第12章:エピローグ
〜北の涯の光〜
==================================
ついさっきまで吹雪のようだった雪も、すでにチラチラと舞う程度になっていた。
暖炉の炎をじっと見つめていた双眸が、やがてゆっくりとドアの方に向けられる。
それとほぼ同時に、木作りのドアをノックする音が響いた。
「どうぞ。」
ノックに応えたサンタクロースは、よっこらしょとソファーから身を起こす。
ほどなくドアが開き、かすかな粉雪が舞い込んだ。
背後からの月明かりが影を作っているため、来訪者の顔はよく見えない。
それでも、シルエットだけで誰なのかははっきりと分かった。
「よう。帰ったぜ。」
前に立っていた小さい方の影が、そう言って誇らしげに手を上げる。
タイミングを合わせるように、後ろの影も小さく手を上げた。
「…ただいま、おじいちゃん。」
「ああ。」
出迎えたサンタの顔に、優しい笑みが浮かぶ。
「お帰り。ルドルフ。クローネ。」
そのひと言を合図に、2人はあらためてガッツポーズをしてみせた。
==================================
「お疲れさん。ま、こっちで休みなさい。」
先に立って中に誘い、サンタは暖炉の前のソファーを勧めた。
競うように走り寄り、ルドルフとクローネはどっかとソファーに身を沈める。
その弾みで、2人の体から雪の粒が舞い散った。
「さ、これを。あったまるからのう。」
サンタが2人に差し出したのは、白い湯気の立つミルクセーキだった。
これまた先を争うように手を伸ばした2人は、ひと口すすって大きな息をつく。
立ち昇る熱気に、冷えていたクローネの鼻先はルドルフ以上に真っ赤になった。
「…さて、と。」
2人がひと息つくのを待ってから、サンタは遠慮がちに問い掛ける。
「それで、どうじゃったかね?」
「何がだよ。」
問い返したルドルフの語調は、してやったりという気概に満ちていた。
「うまく行ったかどうかってか?…そんなもん、訊くまでもねえだろがよ。」
「そうそう。そうだよおじいちゃん。」
隣に座るクローネもまた、自身に満ちた声で言い添える。
誇らしげな2人の目を見比べ、サンタは愉快そうに笑った。
「ホッホッホッ。そうじゃのう。お主ら2人が、うまくやらんはずはないのう!」
「そういうこった。」
そのひと言と共に、3人は声を揃えて笑い合う。
高らかなその響きは、更けゆく北の空へと流れていった。
==================================
「疲れとるじゃろう。帰る前に、何か食べるかね?」
サンタの言葉に、ルドルフはパッと身を起こした。
「お、そうだったそうだった。帰りにテイクアウトでギョーザ買ってきたんだった。
カリブーに積んだままだから、ちょっと行って取ってくらあ。」
言いながら立ち上がり、そのまま玄関へと駆けていく。
「あ、先生!あたしが行きますよ。」
「いいって。お前は休んどけ。すぐ戻るからよ。それとじじい、茶を沸かしとけ。」
立とうとするクローネを制し、ルドルフはそのまま出て行った。窓の外を横切る
小さな影が、停泊しているライトニングカリブーへと駆けていくのが見える。
クローネと顔を見合わせたサンタは、小さく肩をすくめて笑った。
「ホホッ。あいつもせっかちじゃからな。ま、座ってなさい。」
言われるままにクローネが座り直そうとした、その刹那。
「オイ!!」
大声と共に荒々しくドアが開き、血相を変えたルドルフが駆け込んできた。
そのまま、中途半端な姿勢で止まっていたクローネに詰め寄る。
「お前ッ!!…何だよコレは!?」
怒りに声を震わせながら、その小さな手が差し出したもの。
それは、緑色の紙で丁寧にラッピングされたプレゼントの包みだった。
「あ…。」
「あ、じゃねえよ!あれほど何度も確認しただろうが!配り残しはねえなって!!
最初の年からそんなポカをしでかして、この先やっていけると思ってんのかよ!!」
あまりの激昂で、語尾は甲高く裏返った。
何か言う間を与えず、ルドルフは手にしたその包みをクローネに乱暴に押し付ける。
そのまま腕を掴み、ものすごい勢いで引っ張った。
「来い!今からでも遅くはねえ。リスト照合をして、そいつを届けに行くぞ。急げ!!」
「ちょ、ちょっと先生!」
つんのめりながらも、クローネは足を踏ん張ってその場に留まる。
予想外の抵抗にバランスを崩し、ルドルフはあやうく仰向けに倒れそうになった。
「な、何だよ!時間がねえんだ、さっさと来い!!」
あたふたと言いながら、振り返った刹那。
ルドルフは、クローネからその包みをそっと手渡された。
「………?」
「先生。」
相手が両手で包みを抱えたのを確かめ、クローネはそっと添えていた手を離す。
同時に、その顔に暖かい笑みが浮かんだ。
「メリークリスマス。これは、あたしからの先生へのプレゼントです。」
「え?」
思いもかけない言葉に、ルドルフは半端に足を踏み出した格好で声を上げた。
「お…俺へのプレゼント?」
「開けてみてくださいよ。」
言われるままに、ルドルフはたどたどしい手つきで包みを解く。
中から出てきたのは、小さな毛糸の帽子だった。
額の部分には、どうにかそれと分かるルドルフのマークがあしらわれている。
編み目の飛びの激しさから、手編みである事はひと目で分かった。

「……」
よほど予想外だったのだろう。
言葉を失って大きく口を開いたまま、ルドルフは完全に硬直してしまっていた。
「ちょっと不恰好だけど、あたしが編んだんです。夜、寝る前とかに…」
少し顔を赤らめ、クローネは照れくさそうに続ける。

「…先生の、喜ぶ顔が見れたらいいなあ…って思って。」
「ホホッ。それはいい考えじゃったのう。」
2人の顔を見比べながら、サンタは体を揺すって笑った。
「…………………。」
やはり、ルドルフは彫像のように硬直していた。
「…あの、先生?」
さすがに不安になってきたクローネが、大口を上げた顔を遠慮がちに覗き込む。
「…やっぱり、あんまり気に入らないですか?実は、手芸はロミルの方が上手で…」
くどくどと、言い訳を述べようとした時。
不意に、ルドルフが大きく洟をすすり上げた。
サングラスの奥に光る目に涙が浮かび、やがてぽろぽろとこぼれ出す。
帽子を捧げ持っている手が、かすかに震えているのが見てとれた。
ルドルフは、声を殺して泣いていた。
「えっ!?あ、あの先生…ええ!?」
「クローネや。」
どうしていいかわからずにオロオロするクローネの肩を、サンタが軽く叩く。
「どうやら、肝心のギョーザを忘れてきたらしいな。お前が持ってきなさい。」
「え?あ…う、うん!」
弾かれたように駆け出したクローネは、そのままドアを開けて飛び出していく。
同時に、ルドルフは肩を震わせながらがくりと膝をついた。
不恰好な帽子をしっかりと抱いたその背中に、サンタが手のひらを優しく添える。
「やはり、あの子をお主に預けたわしは正しかった。」
それはルドルフにというより、むしろ自分に対する言葉のようだった。
「本当に立派に…そして、優しい子に育ててくれたのう。心から、礼を言うよ。」
「………」
何か言おうと口を開いても、漏れるのは嗚咽だけだった。
しかしその涙は、ルドルフの心を何よりも雄弁に物語っていた。

暖炉にくべられていた薪が、パチンと大きな音を立ててはぜる。
窓越しの空に瞬く星々は、ますますその輝きを増したように見えた。
==================================
「じゃ、また電話するからよ。カリブーはそのまま置いといてくれ。年明けに取りに来る。」
「ああ。…しかし、会うのは今年はこれで最後じゃな?」
玄関口で言葉を交わすルドルフとサンタの口からは、真っ白な息が漏れていた。
雪は止んだものの、寒さはいっそう厳しくなっていている。
空には、今にも降ってきそうなくらいの星が瞬いていた。
「そうだな…ま、来年もまたよろしく頼むぜ。」
「ホホッ。こちらこそ。じゃあ、2人ともよい年越しをな。」
「ああ。」
「おじいちゃんもね。」
短い言葉を交わし、ルドルフとクローネはそろって手を振った。
同じように笑顔で手を振るサンタに見送られ、真っ白な道を家へ向かって歩き出す。
足音以外に、聞こえる音はなかった。
初めて会った、2月の寒い日。
たっぷり10m以上、間隔をあけて共に歩いた家路。
同じ道を、2人は寄り添いながらゆっくりと歩いていた。

しばしの、沈黙ののち。
歩きながら、ルドルフは被っていた帽子のずれを手で直した。
横目でそれを見たクローネの顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
「先生。」
声は小さかったが、凍てつく沈黙の中でははっきりと響いた。
「…あたし、一人前になれましたか?」
その瞬間。
キッと振り返ったルドルフのサングラスが、月明かりにギラリと光る。
一瞬の間を置いて、げんこつがクローネの頭に炸裂した。

「ナマイキ言ってんじゃねえぞこのハナタレ!!」
牙をむき出したルドルフは、噛み付かんばかりの勢いでどなり付ける。
「誰が一人前だと!?…最初の年の達成なんぞ、ビギナーズラックだと思え!
お前の修行はこっからだ!今のお前は、せいぜい百分の一人前なんだよ!!」
「百分の一…」
殴られた頭をさすりながら、クローネがポツリとつぶやいた。
なおも止まらない勢いのまま、ルドルフは沈黙を切り裂いてがなり立てる。
「そうだ!!いいか、誰でも調子に乗ったら最後なんだぜ!!いつでも
どんな時でも、己を厳しく見つめる。それこそが成長の絶対条件だ!!」
「分かりました。」
あっさりと言ったクローネの顔に、やがて嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「よかった。」
「あ!?」
片眉を吊り上げたルドルフは、怪訝そうな声を上げる。
目の前のクローネの表情に、納得できないといった感じの語調だった。
「何がよかっただよ。…ったく、緊張感のねえ奴だ。気を緩めすぎだぜ。
まあ、大仕事の後だから無理ねえのかも知れねえけど……。」
ぶつぶつとつぶやきながら、ルドルフはくるりと踵を返した。
再びさくさくと雪を踏んで歩き出すその小さな背を、クローネの視線が追う。
数歩行ったところで、ルドルフはもういちど頭に手をやった。
少し神経質なまでに帽子のずれを直すその姿を見たクローネは、
にっこりと笑って駆け出す。ほどなく彼女は、目の前に立つ
ルドルフの背に勢いよく抱きついた。
「うわっ!」
不意打ちを喰らって転びそうになるその体をぐいっと抱き上げ、
クローネはルドルフを肩車した。そして、そのまま走り出す。
「な、何やってんだお前はっ!」
「いいからいいから。早く帰りましょー!!」
声を張り上げ、クローネは雪の中を駆けた。
その顔に、嬉しそうな笑みを浮かべながら。
よかった。
あたしは、まだ百分の一人前。
まだまだ、一人前には遠い。
修行は、これから。
あと、九十九人前。
それまでは、あたしは先生を先生と呼べる。
先生を、慕うことができる。
先生に、甘えることができる。
先生に、叱ってもらえる。
先生に、褒めてもらえる。
先生と。
大好きな先生と、一緒にがんばれる。
とても小さくって、そしてとても大きい先生。
凶悪で、乱暴で、ぶっきらぼうで。
そして、世界中の誰よりも優しい。
あたしの、ルドルフ先生と。
「?…なんか言ったか?」
「何でもないです――!」
大声で応えたクローネは、脚を掴んだ手に力を込めてスピードを上げた。
つんと冴え渡った北の国の夜気が、心地良く頬を撫でて流れていく。
駆け抜ける2人の影は、まるで踊るように月明かりに長く伸びていた。
==================================
「…あー疲れた…。」
ようやく帰り着いた家の居間に、明かりが灯る。
と同時に長椅子に座り込み、クローネは長々と息をついた。
慌ただしく出て行った家の中は、散らかり放題だった。
余計な手出しは無用と思ったのか、サンタも片付けはしていないらしい。
出て行ったのは、ほんの1日前。
しかし自分たちにとっては、2ヵ月半に等しい時間が流れている。
アクセルセンスによる時間の経過には、避けられない感覚だった。
「………。」
身を起こしたクローネは、テレビのリモコンの脇に置かれた
分厚い番組ガイドブックを無言で手に取る。
23日までの番組表には、読めないくらいに赤マルや線が書き込まれている。
しかし、24日以降の欄には何ひとつ書かれていなかった。
無類のテレビ好きだったジョニーの、それがけじめなのだろう。
クリスマスイブになったら、ここを離れるのだ、という事への。
散らかった部屋には、昨日までのさまざまな証しが遺されている気がした。
「ジョニーさん……」
ガイドブックの前のページをゆっくりと繰りながら、呟いた刹那。
「掃除は明日にして、今日はさっさと寝ようぜ。」
洗顔と歯磨きを終えたルドルフが、そっけない口調で言い放つ。
振り向いたクローネは、喉まで出かかった言葉をぐっと呑み込んだ。
―ちょっと、薄情なんじゃないですか?―
―ジョニーさんとは、しばらく会えないのに。―
そんなのは、分かり切っている事だ。
誰よりも、ルドルフ先生自身が。
彼らは、こんな別れと再会を何度も繰り返している仲だ。
出会ってまだ1年も経っていない自分が、えらそうに意見するのはおかしい。
ほんの一瞬、目を閉じて。
クローネは、ガイドブックをそっとテーブルに戻した。
そのまま、勢いをつけて立ち上がる。
「分かりました。」
短く応えたクローネが、自分の脇を通って洗面所へ向かおうとした時。
「心配すんな。あいつは大丈夫だよ。」
そう言って笑ったルドルフの表情に、嘘はなかった。
目を合わせたクローネも、ちょっと笑みを返す。
かなわないなあ、先生には。
何でもお見通しだもん。
肩をすくめて歩くクローネの表情は、晴れ晴れとしていた。
==================================
「さて、と。」
それぞれの寝室へ入る直前。
少し姿勢を正したルドルフは、クローネの顔を見据えた。
「とりあえずは、お疲れさん。よく頑張ったな。」
「いえ、そんな…。」
はにかみながら、クローネは足を組みかえる。
「…何もかも、先生のおかげです。」
「ま、そうだろうな。」
わざとらしいほど尊大に言って胸を張り、ルドルフは小さく鼻を鳴らした。
「さすがに、俺も疲れた。明日の朝はゆっくり休もう。」
「え?じゃあ、早起きしなくてもいいんですか!?」
「ああ。俺もそのつもりはない。明日はな。」
「やたっ!!」
小躍りするクローネをじろりと睨んだルドルフの口調は、再び改まった。
「…だけど、心しておけよ。朝寝は明日だけだからな。明後日からは、仕事の後始末と
年末の掃除、それに新年を迎える準備にかかるから。しっかり気持ちは切り替えろよ!」
「了解です!」
気をつけの姿勢で応えたクローネの大げさな敬礼に、ルドルフは苦笑を漏らした。
「よし。んじゃ、もう寝よう。」
「はーい。」
笑顔で踵を返し、ドアノブに手をかけようとした時。
クローネは、目の前に立つルドルフに何かの予感を覚えた。
向き直ろうと、視線を向けた先に。
サングラスを外したルドルフの、笑顔があった。
今まで見た中で、いちばん優しい顔に思えた。
その手には、帽子があった。
自分が心を込めて編み、プレゼントした帽子が。
「………先生?」
「ちゃんと、言っておくよ。」
普段の厳しさからは、考えられないような声が耳に響く。
体ごと向き直り、クローネはじっと次の言葉を待った。
「プレゼント、どうもありがとう。サンタさん。」
言いながら、そっとその帽子を掲げる。
「本当に、嬉しかった。大事にするから。」
「いいえ、どういたしまして。」
笑顔で応えながら、クローネは涙を流していた。
自分でも、まったく気付かないうちに。
初めて、自分はルドルフの素顔を見たと思った。
気負いも構えもない、彼の本当の言葉を聞いた、とも。
厳しい先生だけど。
だけど、本当は優しい心を持ってるんだ。
それは、ずっと前に気付いていたけど。
今、その本当の素顔が見れた。
ううん。
先生が、見せてくれた。
あたしを、サンタクロースと呼んで。
涙は、悲しいからではなかった。
自分がサンタクロースの後継者に選ばれた事への、恨めしい思い。
その、最後の一滴だったのかも知れない。
笑みを浮かべるクローネは、心の中で力いっぱい連呼していた。
サンタクロースになって、よかった。
ルドルフ先生に会えて、よかった。
本当に、よかった。
==================================
夜は、すっかり更けていた。
もう数時間もすれば、しらじらと空が明るくなってくる時刻。
さすがに疲れ果てていたのだろう。
ルドルフは、大口を開けたままベッドの中で眠りこけていた。
そんな彼の部屋のドアが、音もなくそっと開けられる。
入って来たのは、パジャマに着替えたクローネだった。
寝顔をうかがっていたクローネは、やがて足音を忍ばせてベッドの脇へと歩み寄る。
熟睡しているルドルフは、目覚める気配すらなかった。
「先生。」
かすかな声で呟いたクローネの手が、そっと掛け布団をめくる。
もともと体が小さいため、ルドルフのベッドはほとんどが空きスペースだった。
月明かりに笑顔を浮かび上がらせたクローネは、そのままそっとベッドに潜り込む。
ふと見上げた枕元には、丁寧にたたまれたあの帽子が置かれていた。
朝寝していいのは、今日だけ。
じゃあ、いいよね。
今夜だけ。
自分とルドルフの上にそっと布団を掛け直し、クローネはルドルフの体に腕を回した。
そのまま、ぴったりと体を寄せて目を閉じる。
今夜だけ。
先生と、いっしょに寝てもいいよね。
やり遂げたんだから。
一人前には遠くても。
あたしは、サンタクロースの仕事をやり遂げたんだから。
だから、ひとつだけ。
今夜だけは、こうしていてもいいよね。
誰よりも大好きな、ルドルフ先生といっしょに。
==================================
大きな仕事を成し遂げた2人が、幸せな眠りについた頃。
プレゼントを贈った全ての子供のもとに、光が訪れていた。
世界中の、サンタクロースを信じる子供たちに。
朝の光が。
そして、北の涯の光が。
今を、せいいっぱい生きる者たちへの。
未来への、希望を忘れない者たちへの。
不器用な。
そして、力強い応援の心として。

==================================

| 広告 | 花 | 無料レンタルサーバー ブログ blog | |