第10章:11月
〜やさしい死神〜
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はい。では、少し腕を上げてもらえますか?
はい結構です。では、失礼します。
くすぐったいよぉ!
ほらほら、じっとして。お店の人がちゃんと測れないでしょ?
はーい。
袖を、少し詰めますね。
はい、じっとして…。
終わりました。こんな感じですね。
はい。どうもありがとうございます。
似合うわよ。
そうかなあ。
…何だかこの服、きゅうくつだよ。
首が絞まっちゃうよ。
色も、こんなに黒いし。
もっと明るくて、動きやすいのがいいなあ。
どうして、こんな服を作らなくちゃいけないの?
必要に、なるからよ。
いつか。
準備だけは、しておかないとね。
じゅんびって、何の?
その時になったら、教えてあげるから。
…さあ、しつけは終わったから脱いで。
針に気をつけてくださいね。
では、お預かりします。
しばらく、そちらでお待ちください。
絵本なども揃えてありますので。
あ、お母さん!
これ、前におばあちゃんが聞かせてくれたおはなしの絵本だよ!
ねえ、読んで読んで!
ええ、いいわよ。
さあ、そこに座って。
むかしむかし、あるところに一頭のトナカイがいました。
そのトナカイは、いつもみんなに笑われていました。
なぜなら、彼の鼻は………
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この世界には、知られざる脅威が潜んでいる。
それは、大国の首脳のみが知り得る極秘の情報だった。
何者なのかは分からない。
どこに所属しているのか、組織の規模はどれほどのものなのか。
そういった情報も、何ひとつない。
しかし、脅威は確実に存在していた。
どこかの国の元首は、それを「11月の悪夢」と呼ぶ。
11月。
それは、前ぶれもなく現れる。
国家機密が保管されている施設に侵入し、中を蹂躙していく謎の存在。
特に、何かを破壊したり持ち去ったりするわけではない。
ただ、侵入するだけだ。
しかし、それは世界に対する警鐘とも取れる行為だった。
どんなに厳重に警備していても、それは侵入してくる。
もっとも厳重な警備の中の、最重要機密にも痕跡を残していく。
大統領の執務室に入り込み、机の上に並べられていた書類に
大統領の似顔絵を描くという不敵きわまる行為を行った事もあった。
目的は分からない。
しかし、首脳たちはその存在を大いなる脅威として捉えていた。
「それ」が本気を出せば、おそらく世界は大混乱に陥る。
なればこそ、国同士の連携は密にしないといけない。
大いなる脅威を前にして、つまらないいがみ合いをしている場合ではない。
その思いが、国家間にある種の奇妙な連帯を生んでいた。
今年も巡ってきた、11月。
世界の首脳たちの間に、緊張は高まりつつあった。
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ここしばらく曇りがちだった空が、久し振りに晴れ渡った。
今日は、休日。
リボーナーによるオモチャの修復も、九割がた終わっている。
のんびりした空気に身を晒しながら、クローネは布団を干し終えて
うとうととリビングのソファーでまどろんでいた。
昼下がり。
階段の上から、わいわいと賑やかな声がかすかに響いてくる。
ルドルフとジョニーは、朝からずっと二階の部屋でチェスに興じていた。
チェスと言っても、普通のものではない。
ルドルフ秘蔵の、プレミアもののチェスセットを使用する。
17世紀の末にイギリスの富豪が作らせたと言われる逸品で、
長い年月の中で幾多の名勝負が行われた伝説のセット。
数え切れない人の思念を受け続けた末に、それは付喪神として覚醒した。
今では、すべての駒が明確な自我を持っている。
ときどきクローネも話をするが、ビショップとクィーンとは特に仲がいい。
みんな、チェスを愛する気持ちはとても強い。
それゆえに、いつでも一手一手にいちいち文句をつけてくる。
駒がダメ出しをしてくるチェスなど、世界にただひとつだろう。
だから、いつも勝負は1対1というよりパーティゲームの様相を呈する。
自軍の駒とルドルフが大ゲンカするというのも、しょっちゅうだった。
そんな馬鹿げたゲームを、みんな結構楽しんでいる。
あまりルールを知らないクローネは、おとなしく階下に控えていた。
窓から射し込む日が、ソファーの端を照らし始めた頃。
「……?」
横になってうたた寝していたクローネが、小さな物音に気づいて身を起こす。
きょろきょろと見回した時、もう一度その音が遠慮がちに響いた。
ドアをノックする音だと気付いたクローネは、立ち上がって玄関に向かった。
考えてみれば、来客は久し振りかも知れない。
(おじいちゃんかな?)
そんな事を考えながら、木作りのドアをそっと開く。
視界に入ったのは、黒いフードだった。
目の前に、自分よりもやや背の低い、小さな影が佇んでいる。

その顔立ちは、なんとも形容しがたいものだった。
頭髪はおろか、およそ毛と呼べるもののないのっぺりとした肌。
深く落ち窪んだ眼窩に、炯々と光る真ん丸の目玉。
そして何より、死人そのもののような顔色。
「どうも、初めまして。」
怪訝そうな表情を浮かべるクローネに、相手はちょっと頭を下げた。
愛想笑いのつもりらしい微笑が、かえって印象を不気味にする。
「ルドルフさんは、ご在宅でしょうか?」
「え、ええ…。」
曖昧に答えたクローネは、ちょっと身構えて問い返す。
「失礼ですけど、あなたは?」
「あ、これは失礼。申し遅れました。」
言いながら、相手はきちんと姿勢を正した。
「わたくし、死神と申します。以後、よろしくお見知りおきのほどを…」
「シニガミさんですかー。こちらこそ…………死神……?」


しばしの、沈黙ののち。
「キャ―――――――――――――ッ!!」

家中に響き渡る絶叫と鈍い音に、二階からあわててルドルフが駆け下りてきた。
「なんだ!どうしたオイ!」
一目散に玄関まで来たルドルフの目に、立ちすくむクローネの後ろ姿が飛び込む。
震えるその手には、中ほどで無残に折れた太い木の杭が握られていた。
「何かあったのか!?」
「し、死神です!死神が、先生の命を奪いに……!」
「え?」
眉をひそめたルドルフは、もう一方の手でクローネが指し示す先に目を向ける。
そこには、頭にとてつもなく大きなたんこぶをこしらえた影が、うつ伏せに倒れていた。

それを見たルドルフが、転げるように玄関を出て影に駆け寄る。
「お、おい死神!しっかりしろっ!」
抱え起こした死神は、完全に白目をむいていた。
その体を荒っぽく揺すりながら、ルドルフは必死で呼びかける。
「おーい!聞こえるか!?気をしっかり持て!おおーい!」
「………!?」
意想外のルドルフの反応に、クローネは訝しげな表情を浮かべた。
「…せ、先生…?」
「どうかしたのか?」
いつの間にか傍らに来ていたジョニーが、ルドルフ達に視線を向ける。
「お?何だ死神じゃねえか。今年はけっこう早いな。」
「え?」
高い声を上げたクローネが、ジョニーの顔をまじまじと見た。
「死神」が来ているというのに、ジョニーには動揺の色すら見えない。
「あ、あの、ジョニーさん。」
「ん?」
「…あの死神、お知り合いですか?」
問いかけに、ジョニーは当然だとでも言うように頷いた。
「ああ。あいつは、ルドルフの友達だよ。」
「………え?」
顔色を失ったクローネの手から、折れた杭が音を立てて滑り落ちる。
さっきとは違う意味で血の気が引くのを、クローネははっきりと感じていた。
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「ほんとうに、すみませんでした…」
「いえいえ。お気になさらず。」
しおれた顔で深々と頭を下げるクローネに、ようやくコブの小さくなった死神は
笑顔で手を振った。不気味ながら、人の良さそうな笑みがその顔に浮かぶ。
「…ったく冗談にも程があるぜ。あの世の使いを半殺しにするなんてな。」
「まったくだ。」
死神に向き合う格好でテーブルについているルドルフとジョニーの言葉に、
並んで座るクローネはますます縮こまる。
「いやあ、わたくしも悪かったんです。いきなり名乗っちゃったから…」
言いながら、死神は頭に当てていた冷やしタオルをそっと取る。
「…殴られた瞬間、いつも見慣れている光景が目の前をよぎりましたけどね。」
「すまなかった。」
神妙な顔で頭を下げるルドルフに、死神はあわてて手を振った。
「まあ、過ぎた事ですから。それより、これお土産です。」
言いながらごそごそと取り出したのは、少し大きいサイズのケーキの箱らしい。
遠慮がちに目を上げたクローネが、その箱にぴくりと反応する。
「…あ、こ、これって、アルザスにある名店のお菓子ですよね…」
「おや、よくご存知で。」
クローネの言葉に、死神もまた嬉しそうに反応した。
「キャラに合わないってしょっちゅう言われるんですが、わたくしお菓子が好きでして。」
「そう。毎年、この時期に持ってきてくれるんだぜ。」
言いながら、ルドルフは差し出された箱を慎重に受け取る。
「いつもありがとな。」
「いえいえ。…つぶれなくて何よりでした。」
イタズラっぽく笑う死神に、ルドルフもにやりと笑みを返した。
そして、穴の開きそうな視線で箱を見つめるクローネに向き直る。
「よっしゃ。さっそく頂こうぜ。お前、紅茶いれて皿と一緒に持って来い。」
「は、はいっ!!」
返事をする間も惜しげに椅子から飛び降りたクローネは、もつれる足で
一目散に台所へと走っていった。その姿に、3人は同時に肩をすくめる。
日は、少しづつ傾いてきていた。
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「ごちそうさまでした――。」
満足で崩れそうになる顔にクリームをつけたまま、
クローネは元気よく礼を述べた。
笑顔で応えた死神も、ハンカチで丁寧に口をぬぐう。
手の甲で自分の口を乱暴にぬぐったクローネは、
あらためて目の前に座る死神に視線を向けた。
確かに、見た目ではかなり不気味な印象を受ける。
しかし、言葉使いも挙措も禍々しいものはまったく感じない。
どこにでもいる、気のいいおじさんというイメージだった。
「…あのう、先生。」
「あん?」
いまだにケーキをじっくり味わっていたルドルフが、目だけを向ける。
「死神さんって、人間を死なせるための存在なんじゃないの?」
「バカ言ってんじゃねえよ。目の前で失礼だろうが!」
ぴしゃりと言い放ったルドルフの拳が、ごつんとクローネの頭に炸裂した。
「彼は、死んだ者の魂を迷いなくあの世に送るための案内人だ。」
「……そう、なんですか。」
頭をさすりながら応えるクローネの言葉は、どこか歯切れが悪かった。
説明を聞いただけでは、理解も納得もできないからだろう。
それを察したルドルフは、口元をぬぐって座り直した。
「いいか。」
口調が改まったのを感じ、クローネもしゃんと背筋を伸ばす。
対面に座る死神は、黙って2人の顔を見つめていた。
「"死ぬ"って事と"殺す"って事は、似てるようでいて実はまったく違うんだよ。
殺すという行為はもっとも短絡的で業の深い残虐な行為だが、死は神聖だ。」
「神聖?」
ますます納得できないと言った顔で、クローネが問い返す。
「死んじゃうことの、どこが神聖なんですか?」
「根源的な部分だよ。死は、生と対になってるもんだ。どんな生き物でも、
間違いなく持っている絶対の概念。誰にも侵す事のできないものが、
「生」と「死」だ。それは、決して忌み嫌うべきものではないんだよ。」
言いながら、ルドルフは紅茶の残りを喉に流し込んだ。
「悲しいって事には違いねえが、死はその人の人生の集大成でもある。
その大切な瞬間を間違いなく迎えて旅立てるように、彼がいるんだよ。」
「へぇ―――――…。」
感心したように語尾を伸ばしたクローネの目が、あらためて死神に向けられる。
ちょっと照れたような笑みを浮かべ、死神は長い指で頬をかいた。
「…まあ、そんなに大層なものじゃないんですけどね。」
そう言いながら、ふと寂しそうに目を伏せる。
「死は避けられないとはいえ、お迎えに行くのはやっぱりつらいものですよ。
相手が子供だったりすると、自分が死んだという事実を理解できないから。
なお親に甘えようとするのを、なだめすかして連れて行かねばならない。
生まれ持っての使命なのだとはいえ、何度やっても心が痛みます。」
おそらくは、そんな思いを星の数ほどしているのだろう。
ぽつぽつと語る言葉には、形容しがたい重みが感じられた。
「…死神さんって、一人だけなんですか?」
遠慮がちに訊ねるクローネの言葉に、死神はそっと首を振る。
「いいえ。世界には全部で50人ほどおりますし、代変わりもしています。
わたくしが任に就いたのは、ちょうど二度目の大戦が起こった年でした。」
「え?それって…第二次世界大戦?」
「そうですよ。」
ゆっくりと頷いたその目は、過去を手繰るように遠くなった。
「いきなり、大変な年でした。毎日毎日…そう、来る日もくる日も凄まじい数の
人が死んでいく。老若男女を問わずです。その魂を、不休で導き続けました。
疲れ果てて、もはや自分のやっている事の意味すらも見出せなかった。
そんな折、わたくしはルドルフさんとサンタ翁にお会いしたのです。」
視線をルドルフに向け、死神はかすかに笑みを浮かべる。
「わたくしにとって、お二人との出会いはひとつの救いでした。混迷と破壊の
時代の中にあってもなお、己の信念を貫いて子供にプレゼントを配る。
まして、昇魂の術を果たされた方です。我々にとっても、憧れなんです。」
「へ――…。」
感心したような声をあげ、クローネはそっとルドルフに視線を向けた。
死神にすら、憧れの目で見られる伝説のトナカイ。
ふだんは乱暴で口うるさいだけだが、やはりすごい存在なのかも知れない。
そんな視線に気付く風もなく、ルドルフは死神に笑顔で問いかける。
「それで、ジジイのとこへは行ったのか?」
「はい。こちらへうかがう前に、挨拶をさせていただきました。
…引退なんて寝耳に水だったから、ちょっと心配したんですが。
いたってお元気そうだったので、安心しました。」
「ま、あいつはあれでいてまだまだしぶといぜ。」
不遜な言い草に、死神の顔にも微笑が浮かんだ。
「ええ…そうかも知れませんね。で、こちらで後を継ぐお孫さんが
サンタクロース修行に励んでおられると聞いたんです。」
そこで言葉を切った死神は、改めてクローネに向き直る。
相変わらず不気味ながら、その顔にはやさしい笑みがあった。
「どんな方かと思っていましたが、想像以上にパワフルでびっくりしました。
この数ヶ月、さぞかしハードな修行を積んでこられたんでしょうね。」
「ええ。そりゃあもぉ…。」
褒められたクローネは、少し照れ臭そうに頭をかく。
「頑張ってくださいね。」
語調は穏やかながらも、死神の声には強い意志の響きがあった。
「…未来ある子供の命の灯が消えるのは、誰にとっても悲しい事です。
そんな、世界中の子供たちを勇気づけられるのはあなた方しかいません。
わたくしには、何もできないから。だからせめて、応援させてもらいます。」
「…何も?」
どこか無念そうな感情を言葉の中に感じ、クローネはぼそりと呟いた。
それを耳にしたルドルフが、死神に目を向けたまま口を開く。
「ああ。彼は、死者の案内人だ。人間の生き死にに関しては、人間以上に
関与する事を許されない。ただ、あるがままの結果に従うしかないんだよ。
…子供好きがやるにはかなりツライ仕事なんだぜ、死神ってのはな。」
「そう、なんですか……」
呟いたクローネは、やおら手を伸ばして死神の手を握りしめた。
青白く骨ばった両の手を指で包み込み、力を込める。
「見ててくださいね、死神さん!…おじいちゃんみたいにはまだできないかも
知れないけど、あたしはあたしなりにせいいっぱい頑張ってみせます。
聖人サンタクロースの後継ぎとして、先生と一緒に頑張りますから!!」
「い、痛たたたたたた!折れます折れますっ!」
「…あ、ご、ゴメンなさい!」
指の骨を砕かれそうになった死神の悲鳴に、クローネはあわてて手を離した。
顔を真っ赤にして頭を下げようとするのを、死神が手を上げて制する。
「…いいんですよ。思いは伝わりましたから。」
言いながら、死神はにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「クローネさん。」
「は、はい。」
「さすがは、サンタ翁を継ぐ方です。なにものにも負けない魂を持ってらっしゃる。
こんな仕事をしていれば、魂の持つ力の強さは分かるんですよ。…あなたなら、
必ずルドルフさんと共に歩いていくことができると…いま、確信しました。」
「い、いえそんな…」
照れて頭をかくクローネに、死神は笑顔のまま頷いてみせる。
「ホントですよ。…頑張ってくださいね。」
「…はいっ!」
はにかみながらも、クローネははっきりとした声で応えた。
その大声に、死神も満足そうな笑みを返す。
傍らで見守るルドルフとジョニーもまた、笑顔だった。
傾いた陽射しは、固い決意を秘める4人の顔を明るく照らし出していた。
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「もっとゆっくりしていかねえのか?」
ルドルフの言葉に、死神は笑って首を振った。
「今日を空けるために、後輩に無理を頼んでしまってますから。
早く仕事に戻って、埋め合わせをしないといけないんですよ。」
言いながら、服の袖から何かを取り出す。それは、端のよれたノートだった。
めくったページにたくさんの名前が書かれているのをちらりと見たクローネが、
興奮と怖れの混じった裏声を上げる。
「あっ!し、死神のノート!…それってやっぱり、名前を書かれた人が…」
「いらんこと言ってんじゃねえ!」
皆まで言わせまいと、ルドルフのげんこつが飛んだ。
そのさまを目の当たりにした死神は、愉快そうに笑ってノートをしまい込む。
「…そんなに大層なモノじゃありませんよ。ただの市販の大学ノートです。
わたくしの受け持ちの、おおよその予定を書き込んでいるだけですから。」
「ふ、ふ〜ん。そういうもんですか。」
こぶのできた頭をさすりつつ、クローネは納得とも落胆ともつかない声を上げた。
「じゃあ、わたくしはこれで。」
音もなく玄関を出た死神を、ルドルフ・クローネ・ジョニーの3人が見送る。
フードを被り直した死神の姿は、午後の陽射しの中にぽっかり浮かぶ、黒い影だった。
「わたくしも、自分の務めには誇りを持って臨んでいくつもりです。
だからみなさんも、頑張ってくださいね。」
「ああ、任しとけ。」
応えたルドルフは、にやりと不敵に笑う。
「いい仕事見せてやるよ。期待してな。」
「はい!」
張りのある言葉を返した死神の体は、ふわりと舞い上がった。
「またお会いしましょう。みなさん、お元気で。」
そう言い遺し、晴れた空の中を軽やかに飛び去って行く。
力いっぱい手を振るクローネの隣で、ルドルフはフッと笑みを浮かべた。
「…似合わねえけどな。死神に”お元気で”なんて言い草は。」
「そうかもな。」
応えるジョニーもまた、笑顔だった。
ようやく手を下ろしたクローネに、少し姿勢を正したルドルフが声をかける。
「よおし。あいつが激励に来てくれたって事は、いよいよ今年も大詰めだ。
そろそろ、予行演習をやるぜ。」
「え?」
なおも空を見上げていたクローネは、そのひと言にパッと振り向いた。
「予行演習?」
「そうだ。」
「…って、何をやるんですか?」
訝しげな問いかけに、ルドルフはにやりと牙をむき出して笑う。
「鍵開けの、実践だよ。それもトップクラスの奴のな。」
「………?」
よくは分からない。
けれどただ事ではなさそうだ。
少なくともそれだけは確信できるほど、ルドルフの表情は
何か危険な香りをただよわせていた。
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この世界には、大きな脅威が潜んでいる。
国家の首脳クラスのみが知る、危険な存在が。
とある国の元首は、それを「11月の悪夢」と形容して怖れていた――――
―――――――――――――――――――――――――
「…あの、先生。」
「どした?」
「ほんとに、こんな事しちゃっていいんですか?」
問うクローネは、なんとも形容しがたい表情を浮かべていた。

「なーに、かまやしねえって。別に泥棒してるわけでもねえんだから。」
気にする風もなく応えたルドルフは、手にした黒いファイルに視線を戻す。
「最近のホームセキュリティってのはけっこう厄介なのが多いからなー。
ある程度レベルの高いやつで腕ならししとく必要があるんだよ。」
「ある程度って…。」
いささか呆れ顔で、クローネはファイルの記載に視線を落とす。
それは、誰かに見られたら世界中が大混乱に陥るであろう超極秘書類だった。
アメリカ国防省の中央管制室。ロシア海軍司令部中枢。スイス銀行の金庫室。
CIA本部の機密書類保管庫。各国核兵器管制室。
そして、ホワイトハウスを始めとする先進国首脳たちの執務室。
その他、世界中の超重要施設の詳細な住所が、びっしりと書き込まれている。
昨日から始まった「予行演習」。
2人はすでに、リストアップされた施設の半分以上を巡ってその
セキュリティを突破し、中にいたずら書きなどをして回っていた。
重要機密を抱えた施設が多いだけに表立っては報道されていないものの、
セキュリティを破られた施設では大変な騒ぎになっているだろう。
2人ともアクセルセンスを使っているから目撃されたりする事はないものの、
クローネはやはり気が気ではなかった。
「…アメリカ国防省って、米軍のトップみたいなものでしょ?その長官の机に
サルの絵を描いてくるなんて…怒らせたら怖いですよ。」
「なぁにが国防省長官だよ。」
ルドルフは、不遜な表情でフンと鼻を鳴らす。
「俺がやったライオンの人形を抱いて、ハナ垂らしながら大喜びしてた
ガキんちょがちょっと歳喰っただけじゃねえか。気にする事ねえよ。」
「…うわー、ヤだなこんな憶えられ方……。」
しみじみ呟いたクローネに目を向け、ルドルフは不敵に笑った。
「細かいこと言うなって。サンタクロースと泥棒の違いなんてのは、
要するにモノを贈るか盗むかってところだけなんだからよ。」
そう言いながら、蹄でリストの項目をぱちんと弾く。
「よっしゃ。じゃあ、こいつはお前が破ってみろ。パリにある、
国際度量衡局のメートル原器保管室だ。まあまあ簡単だぜ。」
「え、いやその…あたしは…できれば遠慮しようかと…」
「ボソボソ言ってんじゃねえって!!」
どこか嬉しそうな響きの声を張り上げ、ルドルフはクローネの肩を叩いた。
「こいつは特訓というより、大仕事の前の景気づけなんだからな。
これから、世界を相手にひと暴れしようってんだ。こんな程度の事は
やるくらいの度量もてよ!お前、そんなけちな奴じゃねえだろ?」
「それは……」
なおも口ごもるクローネに顔を寄せたルドルフが、意味ありげな笑みを浮かべる。
「ほれ、この数字。こいつはセキュリティ突破の所要時間の記録なんだよ。
この施設の記録を出したのは俺じゃなくて、サンタのジジイだ。」
「おじいちゃんが?」
「もし、これを破る事ができたら……」
「…できたら、何ですか?」
「明日の晩飯は、何でも好きなもん作ってやる。」
「ホントに?」
「ホントに。」
「やります!!」
がぜん張り切ったクローネは、目の色を変えてリストを引ったくった。
「約束ですよ!!」
「ああ、いいよ。」
涼しい顔で応えたルドルフをしばしじっと見つめていたクローネが、
やがてアクセルセンスで走り出す。遅れることなく、ルドルフも一緒に
走り出した。2人の姿は、まるで閃光のように地表を駆け抜けていく。
誰も、それを目にすることはなかった。
サンタクロースの、後を継ぐ。
そんな運命を背負い、努力してきた。
その真価を問われる、約束の日は近い。
重圧をはねのけるかのように、クローネは力強く駆ける。
誰よりも自分の近くにいる、ルドルフ先生と共に。
クリスマスイブは、もうすぐだった。
================【続く】===============
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