき。
先生は、何を思ったのだろうか。

この静寂の中で、何となく想像できる気がした。
仲間たちを喪い、自分だけになった。
サンタクロースを支えていけるトナカイは、自分ひとりになった。
なら、自分はどこまでも生きる。
生きて、己の使命を果たし続ける。
死を克服する方法を体得したから、ではない。
死を恐れるからでも、生にしがみ付きたいからでもない。
おそらく、先輩たちの分まで、という考えもない。
先生の理屈は、もっと簡単だ。
出来るのなら、とことんまでやり遂げる。
とことんまで、高みを目指して突っ走る。
おそらくは、これからもずっと。
先輩たちに追いつき、そして追い越せる日が来るまで。
そして、その日すらも遥かに越えて。
姿かたちがどうだなんて、どうでもいいことだ。
自分自身を誇り、そして信じる道を行く。
それが死をも乗り越えた先生の、生きる覚悟なんだろう。
あたしは、知らないうちに拳を固く握りしめていた。
チャラチャラと今日を楽しんでいるだけでは、一生追いつけない。
いつまで経っても、先生には並べない。
もっともっと頑張って、見返せるくらいにならないと。
あたしは、サンタクロースの後継者なんだから。
少し傾いた月が、墓碑銘をいっそう明るく浮かび上がらせている。
丘を後にしたあたしは、夜が明けるまで走り込みを続けた。
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2日後。
『おおーい!ちょっと飛ばしすぎじゃねえのかよ!』
どこか悲鳴に似た声が、電話越しに届いた。
おそらく、振り落とされまいと必死になってるんだろう。
「そうですかー!?」
言葉を返し、あたしは大岩を担いだままさらに加速した。

『うわっ!ち、ちょっとっ!!』
先生の声が、さらに甲高くなったのが分かる。
『…ったく、張り切りやがって。ずいぶんリフレッシュしたんだな!?』
「当然ですよー!」
あたしは、マイクに向かって思いきり怒鳴った。
そう、当然だ。
ここで張り切らなくて、どうする。
あたしはあたしのやることを、精一杯やるだけ。
先生には、負けない。
まだまだ勝てないけど、少なくとも負けないように頑張る。
『…まあ、テンションの高いのはいい事だ。ほどほどにガンバレや。』
「はあいっ!!」
大声で応え、あたしはしっかりと足を踏ん張りなおす。
北の国は、今日もいい天気だった。
================【続く】===============
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