第9章:10月

〜記された命


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おばあちゃん、また寝てるの?

ええ。だから、静かにしなくちゃダメよ。

はぁい。
だけど、おばあちゃんこのごろよく寝てるよね。
どうして?

どうしてかしらね。

もっと、おはなしききたいのになあ。
もっともっと、ききたいのになあ。

あんまり、無理を言っちゃあダメよ?おばあちゃんに。

うん。
でも、ききたいなあ。

今しか、きけないおはなし。


…今しか、って?

よくわかんない。

ねえお母さん。じゃあ、お母さんがおはなしして!

ええ、いいわよ。

何のお話がいいかな?

ええっとね…


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「どうしたよ、ルドルフ。」

貧弱な照明に浮かぶ、広い自室。
木作りの丸椅子に腰掛けているルドルフに、ジョニーが声をかけた。

「お前らしくねえな。しけた顔して考え事なんてのはよ。
ひょっとして何か、気に病んでることでもあんのか?」

「いや………。」

曖昧な口調で応えながら、ルドルフはゆっくり振り返る。

「そろそろ、準備も大詰めだなと思ってな。」

「そうだな。リボーナーの方も、7割がた修繕を終えてるんだろ?」

言いながら歩み寄ったジョニーの目が、ふと目の前の
テーブルに置かれた一冊のノートに向いた。

「なるほど。」

そのノートの表紙を確かめ、納得したような声を漏らす。

「お前のそのツラの原因は、これか。」

「避けて通れねえって事は、分かりきってるんだがな。」

同じように視線を向けながら、ルドルフはどこか寂しげな声で言った。

「あいつが、きちんと事実を受け容れられるか。それが不安で。」

「不安?…らしくねえこと言うじゃねえか。」

即答したジョニーの手が、ノートの表紙を乱暴に叩く。

「受け容れられたからこそ、これがあるんだろ?だったら、
いちいち悩んでたってしょうがねえぜ。それに…」

ちょっと言葉を切り、ジョニーは窓の外に目を向けた。

「あのチビちゃんだって、毎日成長してるんだからな。」

「…だな。」

同意したルドルフもまた、窓の外に視線を移す。
2人が、黙って見つめる先。


そこには、鼻歌を歌いながら薪を割る、クローネの姿があった。


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「何ですか?大切な実務って。」

いささかウキウキした口調で問い掛けるクローネを連れ、ルドルフは
黙って歩いた。やがて2人は、ひとつの部屋の前で立ち止まる。

「あ、開かずの間だ。」

鈍重なドアを見つめるクローネの声に、わずかに緊張が混じった。

「実務って…まさかここで?」

「何だよその「まさか」ってのは。」

応えながら、ルドルフは手早く鍵を開けてドアを開いた。照明を
つけると同時に、窓のない部屋の闇に光が満ちていく。

「………?」

一瞬まぶしそうに目を細めたクローネが、あらためて部屋の中に
視線を向ける。そこには、想像とは違うものが並んでいた。

「…うわ、すごいパソコンですねこれ。」

「まあな。」

ちょっと胸を張って応え、ルドルフは部屋の中に足を踏み入れる。
続いて、クローネも興味深げにキョロキョロしながら入った。


地味な調度の室内には、何台ものパソコンが並べられていた。
サーバーと思しき機械もうずたかく積まれ、足元には無数のケーブルが
這い回っている。うっかりすると引っかけて転びそうだった。

「…すごーい。」

おどろおどろしいものを想像していたクローネは、違う意味で驚いた。

「先生も、けっこう現代っ子ですね。」

「当たり前だ。俺は世界の先を行くルドルフだぞ?」

わざとらしく胸を張り、ルドルフは大きく咳払いした。
何となく不自然なものを感じたクローネが、視線を向ける。

「…先生?なんか変ですよ。大丈夫?」

「あ?…ああ。いや、うるせえな。お前に心配なんかされたくねえよ。」

言い捨てたルドルフが、壁際の机の上に置かれた一台のパソコンを
起動させた。やわらかな起動音と共に、サーバーの一部に光が灯る。

ほどなく、画面には何かのリストが表示された。

「何ですか?これ。」

興味深げに覗きこんだクローネに、ルドルフは抑揚のない声で告げる。

「これからお前がやる、実務だよ。」

「実務って…これが?」

「そうだ。」

言い置いてキーを叩くと同時に、リストの表示が切り替わる。
そこには、キリル文字で名前と思しきものが記載されていた。

「ここのサーバーには、世界中の子供のデータが集積されている。むろん、
過去から現在にいたるまで全て、な。それをもとに、今年プレゼントを配る
相手を決めていくんだよ。これが、これからお前のやる実務ってやつだ。」

「……え?」

きょとんとしていたクローネの目が、たちまち大きく見開かれる。

「…せ、世界中の子供のリストって。まさかそれを全部確認して、
その中からプレゼントの個数分まで絞り込めと言うんですか!?」

「そうだ。条件付きの検索はできるようにシステム構築してあるから、
とりあえずはサンタクロースの存在を信じてる子供に絞って選べ。」

「む、無理ですよそんなの!」

大きく腕を振るクローネの声は、露骨に裏返った。

「何が無理だ。」

「だ、だって!世界中の子供を全部把握するなんて…!そんなの、
それこそコンピューターのやるべき事じゃないですか!一個人が…」

「おいおい。」

慌てふためくクローネの言葉を遮り、ルドルフはにやりと笑う。

「俺たちが、いつからプレゼントを配ってると思ってんだ?コンピューター
管理なんてのは、つい最近始めたばっかりなんだぜ。そりゃ昔は今より
子供の総数も少なかったが、名簿なんか全部紙にペンで書いてたぜ。
それを思えば、こんなもん使える事を少しは感謝してもらいてえほどだ。」

「だ、だけど…!」

「いいからやれよ。使い方はひととおり、教えてやるから。」

ぴしゃりと言い放ったルドルフに、取り付く島はなかった。
抗議の言葉を呑み込み、クローネは大きくため息をつく。

こうなってしまっては、泣き言はいっさい受け容れられない。それは、
これまでの修行の中でいやというほど何度も思い知らされている。

もはや、やるしかない。

決心したと同時に、負けん気がむくむくと頭をもたげてきたのが分かった。

表情が引き締まってきたのを察し、ルドルフはもう一度にやりと笑う。

(やる気に、なったな?)

その瞬間。

無言で向き合う2人の間に、火花が散ったように見えた。


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2日後の夜。

「よう。」

ダイニングでコーヒーを飲んでいるルドルフの隣に、ジョニーが
腰を下ろした。クリームが溶けていくさまをじっと見つめる
ルドルフの横顔に視線を注ぎ、ほんの少し口調を低くする。

「…チビちゃんは、はかどってるのか?」

「いいや。いっぱいいっぱいだな。」

「だろうな。」

頷いたジョニーは、奥のドアに目を向けた。
耳を澄ませば、機械の駆動音がかすかに聞き取れる。

どうやら、クローネは寝食を忘れてデータと格闘しているらしい。

「埒があかねえだろ。助け舟を出してやれよ。」

「助け舟…」

ボソリとつぶやき、ルドルフは初めてジョニーに目を向けた。

「お前は、アドバイスする事が助け舟だと思うか?」

返答は、しばらく返ってこなかった。
2人が黙った事で、キーボードを叩く音がかすかに聞こえてくる。


やがて。

「…やっぱり、お前らしくねえな。ウジウジ迷いやがって。」

ボタンの目をまっすぐにルドルフに向け、ジョニーは低い声で言った。

「チビちゃんがどう捉えようと、それは仕方ねえだろうが?現実から
目をそむけてるのは、お前の方じゃねえか。勝手な判断で、あの子を
決め付けるのはやめろ。いい加減、ちゃんと師匠らしいとこ見せろ!」

語尾は、怒鳴り声に近かった。

なおも黙り込んでいるルドルフを睨みつけたジョニーは、やおら手を伸ばし
コーヒーカップを奪い取った。そして、まだ湯気の立っているその中身を
ルドルフの顔めがけて勢いよくぶちまける。

「見損なわせるなよ、ルドルフ。」

言い捨てて、ジョニーはダイニングを後にした。


残されたルドルフは、しばしうつむいていた。

ツノの先から滴るコーヒーの滴が、テーブルクロスに小さなしみをつける。
そのしみがゆっくり広がっていくさまが、サングラスに映り込んでいた。

やがて。

顔を上げたルドルフが、ゆっくりと奥の扉に視線を向ける。
ぐっと引き締めたその顔に、もう迷いの色はなかった。


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排熱機をフル稼動させてもなお、室内はよどんだ熱気に満ちていた。

ドアが開いた事にも気付かず、クローネはじっとディスプレイを凝視している。
室内に足を踏み入れたルドルフは、ケーブルをよけながら歩み寄った。

「よう、はかどってるか?」

「ぅひッ!!」

その声に、クローネは頓狂な声をあげてびくりと肩をすくませた。
どうやら、よほど集中していたらしい。

「…いやー、ダメです。全然です。」

向き直ったその目は、さすがに少し充血していた。

「何とか、リストは全部目を通したんですけどね。だけど、いざ選考するとなると
目移りしちゃって…。全部の子にってのが無理なのは、分かってるんですけど。」

「ほお。2日でリストを把握したか。それだけでも大したもんだぜ?」

ディスプレイに目を向けながら、そう言ってルドルフはかすかに笑った。
その挙措にぎこちなさを感じたのか、クローネはふと口をつぐむ。

しばしの沈黙ののち。

「…先生。」

「何だ?」

「何か、ヒントみたいなものもらえませんか?そのう……例えば、絶対に
こういう子だけは入れろ、みたいな感じの。そういう基準みたいなのが
あれば、少しは考え方も違ってくると思うんですけど…どうでしょうか?」

「ヒントが欲しいか。」

はっきりとした声で応え、ルドルフはあらためてクローネを見た。語調に
さっきまでの不自然さがなくなっていると感じ、クローネは小さく頷く。

「できれば。」

「よし、分かった。」

歩み寄るルドルフに席を譲り、クローネは立ち上がった。
入れ替わりで席についたルドルフの手が、キーボードを操作する。

やがて、リストの表示に変化が現れた。

単一な羅列だった名前の記述に、色分けがなされていく。
待つほどもなく、リストは2色に色分けされた。

「よし。これでいい。」

「何ですか?この色分け。」

興味深げにディスプレイを覗き込むクローネの横顔を
じっと見ながら、ルドルフは抑揚のない声で答える。

「こっちのオレンジ色になった子供は、リストに入れるんだよ。」

「え!?そういうの、あったんですか?やだな先生。
それならそうと、もっと早く言ってくんなきゃ!」

恨み言とは裏腹に、見通しの立ったクローネの声は明るかった。
自らマウスを手にとり、画面をスクロールさせてリストを確認する。

「なるほど…全体に占める割合は、そんなに多くないみたいですね。それで…」

なおも画面を凝視しながら、クローネは傍らのルドルフに問い掛けた。

「この色って、どういうカテゴリー分けがされた子供なんですか?」

「来年の…」

一瞬、言葉を詰まらせたのち。
淡々と、しかしはっきりとルドルフは答えた。

「来年のクリスマスを、迎えられないかも知れない子供たちだ。」

「え?」

やはり画面を見たまま、クローネはマウスを持つ手をびくりと震わせた。
その動きを読み取り、画面上のカーソルが派手に振動する。

「……それって、どういう…意味…ですか?」

「言葉の通りだよ。」

迷いを振り切った口調で続けながら、ルドルフは視線をクローネの横顔に向ける。

「重い傷病を抱え、余命わずかと宣告された子供だ。もってあと1年だとな。」

「…嘘でしょ?」

クローネは、魅入られたかのようになおも画面を凝視していた。
声と共に、画面上のカーソルもますます激しい震えを帯びる。

「こんなたちの悪い嘘なんかつかねえよ。…分かるだろ?世界中に伝説が
浸透していながら、サンタクロースの目撃例がほとんどない理由。つまり…」

「そんなの聞きたくない!!」

絶叫に近い声と共に、手の中のマウスはぐしゃりと握り潰された。
その弾みで画面表示が一瞬歪み、カーソルの震えが止まる。

一瞬の沈黙を置き。

クローネは、弾かれたように席を立った。
そのまま勢いよく踵を返し、あけっ放しだった入口から駆け出していく。


残されたルドルフは、鼻にかかった飛沫をそっと手でぬぐった。

向き直った瞬間に、クローネの顔から散った涙の滴。


「泣けよ。クローネ。」

ボソリとつぶやいたルドルフの目が、つけたままのディスプレイの表示に向く。


部屋に響く小さな機械音に、別の部屋からの慟哭の声が混じるのが分かった。

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「なあ、クローネ。」

「入って来ないで!!」

ドア越しに返された声には、怒りとも悲しみともつかない響きが満ちていた。

「聞いてくれよ。」

「嫌です!!」

拒絶の意志が、棘のように言葉に混じる。

「あたし、もうサンタクロースの修行なんかやめます!!」

言いながら泣いているのは、声を聞くだけではっきりと分かった。

「死を待つ子供のもとを訪れるなんて…そんなの、サンタクロースじゃなくって
死神じゃないですか!!あたしは、そんなの嫌です!!絶対に嫌です!!」

「…そいつは、死神に対して失礼だぜ?」

「あっち行ってよバカ!!あたしは…」

その後は、言葉にならなかった。
くぐもった泣き声の響く廊下で、ルドルフは下を向いたまま蹄を握り締める。

やがて。

「なあクローネ。」

返事が返ってこないのは承知の上だというように、ルドルフは
さっきまでよりずっと穏やかな声でゆっくりと続ける。

「俺の事が嫌いなら、別にそれでもいい。だけど、聞いてくれ。」

慟哭の声は、なおも止む気配はなかった。
廊下に響くその声に身を浸しながら、ルドルフはドアに背を向けて座り込む。


ゆっくりと外し、床に置いたサングラスのガラスに。


蒼い月明かりが、丸ごと封じ込めたかのように鮮やかに映っていた。



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なあ、クローネよ。

お前の泣く理由は、はっきりと分かってるつもりだ。

俺も、かつて同じように泣いた。
同じように、サンタのじじいに突っかかった憶えもある。

ひどい話だと、思うかも知れねえよな。


死と向き合っている子供のもとに、わざわざ行くなんてのは。


だけどな。

勘違いは、しないで欲しい。

俺たちは、死の宣告に行くわけじゃねえ。

病気や障害と闘う子供に、応援の気持ちを届けに行くんだよ。
サンタクロースとしてな。


さっき、最初に言ったと思うが。

あの子たちの運命は、まだはっきり決まっているわけじゃねえ。

来年のクリスマスを、迎えられない「かも知れない」子供たちなんだよ。

それは、あくまでも医者の見立てだ。
来年中に死ぬと、決まってるわけじゃねえんだよ。

実際に。

一昨年も、持ち直した子供だっていたんだよ。
これは、嘘じゃねえ。ちゃんとリサーチした、本当の話だ。



…それって…



ん?


それって、何人ですか?


ああ。
…178人だよ。


1%もないじゃないですか!!

他の子たちは、みんな…


ああ。
みんな、次の年の暮れまでに亡くなった。







いいか、クローネ。

確かに、みんな幼くして命を終えた。
それは、確かに悲しい事だ。

けどな。

あの子達に、病気に「負けた」子供、という肩書きはつけるなよ。

それだけは、絶対にやるな。



…じゃあ、何て?



病気との付き合いは、本人にとって確かに闘いだ。
だけど、その闘いの本当の決着は、勝敗じゃねえ。

勝ったか負けたかじゃねえんだよ。



それじゃあ、何なんですか。



最期まで、闘い抜いたかどうかだ。
勝てないまでも、負けなかったか。
そして、逃げずに立ち向かったかだ。


たとえ、避けられない死だったとしても。
真っ向からぶつかって、最期の最期まで闘い抜く。

最期の一瞬まで、生きる事に己を燃やし尽くす。

それが出来たかどうかが、病との闘いの決着なんだよ。


それがまともに出来ない大人は、いくらでもいる。

だけど、子供は逃げたりしねえ。

逃げるすべを、知らないからじゃねえ。
自分の生きるべき道を、きちんと見据えているからだ。

人生の意味は、長さで決まるもんじゃねえ。

悔いなく、せいいっぱい生きる。
それが出来たかどうかで決まるもんだ。


だから、俺たちはそんな奴らを応援する。

俺たちなりの方法で。


お前なら、わかるよな。

死にゆく者ではなく、生きようとする者へのエール。


それが、俺たちの誇りだ。














慟哭の声は、いつしか止んでいた。

ゆっくりと立ち上がったルドルフは、少し乱暴に顔を手でぬぐった。
そのまま、床に置いたサングラスを手にとってかけ直す。


振り返ると同時に、背後のドアは開いた。

自分を見つめる目が真っ赤になっているのをあえてまっすぐ見返し、
ルドルフは牙をむき出してかすかに笑ってみせる。

「できるよな?」

「やります。」

問う声にも答える声にも、もう迷いの響きはなかった。


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次の日。

「話はついたのか。」

問いかけながら歩み寄るジョニーの顔に、濃い影が落ちる。
すでに、日は沈もうとしていた。

「まあな。お前、昨日からどこ行ってたんだ?」

「どっこも行ってねえよ。上で待ってただけだ。お前らの話が終わるのを。」

答えながら、ジョニーはにやりと笑う。

「…その場にいると、いろいろと口出ししちまうのが俺の性分だからな。」

「なるほど。」

同じようににやりと笑いながら、ルドルフはずるずるとラーメンをすする。
どうやら、一人で夕食を摂っていたらしい。

「珍しいな。チビちゃんと晩飯を一緒に喰わねえってのは。」

「あいつは昨日の夜から、一歩も外には出てきてねえよ。飯も、
塩にぎりを差し入れたのを片手間に喰ってるだけだ。」

言いながらスープを飲み干したルドルフの視線は、奥のドアに向いた。

「…リストはできた。今、それをノートに全部書き写してるところだよ。」

「そうか。」

対面の席に座り、ジョニーもまたドアに目を向ける。

「書きながら、思いっきり泣いてるんだろうな。」

「だろうな。」

同意を示したルドルフは、ドアに目を向けたまま続ける。

「…今年は、お前にも行ってもらう。スイスに住んでいる、3歳の女の子だ。
心臓の重篤な病気を患ってる。医者の見立てもかなり厳しいらしい。」

「分かった。行くよ。」

ジョニーが即答したのと、ほぼ同時に。
勢いよくドアが開き、クローネがうつむき加減に部屋から出てきた。

そのまま足早に2人のもとへと歩み寄り、ルドルフに1冊のノートを差し出す。

「出来ました。」

「おお。確認しとく。」

受け取る間も待たず、クローネは踵を返した。そのまま、入口のドアへと向かう。

ドアを開け、出て行こうとした刹那。

「よくやったぜ、クローネ。」

背中にかけられたルドルフのねぎらいの声は、限りなく優しかった、
一瞬だけ動きを止めたクローネは、あいまいに頷いてそのまま外へ出て行く。

窓越しに見守るルドルフとジョニーの視線の先で、クローネは
庭先に据え付けられた石造りのベンチにぺたりと座った。
こちらに背中を向けたまま、少し顔を上げて夕暮れの空を見上げる。

すでに夜の帳は落ち、気の早い星がいくつも瞬き始めていた。

そのさまを見ていたルドルフは、やがて渡されたノートをゆっくりと開く。

「…『ウサギのぬいぐるみ大サイズ・24520500個』…か。」

帳面の冒頭にある薄い水色の文字を読み、ルドルフは小さく息をついた。
ぱらぱらと繰ったページには、オモチャの内訳がずっと書き綴られている。

世界中の子供の中から選び、用意していたオモチャの総数と照合して
それぞれ配る相手を決める。

ほぼ一日で、クローネはその作業を終えていた。

「………なるほど、読みづれえな。」

最後の方のページに目を通しながら、ルドルフはぼそりとつぶやく。

少し湿気でよれたようなページには、いくつもの水滴の跡があった。
それによって書かれた文字がにじみ、判読が難しくなってしまっている。

「ベソかきながらも、最後まで書ききったってとこか。」

身を乗り出して帳面を覗き込んだジョニーが、低い声でつぶやいた。

「…そうだな。」

そっとページを閉じ、ルドルフはノートをテーブルの上に置いた。
そのまま席を立ち、自分のどんぶり鉢を持ってキッチンへと向かう。

「どうするんだ?」

「ラーメンでも作ってやるよ。あったまる奴をな。」

そっけなく答えながらも、すでにルドルフは料理に取り掛かっていた。
その後ろ姿に目を向けていたジョニーは、椅子から降りると入口へ向かう。


窓の外に見えるクローネの背は、星明かりに照らされて蒼く浮かび上がっていた。

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「ようチビちゃん。お疲れさん。」

明るい声に、クローネは顔だけを向けた。
少し強くなった風が、前髪を揺らす。

「ノートの記述、終わったみてえだな。」

「はい。」

意外にはっきりとした口調で答え、クローネは再び空を見上げる。
満天の星が、まるで空を埋め尽くすかのように輝いていた。

「…ルドルフが、お前にラーメン作ってるよ。」

「ホントですか?…そういや、おなか空いたなぁ。」

空を見上げたまま、クローネは淡々とつぶやいた。
ゆっくりと歩み寄ったジョニーは、そのクローネの隣に腰を下ろす。
風が、体の毛をかすかに揺らした。

「星空ってのは、いつの時代も変わらねえなぁ。あの時と、同じだよ。」

「…あの時、って?」

視線を自分に向けたクローネの問いに、ジョニーは小さく笑って答える。
その口調は、どこまでも明るかった。


「…俺が最初の体を失った時。つまり、最初の持ち主と一緒に火葬された時だ。」

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「…え?火葬って……」

目を見開いたクローネに、ジョニーはちょっと首を傾げてみせる。

「俺は160年ほど前に、付喪神としてこの世に発現した。もともとは、
ネイティブ・アメリカンのナバって坊主の持ってる、人形だったんだよ。」

クローネを見つめるボタンの目には、かすかに星明かりが映っていた。

「いい奴だったぜ、ナバは。大きくなっても、俺を大事にした。たぶん、
俺の事をお守りだと思ってたんだろう。ちっちゃい頃は泣き虫だったが、
成長するにつれてたくましくなっていった。いい若者になると、部族の
誰もが当たり前のように思っていたんだ。もちろん、俺自身もな。」

言葉を切ったジョニーは、再び空に目を向ける。

「…だけど、ナバは成人になる前に死んだ。大怪我をして、その時に
感染症を引き起こしてな。17歳の誕生日の前日に、息を引き取った。」

「そんな…」

クローネの声は、かすかにうわずった。
ちらりと目を向け、ジョニーは淡々と続ける。

「部族のしきたりに則って、ナバは火葬された。その時、魂の加護を
願って俺も一緒に燃やされたんだよ。秋の終わりの日だったなあ。」

「…それで、ナバさんは…」

「ああ。体を喪って魂だけになって、そこで初めて俺と言葉を交わした。
一緒に行こうって、その時はずいぶんと駄々をこねられたけどな。」

「行かなかったんですよね?」

「と言うより、行けなかったんだよ。」

即答したジョニーの顔は、どこか寂しげだった。

「俺たち付喪神には、魂はあっても命という概念は存在してねえんだ。
だから、あの世に逝く事は許されねえ。自分自身の意志で消滅するか、
存在するという気力を失って消滅するか。いなくなる道はそれしかねえ。
俺たちが最期に迎えるべき終着点ってのは、死ではなく『無』なんだよ。」

「……そうなんですか…。」

「結局、俺はナバを見送った。そして体を失ってさまよっていたところを、
サンタクロースのじいさんに拾われたんだよ。その時、新しい体をもらった。」

「それが、今のこの体ですか。」

つぶやくように言ったクローネは、手を伸ばしてジョニーの毛をつまんだ。
黙って空を見上げるジョニーは、やがてゆっくりと首を振る。

「いいや、違う。」

「え?」

つまんでいた毛を離し、クローネは怪訝そうに眉をひそめた。
そんなクローネの顔を一瞥し、ジョニーはもぞもぞと座りなおす。

「その体は、今よりも手足の長いクマのぬいぐるみだった。それには、かれこれ
100年くらい憑いてたっけなぁ。リボーナーに入った回数も相当なもんだった。」

「どうしてやめちゃったんですか?…もう、修理し切れなくなったとか?」

「いいや。違う。」

首を振って否定し、ジョニーは視線を足元に落とした。

「俺も、その体は気に入ってたんだけどな。50年ほど前に、今度は埋葬された。
その時プレゼントとして一緒に暮らした、リアノフスカって女の子と一緒に。」

過去を手繰るかのように、その口調は次第にゆっくりになる。

「…その子は、出会った時すでに部屋から出られないほど病弱だった。
学校にも行かず、友達といえばオモチャやぬいぐるみだけ。ずうっと
窓の外の世界を知らずに。そのまま、8歳で静かに生涯を終えた。」

「え…」

絶句したクローネをじっと見つめ、ジョニーは寂しげに笑った。

「その時も、俺は女の子の名前を付けられた。いっつも一緒にいたぜ。
起きてる時も、寝てる時も。笑ってる時も、そして苦しんでる時もな。
親兄弟よりも、近い存在だった。絵を描くのがとても好きな子でなあ。
埋葬される時、棺の中には俺の絵もいっぱい入れられたんだぜ。」

「…じゃあ、2人きりの時は話なんかもしたんですか?」

少し身を乗り出したクローネは、勢い込んで訪ねる。
しかし、ジョニーはそっと首を振った。

「いいや。そいつは、俺のルールに反する行為だからな。」

「付喪神さんは、やっぱり人間と言葉を交わしちゃいけないとか…?」

「そんなんじゃねえ。別に、そんな規則は存在してねえよ。だけど、
話し掛けた時点で俺は「オモチャ」ではなくなっちまう。それは、
俺自身のプライドに関わる事だから。そこの一線は越えねえよ。」

すこし語調を強めていたジョニーは、そこで小さく息をつく。

「…ま、そんな事でな。捨てられた時はじじいとルドルフがいつも
回収してくれてたが。まさか墓を暴くってわけにもいかねえから、
リアノフスカを見送った後、俺は3体目…この体に憑き直した。」

「…そうだったんですか…。」

聞き入っていたクローネもまた、大きくため息をついた。

「じゃあ、ジョニーさんはその2人を…看取ったんですね。」

「2人?…いやいや。最期を看取った子供の数ったら、2人どころじゃねえ。
この100年以上の間には、もっと大勢の子供の死を目にしてきたんだぜ。」

もういちど座りなおし、ジョニーはクローネの顔を見据える。

「この前の持ち主…ナタリー・ガットソンは成長して俺から卒業したが、あの子は
むしろ特例だ。俺はいつだって、重篤な病気の子供のもとにプレゼントとして
赴いてきた。今年もそうだってのは、お前がいちばん分かってる事だろ?」

「それは…そうですけど……」

口ごもるクローネは、ジョニーの視線を避けるかのように下を向いた。

「やっぱり悲しいですね。そういうのって。」

「まあな。いつまでも、慣れるもんじゃねえし。…だけどな。」

静かな声で言いながらも、ジョニーは笑顔を浮かべる。

「あいつらの顔…まあ、体を失った魂に「顔」っていう表現も変なんだけど。
別れ際に言葉を交わす時のあいつらの顔は、どれもいい笑顔なんだぜ。
苦しみから解放されたから、ってだけじゃねえ。もっと、前向きな笑顔だ。」

「どうして?そんな…ほんの数年で、終えた命なのに。
生きていれば、もっといろいろな事だって出来たはずなのに!」

納得できないといった顔で、クローネは少し語気を荒げて問い掛けた。
じっと耳を傾けていたジョニーが、やがてゆっくりと首を振る。

「確かに、幼い死は悲しい事だ。それは間違いない。だけどな。」

「だけど?」

「『これじゃあ、この子は何のために生まれてきたのか分からない』とか、
『大きくなれば、あんな事も、こんな事も出来たのに』とかいう視点から
死を悼む姿勢は、あんまり好きじゃねえんだよ。そういうのはしょせん、
生きている人間の一方的な視点や、傲慢からくるものだからだ。」

「傲慢、ですか。」

「そうだ。」

言い切ったジョニーは、空を仰ぎ見た。

「何のために生まれてきたか?そんなもん、本人が見出すもんだろ。
それに、”あんな事やこんな事もできたのに可哀想”なんて哀れみは、
自分の人生の軌跡に子供のそれを無理やり当てはめて、
よけいな不幸を背負わせるようなもんなんだよ。」

再び語気が荒くなっている事に、自分で気付いたらしい。
ちょっと言葉を切り、ジョニーは背中を伸ばして息をついた。

「…そういう子供ってのはな、チビちゃん。」

「はい。」

「人生という長い道を、早々とリタイヤした人間だってわけじゃねえんだよ。
他の人よりは短かかったけれど、短いなりに人生を走り抜いた人間なんだ。
だから、遺された者たちがその価値をはかるべきじゃない、と思ってる。」

「…そういえば先生も昨日、そういう事を言ってました。」

「だろ?」

ジョニーは、そこでにやりと嬉しそうに笑った。

「だから、あいつとはいつまでも付き合えるんだよ。あの暑苦しい信念が
あればこそ、俺もどんな子とだって真っ向から向き合う事ができる。」

「なんか、それって分かる気がしますー!」

その声は、さっきまでよりもずっと明るい響きを帯びていた。
あらためてクローネの顔を見たジョニーが、もう一度にやりと笑う。

「ようやく笑ったな、チビちゃん。」

「え?いや、あの…」

少し顔を赤くしたクローネが、口ごもった瞬間。


「あいた!」

不意に繰り出されたゲンコツが、その頭を捉える。

「お前ら、何を勝手な事ばっかり言ってんだ?暑苦しいって俺の事かよ!」

「あ、先生。」

頭をさすりながら向き直ったクローネの目の前に、ルドルフが立っていた。
もう一方の手が持つ盆の上で、大きなどんぶり鉢が白い湯気を立てている。
3人前はゆうにありそうな、大盛りのラーメンだった。

「ほれ、晩飯だ。」

「ありがとー!」

両手で受け取ったクローネは、礼の言葉もそこそこに箸を手に取る。
ずるずると麺をすする大きな音が、つんと冴え渡った夜の空気に響き渡った。

「いけるか?」

「まあまあです。」

モゴモゴと口を動かしながら、クローネは笑顔で答える。

「何だそのまあまあってのは!」

怒りの言葉も意に介さずひたすら食べつづけるクローネに、ルドルフは肩をすくめた。、

「…まあ、いいか。そのがっつきようならもう大丈夫だな。
ギリギリになっちまったが、あした北極点へ行くぜ。いいな?」

食べながら頷くクローネの鼻は、ルドルフに負けないくらい熱気で赤く上気していた。
どちらからともなく顔を見合わせたルドルフとジョニーは、やれやれと笑みを交わす。

「まあまあだってよ。まあ、確かに俺のベストレパートリーじゃねえけど。
よし。本番の仕事の後で、もっとうまいラーメン食える店に連れてってやるさ。
生意気な口なんぞきけなくなるような、正真正銘のプロの店にな!」

「期待してますよー!」

ぺろりと平らげたクローネが、唇を舐めながら笑顔で応える。



更けゆく、北の空の夜。

澄んだ夜風を感じながら、3人はしばらくの間星空を仰ぎ見ていた。


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翌日。
10月30日。


今回の荷物は、机と小さなバッグひとつだけだった。

格段に脚力の増したクローネは、古ぼけた机とルドルフをまとめて担ぎ上げたまま
一気に北極を走破する。

見覚えのある極点の赤い印が目に入ったのは、出発からわずか2時間後だった。


「来たんですね。もういちど、ここに。」

「ああ。来たな。」

感慨にふけっていたのは、ほんの2分ほどだった。
手際よく雪を掘り下げた2人の手の先に、極点の大地が触れる。

あの四隅の印も、消えることなくはっきりと残っていた。

持ってきた机を慎重に穴の中に下ろしたクローネは、今回は一人で
設置場所の微調整を行った。そして、バッグからノートを取り出す。

5ヶ月前。

訳も分からず連れて来られたこの極北の地で、時を超えて目にしたノートだった。

古ぼけた天板の上に丁寧に広げ、印にあわせてテープで固定する。
風が、ノートの1ページ目をかすかに揺らがせた。

「よし。これでいい。」

頷いたルドルフは、ポケットから小さなハンコを取り出す。
一緒に出したのは、サインペンらしかった。

「これは、お前がここまでの事をやり切ったっていう証しだ。」

言いながら、ルドルフはノートのページを繰った。そして、記述の末尾を
開いて帳面に日付を書き込む。

最後に、そのすぐ下にハンコを荒っぽく叩き付けた。



「これで、完了だな。」

「はい。」

「じゃあ、お前の手でページを順にめくっていけ。」

言い置いて、ルドルフは自分の立っていた場所をクローネに譲る。
入れ替わりに穴に降りたクローネは、ノートの1ページ目を丁寧に広げた。

「どれくらい、広げてればいいんですか?」

「ああ。そりゃ1秒くらいでいいよ。」

「え?」

そっけなく答えたルドルフの言葉に、クローネは怪訝そうな表情を返す。

「…そんな程度でいいんですか?だってあたしは…」

「書くのに時間がかかったからといって、同じ時間を今かける必要はねえんだ。」

言い放ち、ルドルフはあらためて帳面に視線を向けた。

「『時写し』で見える未来のイメージってのは、流れてる時間じゃねえ。
流れてる時間を見るのは、もっと難しいんだよ。あの時のお前の目は、一瞬を
静止画像として見ていたんだ。だから、たとえ1秒でもここでノートを開けば…」

「5ヶ月前のあたしは、その1秒をずっと見続けるってことですね。」

「そういう事だよ。」

「分かりました。」

納得したという態で、クローネは最初のページを繰った。そして、
一瞬の間を置いて次々にページを進めていく。

今年の5月。

間違いなく、自分自身ではっきりと見た帳面だった。


数分も経たないうちに、ノートは終盤にさしかかった。

淡々とページを繰っていたクローネの手が、ふと帳面を目にして止まる。
細かいしわのよったそのページは、滴の跡があちこちにじんでいた。

ここから後のページが全てこうなっていたのは、あの時から憶えている。

そして、どうしてこうなったのかは、今の自分には分かっていた。



時の流れから、隔絶されたかのような北極点。

しかし、クローネははっきりと感じていた。



自分自身の時の流れを。

そして何より、自分自身の変化と成長を。


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「けっこう、遅くなっちまったな。」

星を見上げながら、ルドルフは独り言のようにつぶやいた。

「ですねー…。」

並んで空を仰ぐクローネの目が、小さな流れ星を捉える。
細い尾を引くその動きを目で追って、体をひねった刹那。

「あ痛てっ!!」

背負っていた机の天板の角が、すぐ傍らのルドルフの後頭部を直撃した。

「あっ!」

「何すんだよ…気を付けろ!」

「ごめんなさーい!」

にこやかに詫びるクローネをじろりと睨みながら、ルドルフは頭をさする。

「ったく…進歩しねえ部分はとことんしねえな、お前は。」

ぶつぶつ文句を言いながら再び歩き始めたその背を、頭をかいたクローネが追う。


しばらく、無言で歩いたのち。

「ねえ、先生。」

「何だよ。」

「5月の時の、同じ帰り道で話したこと。憶えてますか?」

「何だっけ?」

振り返らずに歩くルドルフに並び、クローネは視線を相手の顔に向けた。

「どうして時写しで、プレゼントを配る相手までノートに書かないのかっていう話です。」

「ああ、したなそんな話。」

「あの時先生は、それには2つ理由があるって言ってたんです。一つは、
あまり多くのことを未来から知り過ぎると、タイムパラドックスが起こるから。
そしてもう一つは教えてくれない…いえ、自分で気付け、って事でした。」

「そうだったな。」

ルドルフが応えると同時に、クローネは立ち止まった。
横目でそれを見たルドルフもまた、歩みを止めて振り返る。

「…何となく、分かった気がします。今なら。」

まっすぐにルドルフの目を見据え、クローネはゆっくりと続けた。

「何にも分からないままリストをすべて完成させたら、あたしにとって子供は…
プレセントを配る相手は、何の思いもわかない、ただの名前だけになってしまう。
その子達一人ひとりのことを知り、その一人ひとりの重みをしっかり受け止める。
だからこそ、心のこもったプレゼントが贈れる。それが、もう一つの理由ですね?」

「そうだ。」

大きく頷き、ルドルフは嬉しそうな笑みを浮かべる。

それは彼にとって、会心の笑顔でもあった。


「さすがはサンタクロースの後継者だな。大したもんだぜ。」

「そういう言い方、好きじゃないなあ。」

どこか挑発的な口調で言い放ち、クローネはもういちどルドルフの顔を見据えた。

しばしの、沈黙ののち。


「ああ。じゃあ、言い直すよ。」

牙をむき出してにやりと笑い、ルドルフは愉快そうに言い放った。


「さすがは俺の愛弟子、クローネだ。」

「そうこなくっちゃ!!」


申し合わせたように、2人は腹の底から大声で笑った。
響きあうその声は、蒼い沈黙に満ちた夜空へと吸い込まれていく。


クリスマスまで、あと2ヶ月。



2人の前に伸びる道は、どこまでもまっすぐだった。



================【続く】===============


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