もうひとりの賢人 ―Episode07―



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 我ら7人、ここに集いて誓う。

 広きこの宇宙の、安寧と平穏を。


 我らの全てを懸け、ここに誓いを結ぶ。

 この誓いが、我らの全て。

 この誓いこそ、われらの悲願。


 それを、ここに誓う。



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 『お久し振りですお父さん。お元気ですか?
  僕は今日、ついにバードマンの資格を取得できました。階級は、2級3種の
  ホークです。
  まだまだお父さんのようにはなれませんが、まずはようやく一つの出発点に
  立てたというところです。

  資格登録を済ませたら、近いうちに報告に戻れると思います。
  その日を楽しみにしています。
  お父さんも、ご健勝でお過ごしください。           では。』

 言葉が切れると共にモニターに映っていた青年の顔が消え、小型通信チップが
 機械の右端からイジェクトされた。
 飾り机に肘を置いて聴き入っていた老齢の男性が、組んだ手を解いて小さな
 ため息をつく。

 再生するのは、もう何回目だろうか。
 志願してバード星に留学し、鍛錬に励んでいたひとり息子。
 その顔と声は、子供の頃の面影を残しつつもずっと精悍になっていた。
 どこか、亡き妻の面影を映しているようにも見える。

 「…わしが子を授かり、この歳まで生き長らえることになろうとはな…」

 もう一度、彼は深いため息をついた。
 やがてその骨ばった手を伸ばし、机の端にある小さな端末を操作する。
 小さな音を立てた机の一部が変形し、ディスプレイとキーボードが現れた。

 なれた手つきでキーボードを操作するうちに、老人の表情は厳しくなった。
 やがて、星間回線が接続されたことがディスプレイ上で示される。

 「…残っているのは、わしを含めて4人か。」

 誰に言うでもない口調でつぶやいた老人の手が、ゆっくりと操作を続ける。
 すでに日は落ち、部屋の中は薄暗くなっていた。
 照明をつけるのも忘れてしばし操作に熱中していた老人の手が、ふと止まる。
 どうやら、ひと通りの手順は終わったらしい。

 軽く伸びをし、机の正面に向き直った時。
 老人の目が、すぐ目の前の扉に向けられて止まった。
 薄暗がりの中に、背の高い影が佇んでいる。
 気配も、かすかな物音すらもなく。
 その影は、じっと老人の方を向いて立っていた。

 「誰じゃ…」

 問いかけの言葉を、最後まで言う事はできなかった。
 にぶい轟音と共に幾度かの閃光が走り、老人の体が椅子の背もたれに激しく
 叩き付けられる。

 すべては、一瞬のことだった。
 全身を満たす激痛に、老人の顔が歪む。
 すでにかすみ始めていた視界の中で、目の前の影が動くのが分かった。
 影は、急ぐ風もなく歩み寄ってくる。
 自分に、ではない。
 今の今まで、自分が操作していたキーボードに。

 相手の意図を感じ取った瞬間。
 消えかけていた老人の意思の光が、不意に再び灯った。
 血のにじむ口を引き結び、崩折れそうになる体の向きを変えてキーボードに
 手をかける。

 最期に残った力を振り絞り、老人はキーボードを素早く操作した。
 近付いていた影が、その意図を察していきなり躍りかかる。

 突き飛ばされた老人の体は、そのまま椅子ごと後ろに倒れた。

 床の上に投げ出された、その時。

 老人の体は、すでに命を宿してはいなかった。
 うつろに開いたままの目が、暗くなった部屋の光景を映している。
 その顔に、感情の色は浮かんではいなかった。

 影は、慌ただしい動作でディスプレイに向き直った。
 青く輝く画面の中で、2つの文字表示が交互に明滅している。

 『データ送信完了』
 『すべてのデータは消去されました』

 部屋は、すでに闇に包まれていた。
 ディスプレイから漏れる光だけが、そこにくっきりと浮かび上がっている。

 次の瞬間。
 轟音と共に、撃ち抜かれたディスプレイから火花が散った。
 闇に沈んだ部屋の中で、影は音もなく踵を返す。

 老人の亡骸をまたぎ越え、影はそのまま入口を開けると立ち去った。
 机の端にかろうじて乗っていた通信チップが、ドアの閉まる音と共に落ちる。
 床の血だまりに落ちたチップの表面に、老人の顔が歪んで映った。


 外を駆ける風が、主を喪った部屋の窓を低く鳴らしていた。


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 「急ぎだって言ってた割に遅いわね、次長。」

 手元のカードから2枚を選んで捨てつつ、友子が誰にともなくつぶやいた。
 目の前に座るグェスは、神妙な表情で手元のカードを睨んでいる。

 「まあ、もうじき来るだろ。こっちから出向くと行き違うかも知れないし。」

 キャプテンシートに座るミツ夫が、マンガのページを繰りつつ応える。
 任務を伝えるという連絡が、グェスのテレパシー経由でサリーフォードから
 届いたのは半日前。
 こんな方法で伝えてくるということは、けっこうな難題なのだろう。

 ミツ夫たちは、それまでの時間を意図的にダラダラと過ごしていた。

 ほどなく、ドアが開いてスノーウィが頭を押さえながら入ってきた。
 もともと白い顔は、さらにどこか青く見える。

 「どうした?顔色悪いな。」

 「…悪酔いした。」

 億劫そうに答えたスノーウィは、そのまま自分の席にどっかと座り込んだ。

 「やっぱり、成分合成モノの八つ橋ってダメ。味はほとんど変わらないけど、
  後味と酔い加減が…」

 「食べ過ぎただけじゃないの?」

 カードに目を向けたまま、友子が横槍を入れる。
 言い返す気力もないといった態で、スノーウィは背もたれに頭を乗せた。

 「じゃ、勝負よ。」

 グェスに視線を向けた友子が、少し調子を落とした声で言った。
 黙って頷くグェスの目の前に、手札を開けてみせる。

 7と9のフルハウスが、そこに完成していた。

 自信ありげな顔で上目遣いに自分を見据える視線を、グェスはしばらく無言で
 見返していた。

 やがて、その口の端を持ち上げてにやりと笑う。
 その拍子にむき出しになった犬歯が、どことなく陰気な印象を与えた。

 少し怪訝そうな表情になった友子の目の前に、もったいぶるような手つきで
 グェスの大きな手が一枚ずづカードを置いていく。

 1枚目は、ハートの10。
 2枚目は、クラブの10。
 そして、3枚目はダイヤの10。

 露骨に表情を厳しくした友子の目の前に、4枚目が置かれる。

 ハートのJ。

 最後の札が、スペードの10か何かのJだったら…
 つとめて平静を保とうとする友子の表情は、明らかに変になっている。
 その表情を楽しむように見ていたグェスが、最後の札を見せようとした刹那。

 不意に、宇宙船の接近を報せるアラーム音がブリッジに響いた。
 一瞬注意がそれたその隙を見逃さず、友子はグェスの手から札をかすめとる。
 ハッと向き直った時には、すでに全てのカードは友子の手中でシャカシャカと
 シャッフルされていた。

 「さ――次長が来たから終わり終わり。仕事仕事!」

 歯をむき出して怒るグェスを気にする風もなく、友子はわざとらしい声を上げ
 コンソールを操作する。
 側面モニターの画像が切り替わり、接近する宇宙船をいっぱいに映した。

 「…さて。しっかりしろよスノーウィ。」

 モニターに視線を向けながら、ミツ夫は顔と口調を引き締めた。

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 ドッキングのかすかな振動が伝わり、ランプが緑に変わる。
 通路前に集合したミツ夫たちは、ハッチが開くのを待った。
 やがて、かすかな音を立てて白いハッチが左右に開く。

 そこに立っていたのは、サリーフォードではなかった。
 骨ばった顔の大半を占める大きな目玉が、ぎょろぎょろと動いてミツ夫たちを
 一人一人見据える。

 怪訝そうな表情で見返すスノーウィの隣で、声を上げたのは友子だった。

 「あ、マラード先生。ご無沙汰してます。」

 「おう、ミアノ友子か。元気そうじゃな。」

 ゆっくりとハッチから船内に歩を進めた人物―マラードが、軽く手を上げた。
 その挨拶に、友子は口を尖らせる。

 「何度も言ってるでしょう『ミアノ』じゃなくって『宮野』ですってば!」

 「…あぁ、そうじゃったな。すまんすまん。間違って憶えてしまったから…」

 さしものマラードも友子の剣幕に押され、ばつの悪そうな顔で頭を掻く。
 ますます怪訝そうな表情を強めたスノーウィは、ミツ夫に向き直った。

 「誰?あのおじいさん。」

 「シャムウェイ・マラード教授。サリーフォードさんのお父さんで…」

 そこで言葉を切り、ミツ夫は視線をまっすぐスノーウィに向ける。

 「…緑涙の、パーマン5号だった人だよ。」

 「え?それじゃ…」

 振り向いたスノーウィとマラードの目が、まともにぶつかる。
 一瞬の沈黙ののち、マラードは表情を改めて歩み寄った。

 「…お主が、スノーウィ・ラッフじゃな。今まで会う機会がなかったが…」

 そこまで言い、軽く頭を下げる。

 「ワシはシャムウェイ・マラード。お主の旧友にはずいぶん世話になった。」

 「聞いてます。初めまして。」

 何気ない口調で言葉を返したスノーウィは、かすかに笑みを浮かべる。

 「そんなに堅苦しい挨拶はいいですよ。こちらこそよろしく、教授。」

 「あ、あぁ…よろしく。」

 あっさりとした挨拶に、マラードはかえってしどろもどろになった。
 どうやらミツ夫同様、あれこれと訊かれたり責められたりする事を覚悟して
 スノーウィと対峙したらしい。


 その気持ちが手にとるように分かり、ミツ夫は小さく含み笑いを漏らした。

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 「それで?何でまたわざわざ先生が来られたんです?」

 友子の問いに、マラードが再び勢い込んだ。

 「おお、それなんじゃがな。用件はいくつかあるんじゃが…とりあえずこれを
  渡そうと思って来た。ワシの生涯、最後の大発明じゃ。」

 言いながら、マラードは手に提げていたケースを開ける。
 そこには、ブレスレットのような金属製の輪が10個ほど収められていた。

 「縁起でもない事を……で、何ですこれ?」

 のぞき込んだミツ夫が、視線をマラードに移して問い掛ける。
 待ってましたとばかりに胸を反らせ、マラードは輪を取り上げて掲げた。

 「これは、スライダーホール。ワームホールの原理を応用して作った、超空間
  接続端末なんじゃよ。」

 言いながら、マラードは手にしていた輪をミツ夫に渡した。さらにもうひとつ
 ケースから取り出し、それを友子に投げ渡す。

 「2人とも、それを右腕につけてみろ。」

 訝しげな表情を浮かべたものの、2人は黙って輪に手首を通す。ある程度まで
 通したところで、輪は腕に固定された。

 「よおし。じゃ、外周にあるスイッチを押してみろ。」

 その言葉に、ミツ夫はあらためて輪をじっくりと観察してみた。パッと見た
 だけでは分からなかったが、確かに外周の一部がスイッチ状に独立している。
 ためらいがちにそのスイッチを押した途端、輪はかすかに青く発光した。

 「?」

 「ほら、お主も押してみろミアノ。」

 「『宮野』ですってば!!」

 きつい声で言い返した友子が、やや遅れてスイッチを押す。同時に、ミツ夫の
 輪と同じ色の発光が始まった。

 「…え、ええっ!?」

 ミツ夫と友子は、ほぼ同時に頓狂な声を上げた。
 何の前触れもなく輪をはめた腕が消え、代わりに別の腕が現れる。
 思わず顔を見合わせた2人は、互いの腕が入れ替わっていることに気付いた。
 見守るスノーウィとグェスも、あっけに取られて双方の腕を見比べる。

 「な、何だこれ?僕の腕が…」

 「…夢じゃないわよね?」

 言ったミツ夫の右腕、つまり入れ替わった友子の腕が不意に動いた。そのまま
 ミツ夫の頬をつまんで強くねじり上げる。

 「い、痛ててててッ!」

 自分で自分の頬をつねるような格好で、ミツ夫が甲高い悲鳴を上げた。
 その様子に、友子が大きく目を見開く。

 「…へえーっ、空間は飛び越えてるけど、神経とかはちゃんとつながったまま
  なのね。別に違和感もないし、思うように動かせるわ。」

 「え、じゃあコレって友子がやってるの?」

 なおも頬をつねられたままのミツ夫を指し、スノーウィが驚きの声を上げる。
 頷いた友子に、涙目のミツ夫が抗議した。

 「だから痛いってば!放してくれ友子さん!」

 「あ、ゴメンゴメン。」

 応えると同時に、ようやく友子の手はミツ夫の頬を放した。
 もう片方の手で赤くなった頬をさすりながら、ミツ夫がマラードに向き直る。

 「これが、生涯最後の大発明ですか?」

 「無論じゃ。…機能は分かったな?スイッチをもう一度押せば接続は切れる。
  外していいぞ。」

 言われた2人は、我先にとスイッチを切った。手首を抜いてホッと息をつく。
 その手は、あっという間に元に戻っていた。

 「要するに転送機の一種でしょ?…どこがそんなに凄いんですか?」

 「ただの転送機ではないわい。」

 気のない友子の口調に、マラードは語気を荒げた。

 「いいか。これには、物理的な距離の制限がないんじゃ。どんな遠く、たとえ
  宇宙の果てと果てであろうとも、これが互いに存在しさえすれば空間を接続
  することが可能なんじゃよ。現在の転送システムなんぞ問題ではないぞ!」

 「宇宙の果てと果て?…そりゃ確かに凄いですね。」

 手の中の輪を見つめ直したミツ夫が、素直な感嘆の声を上げる。

 「ってことは、この輪さえあればどんな遠くへもすぐに行けるわけですね。
  量産すれば、もう宇宙船だって必要なくなるかも…」

 「…あ、い、いや。そういうわけではないんじゃが…。」

 途端にしどろもどろになったマラードは、あいまいに目を伏せた。

 「空間の接続点は、この輪の直径でしか維持できんのじゃ。…人を通す事は、
  ちょっと不可能なんじゃよ。それを組み込もうとすると、どうしても距離に
  制限ができてしまうから…」

 「…え?じゃあこれって、腕を入れ替えるくらいしかできないんですか?」

 怪訝そうに眉をひそめた友子が、棘のある声でマラードに問い掛ける。

 「まあ、そう言うなよ。せっかく教授が心血注いで作ったものなんだから。」

 間に入ったミツ夫が、フォローのつもりか言葉を挟んだ。

 「何かあるだろ、使いみち。…この直径なら、物干し竿くらいは通せるぞ。」

 「宇宙の果てから、物干し竿送ってもらって喜ぶ人がいると思う?」

 「じゃあ、手品なんかどうかな。こっそり腕を入れ替えれば、何だって…」

 「こんなもの使ってまで、芸をやる必要なんかないでしょうが。」

 「じゃあ、二人羽織りは?あれなら…」

 「それこそ意味ないじゃん。っていうか、何でそう宴会芸に走るのよ。」

 「じゃあさ、こんなのは?ええと…」

 いつの間にかスノーウィも加わり、バカ談義は変な活気を帯びていた。
 すっかり落ち込んだマラードの肩を、グェスが気の毒そうに叩く。

 その刹那。

 「なんだか盛り上がってるけど、いいかしら?」

 他を圧倒する声がブリッジに響き、ミツ夫たち3人はあわてて向き直った。
 いつの間にか、すぐ脇に長身の人物が立っている。

 「仕事の話よ。」

 「はい!」

 その人物―サリーフォードは、射すくめるような視線で4人を見回した。
 有無を言わせぬ威圧感に、ミツ夫たちはしゃんと背を伸ばす。
 しばしの沈黙ののち。

 「…まあ、そんなに固くならなくていいから。」

 そう言ったサリーフォードの顔に、人なつっこそうな笑みが浮かぶ。
 張り詰めた空気は、ホッと和んだ。


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 「さて、と。」

 いくぶん姿勢を崩したサリーフォードが、ミツ夫に視線を向けた。

 「いきなりだけど…『賢人条約』って知ってる?」

 問われたミツ夫は、ほんの少し視線を泳がせる。

 「ええっと…聞いたことだけはあります。確か…」

 記憶を辿るミツ夫の口調は、かなり心もとなかった。

 「…そうそう。近世宇宙史の講義でチラッと聞きました。何十年か前に宇宙の
  いずこかで7人の賢人によって結ばれた、不戦の約定でしたっけ?」

 「まあ、そんなところね。」

 「でも。」

 曖昧に答えたサリーフォードに、今度は友子が声をかける。

 「あれって、ただの伝説なんじゃないんですか?7人の賢人ってのが誰なのか
  資料も何も残ってないし、内容もほとんど分からないんでしょ?」

 「そう。確かに資料はほとんどない。…というより、意図的に破棄したとしか
  思えないくらい'残されてない’のよ。だけど…」

 思うところがあるのか、サリーフォードはちょっと言葉を切った。

 「…星間連合に加盟している星、していない星。軍事生産大国がひしめいてる
  星も数多い中で、ここ数十年一度も大きな宇宙戦争が勃発していないのは、
  ある意味奇跡的なことだしね。あるいは…」

 「あの、ちょっといいですか?」

 ずっと脇で聞いていたスノーウィが、不意に声を上げる。

 「いまいち分からないけど…そのナントカ条約って何です?惑星間で結ばれた
  休戦条約か何か?」

 「ちょっと違う。…ええっと、どう言えばいいかな。」

 視線を向けたサリーフォードが、言葉を探すように首をかしげた。

 「ひとことで言うなら、宇宙全体にかけられた『呪い』みたいなものかな?」

 「の、呪い?」

 おうむ返しに言ったスノーウィの言葉が、露骨に裏返る。
 それに構うことなく、サリーフォードは説明を続けた。

 「今はもう遺跡もあまり残ってないけど、宇宙には「シムソ」っていう最古の
  超文明国家が存在してたのよ。バード星やその他の星が、文明を持つはるか
  以前にね。詳しい研究をしてる人も数多いけれど、その技術力は相当なもの
  だったらしいのよね。」

 「滅亡した文明が、宇宙を呪ってるんですか?」

 相変わらず変な裏声で問うスノーウィを、ミツ夫が呆れ顔で制する。

 「いや、ちょっと待て。何をそんなに恐がってんだ。最後まで聞けよ。」

 「だって、あたし嫌いなのよ。…その、呪いとか幽霊とかっていうのは…」

 ボソボソとつぶやく末尾は、小さくかすれた。
 あまりにも意外な言葉に、ミツ夫とグェスは思わず顔を見合わせる。

 「…いいかしら?」

 話の腰を折られたサリーフォードが、小さく咳払いをした。
 低い声に、ミツ夫たちはあわてて向き直る。

 「で、そのシムソの数少ない遺産のひとつに「誓約の石版」と呼ばれるものが
  あったの。いくつかの文献に存在そのものは記されていたけど、それが一体
  どこに存在しているのかは永い間謎だった。」

 「誓約の石版…?何かを誓う時の証しみたいなものですか?」

 興味深げに身を乗り出したスノーウィに、サリーフォードは小さく頷いた。

 「…まあ、大雑把に言えばそんなとこね。だけど、記述によるとこの石版には
  人智を超える力が存在する、とされてるのよ。」

 言葉を切ったサリーフォードが、意味ありげにスノーウィを見つめる。
 何かを察したスノーウィが、かすかに身構えた。

 「…大丈夫ですよ。言って下さい。呪いだろうが幽霊だろうが…」

 「そう。じゃあ。…これはあくまで伝説なんだけど、この石版の前で誓われた
  事は、ある種の超科学的な影響力をもつようになるのよ。つまり、俗っぽい
  言い方をするならば『呪い』ね。形のあるものではないけれど、その影響は
  全宇宙に及ぶ。それこそ、誰も気付かないうちに影響されてるのよね。」

 想像以上にスケールの大きな話に、スノーウィは思わず目を泳がせた。

 「…それじゃ、あたしもみんなも、それこそあたしの知ってる人たち…友人や
  親の世代でさえも、知らないうちにその呪いの影響を受けてると?」

 「そんなとこね。だけど、あなたたちにはほとんど関係ないといっていい。
  …で、ここからが本題。」

 そう言って、サリーフォードは表情を改めた。
 そんな気配を察し、ミツ夫たちも少し姿勢を正す。

 「『賢人条約』は、その当時宇宙の各地で平和維持活動を続けていた7人が、
  この誓約の石版のもとで「宇宙戦争を起こさない」という主旨を誓い合った
  ものだ、と伝えられてる。その誓約の影響があるからこそ、今日に至るまで
  大きな戦争は勃発していないのだ、とね。…もちろん、単なる言い伝えだと
  否定する人も大勢いる。石版も見つかってないのに信じられるかってね。」

 「なるほど。確かに講義でも「言い伝えに過ぎない」って言ってましたね。」

 ミツ夫の言葉に、友子も小さく頷いた。

 「…それで?その石版を探すのが、今回の仕事なんですか?それだと…」

 「いや、違う。」

 低い声に、皆の視線が一斉に動く。その先にいる声の主は、ずっと腕組みして
 聞いていたマラードだった。

 「石版の在処は、もうわかっとる。7人の賢人というのが、誰なのかもな。」

 「え?…何でそんな事を教授が?」

 ミツ夫の言葉に、マラードは表情を厳しくした。

 「…その中の一人が、ワシに連絡してきたんじゃ。…殺される寸前にな。」


 噛みしめるかのようなマラードの言葉は、室内に低く響いた。


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 「…今も生き残っている賢人がいて、それが殺された、と?」

 「その通り。」

 怪訝そうなミツ夫の問いかけに、マラードは厳しい表情のまま頷いた。

 「…ワシ自身、その連絡をもらうまではその人物が誓約の7賢人の一人だとは
  まったく知らなかった。古い友人なんじゃがな。だが送られてきた文書には
  賢人条約の詳細が記されておった。残りの6人が誰なのか、そして、石版が
  どこにあるのかも。」

 「先生のお知り合いだったんですか?」

 今度は友子が問いかけた。目を向けたマラードの顔に、悲しげな色が浮かぶ。

 「そうじゃ。エスペラン星の科学者で、名前はタイレル・ハント。…若い頃は
  共に学び、競い合った仲じゃった。」

 「父さんから連絡を受けて、その文書を見せてもらった。…それで、あなた達
  エナクリスにちょっとやってもらいたい事ができたのよ。」

 マラードの言葉を引き継いだサリーフォードの表情も、やはり厳しかった。

 「端的に言うと、残っている賢人のうちの誰かを『誓約の石版』のある場所へ
  連れて行って欲しいのよ。あなた達の手で、ね。」

 「連れて行く?…何か意味のあることなんですか、それ?」

 スノーウィの問いに、サリーフォードは大きく頷いた。

 「そう。…実はこれまで誰も知らなかった事なんだけれど、『賢人条約』には
  有効期限があるらしいのよ。その期限を過ぎると、約定は消滅して影響力を
  失う。…もしも石版のもつ力が本当のものだとすれば、影響力がなくなった
  時点で戦争の気運が高まる事になる。…それこそ、宇宙のあちこちでね。」

 「有効期限って…。じゃあ、存命の賢人を連れて行くって事は?」

 ミツ夫の問いに、今度はマラードが答える。

 「タイレルの文書によると、7人のうちの誰か一人でも石版に接触できれば、
  条約の更新を行う事ができるらしいんじゃよ。それによって、不戦の約定は
  また宇宙に影響を持ち続ける事になる。それをお主らに頼みたいんじゃ。」

 「…なるほど……。」

 頷きはしたものの、にわかには信じがたい話だった。

 超古代の遺物である、石版。
 その石版の下で交わされた誓約が、何十年もの間宇宙全体に不思議な影響を
 与え続けている。
 という事は、自分たちも。そして、自分たちの上の世代さえも。

 普通に考えれば、それこそ伝説だとしか思えない。
 しかし、近代における宇宙戦争の史実をたどれば嘘とも言い切れない。

 ミツ夫たちが留学する数十年前までは、宇宙のあちこちで大規模な星間戦争が
 しょっちゅう起こっていたと聞く。
 しかし、ある時期を境にそれらはいっせいに沈静化の一途をたどった。
 もちろん、小さな内戦やゲリラ戦、テロ行為などは相変わらず絶えない。
 しかし、「戦争」と呼ぶべきものが勃発する事だけはなかった。
 惑星間のいざこざや政治的緊張が、なくなったわけでもない。
 それでも、一線を超える星がないのはどこか説明のつかない事だとも言えた。

 「…まあ、いきなり信じろったって無理だとは思うけど。」

 考え込むミツ夫たちの気持ちを見透かしたように、サリーフォードが言った。

 「もし本当の事だとすれば、看過するわけにはいかないのよ。…ハント博士が
  殺害されたって事も、条約の詳細を父さんに託した、という事も踏まえて。
  やってくれるわね?」

 「もちろん。」

 即答したミツ夫の脇でグェスが頷き、スノーウィも笑みを浮かべる。

 「そうですね。…呪いだろうと何だろうと、戦争よりはマシです。」

 「友子さんは?」

 問われた友子は、曖昧な表情で視線をそらした。

 「…あたしは、あんまり興味ない。でも、仕事ならやるわよ。」

 「ええ。お願いね。」

 明言を避ける友子に、性格を知るサリーフォードはあえて意見はしなかった。
 代わりに、提げていたバッグから1枚のシートを取り出す。

 「じゃあ、これが「誓約の7賢人」のリストよ。確認して。」

 言いながら、サリーフォードはその紙を台の上に置いた。それを囲む形で、
 ミツ夫たちがのぞき込む。

 そこには、バード星の言語で名前と情報が印字されていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ●ワーヴ・ナ・メティ・ツィ(不明)  条約起案者 死亡(詳細不明)

 ●タイレル・ハント(エスペラン星人) 情報提供者 殺害(被疑者不明)

 ○カーグ・ドロッケ(コカトリア人)        生存(母星に在住)

 ●ファラウェイ  (ハルカ星人)         死亡(母星で処刑)

 ○ガス・ペスタロサ(ザカル星人)         生存(母星に在住)

 ○シュズモーク・メルザ(メザノロス星人)     生存(母星に在住)

 ●カリエスタ師  (ドローラ星人)        死亡(病死)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「へぇー…、ちょっとスゴイですね、これ。」

 ざっと目を通したミツ夫が、感嘆の声を上げる。

 「ハルカ星とドローラ星の人間が一緒に、しかも戦争を起こさないって条約を
  結んだなんて。今じゃちょっと考えられませんね。」

 「まあね。」

 応えたサリーフォードが、リストの一番上を指し示した。

 「このワーヴって人が、全員を説得したらしいんだけどね。…亡くなったのは
  いちばん早くて、個人情報もほとんど残ってなかったらしいけど。」

 「…とりあえず、残っているのは3人ですか。連絡は?」

 リストを見たままのスノーウィの問いに、サリーフォードは首を振った。

 「とってない。直接訪ねていく方が安全かも知れないから。」

 「…安全?」

 怪訝そうに言ったスノーウィが、視線をリストからサリーフォードに移す。
 自分に向けられた視線を見返し、サリーフォードは少し声を低くした。

 「そう。…任務そのものはそれほど難しくないけど、危険な要素がないという
  わけじゃないの。実際、タイレル・ハント博士を殺害した相手は不明だし、
  もし博士が'賢人の一人だから'殺されたのだとすれば、犯人はほかの賢人も
  手にかけようと狙うかも知れない。慎重に行動しないといけないのよ。」

 「なるほど、そういう事ですか。」

 応えたのは、友子だった。
 リストを指でなぞりながら、その表情は次第に険しくなる。

 「…それにしても、見事に所在がバラバラですね。これじゃこのウィンザーで
  飛ばしても、けっこうかかりますよ。他に人員は割けないんですか?」

 「できん事はないが、なるべくお主らだけで何とかしてもらいたい。…正直、
  この話はあまり多くの者の耳に入れたくはないからな。」

 マラードの言い分も、至極もっともだった。

 「分かりました。…じゃあ、さっそく3人の誰かに会いに行くわけですか?」

 「いえ。まずは同行者と合流しないとね。もうすぐ着くから。」

 サリーフォードの言葉に、ミツ夫は怪訝そうな表情を浮かべた。

 「同行者?…僕らのほかに、この任務についた人がいるんですか。」

 「ええ。」

 答えると同時に、ブリッジに宇宙船の接近を報せるアラームが鳴り響く。
 皆が視線を向ける正面船窓に、一隻の宇宙船が浮かんでいるのが見えた。
 まるで鏡のような、滑らかな曲線を描く銀色の船体。

 「……?」

 ミツ夫たち4人は、一様に複雑な表情を浮かべた。
 どこかで見た事のある宇宙船。

 あれは確か…

 「…実は、生存してる賢人3人っていうのは、母星ではそれなりに地位の高い
  人たちなのよね。…いくらバード星から来たって言っても、特務隊っていう
  肩書きだけじゃ門前払いになる可能性もあるし。だから、それなりに身分の
  高いバードマンが同行しないと話が進まないと思って、ね。」

 「え、じゃあ…ひょっとして同行するのって……」

 ミツ夫の言葉が終わらないうちに、着信を告げる音が響いた。
 やがて、メインモニターに嬉しそうな笑顔が大映しになる。

 『どうも―エナクリスの皆さん!お久し振りでーす!!』


 「…ロイヤルスワンの、ヒヨコちゃん?」

 モニターを見上げる友子の裏返ったつぶやきは、ブリッジ中に響くカレンナの
 高い声にかき消された。

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 「こんにちはー!」

 ハッチが開くと同時に、カレンナが元気よく駆け込んできた。
 少し日焼けしたように見える顔には、相変わらずあどけなさが残る。

 そして、やや遅れてもう一人の人物がブリッジに足を踏み入れた。
 ミツ夫たちに頭を下げるその青年は、どうやら異星人バードマンらしかった。

 「初めまして、特務隊の皆さん。」

 「あ、どうも初めまして。隊長の須羽です。…ええっと……」

 口ごもったミツ夫に、サリーフォードが声をかける。

 「彼はランスロー・ハント。同行する、もうひとりのバードマンよ。」

 「…ハント?」

 名前を耳にしたスノーウィが、訝しげに眉をひそめた。
 その様子を目にしたサリーフォードが、少し口調を改める。

 「…最初に言ってしまうけど、彼はエスペラン星出身の留学生で…殺害された
  タイレル・ハント博士の息子さんなのよ。」

 「…そうなんですか。……大変でしたね。」

 向き直ったミツ夫の言葉に、青年―ランスローは少し目を伏せた。

 「ええ。今でも信じられませんけど。…だけど、僕は誇りに思ってるんです。
  わが身の安寧を省みず、宇宙の平和を願った父の事を。」

 ちょっと言葉を切ったランスローは、伏せていた目を上げて口調を強める。

 「…だからこそ、父が最後に遺した願いは僕が継ぎたい。…未熟者ですけど、
  よろしくお願いします。」

 端整な顔立ちながら、その瞳には強い意志の光があった。
 そんな目を見返し、ミツ夫も大きく頷く。

 「ええ、こちらこそよろしく。…お父さんの分まで頑張りましょう。」

 「じゃ、行きましょうか!あたしも頑張って皆さんの力になりますんで!」

 他を圧倒するカレンナの大声に、皆は一様に肩をすくめた。
 いつもの事だが、その高い声を聞くとどうも緊張感が抜けるような気がする。

 やがて、場の空気を戻すように咳払いしたサリーフォードが、皆を見回した。

 「あたしと父さんは、本星に戻って情報収集と解析にあたるから。あなた達は
  順次、各惑星を訪ねて3人と交渉してちょうだい。全員を連れて行く必要は
  ないって事は…分かってるわね?」

 「任せて下さい。」

 応えたミツ夫に頷き、サリーフォードは視線を厳しくする。

 「…ハント博士の資料を信じるなら、条約の期限まであと4日ほどしかない。
  この船の速度を考えたとしても、あんまり余裕はないと言えるから。適宜、
  目的を果たすために最善を尽くすように。」

 「了解!」

 ミツ夫、グェス、スノーウィ、友子、そしてカレンナとランスロー。


 6人は、横一列に整列してサリーフォードとマラードに敬礼を返した。

====================================

 それから、半日ほど経った頃。

 「…遠いわね。もうちょっとだとは思うんだけど。」

 航路図を確認しながら、友子が低い声でつぶやいた。

 「そうだな。」

 キャプテンシートに腰掛けるミツ夫の声にも、どこか焦燥の響きがある。

 目指しているのは、賢人在住の星のうちでもっとも近い惑星・コカトリア。
 それでも、相当の時間がかかっている。
 交渉の手間などを考えると、焦りを覚えるのも当然の事だった。

 「…慌てたって、しょうがないですよ。」

 サブシートに座っていたランスローの口調は、対照的に穏やかだった。

 「うまく話が進めば、ここにお住まいのカーグ氏をお連れする事ができます。
  それで丸く収まるのなら、今焦る事もないんじゃないですか?」

 「…まあ、そうなんだけどね。」

 振り返った友子が答えると同時に、目標星接近のアラームが鳴り始めた。
 と同時に、ハッチが開いてカレンナがブリッジに入ってくる。

 「皆さん、お茶入れましたよー。あっちに用意してますから…」

 「後にして。もう着くから。降下準備!…ヒヨコちゃんもさっさと座って!」

 ぴしゃりと言い放った友子が、計器を素早くチェックし始めた。

 「え…でも、あの、お茶……」

 「後でもらいますから。とりあえず、今はシートに座って下さい。ね?」

 ゴメンのポーズをとるミツ夫の言葉に、カレンナはしぶしぶシートに座った。
 肩を落とすその姿に、隣のシートに座るスノーウィも思わず苦笑する。

 「さてと。許可は出たから、宇宙港に着艦するわよ。その後の交渉は任せる。
  しっかりやってよ。」

 操縦桿を操作する友子の声が、降下の振動に包まれたブリッジに鋭く響く。


 やがてウィンザーは、切れ切れの雲に包まれたコカトリアへ降下していった。

====================================

 「意外とすんなりいったな。」

 入国手続きを済ませたミツ夫が、長い廊下を歩きながらつぶやいた。
 7賢人のひとり、カーグ・ドロッケ。
 この星の元統括大臣という権威者であり、現在は隠居生活をしている。
 そんな人が、果たしてこんな不確実な話のために会ってくれるのだろうか。

 しかし、それは杞憂だった。
 普段ならいろいろと手間のかかる入国手続きは、ロイヤルスワンが同伴という
 ことでほぼフリーパスとなった。
 カーグ氏も、電話越しに用件を述べるとすぐに会う事を承諾してくれた。

 「…これで、問題なく誓約の場所まで同行してくれればいいわけよね。」

 隣を歩くスノーウィが、視線だけをミツ夫に向けて問いかける。

 「まあ、何事もなけりゃね。」

 不吉なこと言ってんじゃないわよ。
 そんな言葉を呑みこみ、スノーウィは再び正面に向き直った。
 やがて通路が途切れ、皆は無機質な装置の並ぶ部屋へと通される。

 「…カーグ大臣のもとへは、転送機で向かって頂きます。」

 鳥類から進化したと分かるクチバシ状の口を動かし、案内役のコカトリア人が
 ミツ夫たちに告げた。

 「…現在でも大臣にはいろいろと政敵がおられますので、一度に多人数を転送
  する装置は設置されておりません。まずは3人。そして、さらに3人という
  手順で向かって頂きます。」

 「承知しました。」

 言い置いたミツ夫が、友子に向き直る。

 「じゃあ、先に行ってくれ。僕らは後から向かうから。」

 「了解。」

 短く応えた友子が、カレンナとランスローを従えて転送機に向かう。
 こういった場合に、リーダー的人物が最後尾を努めるのは惑星間交友における
 ひとつのルールだった。

 装置の駆動音が響くと同時に、3人の姿は光の中に消えた。
 やがて、転送が終了した事を告げるランプが点滅する。

 「さて。じゃ次は僕らだな。」

 そのひと言を合図に、ミツ夫、グェス、そしてスノーウィが転送機の転着台に
 並んで立った。

 「それじゃ、お願いします。」

 ミツ夫の言葉に軽く頷き、案内役は装置を手早く操作した。
 ほどなく転着台の足元が発光し、かすかな振動が伝わってくる。

 周囲の光景が揺らぎ始めた、と思う間もなく。
 ミツ夫たち3人は、陽光の差し込む小さな小屋の中にいた。
 石造りと思しきその室内には、年季の入った農耕具などが整然と並んでいる。
 ほぼ中央に据え付けられた最新鋭の転送機が、何ともいえない場違いな空気を
 生み出していた。

 「ここが、カーグ氏の住まいか。」

 外に出ると、そこは広い庭園になっていた。
 詳しい場所は聞いていないものの、太陽の方向がさっきとまったく違っている
 ところをみると、相当遠くに転送されたらしい。

 手入れの行き届いた植木に、様々な色のチョウのような昆虫が群れている。
 珍しげに見回しながらも、ミツ夫たちは早足で歩を進めた。

 「…先着の3人はどこだ?」

 「あ、あれじゃない?」

 スノーウィが指差した先には、石造りのテラスのようなものがあった。
 確かに、そこには友子らしき姿が認められる。

 「おーい、友子さん!」

 声をかけたミツ夫が、そちらに足を向けた刹那。


 「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 すぐ目の前に建つ建物の脇から、甲高い悲鳴が響いた。

 「な、何だ!?」

 向き直ったミツ夫に、テラスにいた人物―友子が駆け寄る。

 「今の声、まさかヒヨコちゃん!?」

 「一緒にいたんじゃないのか?」

 同時に駆け出しながら、ミツ夫は語気を荒くした。
 すぐ隣を駆ける友子は、正面を見据えたまま答える。

 「ヒヨコちゃんとランスローはトイレ借りたいって言うからここの人の案内で
  そっちに行ったのよ。あたしは2人が戻ってくるのを待ってたんだけど。」

 警備兵や庭園の作業員と思しきコカトリア人たちも、わらわらと声がした方へ
 駆けていく。
 そこは、建物の横に設けられた出入口前の広場だった。

 「須羽さん!みなさん!」

 ひとかたまりで走るミツ夫たちに、ランスローが駆け寄って合流した。

 「今の声、ひょっとしてロイヤルスワンですか!?」

 「たぶん。」

 簡潔に答え、ミツ夫は足を早めて建物の側壁方向へと向かう。

 「…カレンナさん!」

 真っ先にたどり着いたその目が、腰を抜かしたような姿勢で震えている
 カレンナの背中を捉えた。

 そのすぐ先に視線を移した5人の表情は、一様にこわばる。


 やわらかな芝生の上に、ひとりのコカトリア人が倒れていた。
 胸のあたりから、かすかに鮮血が流れているのが見てとれる。

 「…な、何だ!?」

 我知らずつぶやいたミツ夫の脇をすり抜け、女性のコカトリア人が目の前に
 倒れている人物に駆け寄った。

 「カーグ大臣!しっかりして下さい!!」

 その間にも何人ものコカトリア人が、我先にと集まってくる。
 助け起こされたその人物は、土気色の顔を歪ませて苦しげにうめいた。

 「…この人が、カーグ・ドロッケ氏だっていうのか?」

 ミツ夫の声は、かすかにうわずっていた。
 まさか自分たちが訪ねてきたその時に、こんな事になろうとは…

 やがて、忙しげに手当てをしていたコカトリア人の何人かが立ち上がった。
 そのままミツ夫たちに、疑惑の念のこもった視線を投げかける。

 「…大臣に接見したいというバード星の方とは、あなた方ですか。」

 「え、ええ。そうですけど…」

 警備兵と思しき人物が、あいまいに答えるミツ夫を一瞥した。
 そのまま、相変わらず座り込んだままのカレンナに視線を移す。
 
 「…失礼ですが、あなたがこの場を最初にご覧になったんですね?…一体、
  何があったというのですか。」

 「あ、あたし…」

 口ごもるカレンナは、不安そうな視線をその警備兵に向けた。

 「あたし、お手洗いを借りるつもりが道に迷っちゃって。…それで、人の
  話し声がするほうにとりあえず来てみたんです。そしたら、あの人が…」

 「倒れていた、と?…確かな話ですか?」」

 どこか詰問するような口調に、カレンナはあらためて身を固くした。
 相手の目には、はっきりと自分への疑惑の念が浮かんでいる。

 とりなそうとしたミツ夫たちも、いつの間にか囲まれていた。
 担架に乗せられたカーグが運ばれていくのを目で追った大勢のコカトリア人が
 やがて、いっせいにミツ夫たち5人を見据える。
 不穏な緊張に、風の音も小さくなった。

 「…バード星の方々、でしたね。」

 カレンナを詰問していた警備兵が、5人の顔をざっと見回す。

 「失礼かも知れないが、このタイミングで大臣が襲われたというのは偶然では
  済まされないことです。潔白を証明できるまで、ここにご滞在願いたい。」

 言い終わると共に、コカトリア人たちの囲みの輪はじりじりと狭まってきた。

 と、次の瞬間。

 睨みあう皆の頭上の空間が不意に大きく歪み、白い塊が出現した。
 一瞬のうちに、それは鋭角的なシルエットを虚空に固定させる。

 「馬鹿、何やってんだ友子さん!」

 出現したのが宇宙港に係留されているはずのウィンザーだと悟り、ミツ夫が
 押し殺した声を出した。

 「こんなところで宇宙船なんか出したら、誤解が深まるだけだろ!」

 「だったらどうするってのよ。」

 メガネを指先で操作しつつ、友子は開き直ったような口調で言い返す。

 「こんなとこで拘留なんかされたら、とてもじゃないけど間に合わないわよ。
  彼が駄目なら、あと2人のうちのどっちかの所に行かなきゃ…」

 「…これが、君らの答えというわけか?」

 いっそう厳しさを増した警備兵の声に、その場には殺気に似た空気が満ちた。

 「いや、あの。待って下さい。…そういうわけじゃ……」

 必死に弁明しようとするミツ夫の肩を、不意に誰かの手が掴んだ。
 そのままミツ夫を強引に後ろに下がらせ、手の主であるグェスが前に出る。

 「…何だ。」

 不意に目の前に歩み出た大柄な獣に、警備兵はいささか気圧された。
 発声の苦手なグェスは、テレパシーを発現させる。ほどなく、その場にいる
 全員の頭に低い声が響いた。

 「…この状況で、弁明をしても無駄なのは分かっている。しかし、実際我々は
  任務を遂行しなければならないんだ。だから、ここは見逃して欲しい。」

 「何を勝手なことを…っ!」

 激昂しかけた警備兵を、グェスは黙って手をかざして制した。
 落ち着いたその仕種に、取り囲むコカトリア人たちもぐっと言葉を飲み込む。

 「勝手な言い分だということは分かっている。…だから、俺がこの場に残る。
  もしも潔白が証明できないようなら、その時は俺を殺せ。」

 「おい、馬鹿言うなグェス!」

 最初に声を荒げたのはミツ夫だった。
 スノーウィたちも一様に表情をこわばらせ、グェスを囲むように前に出る。
 しかし、あくまでグェスは冷静だった。

 「落ち着け、ミツ夫。」

 諭すように言うと、あらためて警備兵に向き直る。

 「…いいな?」

 「わかった、いいだろう。」

 やり取りをじっと見ていた警備兵は、厳しい表情のままゆっくり頷く。

 「…どうやら、その連中はお前を見殺しにする事はなさそうだからな。事が
  はっきりするまではお前にここにいてもらおう。」

 「グェス!」

 なおも納得いかないといった態のスノーウィに向き直り、グェスはほんの少し
 牙を見せて笑った。

 「…現状、ミツ夫やロイヤルスワン、ランスローらバードマンを欠かすという
  わけにはいかない。もちろん、ナビゲーターである友子もな。だとすれば、
  残るのはパーマンである俺か君だ。」

 返す言葉に詰まったスノーウィの肩に手を置き、グェスは穏やかに続ける。

 「心配するな。だから、君がしっかりやってくれ。」

 「……わかった…。」

 うつむいたままつぶやき、スノーウィはぐっと拳を握りしめた。

 「では、そういう事でいいな。」

 言い放った警備兵の合図で、部下と思しき数名がミツ夫たちに駆け寄る。
 パーマンセットとバッジを取り上げられたグェスの手に、合金製の手かせが
 手際よく架けられた。

 そのさまを目にしたミツ夫が何か言おうとするのを、グェスが目で制する。

 これ以上、時間を浪費するな。早く行け。

 テレパシーの声はなかったが、言わんとする事は目で伝わった。
 ぐっとこらえたミツ夫は、すぐ隣に立つ友子に向き直る。

 「…じゃあ、行くぞ。とりあえず、ここには小型艇を一隻置いていく。」

 そう言って、もういちど警備兵に視線を向ける。

 「任務を終えたら必ず戻ってくる。…僕らも、カーグ大臣の無事を祈ってる。
  これは口先だけじゃない、本心からだ。そして、もし戻るまでに潔白が証明
  されたなら、グェスは解放してくれ。」

 言い終わると同時に、友子の遠隔操作によって頭上から小型艇が降下した。

 「この船を残していく。もちろんそちらで厳重に格納してもらって構わない。
  ただし、真相がハッキリするまではグェスに手は出さないでくれ。」

 「了解した。…我々とて、蛮行は好まない。君の言葉を信じよう。」

 言葉とともに警備兵が手を振る。同時に、囲みはすっと解けた。

 厳しい顔で頷いたミツ夫が、ゆっくりと上昇する。同時に、友子は単独転送で
 一気にブリッジへと移動した。
 いまだに腰を抜かしたままのカレンナも、ランスローとスノーウィに支えられ
 頭上のウィンザーへと向かっていく。

 見送るグェスにもコカトリア人たちにも、言葉は発しなかった。
 黙って皆が見送る中、ウィンザーは低い駆動音を響かせる。やがてその機体は
 一気に上昇した。
 後ろ髪引かれる思いを断ち切るかの如く、白い機影は一瞬で空に溶け消えた。

 やがて、コカトリア人たちはゆっくり建物へと向かい始めた。
 軽く促されたグェスもまた、抗うことなく続く。


 先ほどまでの緊張が嘘のように、庭園の草花は風の中で静かに揺れていた。

====================================

 「…本当に、これでいいんですか?」

 どこか重い空気の漂うブリッジで、ランスローが誰にともなく問いかけた。

 「人質を残して自分たちだけ任務に赴くなんて。それで本当に…」

 「やむを得ないだろ。」

 キャプテンシートでわずかに体の向きを変え、ミツ夫が低い声で言い返す。

 「グェスの潔白は、僕が保証する。君たちだってそうだろ?」

 「もちろんです。」

 即答したランスローとは対照的に、カレンナは黙ってうつむいたままだった。
 一瞥したミツ夫はあえて彼女には声をかけず、再びランスローに向き直る。

 「心配したって始まらない。とにかく、残り2人のもとへ急ぐのが先決だ。」

 「先を越される、前にね。」

 正面モニターを見ながら言った友子に、全員の視線が集まる。

 「…先を、越される?」

 「そう。」

 スノーウィのつぶやきに、友子は変わらず正面を見据えたまま答えた。

 「あんなタイミングで賢人の一人が襲撃を受けたってことは、あたしたちを
  出し抜こうとしてる奴がいるってことでしょ?…なら、あれこれと迷う前に
  とにかく目標とする相手にコンタクトを取らないとね。」

 「…そうだな。」

 ミツ夫の言葉を最後に、再びその場の全員が口をつぐんだ。


 宇宙を疾駆するウィンザー。
 その機内に満ちる沈黙は、宇宙の静寂にも劣らないほど深かった。

====================================


 しばらく経ったころ。

 不意に、聞き慣れた着信音がブリッジに響いた。
 まんじりともせずに腰を下ろしていたミツ夫が、ハッと自分の胸元を見る。
 バッジのコールだと気づいた時には、全員の視線が注がれていた。

 「バッジのコール?…じゃあ、グェスが!?」

 スノーウィの声に、明るさが戻る。
 着信音のパターンから、それがグェスからのものであることはすぐに分かる。
 また、バッジの操作は個別に登録されている使用者、つまりグェス本人にしか
 できない。
 という事は、押収されたバッジが返還されたのだと考えられる。

 胸から外す動作ももどかしく、ミツ夫がバッジのスイッチを入れる。
 永い、一瞬の沈黙ののち。

 『皆、聞いてるか?…心配かけたな。』

 自動変換による、聞き慣れたグェスの声がバッジから流れ始めた。

 「グェス、無事か!?」

 『ああ。』

 咳込むようなミツ夫の言葉とは裏腹に、あくまでグェスは冷静に答える。

 『カーグ氏が意識を取り戻した。重傷だが。それで、氏が証言してくれた。』

 「犯人を見たの?」

 勢い込んで問いかけたスノーウィの言葉を、短い沈黙が否定した。

 『……顔は見なかったらしい。しかし、とにかくロイヤルスワンでないという
  事だけは証言してくれた。そして、こちらの任務を知って俺を解放するよう
  命令を下してくれたんだ。』

 「…じゃあ、やっぱり彼は7賢人の一人だったんだな。」

 ミツ夫の言葉は、自分自身に聞かせているようだった。

 『ああ。皆に露見するとまずいかも知れないから、テレパシーで確認した。』

 「じゃあ、あらためて彼を連れに戻ればいいって事ですか?」

 ランスローが、身を乗り出すようにして問いかける。
 しかし、それとは対照的にグェスの声は少し低くなった。

 『…いや。残念だが、まだ予断を許さないような状態だ。とてもじゃないが、
  他の惑星へ出向く事などはできない。残りの2人に懸けるしかなさそうだ。
  それと…』

 少しの間言葉を切ったグェスは、無念そうな口調で続ける。

 『…これだけ遅れをとると、もう俺はそっちへは合流できない。時間の余裕も
  あまりないからな。』

 「じゃあ、どうする?」

 ミツ夫の問いに、グェスは低い声のまま答えた。

 『ここにいても仕方がない。俺はとりあえず、報告のためにバード星へ戻る。
  …襲撃があったという事も、次長に報せないといけないからな。』

 「…わかった。気をつけてな。」

 同じく低い声で応え、ミツ夫はスイッチを切ったバッジをゆっくり胸へ戻す。
 メインブリッジには、安堵と焦燥、そしてかすかな失望とが交錯していた。

 「…グェスが解放されたのはよかったけど、状況の厳しさはさっきとあんまり
  変わらないみたいだな。とにかく、次の目的星へ急ごう。時間も…」

 「ちょっといい?」

 口を挟んだのは、ずっと黙っていた友子だった。
 ミツ夫を含む皆の視線が、いっせいに操縦席の友子に集まる。、

 「…時間が厳しいってのは、今に始まった事じゃない。だったらもうちょっと
  効率よく行ったほうがいいんじゃない?」

 「どういう意味だ?」

 「二手に分かれて、同時に2人を訪ねるって事よ。」

 即答した友子は、掲げた右手の指を二本立てた。

 「今いる宙域からなら、目指している星…ザカルとメザノロスの両方の軌道を
  捉えられる。だから、遠い方のザカルにはこのウィンザーであたしとそこの
  2人が向かう。で、あんたとスノーウィは小型艇でメザノロスへ。どう?」

 立てた指を向けた先には、サブシートに座るランスローとカレンナがいた。
 すぐには応えず、ミツ夫は腕を組む。

 「うーん…効率で言えば悪くないけど。だけど、その分け方でいいのか?」

 「他にある?」

 逆に問い返され、あらためてミツ夫は友子以外の3人の顔を見回した。

 任務の責任者である自分と、ロイヤルスワンであるカレンナとが一緒にという
 わけにはいかない。それではもうひとつのチームが賢人に謁見できなくなる。
 ウィンザーや小型艇は特務隊専用機種だから、カレンナとランスローだけでは
 操縦が心もとない。とすれば、自分と友子が一緒というわけにもいかない。

 あれこれ考えてみたものの、けっきょく友子の提案した組み合わせがもっとも
 理にかなっているように思えた。

 「…よし。じゃあ、それでいこう。連絡は密に取り合って、どちらか一方でも
  賢人との交渉に成功したら、両チームとも石版のポイントに集結する。」

 「その場所って、分かってるんですか?」

 カレンナの問いに、ミツ夫は小さく頷いた。

 「…ああ。僕と友子さんが聞いてる。だから心配ないよ。」

 言いつつ、ミツ夫はキャプテンシートから飛び降りた。

 「じゃあ、適当な所で分かれよう。行くぞスノーウィ。」

 言葉を向けられる前に、スノーウィは黙って立ち上がった。そのままミツ夫に
 続き、ハッチへと向かう。

 「いいか。くれぐれも気を付けろよ。」

 「了解。わかってるから、心配しないで早く行ってよ。」

 友子と短く言葉を交わし、2人は格納庫へと続く通路に消えた。
 ほどなく、エアロックが開くかすかな振動が届く。

 「小型艇、ハンガーオフ完了…と。」

 友子のつぶやきとほぼ同時に、回り込んだ小型艇が船窓のすぐ先に並ぶ。
 太陽光遮断スモークを張っているために中の様子は見えないが、友子たちは
 自然と小さな敬礼を送った。
 おそらくは、同じ事をしたに違いない。しばし並んで飛んだのち、小型艇は
 大きな弧を描いてウィンザーから離れていった。

 「…さて、と。」

 敬礼を解いた友子が、厳しい表情で正面モニターに向き直る。

 「こっちはこっちで急がないとね。2人とも、気を引き締めてかかってよ。」

 「了解!」

 姿勢を正したランスローとカレンナを一瞥し、友子は一気に加速をかける。


 宇宙を貫く白い矢となったウィンザーは、航跡すらも残さずに漆黒の虚空へと
 一気に消えていった。

====================================


 「メザノロス星の考古学者、シュズモーク・メルザ。…この人は、「シムソ」
  研究の宇宙的な権威だったらしいな。」

 操縦桿から手を離し、ミツ夫が前の座席に座るスノーウィに言った。

 「おそらく誓約の石版を発見したのもこの人だろう。とすれば、説得できれば
  かなり確実に事を運べるぞ。」

 「だといいけどね。」

 応えたスノーウィが、首を回してミツ夫に視線を向ける。

 「…だけど、ホントによかったの?」

 「何が?」

 問い返すミツ夫の顔を見据えたまま、スノーウィは声のトーンを下げた。

 「この組み合わせよ。…さっきの星で、カーグって人のいるところに先に到着
  したのもあの3人だったでしょ?それをもう一度組ませるってのは…」

 「二度も同じ事は起きないだろう。今回は油断もないだろうしな。」

 どこか楽観的なミツ夫の言葉に、スノーウィは納得し難い表情を浮かべる。
 しかし、今さらどうこう言ったところでしょうがない。とにかく、自分たちに
 できる事をするだけだ。

 気持ちを切り替えたスノーウィは、そのまま黙って正面に向き直る。

 目的の星は、いまだ正面に続く宇宙の虚空の中だった。

====================================

 時間的に言えば、出発からもう2日以上が経過していた。

 サブシートの背もたれを倒して仮眠を取っていたカレンナとランスローが、
 不意に荒っぽく肩を叩かれた。
 あわてて身を起こした2人の顔を、友子のメガネ越しの目が見据える。

 「お目覚め?…惑星ザカル、もうすぐ到着するわよ。上陸許可はもう申請受理
  されてるから、このまま降下する。」

 そう告げる友子の背後のモニターには、ひとつの惑星が大映しになっていた。
 茶色がかっているが、表面を覆う雲が美しいコントラストを演出している。

 「今回の交渉相手は…」

 「ガス・ペスタロサ。この星では、もっともよく知られた冒険家だって。」

 カレンナの問いに答え、友子が操縦桿を細かく操作し始めた。

 「さっき、上陸申請をした時に管制官が居場所を教えてくれた。…どうやら、
  この星はコカトリアよりは外交管理に厳しくないみたいね。」

 「じゃあ、割と簡単に会えるかも知れませんね。」

 ランスローが言う間にも、ウィンザーは成層圏を一気に降下していく。
 やがて、眼下は見渡す限りの緑となった。
 街や建造物は、森や山をつなぐようにしてあちこちに点在している。
 都市部からは、大きく離れた場所らしかった。

 「えーと、緯度と経度が……だから…あ、あっちの方か。」

 座標データを見据えて何か言っていた友子が、操縦桿を軽く倒す。同時に、
 ウィンザーは降下の軌道を鋭角に変えた。

 「もうすぐ着陸よ。…まあ、ここでも暗殺者に先回りされてる事はないと思う
  けど。念のため、バードマンセットは装着。」

 「了解。」

 いささか身を固くしながら、ランスローとカレンナは声をそろえて応える。
 やがて、眼下は針葉樹林になった。木々の間を飛ぶ鳥の姿までもが、かすかに
 見分けられる。

 反重力ブレーキで慣性速度を打ち消し、ウィンザーは静かに着陸した。
 少し行った先の木立ちの中に、大きな古い木造の屋敷が見える。
 通信端末を操作した友子が、その屋敷へと視線を向けた。

 「…どうやら、あそこらしいわね。ここの国の管理官にも問い合わせたから、
  間違いないと思う。」

 「…ずいぶん、辺鄙な所にお住まいの方なんですね。」

 屋敷周辺が映っているモニターを見回しながら、カレンナがつぶやく。
 ランスローもまた、船窓から外を興味深げに窺った。

 「世捨て人なのかもね。…ま、どんな人なのかはこの際どうでもいい。2人で
  そのペスタロサ氏の所へ行ってきて。あたしは待ってるから。」

 「え…、一緒に行かないんですか?」

 意外そうな表情で見つめる2人に、友子は抑揚のない口調で応えた。

 「ええ。…もしも万が一、暗殺者がここに来ていたとしたら。」

 ちょっと言葉を切り、ブリッジの天井に視線を向ける。

 「このウィンザーも、狙われる可能性はある。…ここで破壊されたりすれば
  あたしたちは足止めを食うことになってしまうからね。」

 「…そう、ですね。」

 いささかうわずった声で言ったカレンナが、愛用マスクの止め具を確かめた。
 やがて、ランスローの後に続いてハッチから出て行く。

 空気は、意外なほど暖かかった。吹きぬける風も、心地良く肌を撫でていく。
 こんな時でなければ、マスクも脱いで大きく伸びをしたい陽気だった。

 「じゃ、行ってきます。」

 「気をつけてね。」

 無線で言葉を交わし、2人は未舗装の道を歩いていく。目指す建物は、すぐ
 正面にそびえていた。近付くほどに、古めかしさが目に付く。
 門構えはどっしりしていた。正門脇に設置された銀色のインターホンだけが、
 この家に住人がいるということを感じさせる。

 たどり着いたカレンナは、緊張の面持ちでインターホンを押した。
 背筋を伸ばしている間に画面にわずかなノイズが走り、やがてモノクロ映像が
 浮かび上がる。
 そこに映し出されたのは、年配のザカル星人だった。肉食獣からの進化の跡を
 如実に残す、野性的な顔がこちらを見ている。

 「…初めまして。ガス・ペスタロサさんですか?」

 『ああ、そうだが。…どなたかな?』

 凄みのある声に、気圧されたカレンナは言葉に詰まった。何とか呼吸を整え、
 次の言葉を続ける。

 「…バード星から参りました。実は…」

 そこでちょっと言葉を切り、脇のランスローに視線を向ける。目で問われた
 ランスローは、小さく頷いてみせた。
 意図を感じ取り、カレンナは意を決してもう一度向き直る。

 「実は「賢人条約」の件でお願いに上がりました。」

 『…何だって?』

 画面に映る相手は、しばし口をつぐんだ。その沈黙が、2人の確信を深める。
 やがてカレンナは、よりハッキリした口調で続けた。

 「ご存知ですよね?あなたと、6人の平和運動家によって結ばれた条約です。
  その更新のために、お力をお貸し頂きたいんです。」

 しばしの沈黙ののち。

 『…わかった。話を聞こう。』

 重い口調で応えた画面の人物が、フレーム外で何かを操作する。ほぼ同時に、
 金属製の扉がガチャリと乾いた音を立てた。

 『入ってくれ。すぐに施錠するから。』

 促されるまま、2人はインターホンのスイッチを切って重い扉を押し開ける。
 入った所は、庭園らしかった。しかし、この前に訪ねたコカトリア星のものと
 比べるとかなり手入れが雑で、荒れた印象を受ける。

 「…やっぱり、世捨て人なんでしょうかね。」

 小声で言ったランスローの言葉に、カレンナはあいまいに首をかしげた。
 ひと息つき、小枝や枯れ草が散らばる道を建物に向かって歩き出す。
 古びてはいるが、しっかりした造りの屋敷だった。

 近付くにつれ、入口の扉に細かい飾り彫刻が施されているのが見えてきた。


 ほどなく、2人はその豪奢なドアの前に立った。


 その刹那。


 突然、轟音とともに目の前のドアが凄まじい勢いで飛んできた。
 不意を突かれた2人を直撃したドアは、そのまま数メートルに渡り吹き飛ぶ。
 ドアの下敷きになった2人の耳を、何度も轟音が貫いた。熱風と共に、様々な
 破片が燃えながら落下してくるのが見える。

 悲鳴を上げることも忘れ、カレンナは固く目を閉じた。そのままの姿勢で、
 悪夢が醒めるのを待つかのように身を強張らせる。

 やがて、轟音はようやく収まった。

 「…な、何でしょう今の爆発は…?」

 答える代わりに、カレンナは何度も首を横に振った。

 「と、とにかくこのドアをどけましょう。」

 そう言ったランスローが、不自由な姿勢で腕に力を込める。鈍重なドアも、
 バードマンパワーによってあっけなく脇にどかされた。
 埃まみれになった2人は、何とか身を起こした。ほぼ同時にドアに目を向け、
 慄然とする。
 建物の内側面、つまり裏側は真っ黒に焼け焦げていた。もしドアを開けるのが
 一瞬でも早かったら、爆風をもろに喰らっていたに違いない。

 見上げた屋敷は、完全に廃墟となっていた。
 数秒前まで建物があったとは信じがたいほどの破壊。焼けるような熱が残り、
 崩れ残った壁から瓦礫が落ちる音が聞こえる。

 『…ちょっと!何があったの!?…2人とも大丈夫!?』

 無線機から聞こえてきた友子の怒鳴り声が、放心状態の2人の耳を貫いた。

 「い、いえ、あの…」

 しどろもどろに言ったカレンナが、目の前の惨状を見つめながら続ける。

 「爆破…されたみたいです。」

 『ペスタロサ氏は!?』

 その言葉に、カレンナは弾かれたように立ち上がった。
 あらためて、もういちど屋敷の爆破跡に目を凝らす。

 生死を確認、どころの話ではなかった。
 その場にあったものすべてが、真っ黒に炭化している。
 こんな中で生きていられる者など、いるはずもない。

 「…たぶん、死亡されたと思います。」

 あまりにもはっきりとした現状に、カレンナは妙に冷静な答えを返した。
 しばし沈黙した通信機から、これも劣らず冷静な友子の声が響く。

 『…わかった。じゃあ、早く戻って。ここは引き上げるから。』

 「ひ、引き上げる!?この場をこのままにしておくんですか!?」

 脇で聞いていたランスローが、裏返った声を上げた。

 「このままじゃ、見殺しにするのと変わりませんよ!!せめて、確認くらいは
  しないと…」

 『もうすぐ、この星の防衛隊が来る。…拘留される前にこの星を離れないと。
  わかるでしょ?任務優先なんだから。』

 抑揚のない言葉に、ランスローはぐっと拳を握りしめた。

 「…こんなのを放っておいて、とっとと退散するって言うんですか?」

 『グダグダ言ってないで早く戻りなさい!』

 取り付く島のない友子の言葉に、ランスローは後の言葉を飲み込む。

 『聞こえたでしょヒヨコちゃん!2人とも早く!!』

 「…了解、しました。」

 虚ろな声で答えたカレンナは、ゆっくりともと来た道を引き返し始めた。
 足を取られてよろめくその体を、駆け寄ったランスローが支える。

 燃え残る屋敷を後にした2人の頭上に、すでに滞空していたウィンザーが
 白い機影を見せていた。外部ハッチが開き、飛び上がった2人を迎え入れる。

 「ケガはない?」

 「それは…」

 言われて初めて、カレンナとランスローは自分の体を確かめた。
 あちこち打ち身で痛むものの、目立った負傷はなかった。

 「大丈夫です。」

 「よかった。…じゃ、このまま宇宙へ離脱するから座って。」

 それだけ言うと、友子は正面に向き直った。
 感情の感じられないその態度に、カレンナが歩み寄る。

 「…あたしたちが訪ねたせいで、死なせてしまったのかも知れないんですよ。
  なのに、どうしてそんな涼しい顔をしてられるんですか!?」

 「涼しい顔は生まれつきよ。いいから座りなさい。」

 言い終わるのを待たず、カレンナの右手が友子の頬を張り飛ばした。
 かすかに顔が動き、かけていたメガネがずれる。

 「…気は済んだ?」

 切れた口を拭って向き直る友子の口調に、激しさはなかった。
 自分を睨み据える蛇のような目に、カレンナは思わず身を引く。

 「もう1回だけ言うわよ。…加速をかけるから、席に座りなさい。」

 返事を待たず、友子は背を向けてシートに座りなおした。
 計器を操り始めた手を見つめたカレンナも、黙ってサブシートに腰を下ろす。

 やがて、ウィンザーは加速をかけた。
 屋敷跡から立ち上る黒煙を掻き乱し、そのまま一気に惑星重力を振り切る。
 瞬く間に地表は遠ざかり、ザカル星はウィンザーの背後に去った。

 衛星軌道上まで出たところで、友子は機体を静止させた。

 「ここまで来れば、とりあえず追撃はされないでしょ。」

 「…逃げればそれで終わりだって言うんですか!?」

 食ってかかったのはランスローだった。

 「これじゃ、僕らが爆破の犯人だと思われてもしょうがないじゃないですか。
  たとえ逃げ切れたとしても、疑惑はずっと付いて回るんですよ!」

 「…だったら、どうだってのよ。」

 シートごと振り返った友子が、相変わらず抑揚のない声で切り返す。

 「あたしたちの任務は、7賢人のうちの誰かひとりでいいから確保すること。
  そうでしょ?…だったら、ダメなものはダメと割り切った方がいい。まだ、
  須羽とスノーウィが訪ねてる一人がいるんだから。…後のことは、また後で
  考えればいい。任務を終えた時にね。」

 「………」

 反駁の余地はない。確かに正論だった。
 しかし、あまりにも冷徹なその判断には、人間らしさが感じられない。

 「…友子さん、本気で言ってるんですか?」

 「そうよ。」

 カレンナの問いにそっけなく答え、友子は正面に向き直った。
 それ以上の議論は無用といったその態度に、2人は黙って腰を下ろす。

 探していた人を、目前で爆殺された事への怒りと後悔。
 そして、友子の態度への疑念。


 メインブリッジに満ちる空気は、カレンナには耐えがたいものに思えた。


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 湖には、さざ波ひとつも立っていなかった。

 夕闇が迫る中、岸辺から飛び立った鳥が隊列を組んで湖面を横切っていく。
 空には、すでに星がいくつか見え始めていた。


 透明度の高いガラスは、うっかりするとぶつかってしまいそうなほど鮮やかに
 外の光景を映している。

 灰色の壁に囲まれたその部屋は、外の静寂と地続きになっているかのように
 静けさに包まれていた。

 大きなガラス壁のすぐ傍に、ミツ夫とスノーウィが並んで立っている。
 パッと見ただけでは気付かないが、2人の正面には防菌仕様の透明フィルムが
 バリヤーのように張られている。

 その向こう側に据え付けられたベッドに、ひとりの老人の姿があった。
 眠っているように見えるその顔と腕に、細い透明の管が数本接続されている。
 生命維持装置と思しき機械の規則正しい電子音だけが、静寂の部屋に響く。

 やがて、背後のドアが音もなく開いた。
 女性と思しき人物が2人に歩みより、丸い記録ユニットを渡す。

 「…自分以外の3人、あるいはその代理の方が来られた時に渡すよう、父から
  預かっておりました。ご確認下さい。」

 軽く頭を下げて受け取ったミツ夫は、黙って再生スイッチを押す。
 翻訳機を通し、変換された低い声が先端から流れ始めた。


 『我、ココニ言葉ヲ遺ス。

  盟友タチトノ誓約、ソノ真価ガ問ワレシ時。ソノ時マデ生キント欲スレド
  我老イタリ。遠カラズ、我ノ存在ハ喪ワレル事、今ヨリ覚悟ス。

  我ラノ成シタル不戦ノ誓約、イツノ日カ継グ者ノ現レル事ヲ心ヨリ望ム。
  ソレヲ見届ケル事ノ出来ヌ己ノ不甲斐ナサヲ嘆クモ、コレモ天意ト思ウ。

  願ワクバ平和ヲ願ウ誰カニ、ソノ思イガ伝ワラン事ヲ。

                     切ニ、切ニ願ウ。』


 たどたどしい機械言語は、それで途切れた。
 スイッチを切ったミツ夫は、ゆっくりと傍らの女性にユニットを返す。

 「これが、僕らに宛てたメルザ博士のメッセージですか。」

 「ええ。…父がこうなる直前、2年ほど前に遺したものです。あたしにだけ、
  内容は教えてくれました。…あなた方にお会いするまでは、その賢人条約と
  いうものの存在は信じられませんでしたが。」

 そこまで言った女性は、控えめに目を伏せた。
 もう一度ベッドに視線を向けたミツ夫が、小さく息をつく。
 しばしの沈黙ののち、女性に向き直ったミツ夫はきっぱりとした声で言った。

 「ご協力、本当にありがとうございます。お父さんへの面会も許して頂いて。
  我々は、これで失礼致します。お騒がせしました。」

 「いいえ、とんでもない。…お役に立てなくて、申し訳ありません。」

 謝罪する女性の言葉を制し、ミツ夫は小さく笑った。

 「いえ。本当にありがとうございました。…お大事になさって下さい。」

 深々と礼を返し、ミツ夫とスノーウィは湖畔の病院を辞した。
 すっかり日も暮れ、メザノロス星特有の緑色の月が昇ろうとしている。

 「1年以上も前に寝たきりになったっていうんじゃ、遅かったっていう表現は
  当てはまらないな。」

 「…すんなり会えたのに、残念だったわね。」

 宇宙船の係留場まで一気に飛んできたミツ夫が、小型艇のハンガーを外す。
 すでに空には、満天の星が輝いていた。

 「これで、7賢人を連れていくことは出来なくなったってわけか。」

 「そうね。」

 起動した小型艇に乗り込む2人の声は、どこか淡々としていた。


 しばしの沈黙ののち。

 ミツ夫は、意を決したように胸のバッジを外してスイッチを入れた。

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 沈黙と機械音のみが満ちる、ウィンザーのメインブリッジ。
 そこに、聞き慣れた着信音が響いた。

 ゆっくりとバッジを外した友子が、物憂げな仕種でスイッチを入れる。

 「こちら友子。…そっちはどうだった?」

 『当たりだ。シュズモーク・メルザ博士。彼を確保したよ。』

 ブリッジ内に響いたその言葉に、サブシートのランスローとカレンナがハッと
 身を起こす。

 「じゃあ、彼と一緒なのね?」

 『ああ、何とか説得できた。このままゼロポイントに向かうから、そっちで
  合流しよう。』

 「賢人の一人をお連れできたんですか!?」

 勢い込んだカレンナの声は、途中で裏返った。
 その声につられるかのように、ミツ夫の口調も少し明るくなる。

 『そう。もう心配ないよ。だから気をつけてポイントまで来てくれ。』

 「了解。…やったわね。」

 やはり抑揚のない声で言った友子は、そのまま通信を切った。
 そっけない態度に不審を抱きつつも、カレンナがようやく笑顔を浮かべる。

 「やりましたね友子さん!…それで、ゼロポイントっていうのは誓約の石版が
  ある場所なんですね?」

 「そう。んじゃ、そこへ行きますか。ここからなら、多分こっちの方が到着は
  早いでしょうね。」

 言いながら、友子の手は目の前のコンソールを細かく操作する。
 やがてウィンザーは、大きなカーブを描いて航路を変更し、加速した。

 「…いろいろあったけど、これで何とか解決ですね。」

 船窓に目を向けながら、ランスローがつぶやくように言った。

 「…父さんの死も、これで少しは報われる。」

 「よかったですね。」

 カレンナの言葉に、ランスローは小さく頷いた。
 その間にも、ウィンザーは迷うことなく加速を続ける。


 ブリッジに、ようやくかすかな安堵の空気が流れた。

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 第45管轄空域に浮かぶ、小さな有生物惑星「リフス」。

 ここには生物こそそれなりに存在しているものの、文明を持つものはいない。
 地球の年代記に当てはめるなら、まだ恐竜時代にも至っていない事になる。
 地表の60%は湿地帯であり、宇宙から見れば深緑色の容姿を呈している。

 ウィンザーは、この星の北極に当たる地点へとゆっくり降下していった。

 「…リフスですか。まさかこんな辺鄙な星に、シムソの遺跡があったとは。」

 「見つけたのは、須羽たちと一緒に来るメルザって人らしいわね。この人、
  シムソ研究の第一人者だったらしいから。」

 操縦桿を繰りながら応える友子に、カレンナがためらいがちに近寄った。

 「あ…あの、友子さん。…さっきは、すみませんでした。」

 「何が?」

 問い返す友子の視線を受け、カレンナはばつの悪そうな顔で目を伏せる。

 「…その、感情的になって……暴力を振るったりして。ゴメンなさい。」

 「あなたが謝る必要なんてない。当然のことをしただけなんだから。」

 その言葉に、皮肉の響きは感じられなかった。
 責められるのを覚悟していたカレンナは、ますます縮こまる。
 泣きそうになったその顔を一瞥し、友子はちょっと笑みを見せた。

 「ホラホラ、しゃんとして!まだ任務は終わったわけじゃないのよ!」

 「…は、はい!」

 どうにか元気になったカレンナから視線を正面モニターに戻し、友子は表情を
 ぐっと引き締めた。

 「ゼロポイントは極点から200kmの地点…岩場になってるわね。助かる。
  沼地に下ろしたりしたら、そのまま沈みかねないからね。」

 言っている間に、ウィンザーは大きな台地を選んでゆっくりと着陸した。
 ランディングギアが接地したことを示す衝撃が伝わり、駆動音が小さくなる。

 「レーダーに小型艇の反応。…あと40分ほどで衛星軌道上に到達するわね。
  こっちの方が早いっていっても、タッチの差だったわね。」

 「ここで待つんですか?」

 ランスローの問いに答える代わりに、友子はシートから立ち上がった。
 そのままハッチに向かいつつ、2人に向き直る。

 「先に行きましょう。着陸ポイントは向こうも分かってるし、まさかここまで
  追っ手が来る事もないでしょうからね。」

 「分かりました。」

 応えた2人が、先を歩く友子に続く。


 エアロックへと向かうその顔に、相変わらず表情のようなものはなかった。

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 呼吸には支障ないものの、リフスの大気はむせ返るような湿気に満ちていた。
 比較的乾燥しているはずの極点近くでさえこれなら、その他の地域の大部分が
 湿地帯なのだというのも納得できる。

 荒涼とした岩場を歩く3人の前に、不意に不自然な物体が現れた。
 素材は他の岩と変わらない。しかし、明らかに人為的な加工の跡が感じられる
 大きな岩。

 トライアルアルファのスイッチを操作すると同時に、右レンズにスキャニング
 画像が流れる。ほどなく、岩のすぐ脇に空洞が検知された。

 「あれね。」

 友子の指示で、ランスローが積みあがった岩をいくつかどけた。と、そこに、
 人ひとりがどうにか通れるくらいの通路が現れる。

 「当たり。…どうやら、お父さんの資料は本物だったみたいね。」

 「行きましょう。」


 ランスローの言葉をしおに、3人は通路へと足を踏み入れた。

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 入口とは対照的に、通路の壁は完全に整備されていた。人工繁殖らしきカビの
 放つ燐光が、青白い明かりを転々と投げかけている。
 時おりどこかから届く水滴の落下音が、3人の足音に混じった。

 「…あの、友子さん。」

 先を行く友子の背に、カレンナが小さな声をかける。

 「どうして、そんなの持ってきたんですか?」

 言いながら指し示したのは、友子が提げている銃だった。
 見覚えがある。惑星ネブラスで初めて会った時、自分をニーディアンズから
 救出するために使った対装甲車輌用ライフルだ。
 桁外れの破壊力を持ち、群れ集う装甲車をあっという間にスクラップにした。
 あのときの光景と轟音は、いまだに時々夢に見る。

 「備えあれば、ってやつよ。」

 気のない言い方で友子が答えると同時に、前触れなく天井が高くなった。
 簡素な彫刻が施された、正円を描く広い部屋。
 その中央に、テーブルのような銀色の物体が鎮座している。
 パッと見には気付かないが、それはかすかに発光しているらしかった。

 「…あれが、『誓約の石版』ですか…。」

 魅入られたような口調で言ったカレンナが、慎重な足取りで近付く。
 と、次の瞬間。

 「ダメよ近付いちゃ!」

 トライアルアルファの検索モードを作動させた友子が、甲高い声を上げる。

 「え?」

 恐る恐る手を伸ばしていたカレンナが、首だけ回して振り返る。と同時に、
 高い悲鳴と青白いスパークが交錯した。

 「痛ッ!!」

 伸ばした指が、スパークと共に何かに弾かれたように跳ね上がる。
 驚愕と苦痛にバランスを崩したカレンナを、ランスローがすばやく支えた。

 「大丈夫?」

 言いながら駆け寄った友子は、そっとカレンナの手を取って確かめた。
 強化繊維で織られた純白の手袋が、焼け焦げて指先が露出しかけている。
 素手だったら、火傷では済まなかったに違いない。

 「…局所磁界による、強力なバリヤーが張られてるみたいね。」

 言いながら立ち上がり、友子は石版に目を向けた。

 「おそらく、磁界を抜けてあそこに立てるのは誓約の7賢人だけよ。」

 「…いよいよ、本物の超古代遺産らしいですね。」

 かすかにうわずった声でランスローが言った、その刹那。

 「しッ!」

 短く声を上げた友子が、提げていたライフルをもと来た通路へと向ける。
 静寂の中に、近付いてくる足音がかすかに響いた。

 短い沈黙ののち。

 「…殺気立つなよ。僕だ。」


 通路の闇から現れたのは、セットを装着したミツ夫とスノーウィだった。

====================================


 「早かったわね。」

 ライフルを下ろした友子が、2人の顔を見比べながら言った。

 「それで…」

 ようやく立ち上がったカレンナが、同じく2人に視線を向けて問い掛ける。

 「メザノロス星の賢人…メルザ博士は、どこにおられるんですか?」

 ミツ夫は、すぐには答えなかった。
 じれたカレンナが、首を伸ばして2人の背後の通路に視線を向ける。

 しばしの沈黙ののち。

 「博士は、来られなかった。」

 ミツ夫の声は、広い部屋を這うように低く響いた。

 「………え?」

 ツルのように首を伸ばしていたカレンナが、見開いた目でミツ夫を見つめる。
 その目を見返し、ミツ夫はあえて淡々と続けた。

 「誓約を交わした時、メルザ博士はすでに高齢だった。…惑星暦で二年前に、
  すでに寝たきりになっていたんだ。現在はもう、意識も失われている。」

 「…冗談でしょう?」

 信じられないという表情を浮かべ、ランスローがミツ夫に数歩歩み寄った。

 「最後の一人がおられると思ったからこそ、気持ちをつないで来たんですよ。
  それを…ここまで来て、連れて来られなかったなんて…。」

 「僕も、こんな嘘はつきたくなかった。だけど、本当の事を言うわけにも…」

 言葉の途中で、カレンナが腰を抜かしたようにぺたりとへたり込んだ。
 ランスローもまた、うつむいて拳を握りしめる。

 「そんな…そんな事、聞きたくないです。せめて…せめて、本当の事を言って
  くれていれば。何とか他の方法もあったはずなのに。みんながここまで来て
  しまったんじゃあ…!」

 そこまで言ったランスローは、声を詰まらせた。

 言わんとすることは、明白だった。
 もし合流する前に言ってくれれば、もう一度コカトリアに戻る時間もあった。
 何とかカーグ・ドロッケを搬送すれば、どうにかなったかも知れない。
 しかし、ここからではもう、戻る時間などはない。
 資料にあった失効期限までには、もう半日も残っていなかった。

 絶句したランスローを囲む者たちにも、しばし言葉はなかった。

 磁界が発していると思しき、低い駆動音だけがかすかに響く。


 重い沈黙を破ったのは、抑揚のない友子の声だった。

 「…いいんじゃないの?もともと、確実な根拠なんかない話だったんだし。」

 他人事のような言い方に、皆の視線がいっせいに注がれる。
 刺すようなその視線を意にも介さず、友子は手にしたライフルのチャンパーを
 カチャカチャ鳴らしながら続けた。

 「そもそも、この賢人条約ってホントに存在してると思う?そりゃ、資料には
  確かにけっこう具体的なことが書いてあったけどさ。それにしたって、単に
  あなたのお父さんが送って来たってだけのものでしょ?」

 侮辱とも取れる言葉に、目を見開いたランスローは友子を睨み据えた。
 怯むことなく睨み返す友子は、耳障りな音を鳴らしながらさらに続ける。

 「7賢人の誓約って言っても、もしかしたら当時のインテリ連中の気まぐれな
  冗談だったのかもよ?…だとしたら、けっこう面白いじゃない。」

 「…もう、もうやめて……」

 聞くに耐えないといった態で、カレンナは自分の肩を抱いてうずくまった。
 対照的に、ランスローは端正な顔を歪めて激昂する。

 「父を侮辱する気ですか!?…何のために父がこの誓約を託し…何のために
  殺されたと思ってるんですか!?あなたに侮辱されるためじゃない!」

 「だろうな。」

 声をかけたのは、じっと黙り込んでいたミツ夫だった。

 「…だけど、いま重要なのは何のために、じゃない。誰に、だ。」

 抑揚のない声が響き、友子の鳴らす音が止まる。

 「君のお父さんの遺志を継ぐためには、それも重要だろうな。」


 その言葉に、言い知れない緊張が流れた。

====================================


 「父を殺した、犯人…?」

 「そうだよ。」

 ミツ夫の言葉に、ランスローは怪訝そうな表情を浮かべる。

 「君の父、タイレル・ハント博士を殺害した犯人。おそらくそいつが、今回の
  賢人襲撃の犯人でもあるだろうな。狙いはもちろん、あれだ。」

 言いながらミツ夫の指が指し示したのは、発光する銀色の石版だった。

 「不戦の約定によってもたらされる、宇宙の平穏。それを否定する者ってのは
  必ずいるだろう。…タカ派というか戦争主義というか…何でもいいけれど。
  理解はできないけど、そういう連中の存在は想像できる。」

 そこで言葉を切ったミツ夫は、目の前のカレンナ、友子、ランスローの顔を
 順に見比べる。

 「コカトリア星でガーグ・ドロッケ氏が殺されかけた時。そして、ザカル星で
  ガス・ペスタロサ氏が爆殺された時。…どちらの現場にもいたのは、君たち
  3人だ。それは認めるよな?」

 「…何が言いたいんですか?」

 ランスローの声は、かすかにうわずっていた。しゃがみ込んだままで立てない
 カレンナも、怯えきったような顔でミツ夫の顔を見上げている。
 友子だけが、何の動揺も浮かんでいない表情で平然とミツ夫を見返していた。

 「…僕たち2人が向かったメザノロス星では、何のトラブルも起きなかった。
  拍子抜けするくらいにね。それで確信した。僕たちを出し抜こうとしている
  相手は、少なくとも単独犯に違いないって事をね。」

 ミツ夫の口調は、次第に険しさを増していく。
 気圧されたランスローは、助けを求めるようにスノーウィに視線を向けた。
 しかし、スノーウィもまた関心のなさそうな顔で黙り込んでいる。

 「君の父親が、バード星にデータを送信した時刻は着信記録で分かっている。
  そこから、殺害時刻もほぼ確定されてるんだ。それで、ここに到着する前に
  特務隊のスケジュール記録を確認した。それによると、犯行の行われたのと
  同時刻、友子さんは僕らと一緒にステーション・クズイで食事をしている。」

 その言葉に、もっとも反応したのはカレンナだった。
 肩を震わせ、すがるような目でミツ夫と友子の顔を見比べる。

 「あ、あたし知りませんよ!?…い、いつの事ですか、それって!?」

 「…つまり、疑われてるのは僕とロイヤルスワンの2人ということですか。」

 どことなく不遜な態度で言ったランスローは、しばし顔を伏せた。
 やがて、不意に声を荒げてカレンナ以外の3人を見回す。

 「…何なんですかこれ!?僕らは、こんな事をするために集ったんですか!?
  殺されたのは僕の父なんですよ!?…それに、ここへ来る前にザカル星で
  死にそうな目に遭ったのは、僕とロイヤルスワンの2人だったんですよ!?
  こんな弾劾裁判みたいなことをして、何になるって言うんですか!?」

 大声を張り上げながら、ランスローは友子に向き直った。

 「大体あなたは何なんです!?何でも他人事みたいな口調で片付けて、自分は
  一緒に食事をしたというだけでもう無罪確定ですか!?そんな記録なんか、
  何の証拠にもならない!いや、バード星の特務隊員なら、コピーを使うとか
  何かでいくらでもアリバイなんかごまかせるでしょう!?」

 そこまで言ったランスローは、言葉を切って荒い息をついた。
 そして何も応えようとしないミツ夫に向き直り、やや落ち着いた声で訴える。

 「…僕らの果たすべき任務は、凶行の犯人を捜す事ではなかったはずです。
  父の託した賢人条約の更新を、何とか成し遂げる事だったでしょう?それが
  もう無理だと分かった今、いがみ合って何の意味があると言うんですか?」

 「…そうだな。悪かった。」

 黙りこくっていたミツ夫は、小さな声で詫びた。

 「君の言う通りだ。僕らがここで言い争ったところで、確証なんか何もない。
  それに、それは僕らのやるべき事でもないだろうしな。」

 言い終えたミツ夫は、ゆっくりとスノーウィに振り返った。

 「じゃ、やってくれ。」

 「………?」

 ランスローとカレンナが怪訝そうな表情で見つめる中、スノーウィはためらう
 ことなく歩き出した。
 そのまま、発光を続ける石版へと歩み寄っていく。

 「ち、ちょっと危ないですよ!それに近付くと…!」

 手痛い洗礼を受けたばかりのカレンナが、あわてて立ち上がった。

 聞こえなかったかのように歩き続けるスノーウィは、やがて右手を掲げた。
 磁界に接触する瞬間、ランスローとカレンナは思わず目を逸らせる。


 しかし、スパークも悲鳴もなかった。


 代わりに、赤味を帯びた光が放射状に広がる。
 磁界は一瞬で消滅し、スノーウィは何事もなかったように石版の前に立った。

 「…!?」

 スノーウィが、そっと手を触れた瞬間。
 テーブル状の石版に刻まれた古代文字は、いっせいに発光し始めた。
 同時に、足場になっている円形の金属体が複雑なパターンで明滅を始める。

 スノーウィの目は、いつもの蒼色ではなかった。
 瞳はかすかに赤く発光し、また顔には汗がうっすらとにじんでいる。

 やがて、スノーウィは聞いた事もないような言葉で何かを詠唱し始めた。
 その声に呼応するかのように、石版の発光はますます激しさを増していく。

 「…ど、どうされたんですか!?」

 それまでの軋轢を忘れたかのように、カレンナはミツ夫に駆け寄った。
 動揺する素振りも見せず、ミツ夫は落ち着いた口調で答える。

 「大したことじゃない。任務を遂行してるだけですよ。『賢人条約』の更新。
  それが、これです。」

 言いながら、ミツ夫はランスローに近寄った。

 「…確かに、犯人捜しなんかは今することじゃないよな。君の言う通りだ。
  そして、これが君のお父さんの悲願だ。よく見ておけよ。」

 「…何ですって?どういう事なんです…?」

 問い返すランスローの顔は、かすかに引きつっていた。

 「簡単なことだ。スノーウィには、賢人としての資格がある、ってことだよ。
  つまりあいつが、もうひとりの賢人として条約を更新する。それで僕らの
  任務は完了する。問題はないだろ?」

 笑顔を交えたミツ夫の言葉に、ランスローはますます表情を強張らせた。
 その間にも、スノーウィは絶え間ない詠唱を続ける。石版から放たれる光も、
 ますます鮮やかな色味を増していく。


 次の瞬間。


 不意に、ランスローは腰に提げたホルスターから銃を引き抜いた。そのまま、
 部屋の中央に立つスノーウィに銃口を向ける。

 狙いをつける前に、蹴り飛ばされて手から離れた銃は天井まで吹き飛んだ。
 そのままの勢いで岩盤にぶつかった銃は、バラバラに弾けて散らばる。

 蹴り飛ばしたのは、傍らに立っていたミツ夫だった。
 まるで、最初から分かっていたかのような反応の早さ。

 ミツ夫を睨み据えたランスローは、一気に飛び離れた。

 「…捜す手間が省けたわね、犯人ってやつを。」

 何が起こったのか分からなかったカレンナは、傍に歩み寄っていた友子の声で
 ハッと我に返った。
 そのカレンナを一瞥し、友子はライフルのチャンパーをガチリと固定させる。
 それが弾丸の装填音だと気付き、カレンナは身を固くした。

 「ど…どういう意味ですか?」

 「見ての通りよ。」

 言いながら、友子は離れて立つランスローに視線を向ける。
 さっきまでの無表情とはまったく違う、まぎれもない「宮野友子」の眼差し。

 その眼差しに射抜かれたランスローは、やがて甲高い声で笑った。

 「ハハッ、これは大したもんだな。まさかこんなからくりになっていたとは。
  …貴様ら、この俺を謀ったのか?」

 「確証はなかったけどな。だけど、もしも僕らの中に暗殺者が紛れていると
  したら、君しかいないと思ってた。…たった今、それを確信したよ。」

 言いながら、ミツ夫は腕を掲げて構えを取った。
 そのままの姿勢で、背後に立つ友子とカレンナに声を投げる。

 「2人とも、分かってるな!?…スノーウィを守れ!」

 「えっ…2人って…え!?あたしも!?」

 「言われなくても。」

 慌てるカレンナと冷静な友子。
 好対照を見せる2人は、立つ位置を変えてスノーウィを背にかばった。

 「よし。…こいつは、僕が倒す。」

 わずかに腰を落とし、ミツ夫はあらためて目の前の相手を見据えた。

 「来い。ランスロー・ハント。」

 「ご立派なもんだな。勝てるつもりか?貴様ごとき未開人ふぜいが。」

 言い捨てたランスローは、突然吼え声を発した。
 呼応するように手の中で膨張した白いマスクを、叩きつけるように頭に被る。
 同時にフェイスガードが顔の下半分を包み込み、漆黒のマントが全身を覆う。
 数秒の内に、巻きついたマントの繊維は異様なプロテクターを形成し終えた。
 表情の見えないマスクが、禍々しい妖気を放ってミツ夫たちを睨み据える。

 「それが君の正体か。」

 張り詰めた声で言ったミツ夫は、さらに腰を落として力を溜めた。


 一瞬のにらみ合いののち。


 足元の岩盤を砕き、2人は同時に飛び出した。
 轟音に身をすくませたカレンナが目を閉じたその一瞬に、2つの拳が激突して
 衝撃波が発生する。
 それは突風のような勢いで友子たち2人をよろめかせ、憑かれたように詠唱を
 続けるスノーウィの髪をなびかせた。

 バードマン同士の、パワーの衝突。
 その凄まじさに圧倒されながらも、カレンナは必死に踏ん張って姿勢を保つ。

 ミツ夫とランスローは、目にも止まらない速度で位置を変えながら激突した。
 その度にそこかしこで岩盤や石筍が砕け、破片が飛び散る。

 2人の姿を必死で追っていた友子たちの前に、不意にひとつの影が落下した。
 ランスローだと察知する前に、友子が銃口を向けようとする。しかしあまりに
 距離が近い。
 身をすくませたカレンナの頭を、その拳が砕こうとした瞬間。
 すぐ脇から飛びかかった影―ミツ夫が、ランスローを羽交い絞めにしたままの
 姿勢で内壁に突進する。
 轟音と共に2人はひとかたまりになって激突し、岩壁が砕けた。

 「喰らえッ!」

 声と共に、ミツ夫の拳が渾身の力でランスローの腹に叩き込まれた。
 同時に、鈍い音が響く。

 しかし。

 「―――!?」

 異形のプロテクターは、そのパンチの衝撃を完全に遮断していた。
 拳から伝わる痛みに顔を歪ませるミツ夫に、ランスローが冷笑を投げかける。

 「フン。…何だそれは?」

 言い捨てたランスローは、勢いをつけて一気に立ち上がった。その弾みで、
 上になっていたミツ夫が一瞬体勢を崩す。
 その刹那。
 うなりを上げたランスローのパンチが、ミツ夫の頬をまともに捉えた。
 轟音と共に吹き飛ばされたミツ夫の体は、カレンナ達をかすめて別の内壁に
 叩き付けられる。粉々に砕けた岩が、埋もれたミツ夫に容赦なく降り注いだ。

 「未開星人が、俺に勝てるとでも思ったか。身の程知らずが。」

 表情は見えないものの、ランスローがせせら笑ったのは明らかだった。
 ミツ夫を殴り飛ばした右の拳を2、3度軽く振り、慌てる風もなく広い空間の
 中央―スノーウィと石版の方に向き直る。

 と、その瞬間。

 向き直ったランスロー目掛け、白い影が一気に飛びかかった。そのまま相手の
 腰に手を回し、押し切ろうとするかのように勢いをつける。

 「…許せない、よくもッ!」

 裏返った声で叫びながら力を込めるその影は、カレンナだった。
 とっさの事にバランスを崩したランスローは、そのまま岩壁のすぐ間際にまで
 寄り切られる。

 しかし、いかんせんパワーに差がありすぎた。
 体勢を立て直したランスローが両足にぐっと力を込めると同時に、2人の体は
 その場でぴたりと停止する。
 いかに渾身の力を込めようと、カレンナの腕力ではそこから相手をわずかでも
 下がらせる事はできなかった。

 やがてフンと鼻を鳴らしたランスローが、片手を高く掲げる。振り下ろされた
 手刀はカレンナが被るマスクの側面部分を砕き、そのまま彼女を叩き伏せた。

 「……ぐッ!」

 低く唸ったカレンナは、そのまま倒れ伏した。
 見下ろすランスローのマスクから、もう一度嘲笑の声が漏れる。

 「馬鹿が。その品のなさ、ロイヤルスワンの名折れだな。お前らごとき、俺に
  わずかな傷でも与えられると思ったか?」

 「どうかしらね。」

 不意に投げられた棘のある声に、ランスローの視線がキッと向けられる。
 その先では、友子がスノーウィと自分の対角線上に立って銃口を向けていた。

 「女には似合わない、武骨な銃だな。そんな物で俺に勝てるつもりなのか?」

 「大きなお世話よ。」

 切り返した友子が、ピタリと銃口を向けたまま問い返す。

 「こんな事して、ただで済むと思ってんの?」

 「まあな。お前ら全員が死ねば、何とでも言い訳は立つ。条約更新を阻もうと
  企む、武装集団に襲われた…とでも言えばいいだろう。頭数が足りなければ
  どこかでニーディアンズの雑魚でも捕らえてくれば事足りる。」

 勝ち誇ったような言い方に、友子は動じることなく視線を返した。

 「…ずいぶんと、計算高いのね。ホークにしとくのはもったいないわ。」

 「光栄だが、貴様の時間稼ぎに付き合うつもりはない。詠唱が終わるまで、
  私に話を合わせようという算段だろうが?健気なもんだな。」

 言い捨てたランスローは、やがてゆっくりと足を踏み出した。
 その瞬間。

 「……!?」

 不意に足を引っ張られ、ランスローはつんのめった。
 額に血を滲ませたカレンナが、両手を伸ばしてランスローの右足をがっしりと
 抱きかかえている。
 ひび割れたマスク越しに見える目には、怒りの涙が浮かんでいた。

 「貴様ッ…!」

 罵りの言葉を、轟音がかき消した。
 ライフルから放たれた対装甲車輌用の弾丸が、鈍く光るランスローのマスクに
 唸りを上げて襲い掛かる。
 凄まじい火花が散り、跳弾が周囲の地面や岩盤を手当たり次第に砕いた。

 「……ぐあッ!」

 くぐもった唸り声を上げ、ランスローは足を掴むカレンナを蹴り飛ばす。
 同時に、ライフルの連射は止まった。
 銃身からかすかに響くモーター音が、沈黙の空間に満ちる。

 「おのれ貴様あッ!」

 激昂したランスローは、向き直ると友子に向かって歩き出そうとした。
 しかし、数歩も行かないうちに片手で頭を抱えながら膝を突く。
 かすかにひび割れたマスクに、青白いスパークが走っているのが見えた。

 「…どうしたの?まさか、こんな銃で撃つとは思ってなかった?」

 抑揚のない友子の声に、ランスローは震えながら再び立ち上がる。
 その怒りの形相は、マスク越しですらはっきりと見えるようだった。

 再び歩き出したランスローが、友子まで数歩と迫った時。

 「…おい、ちょっとこっち向けよ。」

 その場の殺気にあまりにも似合わない、落ち着いた声がランスローの背後から
 はっきりと聞こえた。

 反射的に振り向いた、その瞬間。

 叩き込まれた拳が、ランスローのマスクを側面から捉えた。
 ライフルによる攻撃でできていたひび割れが、その衝撃で一気にマスク全体に
 広がる。
 誰に殴られたかに気付く前に、ランスローの体は勢いよく回転しながら岩壁に
 叩き付けられた。

 衝撃でバンドが切れ、右半分割れたマスクが同じように回りながら吹き飛ぶ。
 と同時に、ランスローの全身を覆っていた漆黒のプロテクターは自壊した。

 次の瞬間。
 ひときわ明るい光が石版から広がり、室内にある全てのものを染め上げた。
 何もかもが白く包まれた、その直後。

 何の前触れもなく、光は消滅した。
 沈黙とともに、その場にあるもとの光景が戻る。

 倒れ伏したカレンナ。
 毅然と立つ友子。
 崩れた岩盤に、なかば埋もれたランスロー。

 友子の正面に立ち、黙ってランスローを見据えている「一撃」の主―ミツ夫。

 そして、ようやく詠唱を終えて手を下ろした、石版の前のスノーウィ。


 しばしの静寂が、薄暗い室内を満たした。


 やがて。
 よろよろと後ずさったスノーウィが、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
 その場に倒れそうになる長身の体を、駆け寄った友子がすばやく支える。

 それを目にしたミツ夫が、すぐ背後に倒れていたカレンナを助け起こした。

 「…大丈夫ですか?」

 「は、はいっ。」

 精一杯の声で言いながら、カレンナは何とか立ち上がった。
 向き直ろうとしたその右目に、額から流れた血が流れる。

 あわてて目をこすろうとしたカレンナは、そのまま力尽きたように倒れた。
 あやうく支えたミツ夫が、その華奢な体をそっと壁に持たせかける。

 向き直ったミツ夫は、ゆっくりとランスローに歩み寄った。
 その足音に、気を失っていたランスローが勢いよく上半身を起こす。

 「貴様ッ、どうして…!」」

 「お前ごときに負けるようじゃ、特務隊隊長なんか務まらないんだよ。」

 静かな口調で相手を圧倒したミツ夫が、そこで足を止める。
 身構えたランスローが、その足元に目を向けて顔を引きつらせた。

 立ち止まったミツ夫のすぐ傍に、ひび割れた自分のマスクが転がっている。
 自分とマスクを見比べるランスローを見据えながら、初めてミツ夫は言葉に
 怒りの色を滲ませた。

 「…お前に、こんなものを被る資格なんかないだろ。」

 言い放つと同時に、ミツ夫は片足を振り上げた。
 次の瞬間、ランスローに視線を向けたまま、足元のマスクを踏み砕く。
 バキッという甲高い音が響き、白いマスクはひしゃげて粉々になった。

 散らばった中の、ひときわ大きな破片。
 コマのように回っていたその一片が、しばらく経ってようやく止まる。
 鈍く光るその表面に。


 音もなく佇むミツ夫たちの姿が、丸く歪んで映っていた。

====================================


 「大丈夫か、スノーウィ?」

 「ええ、何とか。…まだ、ちょっとフラフラするけど。」

 友子に肩を支えられたスノーウィは、憔悴しながらもしっかりした足取りで
 ミツ夫の傍らまで歩み寄った。

 「…そういうあなたこそ、ずいぶん思いっきり殴られたわね。」

 腫れ上がったミツ夫の頬に目を向けた友子が、苦笑しながらつぶやく。
 3人に囲まれる形で座っているのは、両手を拘束されたランスローだった。
 なおも怯むことなく、敵意に満ちた目を3人に向けている。

 「…勝ち誇るなよ、この卑怯者が!」

 「あたしの事?…ひょっとして、コレで撃ったことかしら?」

 言いながら、友子が手に提げたライフルを一瞥する。

 「確かにちょっと常識外れだったかもね。マスクに徹甲弾を撃ち込むなんて。
  ゴメンなさいね。」

 そこで言葉を切り、友子はランスローに冷たい視線を向けた。

 「じゃあ、今度から先に言っといてよ。…もしも敵対して戦う事になったら、
  対装甲車輌用ライフルでマスクを撃たないで下さい、ってね。」

 反駁できない皮肉を返され、ランスローはいっそう表情を強張らせた。
 やがて、3人を睨みながら甲高い声を張り上げる。

 「…貴様ら、自分たちのした事が正しいと本当に信じているのか!?古代の、
  カビの生えたオーバーテクノロジーに宇宙の平穏を託す事が、本当の意味で
  正しい行いだと言い切れるのか!?…そんなものは、単なる自己満足だ!!
  何十年も前のインテリ連中に踊らされているだけと、なぜ分からない!!」

 「認める事のできないインテリだから、自分の父親を手にかけたのか?」

 「そうだ。道を誤った、恥ずべき男をな!」

 ランスローの声は、金切り声に近かった。

 「こんなものに導かれた平和など、安っぽい幻想でしかない!真の平和とは、
  全ての星に生きる人間が苦難と犠牲を乗り越えた先にこそ、存在している
  ものなんだ。その道を歩まずして、何が平和だ、正義だ!!」

 一気にそこまで言い切ったランスローは、肩で荒い息をつく。
 見下ろす3人に、声を発する者はいなかった。

 「どうした貴様ら。反論しないのか?…それとも、未開人風情には俺の話など
  理解できんか!?…何とか言ってみろ!!」

 「いや。分かるよ。君の言ってる事は…充分に理解できる。」

 淡々とした口調で言ったミツ夫は、ゆっくりと屈み込んだ。

 「そこまでの思想を持ってるってのは、たいしたもんだと思うよ。」

 「だったら…なぜ俺の邪魔をした!なぜ俺に同調しなかった!!」

 叫び声に近い問いかけから逃れるように、ミツ夫は立ち上がった。目を閉じ、
 しばし言葉を探すように黙り込む。

 やがて。
 目を開いたミツ夫の顔には、どこか悲しそうな色が見えた。

 「なぜかって?そりゃ簡単なことだ、ランスロー・ハント。」

 言いながら、もう一度ランスローに視線を向ける。

 「君の言ってる事、してきた事には、説得力がないんだよ。…どんなに立派な
  考えを言おうと、聞いている者の心に響かなければ何の意味もない。」

 「そう。」

 黙って聞いていた友子も、これまでよりも静かな声で語りかけた。

 「あんたには、誠意がない。…主義主張は個人の自由だけれど、そんなものの
  ために自分の父親を殺すような人を、信じられるわけがないでしょ?」

 そこで言葉を切った友子は、いまだ気を失ったままのカレンナを一瞥した。

 「あんたには馬鹿に見えたのかも知れないけどね。あたしには、あんたよりも
  あのヒヨコちゃんの方がよっぽど誠実な人に見える。…あの子の言葉には、
  少なくとも人の心に届く響きってものがあるのよ。」

 ぐっと唇を噛むランスローに、今度はスノーウィが言葉を投げる。

 「…苦難と犠牲を乗り越えるって、簡単に言うけどね。そんなもの、なければ
  ないに越した事はないのよ。たとえいつの日かあなたの言う平和が訪れたと
  しても、流れた血や失われた命は戻らない。それなら、たとえ呪いだろうと
  少しでも平和のためになるのなら肯定する。それもまた、考え方でしょ?」

 「…もういい。どうやら、君らと俺は違う人間のようだ。」

 目を伏せたランスローは、絞り出すような声で続ける。

 「…好きにするがいいさ。どうせ、宇宙にはまた忌まわしい呪いが放たれた。
  いつか己のやった事の愚かさに気付き、苦しむがいい。」

 「ああ。そうするよ。じゃ、これでお別れだな。」

 短く応えたミツ夫が、結晶拘束ユニットの端末を取り出した。
 上目づかいにそれを見たランスローが、もう一度ミツ夫をじっと見つめる。

 「…最後に、ひとつだけ教えてくれ。彼女は、どうして石版を起動できた?
  賢人の資格とは、どうやって手にしたものだったんだ?」

 ダイヤルを操作するミツ夫が、問いかけにふと手を止めた。
 目だけをランスローに向け、しばしその顔を見据える。

 「…いいだろう。どうせ、君と会うのも最後だ。教えてやるよ。」

 そう言って、ミツ夫は視線をスノーウィに向けた。

 「彼女には、特殊なテレパシー能力があるんだよ。普通なら遠くにいる相手の
  思念を感じるだけだけど、能力を全開にすれば別次元の相手…たとえばもう
  死んでいる人の残留思念を捉えることもできる。」

 淡々と言いながら、そっと右手をかざす。

 「思念を自分の体に取り込むことで、部分的に肉体を変化させる。そうすれば
  石版に「自分が賢人である」と認識させる事ができるってわけだ。」

 「…肉体を、変化だと?じゃあ、最初から貴様らはそのつもりで…」

 目を見開くランスローに、ミツ夫は掲げた手を小さく振った。

 「いや。彼女の能力に気付いたのは、別行動になってからだ。だから、僕らの
  会いに行った賢人が来られようと来られまいと、彼女さえここに来られれば
  それでよかったって事だよ。」

 「…クソっ。それじゃ俺は、お前らの手の中で踊ってただけか…!」

 うつむいて歯噛みしたランスローは、やがて姿勢を正した。

 「…俺の負けだ。もういい。」

 「そういう事だね。それじゃ。」

 短いやり取りのあと、ミツ夫はためらうことなくボタンを押した。
 同時に光が走り、目の前のランスローが少しずつ拘束結晶に包まれていく。

 やがて、その体は完全に結晶と化した。

 石像となった瞬間の、その顔。
 そこに怒りや憎しみの表情を残さなかったのは、最後のプライドだったのかも
 知れなかった。

====================================


 「………ほらヒヨコちゃん!大丈夫?もう帰るからしっかり!」

 遠くから響く声と共に、鋭い痛みが繰り返し走る。
 気絶していたカレンナは、友子の手で何度も両頬を叩かれて我に返った。

 「…う……痛たたたた。」

 うめきながら身を起こしたカレンナの前に、ミツ夫たち3人がいた。

 「あ、あの…えっと…えっとですね。」

 膏薬の張られた頭を何度か振り、カレンナは必死で記憶を整理した。

 「そ、そう。あの男は?…それと賢人条約は!?」

 「大丈夫、どっちも片付いたから。…よくやったわよ、ヒヨコちゃん。」

 いつもより柔らかな友子の声に、カレンナの肩から力が抜ける。

 「そ、そうですか…よかった。でも、一体どうやって?」

 「説明は、帰りがけにするから。とにかく、ここを離れましょう。立てる?」

 促されたカレンナは、何とか腕を踏ん張って立ち上がった。
 それを見たミツ夫たちも、笑顔で立ち上がる。

 「よし。じゃあ、帰ろうかバード星に。ここは湿気が多すぎるからね。」

 「そうね。早くシャワー浴びたいからね。」

 言いながら、ミツ夫たちはカレンナを囲むようにして歩き出した。
 結晶拘束されたランスローも、自走ユニットによってそれに続く。

 「…だけど、ミツオ。」

 いささか棘のある口調で言いながら、スノーウィが鋭い視線を向けた。

 「あいつに事実を言う必要がないのは分かるけど、ああいうのはやめてよね。
  死者とか乗り移るとか…そういうの嫌いだって、この前も言ったでしょ?」

 「悪い悪い。そういうつもりじゃなかったんだけどさ。」

 きまり悪げに笑いながら、ミツ夫は頭を掻いた。

 「だけど、うまくいったからいいじゃないか。終わりよければってやつだ。」

 「まあね。」

 顔を見合わせた2人は、どちらからともなく笑いあう。

 そんなミツ夫たちとは対照的に、カレンナの表情は沈んでいた。
 その暗い背中に気付き、友子が横に並んで問いかける。

 「…任務達成なのに、暗いわね。どうかしたの?」

 「笑う事なんてできません。だって、あたしたちのせいでご存命の賢人の方が
  2人も…」

 「大丈夫よ。カーグ・ドロッケは、危険な状態は脱したって言ってたから。」

 軽い口調で応える友子に、カレンナは声を荒げた。

 「だけど、ザカル星は!?」

 そのひと言に、談笑していたミツ夫とスノーウィもふと視線を向ける。
 眉を吊り上げながら、カレンナは友子に詰め寄った。

 「…あたしの見てる前で、凶行が起こったんですよ!?…何もできないまま、
  あたしはあれを見てるしかなかったんです。あの男のすぐ隣にいたってのに
  気付きもせずに!!」

 言いながら、カレンナは涙声になった。
 その視線を受けた友子が、不意に優しい笑顔を浮かべる。

 「大丈夫よ。…ゴメンね。」

 「え?…ご、ゴメンってなんですか?」

 予想外の笑顔と謝罪に戸惑うカレンナの頬に、友子の手がそっと触れた。

 「…実は、あの爆破をやったのはあたしなのよ。」

 「………!?」

 思いがけない言葉に、カレンナは絶句した。

 「コカトリア星での凶行があった後、あたしはランスローを疑った。だけど、
  確証がない状況ではうかつな事はできない。…だから、須羽たちと別行動を
  とった後で、あなたたちには内緒でザカル星のガス・ペスタロサ氏に連絡を
  したのよ。そして、ランスローを欺くために死を偽装した。」

 「え…で、でも、インターホンには確かに…」

 しどろもどろに応えるカレンナの頬から手を放し、友子は肩をすくめる。

 「ええ。あれは間違いなく7賢人の一人、ガス・ペスタロサ氏よ。…あなたと
  言葉を交わしたのも事実。だけど…」

 そこまで言った友子が、ちょっと指を振った。

 「その時、氏は六千キロ離れた自宅にいたの。あそこは取り壊し予定のあった
  あの人の別宅。インターホンを付けただけの、空き家だったってわけ。」

 「あ………空き家………?」

 目玉が飛び出さんばかりに目を見開いたカレンナの声は、露骨に裏返った。

 「準備はしてもらったけど、爆破したのはあたし。あなたたちが、爆風を直接
  喰らわないタイミングを見計らって吹き飛ばしたの。あれならランスローも
  氏が生きてるとは思わないだろうし、その場を離れる口実になるからね。」

 ちょっと言葉を切った友子が、腫れの引いた頬に指を当てる。

 「…言ったでしょ?謝る必要なんかない、当然の事なんだって。少なくとも、
  あなたに殴られるだけの理由は充分、あったって事よ。」

 「…あたしも、ランスローと一緒にだまされてたってことですか…。」

 ようやく息をついたカレンナが、いくぶん低い声で言った。
 喋りながらも歩き続けていた4人は、ようやく地表へとたどり着く。
 すでにウィンザーは、出口のすぐ近くに転着していた。

 「とりあえず、これで任務は終わりだ。」

 「…ホントに、あの石版がこれからも宇宙の平穏を支えるんだと思う?」

 歩いてきた通路の闇を振り返り、スノーウィが自問するように言う。
 ミツ夫も友子も、しばし黙ってその視線の先を見た。


 宇宙の、不思議な伝説。

 確実だといえる事など、ないに等しい任務。
 しかし、皆の心には奇妙な確信があった。

 おそらく、本当の事だ。
 そして。
 自分たちのやった事が、正しいかどうか。それは、今は分からない。

 だから。

 これからの世界は、自分たちができる限り見届ける。

 いつか訪れる、次の条約失効の時までに。


 宇宙に、本当の意味での平和が来る事を信じて。


 「じゃ、帰ろうか。」


 ミツ夫の声は、惑星リフスの蒼い空へと吸い込まれていった。


====================================


 「航路確認。バード星までは…1時間弱ってとこね。」

 パネルを操作した友子が、誰にともなくつぶやいた。
 あの激闘が遠い出来事だったかのように、周囲の宇宙には静寂に満ちている。
 小さく伸びをした友子は、やがてナビゲーターシートごと振り向いた。

 「それで、ヒヨコちゃんは?」

 「ゲストルームにこもったままだよ。返事もあんまり返ってこない。」

 頬に張った膏薬を軽く撫でながら、ミツ夫が答えた。
 脇のシートに座るスノーウィも、小さく肩をすくめる。

 「ふぅん…やっぱりね。」

 少し視線を泳がせ、友子はゆっくりとシートから立ち上がった。
 ハッチに向かいながら、ミツ夫に視線を向ける。

 「自動航行で大丈夫だと思うけど、一応レーダーはチェックしといてね。」

 「わかった。で、友子さんは?」

 問い返すミツ夫から視線を外し、開いたハッチに向かいながら友子が答える。

 「一応、フォローしてくる。あとよろしく。」

 黙って頷いたミツ夫たちを残し、友子は通路に消えた。

====================================

 「入るわよ」

 ゲストルームの入口で足を止めた友子が、直接ノックして言った。
 返事がないのは承知といった態で脇のスイッチを押し、ドアを開ける。

 薄暗い照明に浮かぶ部屋の片隅に、両膝を抱えてうずくまるカレンナがいた。
 近付く友子にチラッと視線を向けたものの、体の向きを変えて背を向ける。

 「もうちょっとで着くわよ。出てこない?」

 屈みこんで話しかける友子の顔は、廊下の照明が逆光になって見えない。
 しかし、その声は優しかった。

 「…悪いことをしたと思ってる。気が済まないのなら、もっと殴ってもいい。
  何だったら、骨の5、6本くらい折られても我慢するからさ。」

 問いかけに、カレンナは膝を抱いたまま激しく首を振る。

 「そんなつもりはありません。そんなの…」

 言いながら、カレンナはますます膝の間に顔を埋めた。

 「…やっぱり、あたしは。」

 絞り出すような声でつぶやき、カレンナが視線だけを友子に向ける。

 「だまされ役になるだけが取り得の、ただのバカですか?」

 「……。」

 友子は、すぐには答えなかった。
 言葉を探すように天井を仰ぎ、しばし視線を泳がせる。

 しばしの沈黙ののち。

 「いいえ。」

 向き直った友子の顔には、笑みが浮かんでいた。

 「…確かに、今回もだまされたかも知れない。もしかしたら、これからもまた
  こんなことがあるかも知れない。だけどね。」

 自分を見つめるカレンナの視線を見返し、友子はゆっくりと言葉を続ける。

 「あなたがいなかったら、あそこまで偽装を通す事はできなかった。きっと、
  どこかで気付かれてあたしはランスローに殺されていたに違いない。…正直
  あの星で須羽と合流するまでは、生きた心地してなかったのよ?あたしたち
  2人だけじゃ太刀打ちできなかったからね。」

 「…あたしが、いたから?」

 カレンナの言葉に、友子が大きく頷いた。

 「そう。それは間違いない。…それにね。」

 言いながら、友子の手がそっとカレンナの髪に触れる。

 「だまされやすいって事を、恥じる必要なんてない。それはあなたが、誰かを
  本気で信じる事ができるってことの証しなんだから。」

 「…誰かを、信じる?」

 おうむ返しにつぶやいたカレンナが、わずかに顔を上げた。

 「そう。…それができない人は、結局誰からも本当に信頼してはもらえない。
  あのランスローがそうであるように。その先には、乾ききった道しかない。
  あなたは違う。人として大切なものをちゃんと持ってる。…今は駄目でも、
  これからいろいろと憶えていけばいい。それが、成長するってことよ。」

 「人を疑う事を、憶えろっていうことですか?」

 投げかけられた問いに、友子はゆっくりと首を振る。

 「いいえ、そうじゃない。あなたが憶えるべきなのは、物事の本質をしっかり
  見きわめることよ。…それができるようになれば、あなたは本当にステキな
  バードマンになれる。たとえ、今はヒヨコちゃんだとしてもね。」

 その言葉に、カレンナは口を曲げてぽろぽろと涙をこぼした。
 黙って見守る友子の手が、そっとその肩を撫でる。

 やがて、カレンナは乱暴に涙をぬぐった。
 赤くなった目を友子に向け、精一杯の笑みを浮かべて立ち上がる。

 「すみません友子さん。みっともない姿見せちゃって。…もう大丈夫です。」

 「そうこなくっちゃね。」

 つられるように立ち上がった友子のすぐ脇で、壁付けの通話機が音を立てる。
 相手は、ブリッジのミツ夫だった。ひと言ふたこと言葉を交わしてスイッチを
 切った友子が、笑顔でカレンナに向き直る。

 「バード星の次長から。カーグ氏も、今回の件は不問に伏すって。あの人も、
  賢人の一人としてそれなりの覚悟と共に生きてたって事でしょうね。」

 「…よかった!」

 勢い込むカレンナの声は、別人のように元気になった。
 切り替えの早さにあきれながらも、友子は笑顔を返す。

 「さてと、本星に帰ったらあれこれ報告任務が待ってるわよ。その前にホラ、
  いつものやつを、ね。」

 「あ、お茶ですか?任せて下さい!ただいま……あ痛ッ!!」

 張り切って駆け出そうとしたカレンナが、ドアの近くで悲鳴を上げた。
 照明が暗いせいで、どこかの出っ張りに足をぶつけたらしい。

 片足飛びで部屋を駆け出していったその小柄な背を見送り、友子は大げさな
 ため息をついた。

 「……ったく。ホントにヒヨコちゃんね。一人前は遠いわ。」

 言いながら、船窓の向こうに広がる宇宙に目を向ける。


 バード星は、もうすぐだった。

====================================


 ようやく帰還した頃、空は夕焼けに暮れなずんでいた。
 専用ドックに滑り込んだウィンザーが、船体消毒を済ませて係留される。

 どやどやと通路から出てきたミツ夫たち4人を、サリーフォードが出迎えた。
 その目が、4人の脇から搬送されていく、結晶拘束されたランスローを無言で
 一瞥する。

 「…今回は、あたしの落ち度だったわね。ごめんなさい。」

 深々と頭を下げられ、ミツ夫たちはかえってあわてた。

 「い、いえ。いいんですよそんなの!…僕らだって、途中までまったく疑いも
  してなかったんですから。」

 「それで、大丈夫なんですか?カーグさんは…」

 気遣わしげなカレンナの問いに、顔を上げたサリーフォードは笑顔で答えた。

 「ええ。さいわい、急所は大きく外れてたって。どうやら、あなたがいきなり
  近付いたから狙いが逸れたみたいね。さっきも本人から連絡が来てたわよ。
  タイレル博士の事は残念だけど、条約更新が成ったのなら彼も満足だろう、
  気にする事はない…ってね。」

 「そうですか…。」

 控え目に言ったその背を、友子が荒っぽく叩く。

 「とにかく、お疲れ!…んじゃ、ご飯にしましょ!」

 「そうね。待ってるわよ。」

 イタズラっぽい口調で言ったサリーフォードが、意味ありげに肩をすくめた。

 「…勝利の、女神さま達がね。」


 強化ガラス越しの夕闇に包まれた、長い通路。

 笑い声と共に去って行く足音が、いつまでも響いていた。


====================================


 呼び鈴を鳴らすと、室内から駆け足の音がかすかに聞こえた。
 やがて、金属製のドアが勢いよく開く。

 「おかえりなさあい。みんな、お疲れさま!」

 褐色の顔にいっぱいの笑みを浮かべ、ひとりの女性がミツ夫たちを出迎えた。

 「よう。」

 「久し振り!」

 気軽に声をかけてミツ夫やスノーウィ、友子たちが次々に室内に入っていく。
 やがて、後ろに控えていたカレンナがその女性と向き合う格好になった。

 「あ、こ、こんにちは。えと……」

 「オセアノ。オセアノ・レムキです。初めまして、ロイヤルスワン。」

 言いつつ、オセアノはにっこりと笑って手を差し出した。
 握手を交わしたカレンナの顔にも、やがて笑みが浮かぶ。

 「初めましてオセアノさん。…カレンナ・ケイスです。」

 「おーい、何やってんだ玄関で?」

 奥から聞こえたミツ夫の声に、2人は手を放すと同時に肩をすくめた。

 「よろしくね。…さ、入って入って!もうすぐご飯だから!」

 言いながら、オセアノはカレンナの肩を抱いて中に引っ張り込んだ。
 ダイニングに続く狭い通路に、食欲をそそる匂いが満ちている。


 今さらながら、カレンナは耐えがたいほどの空腹を痛感していた。

====================================

 雑然としていながらも、オセアノの家は小ぎれいに整頓されていた。
 通路に置かれた雑貨を踏まないように注意しながら、ミツ夫たちが奥へ進む。
 突き当たりの居間は、うって変わって広々としていた。

 大きなテーブルが中央に置かれ、その一番奥にグェスの巨体が鎮座している。
 ミツ夫の顔を見たグェスは、軽く手を上げた。

 「ようグェス。今回は大手柄だったな!」

 「まあな。」

 「ワシのことも忘れてもらっては困るぞ!」

 控え目なグェスの返答を、さらに奥から響く声が圧倒した。
 影になって分からなかったが、隣の席にはマラードが座っていたらしい。

 「どうじゃ、役に立ったろうが?誰じゃ、手品しかできんと言ってた奴は?」

 「恐れ入りました先生。確かに、使い道はいろいろあるみたいですねコレ。」

 手前の席に座った友子が、軽く笑って懐から何かを取り出した。
 隣の席に腰掛けたスノーウィも、同じ物をかざして見せる。


 それは、照明を反射して鈍い光を放つスライダーホールだった。


 「さ、もうすぐですよ皆さん!席について!…ちょっと通してもらえます?」

 居間の入口に立っていたミツ夫とサリーフォードの背に、聞き慣れない女性の
 声が投げられた。
 反射的に道を開けた2人の間を、オセアノと、そして見知らぬ女性が通った。
 そのままテーブルの所まで進み、両手で抱えていた料理の大鉢を並べる。

 ミツ夫たちが動く前に、2人は再び台所へととって返した。それを目にした
 ミツ夫が、脇をすり抜けようとしたオセアノの腕を掴んで引き止める。

 「おい!」

 「何?もうちょっとだから…」

 「もうちょっとだから、じゃなくて!」

 そこまで言ったミツ夫は、顔を近づけて声をひそめた。

 「…『賢人条約』の起案者に、料理の手伝いなんかさせてるのかよ!」

 「本人がやりますって言うんだから、いいじゃない。上手だし…」

 「いや、そういう問題じゃなくってだな…」

 「どうしました?」

 ぼそぼそと言い合っていた2人の背に、件の女性が声をかけた。
 あわてて振り返ったミツ夫が、初めて女性とまともに向き合う。パッと見には
 気付かなかったが、女性の顔の左半分には赤い幾何学紋様が描かれていた。

 「伝説の『賢人』は、瞑想か何かをしてる方が似合ってますか?」

 そう言って、女性はにっこりと笑った。包容力を感じるその笑顔に、ミツ夫は
 あわてて手を振る。

 「い、いえいえそんな事!…光栄です。えっと…メティ・ツィ…さん。」

 「ワーヴって呼んでもらえばいいですよ。ワーヴ・ナ・メティ・ツィ。こんな
  ややこしい名前じゃ、言いにくいでしょ?」

 イタズラっぽく片目を閉じた女性―ワーヴは、湯気の立つ大鍋をテーブルへと
 運んだ。
 目の前に置かれたその鍋の香りに、カレンナが高い声を上げる。

 「あ!…これってラノシェですよね!?お母さんの得意料理だったんです!」

 「あら、ホント?お母様のお味に合ってるかしら…」

 笑顔で言葉を交わすカレンナとワーヴを一瞥し、ミツ夫はグェスの隣に座る。

 「…しかし、驚いたな。条約の起案者が、コルネリオ星人だったなんて。」

 「まあな。俺も、カーグにそれを聞いた時はわが耳を疑ったよ。…しかし、
  もしもそれが本当なら神の意志かも知れんと思った。スノーウィではなく
  俺があの星に残ったこと。そして…」

 言いながら、グェスはごそごそと胸元を探って金色のリングを取り出した。

 「教授が、俺たちにこれを渡していた、ということがな。」

 頷いたミツ夫は、カレンナと話すワーヴにもう一度目を向けた。

 「…へぇー、それじゃあの時、スノーウィさんの手はそのリングで…」

 「そう。あたしの手と入れ替わってたのよ。そして、あのグェスって方の持つ
  テレパシーで精神を同調させ、スノーウィさんの身体を借りて詠唱したの。
  この場所でね。」

 物珍しげにスライダーリングのひとつを見つめるカレンナから視線を戻し、
 ミツ夫は思い出したようにグェスに問いかけた。

 「…そういえば、今回のお手柄さんはどこだ?」

 「大勢来るって言ったら、恥ずかしがって奥に引っ込んじゃったのよね。」

 グェスの代わりに答えたのは、最後の器を運んできたオセアノだった。
 手早く赤いエプロンを外し、笑顔でグェスに向き直る。

 「悪いけど、ちょっと連れてきてよ。」

 黙って立ち上がったグェスは、足早に奥の部屋へと向かった。
 ほどなく、ドタバタという騒がしい音が席に座った全員の耳に届く。
 やがて戻ってきたグェスは、両手で抱えてきた小さな影を空いている席に
 ぽとりと座らせた。

 緑色の髪をもつ、女の子。
 全員の視線を受け、その少女は小さな肩をますます縮めた。

 「あの、もしかしてこのお子さんが…?」

 「そう。さっき話した子ですよ。」

 怪訝そうな声で問うカレンナに、ミツ夫が答える。
 椅子の上でもじもじする少女の肩を、隣の席のオセアノがつついた。

 「ほら、自己紹介は?」

 「はい…。」

 はにかんだ少女は、やがて正面を向いて小さな声で言った。

 「…どうも。あたしはルチーナ。ルチーナ・アルフレイゼ・ケイスです。」
 「初めまして!」

 「よろしくね。」

 異口同音に挨拶する友子とスノーウィを尻目に、カレンナは目を丸くする。
 そんな様子を、ミツ夫たちは面白そうに見ていた。

 「え…ケイス?ケイスってまさか…」

 「この子のオリジナルの名は、ルチーナ・ケイス。…コルネリオ星の科学者、
  マドルフッド・ケイス博士のお孫さんですよ。」

 ミツ夫の説明を受けたカレンナの顔が、パッと明るくなる。
 まじまじと自分を見つめるその視線に、ルチーナはいささか怯んだ。

 「それって、あたしの曽祖父ですよね!?じゃあ、あたしの…伯母さんって
  ことですか!?」

 言いながら、カレンナは膏薬の張られたルチーナの手を握りしめた。
 思いもかけない相手の行為に、ルチーナはびっくりして目を見開く。

 「わー、ぜんぜん知らなかった!あたしに、こんなちっちゃなおばちゃんが
  いらっしゃったなんて!…カレンナです。よろしくお願いします!」

 「え、あの…はい。こ、こちらこそよろしく…。」

 笑顔で手を握り直すカレンナに、ルチーナはあいまいに笑ってみせた。
 意外なほど素直に喜びを表現するカレンナの態度を目の当たりにし、ミツ夫や
 サリーフォード達もホッと息をつく。

 コピーの親類など、認めない。

 そんな事を言い出すのではないかという心配は、杞憂に終わったようだった。

 「さ、冷めないうちに食べましょう皆さん!」

 ワーヴのかけ声で、皆は料理で埋まったテーブルに向き直った。
 促されたマラードが、立ち上がって咳払いをひとつする。

 「では。…志半ばに倒れた4人の賢人たちを悼み…そして、彼らの誓う条約が
  もたらす、宇宙の平和が続かん事を願って!」

 「乾杯!」
 「カンパーイ!!」

 かけ声が響き、にぎやかな晩餐が始まった。

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 夜更けの空気は、つんと澄み切っていた。

 テラスに出たミツ夫とオセアノ、友子は、並んで星空を見上げているワーヴと
 スノーウィに歩み寄った。

 「…あたしがこの世を去って、もう40年以上経ったんですか。…だけど、
  こうやって見上げる星空は変わりませんね。当たり前だけど。」

 「今回は、ありがとうございました。…まさか、こんな事のためにルチーナの
  メモリから呼び出されるとは思っておられなかったでしょうけど。」

 丁寧に礼を述べるミツ夫に、向き直ったワーヴはそっと首を振った。

 「いいえ。あたしがアルフレイゼに自分を託したのは、この事の…賢人条約の
  ためだけだったんです。もちろん、自分自身で更新するとは思っていません
  でしたが、少なくとも不戦の誓いの行く末は見究めようと思ってました。」

 「と言うと…どういうことですか?」

 友子の問いに、ワーヴは丸いベンチに腰を下ろした。
 そのままの姿勢で、もう一度星空に目を向ける。

 「あたしたちは、宇宙の平穏を願って誓いを立てた。しかし、それが独善だと
  いうことも分かっていました。だから、50年という短い期限をあえて設定
  したんです。…おそらく、その頃には宇宙の気運も変わっているだろうと。
  それが甘い見通しだったとしても、あたしたちは信じてみようと思った。」

 言葉を切ったワーヴは、ミツ夫に視線を移した。

 「聞きました。あなたが、私の故郷を消し去ったあの大災厄を初めて破られた
  そうですね。…今さらですけど、お礼申し上げます。」

 「い、いえいえ。僕ひとりの力で倒したわけじゃないですよ。」

 あわてて手を振るミツ夫を見つめるワーヴの顔に、穏やかな笑顔が浮かぶ。

 「…私は、いつの日にかコルネリオの民がどこかで再生を遂げた時、その時の
  宇宙をこの目で見届けるためにメモリを託しました。おそらく、その時には
  賢人条約は失効しているだろうと思ったからです。それが、起案者たる私の
  最期の努めだろう、と。」

 笑顔を浮かべたまま、ワーヴは隣に立つスノーウィに目を向けた。

 「…結局、宇宙はまだ理想には遠かった。だけど、あなた方のような人たちが
  いるのなら、もう一度懸けてみてもいいと思いました。あたしたちが誓った
  不戦の願いを。…次の失効は200年後です。もうその時は、誓約の7人は
  間違いなく誰もいない。その時が、あたしたちの…そしてあなた方の願った
  真の平和が試される時だと思って下さい。」

 表情を引き締めたワーヴに、ミツ夫たちは黙って頷いた。

 「…じゃあ、あたしはもう失礼します。」

 「え?」

 意外な言葉に、ミツ夫たちは怪訝そうな声をあげる。
 そんな顔を見回し、ワーヴはもう一度にっこりと笑った。

 「私のコピーとしての人格維持は、時間制限つきなんです。…時間が過ぎれば
  元に戻る。そして、アルフレイゼの中の私のメモリも消滅します。」

 「えっ…。ど、どうしてそんな!?」

 突然の告白にうろたえるミツ夫たちを前に、あくまでもワーヴは笑顔だった。

 「延命を望まず、星と運命を共にしたコルネリオ星人も大勢いたんです。私の
  母や、姉妹たちもそうでした。あたしは、みんなの所に行きます。それが、
  私の天命だと思っていますから。」

 そう言ったワーヴの体が、かすかに発光を始める。

 「…あなた方がおられるなら、もう思い残す事はありません。これからも、
  自分たちの信じる正義のために頑張ってくださいね。」

 発光が強まるに従い、その姿は次第にぼやけてきた。
 姿勢を正してその様を見届けようとするミツ夫たちに、ワーヴはもう一度だけ
 嬉しそうな笑顔を見せた。

 「それじゃ、これで。カレンナさんに訊いておいて下さいね。ラノシェの味、
  お母さんに負けてませんでしたかって。」


 それが最後だった。

 光が消えた後の、テラスの床に。
 白いコピーロボットが、眠るような姿勢で転がっていた。


 「…ありがとう、ワーヴさん。忘れません。」

 つぶやいたミツ夫は、コピーを見つめる視線をゆっくりと夜空に向けた。
 つられるように、オセアノたち3人も空を仰ぐ。


 少し冷たい夜の空気に映える、満点の星。


 50年前の星空も、こんなふうにどこまでも澄んでいたのだろうか。


 200年後の星空も、こんなふうに澄んでいるのだろうか。


 思いを馳せて佇む4人の間を、かすかな夜風が駆け抜ける。



 明日も、いい天気になりそうだと思わせる。



 そんな夜だった。
================【完】=================

◆誓約の石板◆

◆ランスロー・ハント/誓約の7賢人◆

◆イヴィル・ワン◆

◆スライダーホール



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