オルペンドラ救出作戦 ―Episode20―



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 「…いいかげん、飽きたわね。」

 そっけない声と共に、手元のスイッチが押された。
 同時に、左舷の大きな開放キャノピーは音もなく閉じられていく。
 視界いっぱいに見えていた、氷の輪を持つ美しい惑星も、閉め出されるような
 格好で見えなくなった。
 隔壁が閉じると共に、船室内の照明が自動で灯る。

 そこは、宇宙船のキャビンというよりはむしろ貴賓を迎える応接室だった。
 豪華な調度の家具が並び、床には幾何学模様を描く絨毯まで敷かれている。

 「あーあ……っと。」

 大きなソファーに座って外を見ていた女性は、気だるげに伸びをした。
 いかにも退屈しているといった声が、妙に部屋の空気と合っている。
 やがて女性は、傍らのスクリーンのスイッチを入れた。

 「ねえ、まだ着かないの?いいかげん、やる事なくて疲れるんだけど。」

 『のんびり進んでるから着かないってのは、君も分かってることだろ?』

 映し出されたのは、ブリッジらしい。
 同じように退屈そうな表情を浮かべた青年が、背もたれに身を預けて応える。

 『じゃあ、レイバウンドでもやるか?』

 「パス。あんまり疲れるのはイヤ。」

 言いながら、女性はテーブルの上に盛られた果物を手に取った。
 皮も種もないその小さな一粒を口に放り込み、ゆっくりと噛み砕く。

 宇宙船の中で新鮮な果物を食べるなど、普通では考えられない行為である。
 いかに快適性を追求した船体なのかという事が、そこからうかがえた。

 「…いいわ。さっさと目的地に向かいましょ。」

 『本当にいいのかい?まだ日程には余裕はあるけど。』

 「こんな辺境の宙域、のんびり進んでても苦痛なだけよ。」

 そう応えた女性の指が、傍らのスイッチを操作する。と同時に画面表示が
 分割され、新たに男性2人が映し出された。

 「ね、そうでしょ?」

 『ああ。』

 『異存なし。さっさと行って用を済ませて、本星へ帰って遊ぼう。』

 どうやら同乗者らしい2人は、負けず劣らずの口調で面倒そうに応える。
 それを受け、ブリッジの青年も軽く手を振った。

 『分かった。じゃ、周遊はこれまでって事でいいね。』

 「ええ。…だけど、そんなに急ぐ必要もないからね。」

 『分かってるよ。それじゃ。』

 そう言い置いて、内線は切れた。
 もう一度伸びをした女性は、エッチング装飾が施された天井を見上げると
 小さなため息をつく。
 退屈にはほとほと飽きが来ている、といった態だった。

 交信を要請してくるものもいない、辺鄙な宙域。
 その闇の中を、高輝度塗装を施された宇宙船はまっすぐに進んでいた。


 退屈の中にどっぷりと身を沈めた、彼女たち4人。

 バード星特務隊「チーム・オルペンドラ」のメンバーを乗せて。

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 数時間後。

 「…何だ?」

 ナビゲーターシートに身を沈めていた青年が、すぐ傍らの小型ディスプレイに
 目を向けて声を上げる。

 「どうかしたの?マーク。」

 暇を持て余してブリッジに戻っていた女性が、その声に顔を向けた。
 「マーク」と呼ばれた青年は、長い髪に手を当てながらゆっくり振り向く。

 「ごくごく微弱な、救難信号だよ。波長のタイプが古いせいで、誰なのかは
  あんまりはっきりとは分からないけど。」

 「…救難要請?こっから近いの?」

 「まあ、ほぼ針路上だね。距離も大して離れてない。だから届いたんだ。」

 そう言うと同時に、正面のモニターに航路図が映し出された。
 件の救難信号は、確かにこちらの針路上から発信されているらしい。

 と、タイミングを合わせるかのように後部のドアが開いた。2人の青年が、
 相次いで入ってきて正面モニターの前に集まる。

 「救難信号だって?」

 「ああ。」

 「どうする気だよ?」

 「拾った以上、回収するのがセオリーだけど。」

 背後に立った2人の質問に答えつつ、マークはもう一度キャプテンシート上の
 女性に視線を向けた。2人も、つられて同じように目を向ける。

 「どうするユーリ…いや、隊長?」

 「遭難者の回収…ねぇ……。」

 皆の視線を受ける「ユーリ」は、いかにも気乗りしなさそうな声を上げた。

 人道上、やらないというわけにはいかない。
 だが、どこの星の人間かも分からない相手をゾロゾロ乗せたりすると、必ずと
 いっていいほどトラブルが起こるのも事実だ。
 ましてや、こちらの乗員は自分を入れてもたったの4人しかいない。回収した
 全員に目が届くかどうかも定かではない。

 面倒を背負い込みたくないという思いは、他の3人も同じだった。

 ほんの短い、沈黙ののち。

 「お、ちょい待った。初期レベルだけど、音声翻訳フィルタが構築できた。」

 そう言ったマークが、キーボードの右端の青ボタンを長押しする。ほどなく、
 スピーカー脇のランプが新たに点滅を始めた。

 「とりあえず、先方の様子を訊いてみよう。判断はそれからだ。」

 言いながら、目の前のマイクを手に取る。少し咳払いをしてから、マークは
 ゆっくりと語りかけた。

 「…えー、こちらはバード星籍高速巡航艇ドーリスU。聞こえますか?」

 『…けて……』

 「は?」

 『…助け……て………』

 かろうじて聞き取れるその声に、4人の表情は固くなった。
 ノイズまじりの低レベルな翻訳であるにも関わらず、聞こえる声の調子には
 悲痛な響きが満ちている。
 他人事扱いしていられるような、呑気な状況ではなさそうだった。

 もう一度咳払いをしたマークは、少し声の調子を落として問いかける。

 「ええっと…そちらの状況は?」

 『…生命…持装置が……う限界…で…存者は……ぁたしだけに……けて…』

 途切れ途切れの言葉で伝えられる状況は、想像より切迫していた。
 眉間にしわを寄せて考えていたユーリが、やがて3人に顔を向ける。

 「ほっとく訳にもいかないわね。相手は…その…、一人だっていうし。」

 「さいわい」という言葉を危うく呑み込んだのは、マークたちにも分かった。
 しかし、生存者が一人なら、さほどリスクを抱え込む心配がないのは事実だ。

 「分かった。じゃあ、回収しましょう。本部には後で伝える。」

 「よし。…じゃあ、ドーグ。」

 向き直ったマークが、ユーリの左側に座る彫りの深い顔立ちのバードマンに
 声をかける。

 「収集できたデータから、相手の船の現状をできる限り詳しく調べてくれ。」

 「もうやってるよ。」

 「ドーグ」は、かすかに笑みを浮かべてキーボードの上部ボタンを押した。
 同時に、宇宙船の3次元画像がメインモニターに映し出される。

 「ここまで接近すれば、ほぼ全容がスキャンできるからな。型番も分かった。
  エスペラン星で建造された輸送船だが、かなりの旧型だな。船舶輸出規制が
  あまり厳しくなかった時代のものだから、配属先までは分からないが。」

 「それで、機能はどのくらい生きてるんだ?」

 問いかけたのは、ドーグと背中合わせで座っている灰色の髪の青年だった。
 ザンバラな髪型と細めの顔立ちが相まって、どこか軽薄そうな印象を与える。
 モニターを見たまま、ドーグは抑揚のない声で続けた。

 「機関部はほぼ死んでるみたいだな。反応もない。ただし、エネルギー反応は
  まだ感知できるから、こちらから操作すれば転送機も使えるはずだ。」

 「ホント?」

 「ああ。コードさえ分かれば問題ない。」

 「おお、そいつはありがたいな!」

 ユーリの問いに答えたその言葉に、他の2人もホッとした表情を浮かべる。

 意味するところは、明白だった。
 かさばる宇宙装備に着替えて船外に出て、手間のかかる救助作業をするなどと
 いうのは絶対に避けたい。
 その点、転送で回収できるというのなら、手間もリスクも大幅に省ける。

 面倒ごとの嫌いな4人にとっては、ある意味で朗報だった。

 「よし。じゃあ、座標を固定しよう。ええと…」

 「2−8−36だ。生命反応はひとつだけだから、これで間違いない。」

 言いながらカーソルを操作したドーグが、自信ありげな声で言い放つ。
 同時に3次元映像に座標表示が重なり、転送対象を固定した。

 「さすがに早いわね。それじゃ…」

 わずかに言葉を切ったユーリは、口調を変えずにマークに指示する。

 「7番転送室に。それと、念のために隔壁も下ろしといて。」

 「隔壁?なんで。」

 「念のためよ。」

 マークの問いに、ユーリはやはり同じ口調で答えた。

 「遭難者を装ってる犯罪者かも知れないし、何かの汚染だって考えられる。
  安全が確認されるまでは、とりあえず隔離しとく方が確実でしょ?」

 「…へいへい。了解しました。」

 少し大げさに頭を下げ、マークは別のパネルのスイッチをいくつか操作する。
 確かに、ユーリの言う通り、万全の体制は取っておくに越したことはない。
 それでも、この状況で出すにはいささか冷静に過ぎる判断にも思えた。

 といっても、あまり今考えても仕方のない事でもある。

 「…よし。準備完了。」

 独り言のようにつぶやいたマークは、もう一度咳払いをした。
 そして、あらためてマイクを手に取る。

 「えーと、聞こえてますよね?」

 『…………はぃ…』

 「よかった。それじゃあ、今から双方の船のテレポートパターンを同調させて
  あなたをこちらの船内に転送回収します。操作はこちらでやりますので、
  ほんのしばらくその場所でじっとしていてください。いいですか?」

 『…願いしま…す……』

 ますますノイズはひどくなっているが、安堵の念はかすかに伝わってきた。
 耳にした4人の表情も、ホッと緩む。

 「よし。じゃあ、やりますよ。」

 慎重な手つきでパネルを操作するマークの背に、3人の視線が注がれた。

 厄介ごとをひとつ背負い込む事になったが、それも仕方ない。
 このまま退屈な航路を進むよりは、面白いかも知れない。

 意外と、刺激的な体験談なども聞けるかも知れない。


 切迫した事態に直面してもなお、彼らの考えはどこか他人事めいていた。

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 「よし、成功だ。生体反応の転着を確認。」

 マークの一言を合図に、ユーリがキャプテンシートから立ち上がる。

 「病原体や放射線の反応は?」

 「ない。既存の病原菌は転送の際にバイオフィルターで除かれるし、その他の
  危険な感染源の反応も感知されないな。放射線の類もご同様。」

 「じゃあ、とりあえずは大丈夫ね。行きましょ。」

 その言葉をしおに、マークたち3人もシートから腰を上げた。
 後部ドアへ向かう前に、ドーグが思い出したように声を上げる。

 「隔壁は?」

 「まだ閉めたままでいい。念には念を、よ。」

 「用心深いねえ。」

 「ミュール。」

 茶化すような口調で言った灰色の髪の青年に、ユーリは口を尖らせた。

 「あなたアタッカーでしょ?もうちょっと緊張感持ったらどうなのよ。」

 「へいへい。気をつけます。」

 大げさな素振りで詫びるその表情に、反省の色はほとんど見られない。
 おそらくは、お互いの性格などは分かっているのだろう。叱責の言葉にも、
 どこかなれあいのような響きが感じられた。

 ところどころに装飾が施された通路をぞろぞろと歩く4人の目の前に、やがて
 隔壁に閉ざされた7番転送室への通路が見えてくる。

 例の遭難者は、この奥の部屋に転送されているはずだった。
 もともとは、ちょっとした物資などを転送で搬入するための貨物室である。
 転送オペレーションそのものはブリッジで行うため、部屋の中には特に機器や
 生活用品などは備えつけられてはいない。
 遭難者を殺風景な部屋の中に閉じ込めておくのは、さすがに気が引けていた。

 「さて、と。じゃあ…」


 隔壁脇の船内通信機を手に取ったユーリは、通話スイッチを押した。

 その刹那。

 通路に並んで立っていた4人は、不意に「風」を感じた。
 気のせいではないのは、マークの長髪がなびいたという事実で分かる。

 宇宙船の通路の中で、風が流れるなどという事はあり得ない。
 怪訝そうな表情で周囲を見回したミュールの視線が、ふと隔壁の向かい側の
 壁を見据えて停まった。
 じっと見ないと分からないが、何か細いものが刺さっているのが見てとれる。
 それも、かなりの本数が。
 角度からすると、ちょうど隔壁の中央あたりから飛んだものだろうか。
 怪訝そうな表情のまま、ミュールの視線は軌道を想定してゆっくり移動した。

 その行き着いた先。そこは、鈍重な色の隔壁の真ん中。
 そこに開いた、無数の小さな…


 突如、鉛色の隔壁は轟音と共に弾け飛んだ。

 穴を穿たれて脆くなっていた中央部が、繰り抜いたかのように吹き飛ぶ。
 衝撃にあおられ、4人はあやうく後ろに転びそうになった。

 一瞬の間を置き。

 無残にひしゃげた隔壁の穴から、黒い影が音もなく通路に姿を現した。
 急ぐ素振りもなく向き直ったその影は、マスク越しの視線を4人に向ける。

 圧倒的な敵意と邪気に、4人は金縛りのような感覚を覚えた。

 「…ハ、ハウスト…か…?」

 ミュールのうわずった声に反応するかのように、影はかすかに見える口元に
 意味ありげな笑みを浮かべる。
 ぞっとするほどの陰鬱さと、危険な艶をはらんだ笑みだった。

 「…言い訳って、あんまり好きじゃないのよねぇ。」

 「!?」

 じりじりと後退するユーリたちは、その声にビクっと立ち止まる。
 翻訳機越しではない、しかも明確な言葉だった。

 「ここまで入れてくれたんだから、ひとつだけチャンスをあげる。」

 「…チ、チャンス?」

 ユーリの背に隠れるような格好のマークが、かすれた声で問いかける。
 もう一度にやりと笑い、相手は自分のマスクを指さした。

 「待っててあげるから、バードマンセットを装着しなさいな。」

 「……!!」

 あまりにも不敵なそのひと言を受け、ユーリたちは返答に窮した。

 自分たちがバードマンであるという事を承知の上で、この女ハウストは
 あえて挑発してみせている。
 .............. ..............
 ハウストパーマンである自分が、4人のバードマンと渡り合えると。

 もはや、侮辱などというレベルをはるかに超えた挑発だった。
 ずっと身を固くしていたユーリが、唇を噛んで懐から小さな塊を取り出す。
 それは、収縮されたバードマンセットだった。
 すぐ傍でそれを目の当たりにした他の3人も、弾かれたようにあわてて自分の
 懐を探る。
 扱い慣れないバードマンセットは、緊張した手から逃げてしまいそうだった。
 それでも何とか収縮を解き、それぞれがマスクとマントを装着する。
 4つ全て、高価で高性能な最新機種のマスクだった。


 しばしの、ゴーグル越しのにらみ合い。
 危険な緊張が、長い通路内に息苦しいほどに満ちる。

 やがて。
 4人を見つめるハウストパーマンは、もういちどだけ笑みを浮かべた。

 獲物を前にした、ヘビが浮かべそうな笑み。



 あまりにも危険なその表情が、張りつめた均衡を破る合図となった。


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 「ちょっと…また更新?」

 本星へ向かうルートを航行する、ウィンザーのブリッジ。
 異星人混成による考古学者の集団を、新たに発見された「シムソ」の遺跡まで
 護送するという任務は、無事に完遂した。
 しかしなにぶん辺境の惑星だったため、帰りの道のりが嫌になるほど長い。
 5人は、いささか退屈を持て余していた。

 そんな旅路も、ようやく終わりに近付いていた頃。

 星間情報局のニューストピックスを閲覧していた友子が、不審そうな口調で
 つぶやいた。
 それを耳にしたミツ夫が、同じトピックスをサブモニターに映し出す。
 それは、最新の事件を扱うコーナーのトップだった。

 「…ああ、これか。何回目だ?」

 「6回。」

 顔だけミツ夫に向けた友子が、トピックスの更新履歴を指で示す。

 「それも、たったの5時間の間に、よ。」

 「確かに、どう考えても異常だな。」

 「…情報が錯綜してるだけじゃないの?」

 同じようにトピックスに目を向けたスノーウィが、誰にともなく問いかけた。
 しかし、それを耳にしたミツ夫は険しい表情で首を振る。

 「だとしても、こんなに何度も記事の内容を書き換えるのは変だ。まして、
  あのオルペンドラ特務隊の事だからな。」

 「じゃあ…」

 今度は、反対側に座っていたルチーナが声を上げた。

 「意図的に、情報局に圧力がかけられてるとか?」

 「そこまでは考えたくないけどね。」

 厳しい声で答えた友子が、パネルを操作してトピックスの履歴を大きくする。
 そこには、記事の内容の変遷が簡単な一文になって並んでいた。


 【オルペンドラ特務隊からの連絡途絶】

 【事故による巡航艇爆発の可能性】

 【乗員の生存は絶望視?オルペンドラ特務隊の巡航艇事故】

 【オルペンドラ特務隊 暗礁宙域でニーディアンズと遭遇 これを殲滅】

 【オルペンドラ特務隊 暗礁宙域での戦闘で巡航艇が損壊 救助隊派遣へ】

 【オルペンドラ特務隊 惑星テセノの周回軌道で交戦 応援部隊派遣か】


 「どう考えても、変ですね。特に4番目あたりから。」

 じっと読み返していたルチーナの言葉に、ミツ夫たちもそれぞれ小さく頷く。

 確かに、支離滅裂としか思えなかった。

 最初の方は事故に遭遇したような事を報じており、それなりに一貫している。
 しかし、途中でにわかに言っている事ががらりと変わる。
 連絡が途絶えたとか事故の程度とかいった部分がまるごと抜け落ち、代わりに
 敵との交戦情報が項目に加えられてきた。
 開示を許されない情報が多い特務隊の事とはいっても、これほどまで言う事が
 コロコロ変わるのは異常としか言いようがない。

 意図的に情報が歪められているという説は、あながち極論とも言えなかった。

 「もう1時間ほどで、バード星の軌道に入るけど。」

 航路モニターを確かめた友子が、ちらりとミツ夫を見やる。

 「何だったら、情報局に問い合わせてみましょうか?」

 「いや。」

 あまりにも早い即答に、言ったミツ夫自身がびっくりした表情を浮かべた。
 友子たち4人も、訝しげな表情でミツ夫に視線を向ける。

 考えた上での答えではなかった。
 反射的に、しかし、何かを感じた上での勘とでも言えるだろうか。

 とにかく、今うかつな質問を打診するのは、何かまずい気がしていた。

 「…つ、つまり、そういう風に思うんだけど…」

 「あ、そう。」

 たどたどしく要領を得ないミツ夫の説明に、友子は意外にあっさりと頷く。

 「あの、友子さん?…納得してくれた?」

 「どうしても知らなきゃいけないことでもないし、別にいいでしょ。」

 こともなげに言った友子に、スノーウィも同調する。

 「そうそう。ぜいたく三昧のタカラブネなんか、いま気にする事ないって。
  どっちみち、本星に戻れば分かるだろうしね。」

 「だといいけどな。」

 曖昧な笑みを返したミツ夫は、小さなため息をついてシートに身を沈める。

 確かに、ちょっと考え過ぎかもしれなかった。
 同じ特務隊とはいえ、大して親しいというわけでもない。どちらかと言えば、
 敵視されているといってもいい相手だ。
 憶測だけで疲れた体を奮い立たせるほどの、義理も根拠もない。
 どちらかというと、さっさと帰ってゆっくり休みたいというのが本音だ。

 「…じゃあ、針路このまま。深く考えるのはよそう。」

 「了解。」

 友子の短い返答と共に、論議の灯は消えた。
 どのみち、バード星にはもうすぐ到着する。暇だといっても少しの辛抱だ。

 緩んだ時間が、しばしの間ブリッジを包んだ。

 と、その数十分後。

 「何?」

 だしぬけに、交信要請のブザーが甲高く鳴り響いた。
 そのパターンは、緊急を要する非常回線である事を報せている。

 「サリーフォードさんみたいね。」

 言いながら、友子はあらためて通信機に向き直った。緊急コードを入力すると
 同時に、サリーフォードの顔がスクリーンに大映しになる。

 「…あ、じ、次長。ただいま…帰還の真っ最中でして。」

 あまりに険しい表情に気圧されたミツ夫が、いささか遠慮がちに言った。
 
 『それは分かってるけどね。』

 スクリーンに映ったサリーフォードの声は、やはりいつもと調子が違う。

 『…だけど、今は帰還させるわけにはいかない。問題を起こした連中はね。』

 「も、問題!?何のですか?」

 『任務先のよ。』

 にべもなく言い放ったその目が、じろりとミツ夫を睨みつけた。

 『送り届けた考古学者の一人から、クレームが来たのよ。調査対象の遺跡に、
  ごくごく新しい粉砕痕がいくつか見つかったってね。たぶん、あなたたちが
  何かの弾みに壊したんだろうって言ってる。』

 「そ、そんな馬鹿な…」

 絶句したミツ夫は、思わず他の4人の顔を見回す。しかし、どの顔も一様に
 気まずそうな表情を浮かべていた。
 何かを壊したなどという記憶はないが、かといって「何も傷つけていない」と
 言い切れるだけの確信もない。というより、そんな事は気にかけてなかった。

 「えと…その、つまりですね。あの…」

 『弁解はそっちで聞くから。待ってなさいな。』

 「えっ!?」

 スクリーンの映像が切れると同時に、宇宙船の接近を示すコール音が甲高く
 鳴り響く。サリーフォードの船であるという事は、確認するまでもなかった。

 「…人の心配より、まず己の心配しなきゃな…」

 「そうみたいね。」

 すっかりしおれたミツ夫の言葉に、スノーウィが同意を示す。
 こういう件で怒られるのは、久々だ。


 覚悟は決めたものの、船窓に映ったサリーフォードの船を見るミツ夫の表情は
 かなり情けないものだった。

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 ブリッジに足を踏み入れたサリーフォードを、5人は直立姿勢で迎えた。

 「さてと。…あなたたち。」

 「はい。」

 「心当たりは?」

 「えと…」

 じろりと睨まれたミツ夫は、脇の下に汗をかきながら答える。

 「…その、申し訳ありませんでした。そんなに言うほど粗暴に行動した憶えは
  ないんですけど…もしかしたら……」

 「壊したかも知れないって?」

 「…どっちも断言できません…壊したとも、壊してないとも……」

 「困るわね。そんな甘い認識じゃあ。」

 言い放ったサリーフォードの指が、立ち尽くすミツ夫の胸を軽く突いた。
 危うく後ろによろけそうになったミツ夫は、どうにか踏みとどまる。

 「あなたたちの請け負うのは「特務」なんだから。簡単な事でも、しっかりと
  行動に責任を持ってもらわないとね。」

 「…申し訳ありませんでした……。」

 返す言葉もなくひたすら詫びるミツ夫を睨み据えるサリーフォードの顔に、
 不意に変化が起こった。
 どことなく笑いをこらえているようにも見えるその口元に気づき、頭を下げる
 ミツ夫以外の4人が怪訝そうな表情を浮かべる。

 やがて、ついにサリーフォードは笑い声を上げた。

 「!?」

 なおも頭を下げたままだったミツ夫が、口を尖らせて相手の顔を見上げる。

 「…な、何がおかしいんですか?」

 「いえね、あんまりあっさり引っ掛かってくれたもんだから。」

 「…引っ掛かった?」

 友子のひと言に軽く頷き、サリーフォードは少し大げさに両手を広げた。

 「そ、引っ掛け。…というより、意識調査かな?あなたたちのね。」

 「え?じゃあ、クレームが来たっていうのは嘘なんですか?」

 「いいえ。クレーム自体は来てる。間違いなく、本人からね。」

 そう言ったサリーフォードが、携えていたフィルムをかざす。そこには、
 何やら異星の言語でつらつらと文章が書かれていた。

 「ただし、これはあたしが手配したものなの。つまり『本物のニセモノ。』」

 「本物の…ニセモノ?どういう意味ですか?」

 「出所や書式は本物だけど、書いてあること自体はデタラメって事よ。」

 ルチーナの問いに答える声は、どこか楽しげな響きを帯びる。

 「実は、この考古学の先生って、あたしの父さんの古い友達なのよ。それで、
  連絡を取ってこの文面を現地で作って本星に送り付けてもらったってわけ。
  ここまで本式なものなら、だれも疑わないでしょうからね。」

 「……僕らにイタズラをするために、そんな大掛かりなことを?」

 だんだん腹が立ってきたミツ夫は、少し恨めしげな声で問い掛けた。
 その言葉を受けたサリーフォードが、件のフィルムを軽く振る。

 「まさか。あたしはそこまで暇でも、あなたたちを疑ってもいない。」

 「じゃあ、どうして?」
                ..........
 「どうしても必要だったからよ。ここへ来るための名目が。」

 その言葉に、5人はあらためてサリーフォードの顔に視線を向けた。


 さっきまでの、イタズラっ子のような表情はすでにない。
 その顔には、彼女らしい厳しさがいつも以上に満ちていた。

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 「ここへ来る名目って…司令官が部下の船に向かうのに、どうして名目なんか
  必要なんですか?」

 スノーウィの問いに、サリーフォードはもう一度フィルムを振った。

 「今、バード星の上層部が混乱してるからよ。厳しい情報の持ち出し制限が
  出回ったせいで、よっぽどの用がないとクレインですら出星許可が出ない。
  だから、こういうのを作り上げて何とか出てきたってわけ。」

 「情報制限って…ずいぶん大ごとですね。星間問題でも起こったんですか?」

 「それに近いかもね。」

 そう言ったサリーフォードが、あらためてミツ夫に視線を向ける。

 「最初に訊くけど、オルペンドラの事件って多少なりと知ってる?」

 「え?」

 いきなり意外な質問を投げられ、5人は一様に驚きの表情を浮かべた。

 「それだったら、つい今しがたまでああだこうだと議論してたとこですよ。
  ネットニュースの見出しが、コロコロ変わってたから…」

 「情報局に問い合わせたの?」

 「え?…いえ、それはやめときましたけど…」

 妙に勢い込んだ問いかけに気圧されながらも、ミツ夫は首を振って答える。
 ホッとした表情を浮かべたサリーフォードは、キャプテンシートの支柱に
 背を預けた。

 「そう…よかった。まあ、問い合わせてたらあたしも来れなかったけどね。
  あなたたちはまだ何も知らない。だからお目こぼしになったってわけ。」

 「オルペンドラが、どうかしたんですか?」

 捏造クレームのフィルムを読むともなしに見ていた友子が、メインモニターに
 さきほどのトピックスを映し出して言った。問題のニュースは、あれから特に
 更新された様子はない。

 「事故に遭っただの敵と交戦してるだの、色々と話が飛び交ってますけど。」

  .....
 「さらわれたのよ。」

 「…!?」

 思いもかけないひと言に、5人はいっせいにサリーフォードを注視した。

 「さらわれた…って?どういう意味ですか?」

 「言葉の通り。」

 口調には抑揚はないものの、サリーフォードの顔には苦渋の色が浮かぶ。


 「身代金目的で、誘拐されたってこと。」

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 「…冗談でしょう?そんな事って…」

 ミツ夫の声には、ありありと疑念の響きが混じっていた。

 思いは、他の4人にしてもまったく同じだった。

 実戦経験が乏しいとは言っても、オルペンドラはバードマンのみで構成される
 特務隊だ。戦力面で比べれば、エナクリスを上回っていると言ってもいい。
 敵との交戦で負傷したというのならまだしも、営利誘拐されるなどというのは
 考えられない話だった。

 しかし、サリーフォードの表情を見れば冗談かどうかはすぐ分かる。

 「…だけど、いったいだれがそんな事?どっかの軍隊か何かですか?」

 「いいえ。」

 首を振ったサリードーフォードは、ますます苦い表情で続けた。

 「状況証拠だけだけど、どうやら遭難者を騙った何者かが巡航艇に侵入して…
  そこで、4人のバードマンを拉致したらしいのよ。」

 「何者かが、って…。それじゃ、多勢に無勢ですらなかったって事ですか。」

 「…認めたくもないけど、どうやらそうらしいわね。」

 悔しげなサリーフォードの口調の意味は、5人にもよく分かった。

 自分たちはバード星の特務隊に所属しているが、バード星人ではない。だから
 自分なりの価値観で物事を推し量るのが当たり前になっている。

 だがサリーフォードは生粋のバード星人であり、生粋のバードマンでもある。
 バードマンである以上、そこには宇宙の平和を守るべき種族という確固とした
 価値観が存在している。
 そのバードマンが、そろってさらわれたなどというのは屈辱に近い。まして、
 純血のバードマンのみで構成された特務隊ともなれば、星単位で語られるべき
 失態だといえる。

 バードマンの誇りを持ち、それ故に昨今のバードマンの質低下を懸念している
 サリーフォードにとっては、耐えがたい事態に違いなかった。

 「…それで、相手側の要求だとかは、もう来てるんですか。」

 「ええ。」

 頷いたサリーフォドが、ポケットから小さな録音ユニットを取り出す。

 「送信者を特定できない特殊な星間転送で、4人のバッジと脅迫メッセージが
  送られてきた。これはそのメッセージをこっそりダビングしたものよ。」

 「こっそり、って?」

 「事態の重さが重さだけに、情報統制がえらい事になってるのよ。たぶん次の
  メッセージも来てるはずだけど、もうとてもあたしの手には入らない。」

 「…そうなんですか。」

 重々しく応えたミツ夫は、差し出されたユニットを大事そうに受け取った。
 ここへ来るのでさえかなりの手間を要しているのに、こんな重要なものを
 持ち出すのは至難の業だっただろう。
 己のクビをかけていると言ってもいいサリーフォードのその行動に、5人は
 身の引き締まる思いだった。

 「だけど、どうしてそこまでしてここに来たんですか?次長。」

 訝しげな表情を浮かべた友子が、ユニットに視線を向けながら問いかける。

 「バードマンの誘拐なんてお粗末な事態、本部がひた隠しにするのはむしろ
  当たり前でしょう。だとしたら、たとえ救出作戦を展開するとしてもまず
  あたしたちにはお声はかからないんじゃ?」

 「その通り。というか、ここで話してること自体が停職モノなんだけどね。」

 とんでもない事を、サリーフォードはあっさりと言ってのけた。
                      ...
 「だけど、どうしても聞いて欲しかったのよ。それをね。」

 そう言ったサリーフォードは、ユニットを持つミツ夫を目で促す。
 意図を察したミツ夫が、その小さなユニットをスピーカーに手早く接続した。
 スイッチを入れると同時に、耳障りなノイズ音が数秒にわたって流れる。
 かなり厳しい状況でダビングしたのだという事実が、それで窺い知れた。

 間もなく音声は安定した。宇宙船のブリッジらしき機械音に、誰かの動く音が
 混じっている。

 数秒後。

 『バード星の皆さん…送った物の意味は、ご理解いただけましたか?』

 流れてきたのは、翻訳機を介さない女の声だった。
 ルチーナ以外の4人の表情が、それを耳にしてキッとこわばる。

 『……オルペンドラ特務隊の方々は、こちらでお預かりしていますので。
  とりあえず公用通貨で7500万グィン、用意しておいて下さい。また
  追って連絡いたします。』

 そこで音声は途切れた。
 丁寧な口調ながら、声自体に形容しがたい殺気がこもったメッセージだった。

 しばしの沈黙ののち。

 「どう思う?というか、この相手に憶えはある?」

 「ええ。」

 「あります。」

 間髪をいれず、4人は異口同音に答えた。ただ1人ルチーナだけが怪訝そうな
 表情を浮かべている。

 「やっぱりね。じゃあ、こいつは…」

 「ええ。」

 重々しくつぶやくサリーフォードに、ミツ夫も厳しい表情で頷いた。

 「たぶん間違いありません。その女は、シャルディナ・サッシです。」

 同意を示すように、グェス、友子、スノーウィの3人も小さく頷く。


 機械音が響くブリッジに、新たな緊張が生まれていた。

====================================

 「シャルディナ…というと、お話に聞いていたハウストパーマンですか。」

 「そう。」

 ルチーナの問いに答えたサリーフォードは、セットされたままのユニットに
 目を向けて続ける。

 「バードマンの特務隊を狙った誘拐なんていうのが、そもそも無茶苦茶な
  発想なのよ。うわべだけのクレインが多い昨今とは言っても、少なくとも
  肩書きで言えば宇宙でも際立った精鋭なんだから。」

 相変わらず手厳しいその言葉は、本音が全ての彼女ならではだった。

 「だから、もしやと思ったのよ。でもシャルディナ・サッシと面識があるのは
  あなたたちだけだから、どうしてもこれを持ってこなきゃいけなかった。」

 「あのハリネズミ女、そんな大それた事をやったのね。」

 つぶやく友子の表情が、目に見えて厳しくなる。

 「それで、これからどうなるんですか?本部の総意は。」

 「細かい情報はまだ下りてこないけど、大体は想像できる。たぶん、向こうの
  条件を呑んで、身代金を払う形で交渉でしょうね。」

====================================

 「ええっ!?」

 声を上げたのはミツ夫だったが、驚きの表情は全員の顔に浮かんでいた。

 「脅迫に屈するって事ですか!?」

 「ハッキリ言えばね。」

 事もなげに答えるサリーフォードの声には、不自然なまでに抑揚がなくなる。

 「コトを荒立てずに何とかオルペンドラを取り返す。それが最優先って事よ。
  最終決定はもう下ってるはずで、たぶん間違いない。」

 「間違いないって…」

 呆れたような声を上げ、友子はユニットをパネルから乱暴にむしり取った。

 「仮にもバードマンの精鋭が集う特務隊でしょ?自力で逃れてみせるとか、
  もっと強気の交渉に持ち込むとか…そういう考えはないんですか?」

 語尾に混じる怒りは、ミツ夫たちにも理解できた。

 7500万グィンといえば、かなり莫大な金額だ。
 それがハウスト組織の手に渡って活動資金となれば、宇宙にとっては相当な
 脅威となるのは間違いない。

 しかし、本当の問題はそこでななかった。
 バード星の星間外交における金看板とも言うべき、バードマンの特務隊。
 それが誘拐され、さらに本星が身代金を払って開放を求めたなどという前例を
 作ってしまう。
 秘密裏に事を収集したいという意図は見え見えだが、こんな危険な話はない。
 もしもその事実が宇宙の犯罪者たちの間に広まれば、以後バードマン全体の
 威信が地に堕ちてしまうだろう。

 単なるメンツの話ではなく、現実問題として計り知れない困難を抱え込むのは
 間違いなかった。

 「あなたたちの考えている事は、よおーく分かってるけどね。」

 やはり抑揚のない口調のサリーフォードの顔に、侮蔑に煮た表情が浮かぶ。

 「だけど、上の連中は目先のメンツを保つので頭がいっぱいなのよ。まして、
  オルペンドラには企業スポンサーも多くついている。後援者総会も近いし、
  とにかく奪還にはなりふりかまわずって感じよ。」

 「身代金は誰が用立てるんですか?」

 「バード星本部の公用一般財源。つまりは税金よ。」

 「……。」

 5人は、むっつりと黙り込んでしまった。
 スポンサーへの対面だの何だのと、言っている事に気骨のかけらもない。
 同じ特務隊を名乗っている自分たちまでが、貶められているような気がした。

 「…だとすると、確かにサリーフォードさんがここに来るのは大変だった
  でしょうね。外部にというより、僕らに情報を渡すというのは。」

 ミツ夫の口調に、さっきまでとは違う実感がこもる。

 「で、どうしますか?相手がシャルディナだという事実を本部に伝えて、
  対策を検討すれば…」

 「無理ね。説得できるだけの根拠がない。シャルディナにはまだ公式の前科が
  ないし、上に進言したとしても黙殺されるのが関の山よ。」

 「手を出すなって、そういう事ですか?」

 明らかにそれまでよりも強い調子で口を挟んだのは、ルチーナだった。
 腕を組み、口を引き結んだその顔に、怒りに似た表情が浮かんでいる。
 ミツ夫たちもまた、黙ってサリーフォードを注視した。

 現状は、およそわかった。
 聞いた限りで考えるなら、おそらく自分たちには「出番」は回ってこない。
 むしろ、下手な手出しをすればサリーフォードの立場が危うくなるだろう。
 今、つまり本星に到着する前に情報を得ているという点でも、すでに危ない。

 知らん顔をしてやり過ごすのがもっとも賢い選択なのは、明らかだった。

 しかし5人は、あえてサリーフォードの言葉を待った。

 黙って引き下がるような人ではないのは、今さら疑うまでもない。
 この特務隊を率いている人物なのだから、なおさらだ。

 誰よりも、バード星の凋落を危惧している人でもあるのだから。

 しばしの、沈黙ののち。

 息をついたサリーフォードは、例の捏造クレームのフィルムを再び掲げた。
                   ............
 「そんなわけで、あたしはあなたたちに処分を下さないといけないのよね。」

 「え?」

 言葉の意味を計りかねたスノーウィが、訝しげな表情で身を乗り出す。

 「何のことですか?」

 「最初の話に戻るけど、あたしは部下の失態を追及するために来たのよね。
  こんなミスをやらかしたんだから、しばらくの資格返上と減給、あるいは
  謹慎くらいの処分は受けてもらうわよ。」

 「……?」

 ますます腑に落ちないといった表情で、5人は眉をひそめた。
 対照的に、処分を下すサリーフォードはにやりと笑みを浮かべる。
                        ....
 「というわけで、ただ今を以ってあなたたち5人の任を解く。…しばらくは、
 給料なしよ。いいわね?」

 「了解、しました。」

 おぼろげに言外の意味を察したミツ夫が、同じような笑みを浮かべた。
 やがて、他の4人もクックッと小さく笑い出す。
 その声には、呆れと感嘆の気持ちが入り混じっていた。

 わざわざクレームの捏造をしたのは、ここに来るためだけではないらしい。
 処分を下してしまえば、本星へ戻るまでに「猶予期間」が与えられる。
 つまりこの後、独自に行動する時間ができるという事だ。

 戻ってから神妙に減給処分などを受ければ、言い訳は成り立つ。
 今の個々の経済状況を考えれば、しばらく給料が入らないくらい何でもない。

 「経歴に小さな傷がつくけど…別にいいわよね?」

 「かまいませんよ。」

 即答したミツ夫の声に、迷いの響きはなかった。
 周りに控える4人の表情もまた、同じだった。

 「そうこなくっちゃね。」

 言ったサリーフォードが、もう一度笑う。


 今日、会ってから見る一番いい笑顔だと、5人は同じように感じていた。

====================================

 「…で?具体的には、どうするんですか?」

 数分後。

 ブリーフィングルームに移動した6人は、モニターテーブルを囲んでいた。
 問いを受けたサリーフォードが、ふと腕に付けた通信機に目を向ける。
 音声でなく暗号化された文章などを送る、セキュリティ重視のタイプらしい。

 「今、知り合いに頼んでた連絡が入った。今回だけの暗号メールよ。どうやら
  本星の正式決定が下ったみたいね。」

 「どんな決定ですか?」

 「全面的に要求を呑んで、金を支払うってさ。」

 その口調は、まるで天気でも伝えるかのようにそっけなかった。

 「予想通りって事ね。逆に言えば、やれる事も見えてきたってところかな。」

 「つまり、金の受け取り場所を押さえるって事ですね?」

 友子の言葉に、サリーフォードは小さく頷く。

 「そう。あわよくば全員捕らえたいところだけど、どうしてもとは言わない。
  とにかく、一矢報いるか否かでまるで話は変わるからね。問題はその場所と
  人質のいる場所を、どうやって突き止めるかっていう点かな。」

 「ですね…。」

 重い口調でいったミツ夫が、テーブルのモニターに映った図に目を向ける。
 そこには、惑星軌道の略図と何十もの光点が表示されていた。


 宇宙公用通貨というのは、手にしてしまえばどこでも安全に両替ができる。
 いわば、ある程度の安全が保障されている通貨だ。
           .....
 しかし、その公用通貨そのものの受け取りができる場所は限定されている。
 それが、指定惑星に一定数ずつ設置される星間取引センターという施設だ。

 惑星間の取引も多いからプライバシーも保たれており、工夫次第では犯罪者も
 自由に利用できる。

 そこでは、厳重な警備など行われてはいなかった。

 異なる文明圏の者同志が取引するための場所だから、ある意味当然といえる。
 「トラブルは双方任せ」というのが、取引センター運営の鉄則だった。

 「…数が少ないといっても、センターの数は40を超える。どこに現れるかは
  ヤマを張るしかないかしらね…」

 「僕ら4人で張り込むとして、十分の一の確率ですか?」

 「ダメよ。」

 考えながら話すミツ夫は、不意に投げられた厳しい声にふと顔を上げた。
 対面に陣取る友子が、じっと自分を見ている。

 「シャルディナと遭遇する可能性があるなら、2人1組じゃないと認めない。
  あの女相手に、1人じゃ無理よ。」

 「ずいぶんとハッキリ決めつけるのね。」

 断定口調の友子に、傍らのスノーウィが食ってかかった。

 「気を入れて向き合えば、負けやしないわよ。」

 「………。」

 応えない友子とスノーウィの間の、空気が張り詰める。
 何とか和ませようと口を開きかけたミツ夫の隣で、ルチーナが声を上げた。

 「ちょっといいですか?」

 「え?あ、ああ。何?」

 いきなり声をかけられたミツ夫の返答は、どこかしら間抜けになった。
 その声に毒気を抜かれた2人を含め、全員の視線がルチーナに向く。

 「オルペンドラの専用船って、確かU型のドーリス級でしたよね。」

 「ええ、そうだけど。」

 答えるサリーフォードに目を向け、ルチーナは口元に手を当てながら続けた。

 「基本的なのでいいんですけど、設計図とマニュアルって手に入りますか?」

 「え?…まあ、それならすぐに取り寄せられるけど…。」

 「お願いします。」

 そう言ったルチーナに、友子が怪訝そうな声をかける。

 「今そんなもの見て、どうしようっての?」

 「ちょっと考えがあるんです。」

 口もとから手を離し、ルチーナは意味ありげな笑みを浮かべた。

 ブランカと同じ顔での、それでいてブランカとは違う笑み。
 そこには、彼女ならではの不敵な自信が浮かんでいるようにも見えた。

====================================

 十数分後。

 ブリッジに戻っていた6人は、ルチーナを囲む格好でメインスクリーンの前に
 陣取っていた。
 すでにマニュアルなどは本星のライブラリから届いており、ルチーナはその
 すべてを読破している。
 元プログラム人格らしい、異常なまでの速読だった。

 「…じゃあ、ちょっとだけ静かにしててくださいね。」

 正面を向いたままそうつぶやき、ルチーナは目の前のスイッチを押す。
 同時に、最大音量に設定されたスピーカーから割れた音が飛び出した。

 思わず耳を塞ぐミツ夫たち5人を尻目に、ルチーナは目を閉じて意識を聴覚に
 集中する。
 ノイズの後に流れてきたのは、シャルディナと思しき女の声だった。

 『バード星の皆さん…送った物の意味は……』

 耳を聾する大音量の脅し文句に、5人は耳を塞いだまま顔をしかめる。
 わずか10数秒ほどのメッセージはほどなく終わり、再びノイズ音が響いて
 ユニットの再生は終了した。

 「…あー、ちょっとキツかったな。」

 ようやく戻った沈黙に、ミツ夫が小さく息をついて耳から手を離す。
 他の4人も、静寂を確かめるかのようにゆっくりと手を下ろした。

 「それで?何か分かったの?その脅迫メッセージから。」

 「ええ、それなりに。」

 そう言ったルチーナの目が、スクリーンに映し出された航路図に向けられる。
 手元のカーソルを操作するのに合わせて、画面上で光点が動いた。

 「乗っ取られたドーリスUの、その後の大まかな進行方向です。47宙域を
  ほぼ直進。向かった先はたぶんここ…ハウザー星ですね。」

 「え!?ちょ、ちょい待ち!」

 目を見開いた友子が、目まぐるしく変わる航路図表示を見たまま声を上げる。
 すでにルチーナの操作により、ひとつの惑星が画面の中央に来ていた。

 「何でそんな事まで分かるのよ?」
            .....
 「収録されている音を、聞き分けたんです。」

 事もなげに答えたルチーナの手が、マニュアルのフィルムを掲げる。

 「喋ってるシャルディナ・サッシがいるのは、ドーリスUのブリッジです。
  声の反響で分かりました。で、その背後で誰かが針路コードの再入力を
  やってます。同型船のキーボードの配列から推測した結果、確認された
  最後の連絡位置からの進行方向にはこの星がありました。」

 「…ホントの話なんでしょうね?」

 感嘆とも呆れともつかない声でいいつつ、友子はルチーナをじっと見つめた。

 「僕らには、声とノイズくらいしか聞き取れなかったけど。」

 やはり呆れた表情を浮かべるミツ夫に、ルチーナは誇らしげな笑みを返す。

 「そりゃあそうです。だって、ブランカさんと同じ体と能力なんですから。」

 「よし。じゃあ信じてみましょう。ここまで絞り込めるのならね。」

 勢いよく言ったサリーフォードが、手元の通信機を指先で操作する。
 どうやら、本星にいるという知り合いと暗号でやり取りをしているのだろう。
 ミツ夫たちは、その作業が終わるのを黙って待った。

 しかし、あれこれとやっているうちにサリーフォードの表情はだんだん曇る。
 端から見ていても、その表情の変化はハッキリと分かった。

 「…どうしたんですか、次長?」

 「ちょっと、よくない展開かも。」

 そう答えるサリーフォードの声は、明らかにトーンダウンしていた。

 「最終的な取引の連絡は来たらしいんだけど、さっきまでよりも情報の隠蔽が
  厳重になってる。交渉担当のネゴシエーターが、10人近くもいるって。」

 「え?それって、一体どういう意味…」
  ...............
 「テレパシー能力者に対する防護策よ。」

 質問してきたスノーウィと傍らのグェスを見比べ、サリーフォードは苦々しい
 表情を浮かべて言い放つ。

 「もちろん、あなたたちだけじゃない。宇宙にはテレパシーを使う者も意外と
  大勢いるからね。そういった連中に出し抜かれないよう、カモフラージュを
  用意したって事。」

 「カモフラージュって…?」

 「つまり、嘘の情報を記憶したネゴシエーターを複数用意して、本物が追跡
  されるのを妨害するって寸法よ。ハウストからの連絡を教えられているのは
  たぶん1人だけ。そいつが、金の取引きの後で引き渡しを担当する気ね。」

 「…じゃあ、どのネゴシエーターの思念を追えばいいかが分からないと…」

 「そう。」

 眉間にしわを寄せたまま、サリーフォードは重々しく頷いた。

 「ギリギリまで、オルペンドラの監禁場所は探りようがないって事よ。
  たとえ、あなたたちでも。」

 「……」

 怒りと失望がない交ぜになり、スノーウィは苛立たしげにシートを叩いた。
      .........
 明らかに、この自分たちを意識していると言える防護策だった。
 サリーフォードが現在、どこまで疑われているのかは分からないが、
 そこには余計な事をするなという威圧的な意志が感じられる。


 いくら取引きの場所が分かっても、これでは手の出しようがなかった。

====================================


 「…いくら何でも、安否も分からない状況で無茶は出来ないわよね。」

 ブリッジには、不完全燃焼となった6人の倦怠感が満ち満ちていた。
 いかにもがっかりといった口調で、スノーウィが乱暴に腕を回す。

 「せっかくの機会だったのに。」

 「おい、気持ちは分かるけど、仕返しが目的じゃないんだぞ。そこらへんは、
  きちんと線引きしろよスノーウィ。」

 「分かってるわよ。」

 不服そうに答えるその言外には、明らかに別の気持ちがあった。
 その意を感じつつも、ミツ夫はあえて黙り込む。


 できることならもう一度あの女と対決したいという気持ちは、彼にもある。

 しかし現状では、どうにも動きようがなかった。
 何よりも対面を気にするクレインの上層部と、ハウストの切れ者。
 両方を敵に回してまで渡り合えるほどの力は、自分たちにはない。

 「…やっぱり、戻るしかないのかもね。」

 がっかりした口調で言い捨てたサリーフォードが、乱暴に腰を下ろした。
 このまま戻れば成り行き上、特務隊に無意味な汚名を被せる事になる。
  深い失意が、ブリッジの中に澱のようにたまっている感じだった。

 「…ったく、ここまであれこれ考えて全部ムダって。無事に戻ってきたら、
  文句のひとつも言いに行きたい気分ね。そのオルペンドラに。」

 「気持ちは分かるけど、たぶん無理だろうな。みんな超のつくエリートだし、
  ましてやこんな不祥事は全力で揉み消しにかかるだろうからね。」

 ミツ夫の言葉に、スノーウィはなおも怒りが収まらなかった。

 「そもそも、どこの誰よ?そのエリートのバードマンってのは。」

 「え?あぁ…そういえば名前とかは聞いてませんでしたね、次長。」


 「メンバーの名前?それなら分かってるわよ。」

 気のない語調で答えたサリーフォードが、手元のフィルムの束を捲る。

 「…えーっとね。リーダーはユーリ・ヴィケンシス。ロイヤルスワン内定の
  若い子よ。副官がドーグ・ビラニエ。ナビゲーターがマーク・サムネイロ。
  で、アタッカーのミュール・ロックの4人ね。いずれ劣らぬエリートよ。」

 「………」

 やはり気のない表情のまま聞いていたスノーウィの表情が、不意に変わった。
 その蒼い目に、鋭い意志が戻る。

 「………ドーグ・ビラニエ?…なんか聞き覚えのある名前…。」

 確かめるようにつぶやきながら、彼女は投げ出されたフィルムを手に取った。
 そこには、4人のオルペンドラの顔写真が焼き付けられている。

 2枚目に視線を向けた刹那。

 「あ、こいつ!?このエロ男なら知ってる!」

 「え、エロ男?」

 思いもかけないひと言に、他の5人はいっせいにスノーウィを注視した。
 当のスノーウィは、写真に目を向けたまま勢い込んで続ける。

 「このあいだの謝恩会の時、僕のチームに入らないかってベタベタとしつこく
  言い寄ってきた痩せぎすよ。とにかくうっとおしい男で…」

 「ああ、あの時の。」

 何かに思い当たったらしいミツ夫も、声の調子を上げた。

 「確か、ぐでんぐでんに酔っ払って中庭の池に転げ落ちた奴だっけ?」

 「そう。…っていうか、あたしが酔わせて叩き落としたんだけどね。」

 事もなげに言ってのけるスノーウィから、サリーフォードはさりげなく視線を
 逸らした。そして、軽くせき払いをする。

 「…そこは聞かなかった事にするから。で?あなた…」

 「いけますよ。」

 皆まで言わせず、スノーウィは自信に満ちた言葉を返した。

 「この男の思念なら、感知できます。」


 あまりにも、思いがけない突破口だった。
 互いに顔を見合わせる5人の表情は、何とも中途半端なモノにになっていた。


====================================


 「いた。」

 精神集中からわずか数十秒後。
 目を閉じたまま、スノーウィは小さく言葉を発した。

 「カスパー星の第3の月軌道上に、ドーリスUがいる。そこにオルペンドラは
  4人とも拘束されてるみたい。」

 「他には誰が?」

 「船内には、6人ほどのハウストがいる。…正確な人数とかは、この状況では
  分からないけど……」

 「けど?」
  ..... ...............
 「少なくとも、同じ宙域にシャルディナはいない。」

 「そうか。」

 そこまで言って、スノーウィは目を開けた。
 真っ白な肌の表面に、かすかに汗が浮かんでいるのが分かる。

 「大丈夫か?」

 「ええ。さほど深く精神を同調させたわけじゃないけど…」

 渡されたハンカチで汗を拭ったスノーウィは、小さく鼻を鳴らした。

 「ドーグも他の3人も、かなり萎えてるわね。覇気も何も感じられない。」

 「でもまあ、とりあえずは無事なんだな。」

 「ええ。」

 その言葉に、ブリッジの空気に活気が戻る。

 ここに来て、ようやく先手を打てるだけの情報が得られた。バード星からの
 暗号連絡がサリーフォードに入っていない以上、本格的な取引きが始まるのは
 まだ少し先だろう。  ....
 ルチーナとスノーウィの能力頼みの情報ではあったが、信じるには充分だ。

 「それじゃあ、いっそこのままカスパー星を目指しましょうか。」

 スクリーンに映る惑星の相関図を見ながら、サリーフォードが言った。

 「人質の奪還さえ出来れば、後の事は何とでもなるからね。シャルディナが
  そこにいないんなら、さほど難しくもないだろうし。」

 「そうですね。」

 傍らに立つミツ夫が、同意を示す。
 グェスもまた、黙って小さく頷いてみせた。

 何はさておき、もっとも重要なのは捕われた者たちの奪還だ。
 それさえ果たせば、少なくとも「バードマンの営利誘拐」などという前例は
 作らせずに済む。
 もちろん独断専行にはなるが、救出が出来れば何とでも言い訳は立つだろう。
 やはり、それが最善の策であるのは間違いない。

 しかし、トップアタッカーの2人は不服顔だった。

 ルチーナは、自分の突き止めた取引き場所の情報が無駄になることが。
 そしてスノーウィは、シャルディナと渡り合う機会がなくなることが。

 そんな思惟を感じつつ、あえてサリーフォードはきっぱりと言い放った。

 「優先すべきはオルペンドラの確保ね。ここからならカスパー星は近いから、
  このまま向かいましょう。あたしも行く。」

 「…了解。」

 明らかにトーンダウンしてはいるものの、2人も承諾する。

 「じゃ、行こうか友子さ……」

 向き直ったミツ夫は、その言葉を途中で呑み込んだ。
 ずっと議論に参加していなかった友子は、航路計算と思しき作業をひたすら
 続けていたらしい。

 ほどなく、友子は5人の方へと向き直った。

 「次長。」

 「なに?」

 「ちょっといいですか?」

 「ええ…。」

 明らかに強い意志を帯びた友子の口調に、サリーフォードだけでなくその場の
 全員が視線を向ける。

 「何か考えでもあるの?」

 「ええ。少し、次長に手間をかけさせる事になりますけど。」


 そう言った友子のメガネが、室内灯の光を反射してきらりと光る。
 何となく気を呑まれた5人は、いつの間にかじっと耳を傾けていた。

====================================


 惑星カスパーを回る、月の軌道上。

 太陽からの光が差さない夜の側の上空に、ドーリスUは滞空していた。
 特に、外部の破損などは見受けられない。
 ブリッジと思しき船窓にも、ぼんやりと明かりが灯っている。
 しかし、動き出しそうな気配はなかった。

 「…ずいぶん経ったわね。」

 照明の照度がかなり落とされた部屋の中で、ユーリがポツリとつぶやく。
 すぐ目の前に退屈そうに座っていたマークが、物憂げに応えた。

 「そうだな。もうそろそろ、引き渡しの交渉が始まる頃じゃないか?」

 「早く進めて欲しいよ。いい加減、こんな待遇にはウンザリだ。」

 「だよなぁ。息苦しいったらありゃしない。」

 おのおの好きな場所に陣取るあとの2人も、気だるげな口調で不平を並べる。
 室内に時計がないため、どのくらい経ったのかは感覚でしか計れなかった。

 膝を抱えた姿勢でうずくまったユーリは、ちらりとテーブルに目を向ける。
 そこには、すでにしなびてしまった果物が無残な姿をさらしている。
 豪華な室内装飾は、捕われた自分たちの境遇に何とも不釣り合いだった。


 侵入者との戦いは、ものの数10秒で終わっていた。
 狭い通路で右往左往する自分たちの周りを身軽に飛び回ったあのハウストに、
 4人はまったく反応できないまま次々にマスクを砕かれた。

 相手は、本気すら出していない。
 まるで動物をいなすかのように、この自分たちをあっという間に無力化した。

 「言い訳って、あんまり好きじゃないのよねぇ。」

 その言葉の意味は、後になって何となく分かった。
 侵入こそ巧みだったが、攻撃そのものは不意打ちではない。まして4対1。
 こちらに、敗北の言い訳にできる要素は何ひとつない。

 その後は、自分の部屋に4人まとめて押し込められたきりだ。

 訊かれるままに転送や連絡の共用コードを教えたから、すでにバード星との
 引き渡し交渉は進んでいるだろう。

 装備も何もかも失っている以上、こうして待つ以外にできる事はなかった。


 「…悔しい、わね。」

 体育座りのまま、ユーリは服の生地をぎゅっと握りしめてつぶやく。
 その声に、他の3人がいっせいに目を向けた。

 「いやあ、しょうがないよ。あのハウストは強すぎる。僕らじゃあ、どうにも
  対向しようがなかったって事だ。」

 「そうそう。あんなのを相手にできるのはクリムゾンイーグルくらいだろ。」

 「こうして、まだ生きてるだけでも良しとしようぜユーリ。大丈夫だって。
  親父に頼めば、今回の件は揉み消せる。経歴に傷はつかないよ。」

 「………。」

 ユーリは、応える気になれなかった。

 確かに、彼らの言う通りだろう。

 あの女ハウストには、抗する術もなかった。
 実力の差は、歴然としていた。
 しかし、あまりにも自分たちはその事実を当たり前の事としてはいないか。
 仮にもバードマンを名乗っている者が、4人もいるというのに。

 目の前の3人を責める資格が自分にないのは、分かっている。
 だからこそ、彼女の中のもどかしさはよけいに激しくとぐろを巻いていた。

 そんなユーリの表情の険しさに、ドーグたち3人は気まずそうに黙り込む。
 重苦しい沈黙が、薄暗い室内に満ちた。

 と、その刹那。

 『!?何だお前…ぐあっ!!』

 ドアの向こうにいた見張りのハウストが、出しぬけに声を上げた。
 間髪をいれずにドカッという鈍い音が響き、何かが崩れ落ちるような気配が
 ドア越しに伝わってくる。

 息を詰めて凝視する4人の目前で、ロックを解除されたドアは静かに開いた。
 やや逆光になってはいたが、そこに立っているのがバードマンである事だけは
 はっきりと視認できる。

 「…?」

 「大丈夫ですか?」

 訝しげに目を細める、4人の顔を見回し。


 室内に足を踏み入れたバードマン―ミツ夫は、笑顔で問い掛けた。

====================================

 「…お前、『エナクリス』のリーダーか?」

 あからさまに不快そうな表情を浮かべたドーグが、尖った声を投げる。

 「何でお前がここに来るんだよ。誰の指示だ!?」

 その問いかけの意味は、ユーリたちにも分かった。   .......
 解放への交渉するにしても救出隊が派遣されるにしても、彼がここへ来ると
 いうのは考えられない。
 こんな事例で異星人だけの特務隊が関与するなど、越権行為そのものだ。

 「来ちゃまずかったですか?」

 動じる風もなく応えたミツ夫は、そのまま部屋の中央へ行ってマスクを脱ぐ。
 くるりと向き直ったその顔を、ドーグは睨み据えた。

 「これは高度に政治的な問題だぞ。独断専行でヒーローぶった事をされると、
  かえって本星や我々の安全を脅かす事になるんだ。分からないのか!?」

 「すみません。」

 あっさりと謝罪したミツ夫は、ポケットから小さな塊をいくつか取り出した。
 それを、脱いだマスクと並べてテーブルの上に置く。

 「それじゃあ、僕は失礼します。後はお任せします。」

 「何だと?」

 言葉の意味を計りかねたドーグに、ミツ夫はにっこりと笑ってみせた。

 「この場はお任せします、と言ったんですよ。念のために言っておきますが、
  僕が倒したのはこの部屋の前にいた見張りだけです。他のハウストたちは
  まだ健在だし、もうすぐ異変に気付いてここへ来ますよ。」

 「な、何だって?それじゃあ…」

 いささかうろたえたマークが、腰を上げた刹那。

 笑みを浮かべて立っていたミツ夫の体が、不意に収縮を始めた。
 あっという間にその輪郭は崩れ、灰色のコピーロボットの姿に戻っていく。

 「…まさか、カスタムコピー!?」

 目を見開いたマークは、次の瞬間さらに驚愕した。

 元の姿に戻ったCCRが、今度はぐずぐずと泡を立てながら溶解していく。
 みるみるうちに溶けたそのボディは、やがて絨毯の沁みとなって消滅した。

 「…これって、秘密工作用のバイオモードか?」

 「おい、跡形もねえじゃねえか!」

 明らかにうろたえたミュールが、せかせかと立ち上がって通路に目を向ける。
 タイミングを合わせたかのように、非常サイレンが鳴り始めた。
 恐らく、仲間の異変に気づいたブリッジのハウストが鳴らしたのだろう。

 「ど、どうすんだ!?俺たちがやったんじゃないのに…!」

 「まずいだろ、これ!」
            ..
 すでに、見張りを倒した本人は消滅してしまっている。
 言い訳のしようがない状況だった。

 「おいおい…どうする!?」


 「決まってるじゃない。」

 やけに落ち着いた声に、ドーグたち3人は、反射的に振り返った。
 その視線の先で、ずっと黙っていたユーリが、コピーミツ夫の残したマスクを
 手に取って被ろうとしている。

 「お、おいユーリ?何をする気だ?」

 「見て分かんないの?」

 吐き捨てるように言ったユーリの手が、脇に置かれていた塊を乱暴に掴む。
 そのまま胸元に投げつけられたその塊を、ドーグたちはあわてて受け止めた。

 「あんたたちもさっさと準備しなさいよ。」

 「じ、準備…?」

 言われて初めて、3人は投げつけられたものが何なのかに気づいた。
 指先でこねると同時に、それは一瞬で膨張してバードマンマスクになる。
                   ..........
 自分たちがそれぞれ愛用していたのと、まったく同じタイプのマスクだった。

 コピーが被っていた時は気づかなかったが、ユーリのものもそうらしい。

 「お、応戦しろって言うのか?」

 「当たり前でしょ。」

 にべもない口調で切り返し、ユーリはさっさとドアに向かって歩を進める。

 「あの女は、多分もうここにはいない。そうだとしたら、このままもう一度
  ハウスト相手に捕まったら本当に恥よ。」

 「し、しかし…」

 言葉を返している暇はなかった。
 通路の向こうから、どやどやと走ってくる足音が響いてきている。

 応戦する以外に、選択肢などはなさそうだった。

 「さっさとしなさいよ。」

 声に急きたてられるように、3人はあわててセットを身にまとう。
 それを一瞥し、ユーリは迷うことなく通路へと飛び出していった。

 「お、おいユーリ!無茶だよ、ちょっと待て!!」

 言いながら、ドーグたちもあわてて後に続く。
 もはや、やるしかなかった。


 非常サイレンと激しい格闘の音が、いびつに響く通路。
 上品な調度と装飾が、やけに空々しく照明の中に浮かび上がっていた。

====================================


 「…そうそう。少しは気骨を見せなさいよ。」

 通信機を耳から離した友子が、小さく鼻を鳴らす。


 ドーリスUが滞空している場所から、遠く離れた宙域。
 何重もの不可視・感知妨害迷彩をかけて静止しているウィンザーのブリッジ。

 友子は、たった一人でここにいた。

 第3の月は、拡大映像ですらかろうじて見えるほどに遠い。
 とても、生命体が転送で移動できるような距離ではなかった。
 だからこそ、存在を感知されずに済んでいるともいえる。

 ここから、ミツ夫のコピーは直接ドーリスUへと転送された。

 静止しているとはいえ、こんな遠距離での宇宙船内への転送は神技といえる。
 しかし友子は、事もなげにそれをやってのけていた。

 「さて、と。」

 シートの上で姿勢を正した友子の指が、素早く目の前のパネルを操作する。
 エンジンが再起動すると同時に、ウィンザーは一気に加速した。

 ドーリスUの滞空している宙域に向かって、ではない。
 迷うことなく、その白い機体はカスパー星の軌道から離脱した。

 これ以上、友子にはかまう気も助ける気もなかった。
 心配なのは、むしろ他の4人だ。


 背後に消えていく月に目もくれず、友子はひたすらウィンザーを加速させた。

====================================


 惑星ハウザー。

 古くから星間交易の要衝として発展した星であり、パーマンの任命も過去に
 2度ほどある。
 しかし、現在は全ての星に対する中立の立場を取っている星でもあった。

 そして、ここには2箇所に星間取引センターが設置されていた。

 星のちょうど反対側に位置しており、さらにその周囲では転送による移動を
 無力化するフィールドが常に展開されている。

 転送を悪用した強盗を防ぐための、最低限の備えだった。


 それぞれの建物は、街から少し離れた場所に建造されている。
 地味ながら堅牢なビルであり、中には引き出し端末が備え付けられたブースが
 20室ほど設けられている。

 そこは通常の交易から犯罪絡みまで、多くの取引きが行われる場所だった。


 「…どう思う?」

 「何が。」

 「来るかどうか、って事だよ。」

 「何とも言いようがないな。」

 建物の敷地から少し離れた場所にある、大きな公園の休憩スペース。

 ここに陣取ったミツ夫とグェスは、携帯食を頬張りつつ言葉を交わしていた。

 「ルチーナの耳を信じるなら、金を引き出せるのはここともう1箇所だけだ。
  来るならここだろう。もっとも…」

 少し言葉を切ったグェスが、目の前の植え込みの向こうに見えるセンターに
 ちらりと視線を向ける。
  ..........
 「あの女が来るかどうかは定かでないが。」

 「そうだな。」

 口の中の携帯食をごくりと飲み下したミツ夫が、ドリンクを手に取りながら
 小声で応える。

 「本当にこの星に来るかどうかは別として…もし来るなら、出くわす確率は
  五割と見ていいのかな。」

 「むしろ、あっちに現れて欲しくないというのが本音だがな。」

 妙に実感のこもった語調でそう言ったグェスが、小さなため息をついた。

 「あっち」というのは、この星の反対側にあるもうひとつのセンターの事を
  指している。

 そこには、スノーウィとルチーナの2人が張り込んでいた。
 考えようによっては非常に危険な組み合わせともいえるが、これ以外には
 組みようがない。

 テレパシー要員として、自分とスノーウィが組むことはできない。
 かといってミツ夫とスノーウィ、自分とルチーナでは戦力が偏りすぎる。

 転送移動が出来ない状況では、いざという時は個別に対応する事になる。

 捲土重来に意気込むスノーウィが気にはなるが、ここは信じるしかない。
 そして、向こうでシャルディナと遭遇しない事を祈るしかなかった。


 木立ちの描く影が、ほんの少し長くなった頃。

 「来たぞ。」

 うつらうつらしていたミツ夫の肩を、グェスが突いた。

 「来たか?」

 反射的に顔を上げたミツ夫が、グェスの体越しに通りに目を向ける。
 そこを歩いていくのは、5つの人影だった。

 確かに、ハウザー星人とは明らかに体型が異なっている。
 しかし星間交易のさかんなこの星では、異星人などはさして珍しくない。

 手がかりは、テレパシ―でグェスが感知した思念のパターンだけだった。
 この高度な”読み取り”は、彼にしかできない。

 「以前にラムゼ星で出会った奴の同族だな。思念がそっくりだ。」

 「ってことは、やっぱりシャルディナ傘下のハウストか。」

 「そういう事になる。」

 小声で会話しながら、ミツ夫とグェスはそっと公園の入り口まで移動した。
 5人は、つかず離れずの距離を保ちながらセンターへと入っていく。

 「さて、と…。」

 身をひそめたまま、ミツ夫は腕組みをした。

 友子がドーリスUに接触したという連絡は、すでに入っている。
 不安は残るものの、そこにシャルディナがいなければ制圧はできるだろう。

 という事は、ここで身代金の受け渡しを妨害すること自体に問題はない。
                ..
 しかし、押さえるなら押さえるで名目が必要だった。
 ただでさえ、自分たちは本星の意向とはまったくちがう独断専行をしている。
 このうえ、妙な不祥事を重ねるわけにはいかない。

 相手がハウストだという、確たる証拠がなければ手は出せなかった。

 「やっぱり、出て来るまで待つか?」

 「その方がいいな。」

 言葉を交わしたミツ夫とグェスは、そっと周囲を窺う。
 午後のセンターとその周辺には、人影は見られなかった。
 ひょっとしたらバード星のネゴシエーターが手を回して、今の時間帯だけは
 他の者が来ないように人払いをしているのかもしれない。
 とすると、この場所を監視しているという事も大いに考えられる。

 タイミングは、すべての面において微妙だった。

 人質の安否が確認できない状況では、バード星の介入はないだろう。
 しかし、オルペンドラのメンバーが船を奪回したとしたら、その時点で本星に
 連絡が入る。
 問題は、それを本星が想定しているかどうかだった。
 正直、最初から身代金を払う意向の弱腰な上層部に、それは期待できない。

 ならば、自分たちでやるしかなかった。

====================================

 おそらく金の引き出し手続きをしているであろう時間が、ゆっくりと過ぎた。

 行き交う人もいない閑散とした空気の中で、ミツ夫たちはじっと息を詰める。
 出て来た時が、勝負だった。

 大きな黒い鳥が2羽、晴れた空をゆっくりと横切った直後。

 正面の扉が音もなく開き、先ほどの5人が姿を現した。
 ゆったりとしたマント状の衣服をまとっているためすぐには気づかないが、
 その下に小分けにした袋を提げているのがそれぞれシルエットで分かる。

 間違いないだろうと、ミツ夫が確信した刹那。

 突然、5人の真上にひとつの影が姿を現した。
 おそらく、ずっと前から建物の屋上あたりに潜んでいたのだろう。
 迷う事なく一気に落下し、途中で体勢を整えてそのまま着地する。
 5人のすぐ前に降り立ったその影は、音もなくゆっくりと身を起こした。

 「ん?」

 何が起こったのかとっさに理解できない相手に対し、その影は口もとを歪めて
 にやりと笑いかける。同時に、伸ばした腕から1本のブレードが伸びた。

 「な、何ッ?ブリンガー・メイか!?」

 相手の正体に気付いたらしい5人の顔に、初めて狼狽と恐怖が浮かぶ。

 「あらァ、知っててくれてたのォ?アリガト。じゃあ、ついでにィ…」

 言いながら、メイは腕のブレードを大きく一閃させた。
 危ういところで身をかわした5人の間に、烈風が走る。

 「けっこうなモノを持ってるんでしょォ?なら。ちょォだいッ!!」

 なおも間髪をいれず、メイの凶刃が次々と5人に襲い掛かる。
 飛び退いたその5人は、舌打ちして懐から小さな塊を取り出した。

 「くそッ、予定外だ!どうしてこんなダビングなぞに情報が漏れたんだ!?」

 「知るか!とにかくとっとと片付けるぞ!!」

 押し殺した口調で言葉を交わし、5人はほぼ同時に灰色のパーマンセットを
 膨張させた。斬りかかってきたメイのブレードをかわして散開し、それぞれ
 素早くパー着を完了させる。
 距離を置いて着地した5人と、向き直ったメイの視線がまともにぶつかった。

 その刹那。

 背後の植え込みの向こうから、2つの影が弾丸のように飛び出した。
 そのまま地面すれすれを一気に飛び、ブリンガー・メイ目掛けて突進する。

 一瞬だった。
 突っ込んできた影に、ブレードを下ろしたメイはかすかな笑顔を見せる。
 怖れも迷いもない、どこか達成感のようなものすら感じる笑みだった。

 激突の瞬間。

 「ありがとう。」

 パンチを放つミツ夫の感謝に、ブリンガー・メイの姿のカスタムコピーは
 穏やかな言葉を返す。

 「がんばって下さいね。」

 激励のひと言を残し、カスタムコピーはミツ夫のパンチで粉砕された。
 強引に減速したミツ夫は、タイルを砕きながら着地して向き直る。遅れて来た
 グェスもまた、5人を挟み撃ちにする位置に舞い降りた。

 もはや、弁解の言葉も必要なかった。バードマンと、対峙するハウスト。
 ..........
 出会ってしまった以上、戦闘になるのは言わばお互いの間の不文律だ。
 それこそが、カスタムコピーを犠牲にしたミツ夫の作戦だった。

 「てめえら…謀ったな!?」

 「知らないよ。」

 しゃあしゃあと言い切ったミツ夫に、ほぼ正面に立っていた2人のハウストが
 一気に襲いかかる。
 ぎりぎりまで動かずに立っていたミツ夫の体が、不意に大きく沈み込んだ。
 目標を見失った相手の一瞬の隙を逃さず、その手が目の前を通過した2枚の
 マントを掴んで思い切り引っ張る。

 勢い余ってつんのめった2人の背からマントが外れ、その体は地面に落ちた。
 なおも起き上がろうとするその2人の間に、グェスの巨体が舞い降りる。
 向き直る間を与えず、グェスは2人のマスクを同時に掴んでそのまま地面に
 叩きつけた。
 足もとのタイルとハウストマスクが同時に砕け、2人はそのまま昏倒する。

 気を呑まれた相手の隙を逃さず、立ち上がったミツ夫は残りの3人に向かって
 一足飛びに突進した。

 勢いよく両手を伸ばし、そのうちの2人の胸ぐらを掴んでさらに加速する。
 抵抗する間もなく引きずられた2人は、建物の防護壁に叩きつけられた。
 地面を揺らす振動と共に防護壁に細かなひびが入り、人事不詳となった2人の
 四肢からだらりと力が抜ける。

 「な……!!」

 あっという間にたった一人になってしまった残りのハウストには、悪態をつく
 暇さえもなかった。
 地面を蹴って距離を詰めたグェスの大きな手がうなりを上げ、強烈な張り手が
 灰色のマスクの側面に炸裂する。
 鈍い音と共に耳のパーツが歪み、そのハウストは体を一回転させて倒れた。

 時間にして、わずか十秒ほど。
 5対2の勝負は、あっという間に決着となった。

 「ミツ夫。やっぱりこいつらだな。」

 「そうか。」

 昏倒した2人を引きずって歩み寄るミツ夫に、相手の懐をあらためたグェスが
 低い声で告げる。

 「発行したての公用通貨だ。均等に分けて持っていたらしいな。…大ざっぱに
  勘定したが、脅迫メッセージで提示された金額の半分というところか。」

 「半分?じゃあ、残りは向こうか。」

 「ああ。だとすると…」

 言いながら、グェスの派手な顔に厳しい表情が宿る。
 ミツ夫もまた、唇を噛みしめてポケットからバッジを取り出した。

 「連絡すべきか?」

 「いいや。どうせ、もう無駄だ。」

 そっと首を振ったグェスが、より厳しい表情を浮かべながら応える。

 「気を散らすだけだろう。それよりも、2人を信じろ。」

 頷いたミツ夫は、建物とは反対側に広がっている空を見上げた。
 転送で駆けつけることができない、この星のちょうど反対側のセンター。


 そこに陣取る、スノーウィとルチーナの身を案じながら。

====================================


 「来ましたよ。」

 視線を向ける事なく、ルチーナは座ったまま小声で言った。
 それを受けたスノーウィが少し首を回し、背後の植え込み越しに見える道に
 視線を向ける。

 確かに、センターへと向かう2つの人影があった。
 一人はかなり大柄で、もう一人はスマートなシルエットの持ち主だった。
 どちらも、ゆったりとしたマント状の服をまとっている。
 しかし、その隙間から見える顔はどちらもまったく見覚えはなかった。

 「…ホントにあれなの?」

 「そうです。間違いなく、ブリード星人のヘクラです。」

 やはり背を向けたまま、ルチーナはきっぱりと断言する。

 「だけど、あたしが憶えてる顔とはまったくの別人よ?」
  ....
 「見るからそう思わされてしまうんですよ。」

 ちらりとスノーウィに目を向け、ルチーナは自分の耳をそっと指し示した。

 「あの2人の腰から聞こえるかすかな機械の駆動音。あれは、視覚迷彩装置の
  一種です。ホログラムを顔面に投影して、別人に成りすましてるんですよ。
  だけど、衣服の内側の音まではごまかせません。」

 「内側の音って?」
       ................
 「生地と、背中に生えている針毛がこすれる音です。」

 「……なるほどね。」

 納得したらしいスノーウィは、あらためて体ごと向き直る。
 すでに件の2人は、センターの建物の中に入ってしまっていた。

 センターに隣接する総合駐車スペースの休憩所の中で、2人は息を詰める。

 シャルディナ・サッシは、こちらへやって来た。
 本人である事は、もはや間違いないだろう。
     .......
 あとは、ハウストであるという事実を押さえて捕縛するだけだ。

 スノーウィは、昂ぶる自分の気持ちを抑えようと大きく息をついた。
 怖れはない。あるのは、借りを返そうという意気込みだけだ。

 口うるさいミツ夫やグェスがいないのは、この場合かなり都合がよかった。

 「いいわねルチーナ?」

 視線だけを向け、スノーウィはゆっくり念を押した。

 「シャルディナはまだ正式に指名手配はされていないから、しらを切られたら
  こっちから手出しできなくなる。あくまでも、ハウストであるという証拠を
  掴んでからが勝負よ。」

 「大丈夫、分かってます。」

 同じように視線だけを向け、ルチーナは淡々とした口調で応える。

 「よし…。」

 あらためてセンターの入り口に目を向けたスノーウィは、もう一度息をつく。


 待つ時間は予想通り、そして予想以上に長く感じられた。

====================================


 しばらくののち。

 「出て来たわね。」

 ベンチの影に身をひそめたスノーウィは、入り口に姿を現したさっきの2人を
 じっと注視した。
 傍らにルチーナの姿はない。すでに、別のポイントで待機している。

 あとは、あの女の素性を暴くだけ。

 昂ぶる気持ちを抑え、スノーウィはじっと目を凝らしていた。

 数秒後。

 ゆっくりと歩き出した2人の上空から、ひとつの影が舞い降りた。
 狙い違わず、ブリンガー・メイがブレードを展開させながら落下してくる。

 と、その瞬間。

 左側を歩いていた人物のマントの肩口が、かすかにゆらめいた。
 同時に、地面に到達しようとしていたブリンガー・メイが大きく体勢を崩す。
 仰向けに地面に激突した体からスパークが走り、メイはそのまま沈黙した。

 「……!?」

 顛末を目にしたスノーウィの顔に、驚愕の表情が走る。
 カスタムコピーとはいえオリジナルに近い戦闘力を誇るブリンガー・メイを、
 パー着することもなく撃破するとは予想外だった。
 おそらくは、あの針毛を飛ばす技を使ったのだろう。

 シャルディナである事は確信したものの、手の出しようがなかった。

 「くッ…!」

 悔しげに歯噛みしたスノーウィが、拳を握りしめた刹那。
                  ........
 不意に、距離を隔てて見据える相手がこちらを見返した。
 気づかれるような音を立てたり、動きを起こしたりはしていない。しかし、
 間違いなく相手はこちらに目を向けている。

 ほんのわずかな、視線の交錯ののち。

 腰に手を当てて何かを探った相手の顔が、一瞬で変化した。
 まぎれもない、シャルディナ・サッシの顔に。

 それだけではなかった。

 小さく笑みを浮かべたシャルディナは、指先で挟んだ小さな塊を取り出す。
 そして、それをもったいぶった仕種で膨張させた。

 出現したパーマンマスクは、鈍い鉛色に輝いて目に映る。
 さらに芝居がかった仕種でパー着したシャルディナは、マスク越しの視線を
 もう一度スノーウィにまっすぐ向けた。
 ......
 挑発している。

 もはや、それは疑いようもなかった。
 あえて、まったく不必要なパー着で自分を誘っている。

 迷う事なく、スノーウィはパー着してゆっくりと休憩所から歩み出た。
 そのまま、確かめるような足取りでシャルディナの方へと歩を進める。

 すでに、互いへの距離は半分ほどに縮まっていた。

 「な、何ッ?…パーマンだと!?」

 シャルディナと共に行動していた大柄な男が、少しうろたえた声を出す。
 視線をスノーウィに向けたまま、シャルディナはその男の肩を叩いた。

 「ここはいい。あんたは先に帰りなさいな。」

 「は?い、いやしかし…」

 「言う事が聞けないっての?」

 ちらりと目を向けられた男は、ビクッと身を震わせた。
 そして、自分もパーマンセットを取り出してそそくさと身にまとう。
 あまりにも体が大きいため、パーマンマスクが異様なほど不自然に見える。

 「行きなさい。」

 「…分かった。」

 言い置いて、男はそのまま垂直に上昇した。建物の屋上あたりまで到達した
 ところで、速度を落としてコースを変えようとする。
 と、その刹那。

 「ぐおッ!!」

 後頭部に鋭い衝撃が走り、男は体勢を崩してそのまま落下した。
 ほとんど進んでいなかったらしく、シャルディナの立つすぐ後ろに落ちる。

 「?……あらあら。」

 訝しげに目を向けたシャルディナの視線の先に、小さな影が降下した。
 音もなく着地した影―ルチーナが、マスク越しの目で相手を睨み据える。

 「新しいお友達を連れてきたってワケね?お嬢ちゃん。」

 「お嬢ちゃんって歳じゃないわよ。」

 数十mの地点まで歩み寄っていたスノーウィが、抑揚のない声で応えた。
 同じくらいの距離を隔てているルチーナも、無言で相手を牽制する。

 ひと気のない殺風景なその場に、張りつめた緊張が満ちた。

 「言い訳はありませんよね?」

 「は?…ああ、まあね。」

 ルチーナの問いに、シャルディナは小さく肩をすくめてみせる。

 「言うのも聞くのも、個人的に嫌いだし。」

 「じゃあ、覚悟はいいですね。」

 言い放ったルチーナが、ぐっと姿勢を低くして構えた。
 目の当たりにしたスノーウィの顔に、驚きの表情が浮かぶ。

 まさか、自分よりも先にルチーナが挑もうとするとは思っていなかった。

 「あら、本気?」

 いかにも驚いたようなひと言ながら、シャルディナの声には禍々しい殺気が
 満ちている。危険な気配が、ビリビリとスノーウィにも感じられる。

 「ちょっと…!」


 いかなる口を挟む間も、そこにはなかった。

 迷うことなく、地を蹴ったルチーナがシャルディナ目掛けて突進した。
 同時に、シャルディナも勢いよく体を回転させる。
 憶えのあるかすかな発射音と共に、ニードルスティンガーの洗礼がルチーナに
 いっせいに浴びせられた。

 次の瞬間。

 「!?」

 向き直ったシャルディナの顔に、驚愕の表情が浮かぶ。
 ルチーナは、目で捉えるのも難しい微細な針毛を、突進の速度を落とす事なく
 全てかわし切っていた。
 想像をはるかに超えたその身ごなしに、シャルディナもスノーウィも一瞬
 ルチーナの姿を見失う。
 その隙を逃さず、一気に距離を詰めたルチーナはシャルディナの胸元に強烈な
 パンチを炸裂させた。

 「!!」

 ドカッという鈍い音が響き、かすかな衝撃波が周囲の空気を揺らす。
 揺れた木立ちのざわめきが収まった、一瞬ののち。

 「…驚いた。やるわねあなた。あたしの針を聴覚だけでかわし切るなんて。」

 パンチを受けたシャルディナの声は、あまりに落ち着いた響きに満ちていた。

 「…!?」

 まっすぐに腕を伸ばした姿勢のまま、ルチーナは視線を相手の顔に移す。
 シャルディナは驚きの色を見せてはいたものの、平然としていた。

 確かに胸元に炸裂したはずの、渾身のパンチ。
 それは、肌に触れる前にシャルディナの両手でがっちりと阻まれていた。
 長い指でからめ取られた手首は、力を込めても微動だにしない。
 密着状態のまま、シャルディナはにやりと笑みを浮かべた。

 「だけど、あたしを倒すにはちょっとばかり膂力不足ってとこね。」

 言い放つと同時に、相手の手首を押さえていた手がぐるりと回される。
 均衡の重心をずらされたルチーナの体は、バランスを崩して宙に浮いた。
 次の瞬間、シャルディナの強烈なキックがルチーナの背中を捉えた。
 明らかに体重の軽いその体は、まるで爆風にあおられたかのように吹き飛ぶ。
 勢いのまま、ルチーナは駐車場の隅に詰まれた廃材に突っ込んで沈黙した。

 「出直して来なさいな。」

 捨て台詞を吐いたシャルディナに、一瞬の隙ができる。
 間髪をいれず、その上体に黒い影が落ちた。
 ハッと向き直った顔に、一瞬で距離を詰めたスノーウィのキックが炸裂する。

 「!!」

 かわす間のない一撃を、シャルディナは両手を顔の前にかざして受けた。
 バキッという音が轟き、浮き上がったシャルディナの体は勢いよく後方へと
 吹き飛ばされる。
 かろうじて姿勢を整えて着地したその足もとの、白いタイルが衝撃で砕けた。

 「くッ…痛ぅ……ッ!」

 曲げたままにしているところから、折れてはいないらしい。
 それでも、苦痛に顔を歪ませるシャルディナの両腕は細かく震えていた。
 衝撃と損傷は、相当のものだったらしい。

 「パワー不足は、これで帳消しよ。」

 姿勢を直したスノーウィが、あらためて構えを取った。
 そのまま地を蹴り、もういちどシャルディナ目掛けて突進する。

 しかし、シャルディナの反応も早かった。
 左足を軸にしてその場で勢いよく回転し、すぐ脇にあった石製のオブジェに
 強烈な回し蹴りを叩き込む。

 基部から引きちぎれたオブジェは、狙い違わずスノーウィ目掛けて飛んだ。
 強引に減速したスノーウィが、弾丸と化したオブジェにパンチを叩き込む。
 とんでもない轟音が響き、石くれが散弾のように周囲に散った。

 一瞬の隙を突き、シャルディナは一気に上昇する。

 「やるわねあなた。また今度遊んであげるから、そのつもりでいなさいな!」

 飛び去る瞬間、スノーウィは確かに相手のその言葉を耳にした。
 上空のシャルディナは、みるみるうちに小さくなっていく。


 追おうとして、パッと顔を上げた時。

 「…?」

 スノーウィは、頬のあたりに妙な異物感を覚えた。
 反射的にマスクに手を当てたその表情が、みるみるうちにこわばる。

 周囲に注意しながら脱いだマスクの、右側ゴーグルのすぐ脇に。
 小さな穴が、いくつか開いているのが分かる。

 そして、自分の頬にかかっている髪の毛の中。
 そこには、硬化した針毛が数本、等間隔で刺し込まれていた。

 あと少し圧力が強かったら、頬か目のどちらかに突き刺さっていただろう。
 ............
 いつ飛ばされたものなのかは、まったく分からなかった。
 気づきもしなかった。

 「…殺ろうと思えば、いつでもできたって言いたいわけ?」

 言外の侮辱に、スノーウィはカッと頭が熱くなるのを覚えた。
 乱暴に抜き取った針毛をそのまま投げ捨て、あらためてマスクを被り直すと
 飛び去ったシャルディナを追跡しようとする。

 と、その時。

 「…う………」

 かすかなうめき声が聞こえ、廃材の一部がガラッと音を立てて崩れる。
 どうやら、さっきそこに突っ込んだルチーナが意識を取り戻したらしかった。

 その声と音を耳にしたスノーウィは、意外なほど落ち着いた。


 追ってどうなる。

 今の自分もルチーナも、単独ではシャルディナには勝てない。
 それを認めなければ、今度こそ命を落とすだけだ。

 今の自分たちの目的は、あの女ハウストを倒すことではなかったはずだ。
 ここで深追いしても、得られるものはおそらく何もない。
 まずは、ルチーナを助けないと。

 それに、ここで突っ走ったら。
 .......
 先に突っ走ったルチーナを、叱る資格がなくなってしまう。

 大きく息を突いたスノーウィは、くるりと向きを変えて駐車場へと戻る。
 廃材の中に、ルチーナは仰向けの格好で埋まっていた。
 傷だらけ煤だらけになってはいるものの、意識はしっかりしているらしい。

 「大丈夫?」

 ひと声かけたスノーウィは、少し乱暴にルチーナの手を引っ張って立たせた。

 「…だ、大丈夫です……痛たたたたた。」

 「ったく、無茶するからよ。」

 「すみません。でも…」

 痛そうに肘をさすりながら、ルチーナはスノーウィの顔に目を向ける。

 「お互い様でしょ?」

 「かもね。」

 あっさりと認めたスノーウィの顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
 なおも痛みに苛まれつつ、ルチーナもまた同じように笑みを返した。

 「…とりあえず、目的は果たしたってとこね。」

 「オルペンドラが、無事に船を奪還していればの話ですけど。」

 「それなら大丈夫。」

 即答したスノーウィは、ルチーナの体を支えながら空を見上げる。

 「ついさっき、ドーグ・ビラニエの思念を捉えた。仲間と大喜びしてるわよ。
  どうやら、友子の思惑通りにいったみたいね。」

 「よかった。」

 安堵のため息を漏らしたルチーナもまた、同じように空を見上げる。
 2つの恒星の影響を受けているため、こちらの空も明るく晴れ渡っていた。

 「…んじゃ、ミツオに連絡して戻りましょうか。」

 「そうですね。いい加減、休みたいです。」

 声をかわし、2人はもういちど声を揃えて笑った。

 不本意な部分はあるものの、目的は何とか果たした。
 この作戦の持つ意味は、決して小さくはないはずだ。

 「…あたしも、ちょっとは大人になったって事かな。」

 「え?」

 「何でもない。」

 笑って首を振るスノーウィの銀髪が、風になびいてかすかに輝く。


 その光が、傍らのルチーナの目にはやけに眩しく映っていた。

====================================


 【暗礁宙域において巡航艇が座礁したオルペンドラ特務隊 自力で帰還】

 迷走を重ねたネットニュースの見出しは、ようやくこれで落ち着いた。
 最終的にはやはり情報統制がかかったものの、メディアもこれ以上は大した
 ネタにならないと踏んだらしく、それ以降の憶測などはない。


 ハウストパーマンの一団に拉致されたオルペンドラ特務隊は、拘束されていた
 宙域において巡航艇を奪還。そのまま、バード星へと自力で帰還した。


 巡航艇を占拠していたハウストパーマン6人は、全員捕縛された。

 それと前後して、ハウザー星の2箇所の星間取引センターにおいてハウストの
 一団と特務隊エナクリスのメンバーが交戦。
 リーダー格のハウストは逃走したものの、ここでも6人が捕縛された。
            .......
 エナクリスのメンバーがそこにいた理由に関しては、不問に伏された。

 リーダー格のハウストは、逃走の際に多額の宇宙公用通貨を持ち去った。
 「人質解放のための身代金の一部」という憶測も飛んだが、バード星の本部は
 これを完全に否定した。

 ハウザー星でのハウストパーマンの行為は「強盗」と断定された。
 また、カスパー星で捕縛されたハウストはこれとは無関係であると判明した。
    ..  ..
 これに遭遇し、被害を最小限に抑えた事を評価され。


 特務隊エナクリスの、遺跡損壊の失態は帳消しとなった。

====================================


 真っ白なドアが左右に開くのを待ちかねたかのように、3人の男性が早足で
 室内へと足を踏み入れた。
 少し遅れて、1人の女性がややゆっくりとした足取りで後に続く。

 そこは、ロイヤルスワンの個別執務室だった。

 「お疲れさま。大変でしたね。」

 奥のデスクで、彼らを待っていたらしいカレンナが立ち上がって出迎える。
 その控えめな笑顔に、歩み寄った男性―ドーグが食ってかかる。

 「カレンナ。どういう事だ!?」

 「…何が?」

 「あの、エナクリスの地球人だよ!あの男、何様のつもりだ!」

 憤懣やるかたないといった口調で、ドーグはなおも続けた。

 「無断で俺たちの船へカスタムコピーを送ってよこして、いらん危険の種を
  残していくなんて言語道断だぞ!?結果がよかったからいいものの、一歩
  間違えば何もかもが失われるところだったんだ!!」

 「そうだよ。それにこれ!」

 傍らから割って入ったマークが、収縮させたバードマンマスクを取り出して
 カレンナの目の前に突き出す。
                         .......
 「型番まで、俺たちの使ってたやつと同じマスクだ。これを残されたせいで、
  俺たちはマスクをハウストに砕かれたって事実を立証できなかったんだよ。
  おかげで、審議会にかけられるのは避けられない状況になったんだ。」

 「これを手配したのは、君だろ!?…というか、君しかいないんだよ!」

 さらに声を荒げたのは、2人の後ろから回り込んできたミュールだった。

 「君があの特務隊に入れ込んでるのは、僕らだって知ってるんだよ。だけど、
  ここまで毒されちゃダメだ。これは僕らへの裏切りみたいなもんだぞ?」

 「裏切り…そう。そういう風に取るの。」

 じっと聞いていたカレンナが、ポツリとつぶやく。

 「それで、どうしたいの?」

 「あの特務隊だよ!僕らが審議会にかけられるというなら、あいつらだって
  同じ処分を受けてしかるべきだろ?だから君の力で……」

 最後まで言う事はできなかった。

 不意に目を吊り上げたカレンナの拳が、何の前触れもなく目の前のドーグの
 高い鼻を捉える。
 バキッという鈍い音が響き、体勢を崩したドーグは派手に尻餅をついた。
 向き直ったカレンナの拳は、次に棒立ちになった傍らのマークの頬を捉える。
 彼もまた、デスクに腰をぶつけて派手に転んだ。

 「お、おい何するんだよ!?」

 いきなりの問答無用に、向き合う格好になったミュールは両手を前にかざして
 カレンナをなだめようとする。しかし、彼女は目を吊り上げたまま自分の方へ
 つかつかと歩み寄ってきた。
 腰の引けた姿勢で後ずさるミュールも、やはり頬を殴られて無様に転んだ。

 あまりにも予想外なカレンナの暴挙に、3人は立ち上がることも忘れて呆然と
 床に座り込んでいる。

 「あなたたち。」

 その顔を一瞥したカレンナは、拳をひと振りして声を荒げた。

 「もうちょっと、バードマンの意地ってものを見せなさいよ!」

 反論を許さないという語調に、3人は肩をすくませる。

 「大敵に遭遇してしまったのも、力が及ばなかったのも仕方ない。だけどね。
  それでも全力を尽くし、力が及ばなかった事に対する言い訳をしないのが
  バードマンってものでしょう?……あなたたち、そんな無様なありさまで
  本当に胸を張って名乗れるの!?」

 言い返そうとする者は、1人もいなかった。
 柔らかな照明に満たされた室内に、似つかわしくない重い沈黙が流れる。

 やがて。

 「…そうね。確かに、あなたの言う通り。」

 沈黙を破ったのは、ずっと黙って後ろに控えていたユーリだった。
 流れる鼻血にようやく気づいたドーグが、ポケットからハンカチを取り出して
 鼻下を拭きながら向き直る。

 「ユーリ?君まで何を…」

 「言われた通りだって言ってるのよ。あたしたちが不甲斐なかっただけ。」

 にべもない口調で応え、ユーリはカレンナに向き直った。

 「せめて、ここからは毅然と行くことにするわ。ここからだけでもね。」

 「ええ。それがいいと思う。」

 苦労して恐い顔を保っていたのだろう。
 ようやく表情を和らげたカレンナは、小さな笑みを浮かべる。

 「じゃ、あたしたちはこれで。行くわよ3人とも。」

 言い捨てたユーリは、返事も聞かずにさっさと踵を返した。
 ようやく立ち上がったドーグたち3人も、ちらちらとカレンナに目を向けつつ
 あわててその後を追う。

 「失礼致しました。ではこれで。」

 「お疲れさま。」

 入り口まで見送ったカレンナに、ユーリは気をつけの姿勢で敬礼した。
 背後に並ぶ3人は、戸惑いながらもそれに倣って敬礼する。

 それ以上の言葉はなかった。
 ユーリを先頭にした4人は、そのまま歩き去った。

 オフィス棟を出た姿が見えなくなるまで見送り、カレンナは大きく息をつく。
 自分の拳をじっと見ていたその目を、吹っ切るかのようにドアに戻した刹那。

 「ずいぶんな剣幕だったみたいね、ヒヨコちゃん。」

 突然かけられた声に、カレンナはみっともないほどにビクリと肩をすくめる。
 いつの間にか、すぐ背後に友子が笑みを浮かべながら立っていた。

 「あっ、と、友子さん。こんにちは…。」

 「こんにちは。」

 挨拶を返すその顔に、いつものような厳しさはなかった。

 「えと…。ここじゃ何ですから、どうぞ。」

 「ええ。じゃあ、お言葉に甘えて。」

 促されるまま、友子はカレンナと共に彼女の執務室へと足を踏み入れた。

 「それで、ルチーナおばちゃんは…」

 「大丈夫よ。あちこちあざだらけになったけど、あんなのは大した事ない。
  無鉄砲の代償としてはちょうどいいって、須羽もグェスも言ってたし。」

 「そうですか。よかった……。あ、お茶でもいれましょうか!?」

 「いえいえ、おかまいなく。」

 軽く手を振った友子は、もういちどにっこりと笑みを浮かべる。
 その表情に、カレンナはもじもじと足を組み替えた。

 「あ、あの。それで…」

 「ありがとね、ヒヨコちゃん。さっき、次長から聞いた。」

 言いながら、友子は入ってきたドアの方に目を向ける。

 「あたしが次長に手配をお願いしたのは人数分のマスクとCCRだけだった。
  いくら何でもあんな短時間にあの4人の使ってるマスクを揃えるなんてのは
  無理だと思ったからね。だけどあなたが自分で次長に連絡して、すぐに手配
  してくれたんですってね。」

 「ええ。まあ…。」

 ごにょごにょと言ったカレンナは、やがて大げさに頭を掻いた。

 「あの4人のことは、よおく知ってましたから。」

 「友達だったの?」

 「いえ。同僚です。短い期間でしたけど…」

 そこまで言ったカレンナの口調は、吹っ切れたかのように明確になる。

 「正直に言うと、あたしもあのオルペンドラに所属した時期があったんです。
  ロイヤルスワンに就任するための、研修みたいなものでしたが。」

 「やっぱりそうなの…。」

 「ええ。」

 応えたカレンナの顔に、どこか恥ずかしそうな笑みが浮かぶ。

 「…皆さんにお会いする少し前です。あたしも自堕落な毎日を送ってました。
  形だけの特務に甘んじてチヤホヤされて、退屈だ退屈だとぼやいて。」

 「なるほどね。それでなおさら…」

 軽くなずいた友子が、実感のこもった声で言った。
  ...... ..............
 「いろんな事が、いろんな意味で見逃せなかったってわけね。」

 「…そうです。勝手な言い草かも知れませんけど。」

 「いいのいいの。それくらいで充分よ。」

 そう応える友子の表情は、どこか嬉しそうだった。

 「正直あんまり実りのない仕事だったけど、あなたのその気骨を見ただけでも
  収穫はあったってこと。頼もしい限りよ。」

 「そ、そうですか!?」

 きまり悪げな表情だったカレンナが、その語尾にパッと反応する。

 「じゃあ、今度こそ補充要員枠にでも…!」

 「いえいえ、それは話が別でしょ?」

 「そんなぁ!いいじゃないですか!ちょっと、友子さんってば!」

 「じゃあ、失礼しま〜す。」

 わざとらしい敬礼を残して部屋を辞する友子を、カレンナがあわてて追った。
 長い通路に窓から差し込む午後の陽射しが、2人の影を黒々と映し出す。


 バード星の空は、きょうも穏やかに晴れ渡っていた。


================【完】=================

◆オルペンドラ特務隊◆

◆高速巡航艇ドーリスU




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